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第1章
レッツゴー スカウト!(4)
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「ぎゃっ、なにするんですか返して下さいよう! その本は――『大魔法使いエミルドの楽しい魔法全集』は、エミルドさんとあたしの出会い! 宝物なんです! しかももう絶版になっててどこの店でも手に入らないって、センパイも知ってますよね?!」
「知ってる。マトリの5歳の誕生日に、おばあちゃんがプレゼントしてくれたんでしょ? そんで、あんたがあんまりにも熱心に読むもんだから、翌年お母さんが著者の講演会に連れて行ってくれたんだっけ?」
「その通りです! 運命感じませんか? あたし、エミルドさんが生涯でたった一度、一日だけ開いた講演会に運よく参加できたんですよっ。一般人が簡単に会えるお方じゃないのに!」
「で、カッコよかったんで、ヒトメボレでファンになったと」
「うっ……ひ、否定はできないですけど……魔法使いは老けないから300歳超えてても若いし、エミルドさんの顔タイプだし……えへへ。でも、そこがメインじゃないですから! エミルドさんは大魔法使い……困っている区民の前に突如として現れ、いつの間にか消えていく……そういう正義のヒーロー的なお方だったのは、センパイも知ってますよね? ファンになるのは最早、自然現象です!」
センパイはあたしの手のひらに本を返し、大げさに息を吐く。
「はあ……下手に一回本人と会っちゃったから、あんたはこんなふうになっちゃったんだろーね。この歳になっても、叶わない夢を捨てきれない少女に」
「す、捨てきれないというか、ただ信じたいというか……わかってますよ? さすがにあたしももう17だし、人間に魔法は使えないってことは。でも、魔法って素敵じゃないですか! 普通じゃできないことがなんでもできて……エミルドさんの本を読んでから、ずっと憧れてるんです。それに、エミルドさん本人が、講演会の出待ちをしてたあたしに言ってくれたんですよ。きみの可能性は無限だよって」
「可能性は無限……前から思ってたけどさ、それ、結構フツーな言葉じゃない? 誰でも言いがちな……うちらの母校の校長も、朝礼で言ってなかった?」
「えっ……?! や、でも言葉って、誰が誰にどんな場面で言ったのかが大事っていうか! 近所の男の子から『おまえに魔法は使えない』ってバカにされて傷ついたあたしに、大魔法使いのエミルドさんが励ましてくれたっていうのが重要なポイントで……」
話の途中で、あたしは肩を落とした。うつむいた顔を、センパイが覗き込んでくる。
「ん? どした? わたし言いすぎた?」
「いえ……なんかあたし、ダメだなあと思って。せっかくエミルドさんから希望のある言葉をもらったのに、自分がそれに全く付いていけてなくて……区役所職員の試験落ちて、ダメさにトドメを刺された感じなんですよね」
「まあ現実、そうそう順調に進まないからね。でもさ、試験はまた受ければいいじゃん?」
「そう……なんですけど、区役所の採用試験って次にいつ募集があるか分からないし……去年もせっかく三年ぶりの職員募集だったのに試験に落ちて、どうにもできないというか自分を信じきれなくなったというか。かといって、割り切れてはいなくてモヤモヤはしてるし、新しく就いた仕事をちゃんとやっていけるかも不安なんですけど……」
「そっか、それで落ち込んでたわけね。何かあったのかなーとは思ってたけど……だってほら、あんたが無謀にも魔法使おうとする時って、なにかと緊急時が多いじゃん?」
「えっ? 緊急……」
言いかけて、一気に頭の血の気が引く。そうだ。そうだった。
すっかり忘れてたけど、頼みの魔法も使えなかった今は、まさに。
「……緊急事態です、アニイセンパァァァァイ!」
あたしは青ざめ、センパイに抱きついた。ついさっき国王様から命じられた、冗談のような任務の件。それを話すと、聞くなり、センパイが目を輝かせる。
「なにそのオイシイ仕事! マトリが悩む理由がわかんないんだけど」
「えぇ?! な、なんでですか?! めちゃめちゃ責任重いじゃないですか!」
「いやいや、よく考えてみなって。国中回って先々でいい男探して、経費で高級料理食べて、温泉でも入って……そんなラッキーな仕事、他にないでしょ!」
「うー……そ、そう……ですかね? で、でも、もし連れてきた王子候補が、権力を手にした途端とんでもないことをしでかしたらどうします? 下手したら国が滅びますよ?」
「いやいやいや、別にあんたが王子候補を連れて来て、そのまますぐ王子になるわけじゃないじゃん。どうせ、大臣だか誰だかが厳しく審査でもするんでしょ? なんかあっても、あんただけに責任はこないから大丈夫だって」
「そ、そうですかね……? うーん……でも、ひとり旅なんですよ? 怖すぎません?」
「え、ひとり? 護衛は? 募集してるなら、わたしも行きたいんだけど!」
