朱夏の日光に栄える森

琴里 美海

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第弐拾参話

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 焦げ臭い。この臭いは間違い無く火が何かを焼く臭いだ。
 私と朱夏はお互いを見て、すぐに臭いのした方へ走った。
 暫く走って行くと、森が山の麓の方から灯りが見えた。

「これは………」

 確かこの方向は朱夏のいた村がある方とは違う。もしかしてだけど、先程の男性が居る村でもあるのか。男性の話していた内容からして、明らかに妖怪だとかに友好的じゃない。

「おい恵風これ如何すりゃ良いんだ!!?」
「如何と言われても。」

 結構な火の量だ。少しだったら私が強風を吹かせれば消えるかもしれないけど、この量だったら余計に火の勢いを強めてしまう。だからと言って、このまま森の中にいたら、焼死しかねない。
 一瞬朱夏の生まれた村に行こうかと思ったけど、それは朱夏が嫌がるだろう。

「あ、そうだ。」

 前に色葉ちゃんが言っていた事を思い出した。

「森の妖怪側に逃げよう。」
「え、向こうに?」

 妖怪側には境界線を越えただけで簡単に出入り出来るけど、実は殆ど別の世界に行っている様な物なんだ。だから人間側の森で火事が起きても、とある事が起きなければ妖怪側はほぼ無傷らしいんだ。
 それを説明して、私は朱夏の手を引いて森の中を走った。
 妖怪側に飛び込んだ瞬間、私は朱夏を抱えて空を飛んだ。
 薄暮の館の前へ降りると、すぐさま館の中に飛び込んだ。結構な音がして、驚いた様子の色葉ちゃんが走って来た。

「如何したの!?」

 朱夏を降ろすと、色葉ちゃんに外での事を説明した。それを聞いた色葉ちゃんは、相当焦った様子で館から出て行った。色葉ちゃんの事は気になるけど、今は館の中で大人しくしている事にした。

「なぁ、本当に大丈夫かな。」

 客間で色葉ちゃんが帰ってくるのを待っている間、朱夏がそう聞いてきた。大丈夫だとは思うけど、それにしても色葉ちゃんは一体何をあんなに焦っていたんだろう。妖怪側の森の中は、今何か起きている様子でもないし。
 結構時間が経って館の扉が開く音が聞こえると、私は立ち上がって玄関へ向かった。開いた扉の向こうには、明らかに何かあったと分かる、愕然とした様子の色葉ちゃんが立っていた。

「い、色葉ちゃん?」

 私が声を掛けると、色葉ちゃんはゆっくりと私を見た。

「恵風、如何しよう…………」

 一言そう言った瞬間、色葉ちゃんの瞳から大粒の涙が流れ始めた。
 突然の事で驚いた私に色葉ちゃんが飛び付いた。

「森が、森が…………音葉おとはがぁ…………」
「え?」

 初めて聞く名前が出て来て私は困惑した。この子が泣いている理由は一体何なんだろう。だけど結構な長い時間一緒にいて、色葉ちゃんの涙を私は初めて見た。それ程にこの子にとっては相当な事が起きたんだ。
 朱夏が様子を見に来ると、泣いている色葉ちゃんを見付けて、驚いて駆け寄って来た。

「おい如何したんだよ!!」
「いや、私も何が何だか。」

 私は今は色葉ちゃんの背を擦る事しか出来なかった。
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