ただ美しく……

桐条京介

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第11話 卒業と涙

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 母親へ電話で入試の手応えと無事を報告したあと、明日のための勉強を開始する。ここが人生のターニングポイントになるのかもしれないのだからと、普段以上に気合を入れた。
 おかげで次の日以降も、順調に日程を消化できた。面接もきっちりこなせており、合格してる自信は十二分にあった。

 意気揚々と地元へ戻った私は、妙な感慨深さを覚えた。たった数日離れていただけなのに、住み慣れた自宅へ到着するなり相当の懐かしさを感じた。
 高校にはほとんど通うことはなくなっていたので、あとは合格発表を待つばかりだった。自信はあっても、実際に結果がわかるまでは、どうしても不安がつきまとう。合否はともかく、結果だけはすぐに知りたかった。しかし私がいくら望んでも、どうしようもない。悶々とした気分で日々を過ごし、いよいよ合格発表の日が近づいてくる。

 前日になって、私は入試の際に利用したホテルへ乗り込んだ。明日になったらひとりで合否を確認しに行き、無事に合格していたら母親もこちらへくる計画になっていた。

「良かった……」

 緊張して眠れなくなったりもせず、わりとリラックスして迎えた合格発表の日。試験を受けた大学で、私はそんな呟きを漏らした。手応えがあったとはいえ、張り出された合格者一覧にて自分の受験番号を確認するまでは、どうしても万が一の可能性を考えてしまう。悪い癖だとわかっていても、自身の性格だけはなかなか変えられない。それでもなんとかしたい一心で、様々な努力をしてきた。

「私はここから、もっと変わる。変わってみせる」

 大学受験をしたのもそのためであり、ついに前々から考えていたプランを実行に移せる。大騒ぎになっている合格発表の場から足早に離れ、ホテルへの帰り道の途中で携帯電話を使用する。合格の一報を聞いた母は、予想以上に大喜びしてくれた。電話越しの反応を受けて、ようやく受験に成功した実感がこみあげてくる。

 知らない間に疲れが溜まっていたのか、ホテルへ戻るなり私は宿泊している部屋で眠ってしまった。気づけば翌日になっており、現地に到着したお母さんからの電話が目覚まし時計代わりになった。

 ホテルから出てお母さんと合流した私は、ひとり暮らしするためのマンションを一緒に探した。丁度良い物件も見つかり、その場で契約。新たな住居も決まったところで、一度家へ戻ろうということになったが、私は母の提案に対して首を左右に振った。

 この街に慣れるため、地元へは戻らずに残りたいと告げる。当初は反対していたお母さんも、最後には根負けしてこちらの我侭を聞いてくれた。気をつけるのよと言い残し、すぐにお母さんは家へ帰っていった。入居を決めたマンションに、私の荷物を送るためだ。

 本来なら親戚への報告も含めて、地元に一度戻るべきなのは重々承知している。けれどお母さんに迷惑をかけてでも、私にはやりたいことがあった。そのためにまずは、携帯電話のインターネット機能を使って情報収集をする。

 両親に不快な思いをさせてまで、合格した大学のある街へ残り、私がやりたかったこと。それは整形だった。カロリーコントロールや運動で、余分にありすぎていた体重を減少させた。懸命な勉強によって、知識の増量にも成功した。けれど、顔だけはどうしようもない。

 元々が太っていただけに、ダイエット後も巨乳と呼ばれるだけのバストサイズがある。加えて脂肪しかなかったウエストには、見事なくびれができた。お風呂上りに自分の身体を見て、人は努力でこんなにも変われるものかと感動したのを覚えている。だけど、スタイルは改善できても、生まれ持ってきたのはそうもいかなかった。

 そこで目をつけたのが整形という手段だった。お母さん似の顔を変えるのに、抵抗がないと言えば嘘になる。けれど私は、どうしても諦められなかった。日陰でひっそりとするだけの人生とお別れする。そのためには、多少の犠牲も仕方ない。楽して手に入れられる幸せなど、何ひとつないのだ。しかし私はまだ未成年。もうすぐ高校を卒業するからといって、簡単に整形などできるはずがなかった。