「あたしもセンパイと行きたいですよお! でもでも、なんか護衛のロボットみたいなのを同行させてくれるとかで……異性だとそれはそれで危ないし、同性だとサボったり口出ししたりする可能性があるからそうするって大臣が言ってました」
「サボんないよ、口出しはするけど……なんだ、残念だなあ。じゃ、マトリがついでにあたし好みの男も探してきて。黒髪で、わたしより身長が高くて、腹筋バッキバキの、クールな美形。よろしくね!」
「……は?」
「黒髪で、わたしより身長が高くて、腹筋バッキバキの、クールな美形! あのねえ、わたしの属してる護衛隊ってのは、思いの外、下積みが長いお仕事なのよ。就職してすぐ国王様の護衛に付けるもんだと思ってたのに、二年目の未だに雑用とか他の仕事に回されることが多てさ。で。今、思ったわけ。将来、わたしがベテラン護衛になるころ、国王が自分の好みどストレートのいい男に変わるかもしれないなら、下積みにもっとやりがいも感じられるはずだってね。機会があれば、もっと別の関係になってもいいし……くくく! ってわけで、あたしの心の健康のために、絶対いい男捕まえてこい! いいね!」
「嫌です! 余計な仕事増やさないで下さいよぉ! ただでさえ、あたしに王子様にふさわしい人材をかぎ分ける能力なんてないのに、初対面のひとの腹筋が割れてるかどうかなんて、どうやって確かめればいいんですか?!」
「剥け! 脱がせ!」
「センパイの変態! もう、真面目に聞いて下さいってば!」
「わたしは真面目だって。どうせ国王の命なんて断れないんだから、覚悟決めなさいよ」
「うっ……」
「それに、絶好のチャンスじゃん。あんた、さっき自分が何悩んでたか、思い出してみ」
「ううっ……!」
あたしはよろめき、ミッチェハップの樹の幹に身体を預けた。眉は歪み、目は血走り、口元は半笑いという複雑な表情で地面を見つめ、ぶつぶつとつぶやく。
「そ、そうなんですよね……だって、まさにこれって『あたしにもやればできる』っていう自分の可能性を見出すチャンスで……! もしやり遂げたら、はじめてエミルドさんに貰った言葉を体現できるという、エミルドさんファンにとっては逃せない事態で……! そしてパッとしなかった自分の人生にも一矢報いることができるわけで……! 実はさっきからずっと『無茶無理無謀!』っていう自分と『今しかないぞ行ってこい!』っていう自分が頭の中でせめぎ合ってて……」
「で、どっちが勝った?」
ゆっくりと顔を上げ、涙目でセンパイを見る。
「……行くしか……ない気がします。自分のためにも……!」
ふるえるあたしの肩を、力強くセンパイが抱く。
「よし、よく言った。じゃあ、気をつけて。いい男とお土産よろしく」
「センパイ」
「ん?」
「社会人って大変なんですね」
「大変なのよ」
アニイセンパイが深々と頷く。
傍らに立つミッチェハップは、笑うように風に枝をゆらした。
「知ってる。マトリの5歳の誕生日に、おばあちゃんがプレゼントしてくれたんでしょ? そんで、あんたがあんまりにも熱心に読むもんだから、翌年お母さんが著者の講演会に連れて行ってくれたんだっけ?」
「その通りです! 運命感じませんか? あたし、エミルドさんが生涯でたった一度、一日だけ開いた講演会に運よく参加できたんですよっ。一般人が簡単に会えるお方じゃないのに!」
「で、カッコよかったんで、ヒトメボレでファンになったと」
「うっ……ひ、否定はできないですけど……魔法使いは老けないから300歳超えてても若いし、エミルドさんの顔タイプだし……えへへ。でも、そこがメインじゃないですから! エミルドさんは大魔法使い……困っている区民の前に突如として現れ、いつの間にか消えていく……そういう正義のヒーロー的なお方だったのは、センパイも知ってますよね? ファンになるのは最早、自然現象です!」
センパイはあたしの手のひらに本を返し、大げさに息を吐く。
「はあ……下手に一回本人と会っちゃったから、あんたはこんなふうになっちゃったんだろーね。この歳になっても、叶わない夢を捨てきれない少女に」
「す、捨てきれないというか、ただ信じたいというか……わかってますよ? さすがにあたしももう17だし、人間に魔法は使えないってことは。でも、魔法って素敵じゃないですか! 普通じゃできないことがなんでもできて……エミルドさんの本を読んでから、ずっと憧れてるんです。それに、エミルドさん本人が、講演会の出待ちをしてたあたしに言ってくれたんですよ。きみの可能性は無限だよって」
「可能性は無限……前から思ってたけどさ、それ、結構フツーな言葉じゃない? 誰でも言いがちな……うちらの母校の校長も、朝礼で言ってなかった?」
「えっ……?! や、でも言葉って、誰が誰にどんな場面で言ったのかが大事っていうか! 近所の男の子から『おまえに魔法は使えない』ってバカにされて傷ついたあたしに、大魔法使いのエミルドさんが励ましてくれたっていうのが重要なポイントで……」
話の途中で、あたしは肩を落とした。うつむいた顔を、センパイが覗き込んでくる。
「ん? どした? わたし言いすぎた?」
「いえ……なんかあたし、ダメだなあと思って。せっかくエミルドさんから希望のある言葉をもらったのに、自分がそれに全く付いていけてなくて……区役所職員の試験落ちて、ダメさにトドメを刺された感じなんですよね」
「まあ現実、そうそう順調に進まないからね。でもさ、試験はまた受ければいいじゃん?」
「そう……なんですけど、区役所の採用試験って次にいつ募集があるか分からないし……去年もせっかく三年ぶりの職員募集だったのに試験に落ちて、どうにもできないというか自分を信じきれなくなったというか。かといって、割り切れてはいなくてモヤモヤはしてるし、新しく就いた仕事をちゃんとやっていけるかも不安なんですけど……」
「そっか、それで落ち込んでたわけね。何かあったのかなーとは思ってたけど……だってほら、あんたが無謀にも魔法使おうとする時って、なにかと緊急時が多いじゃん?」
「えっ? 緊急……」
言いかけて、一気に頭の血の気が引く。そうだ。そうだった。
すっかり忘れてたけど、頼みの魔法も使えなかった今は、まさに。
「……緊急事態です、アニイセンパァァァァイ!」
あたしは青ざめ、センパイに抱きついた。ついさっき国王様から命じられた、冗談のような任務の件。それを話すと、聞くなり、センパイが目を輝かせる。
「なにそのオイシイ仕事! マトリが悩む理由がわかんないんだけど」
「えぇ?! な、なんでですか?! めちゃめちゃ責任重いじゃないですか!」
「いやいや、よく考えてみなって。国中回って先々でいい男探して、経費で高級料理食べて、温泉でも入って……そんなラッキーな仕事、他にないでしょ!」
「うー……そ、そう……ですかね? で、でも、もし連れてきた王子候補が、権力を手にした途端とんでもないことをしでかしたらどうします? 下手したら国が滅びますよ?」
「いやいやいや、別にあんたが王子候補を連れて来て、そのまますぐ王子になるわけじゃないじゃん。どうせ、大臣だか誰だかが厳しく審査でもするんでしょ? なんかあっても、あんただけに責任はこないから大丈夫だって」
「そ、そうですかね……? うーん……でも、ひとり旅なんですよ? 怖すぎません?」
「え、ひとり? 護衛は? 募集してるなら、わたしも行きたいんだけど!」
「あたしもセンパイと行きたいですよお! でもでも、なんか護衛のロボットみたいなのを同行させてくれるとかで……異性だとそれはそれで危ないし、同性だとサボったり口出ししたりする可能性があるからそうするって大臣が言ってました」
「サボんないよ、口出しはするけど……なんだ、残念だなあ。じゃ、マトリがついでにあたし好みの男も探してきて。黒髪で、わたしより身長が高くて、腹筋バッキバキの、クールな美形。よろしくね!」
「……は?」
「黒髪で、わたしより身長が高くて、腹筋バッキバキの、クールな美形! あのねえ、わたしの属してる護衛隊ってのは、思いの外、下積みが長いお仕事なのよ。就職してすぐ国王様の護衛に付けるもんだと思ってたのに、二年目の未だに雑用とか他の仕事に回されることが多てさ。で。今、思ったわけ。将来、わたしがベテラン護衛になるころ、国王が自分の好みどストレートのいい男に変わるかもしれないなら、下積みにもっとやりがいも感じられるはずだってね。機会があれば、もっと別の関係になってもいいし……くくく! ってわけで、あたしの心の健康のために、絶対いい男捕まえてこい! いいね!」
「嫌です! 余計な仕事増やさないで下さいよぉ! ただでさえ、あたしに王子様にふさわしい人材をかぎ分ける能力なんてないのに、初対面のひとの腹筋が割れてるかどうかなんて、どうやって確かめればいいんですか?!」
「剥け! 脱がせ!」
「センパイの変態! もう、真面目に聞いて下さいってば!」
「わたしは真面目だって。どうせ国王の命なんて断れないんだから、覚悟決めなさいよ」
「うっ……」
「それに、絶好のチャンスじゃん。あんた、さっき自分が何悩んでたか、思い出してみ」
「ううっ……!」
あたしはよろめき、ミッチェハップの樹の幹に身体を預けた。眉は歪み、目は血走り、口元は半笑いという複雑な表情で地面を見つめ、ぶつぶつとつぶやく。
「そ、そうなんですよね……だって、まさにこれって『あたしにもやればできる』っていう自分の可能性を見出すチャンスで……! もしやり遂げたら、はじめてエミルドさんに貰った言葉を体現できるという、エミルドさんファンにとっては逃せない事態で……! そしてパッとしなかった自分の人生にも一矢報いることができるわけで……! 実はさっきからずっと『無茶無理無謀!』っていう自分と『今しかないぞ行ってこい!』っていう自分が頭の中でせめぎ合ってて……」
「で、どっちが勝った?」
ゆっくりと顔を上げ、涙目でセンパイを見る。
「……行くしか……ない気がします。自分のためにも……!」
ふるえるあたしの肩を、力強くセンパイが抱く。
「よし、よく言った。じゃあ、気をつけて。いい男とお土産よろしく」
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