 ゆえにインターネットで、親の同意等がなくとも依頼を受けてくれる闇医者みたいなところを探した。そして見つけたのが、怪しげな美容形成外科だった。大々的な広告を出したりもしておらず、繁華街の路地裏にひっそりと存在する。2階建ての小さな建物で、2階部分が形成外科になってるとの情報だった。恐る恐る入口から中へ入ると、すぐに階段を見つけた。不安を覚えながらも上っていくと、受付みたいな場所へ出た。小さなカウンターがあり、そこには根暗そうな中年女性がひとりだけ座っていた。

「あの……美容整形をお願いしたいんですけど」

 声をかけながら周囲へ視線を向けてみると、無機質なコンクリートの壁に無数のヒビが入っていた。見るからに老朽化が進んでおり、ここで大丈夫かと心配になる。とはいえ、廃れているからこそ、危険な商売をするのかもしれない。考え方を変えて、自分自身を無理やり納得させる。
 身分証明書の提示でも求められるかと思いきや、すんなりと診察室へ通される。いたのは老齢の男性ながら、眼光の鋭い医師だった。

「整形したいの?」

 初対面にして恐怖を覚えている最中、唐突に尋ねられた私は少々ドキマギしながらも頷いた。怖いからといって逃げ出していたら、自分自身が望む姿にはなれない。顔にメスを入れるのはさすがに躊躇われるけど、誰でもない私が決めたことだった。

「ふうん」

 私の決死の覚悟に対して、医師が放ったのがそのひと言だった。そして次に、予想してなかった台詞を口にしてくる。

「で、どこを整形するの?」
「え? あ、その……」

 途中で言葉が出なくなる。自分の顔で気に入っている部位などひとつもないので、どこをどうしたいと具体的に考えてなかったのだ。

 すんなり受付に応じた看護婦と同様に、老齢の医師も私の年齢を確認したりしなかった。保険証の提出も求められず、診察前に簡単な問診表を書かされただけだ。本格的なものではなく、名前と来院目的を記入すれば、それで終了だった。拍子抜けをしたのも束の間、すぐに診察室へ呼ばれてご覧の状況になった。何も答えられないでいる私へ「勢いだけできたの」と医師が苦笑する。

「違います。本気です」

 勘違いされて、整形を断られるのだけは避ける必要があった。

「でも、どの部位を直したいとかは決めてないんだよね」

 厳密に言えば、確かにそのとおりだ。しかし、どこを直したいかと聞かれれば、口にすべき答えがひとつだけある。

「全部です」

 鼻が少し小さくしたいとか、瞼を二重にしたいとか、そのような願望で事足りるほど、私が抱えているコンプレックスは生易しくなかった。一瞬だけ呆気にとられたあと、室内に響き渡るくらいの大声で老齢の医師が笑い出した。

「長年、この商売をやっているけど、全部と答えたのは君が初めてだ」

 それはそうだろうと、心の中で納得する。こういうところに来る人間は、ほぼ全員がはっきりした目的を持っているはずだった。何度も熟考した末に結論を出し、覚悟とともに門を叩く。それが普通なのだ。

 ところが私の場合は改善点が多すぎて、様々なメニューをこなすのに精一杯だった。漠然と整形したいとは思っていても、詳細な指定までは考えてなかった。改めて自分の状況を確認すると、かなり恥ずかしい。消え入りそうな声で「すみません」と謝ったものの、やはり私の望む整形は先ほど告げたとおりなのだ。

「全部というのは……やっぱり無理ですか」

 恐る恐る尋ねた私へ、男性医師は平然と「できるよ」という言葉を返してきた。それなら悩む必要もなかったと安堵する。しかしできるのであれば、どうして医師は無理そうな雰囲気を醸し出していたのだろうか。疑問に思っている最中、当の医師本人がその答えを教えてくれた。

「全部を整形するのも可能だけど、お金は大丈夫なのかな。ウチは保険が適用されないよ」

 言われてみれば、当然の話だった。未成年を平然と受け付けてくれるような病院が、真っ当なやり方をしているはずがなかった。保険を使えないとなれば、かかった費用は全額自己負担で支払う必要性がでてくる。貯めこんだお年玉を財源にするつもりだったけど、そうなれば足りなくなる可能性も否定できない。

 視界が開けた海原を進んでいたつもりが、一気に暗礁へ乗り上げたような感じだった。診察室で悩み続ける私に、医師はもう一度よく考えることを勧めてきた。未成年で両親の同意がなくても整形してくれそうなのはわかったので、相手の提案を受け入れる。違法行為であろうとも、私にはもうこれしかないのだ。

   *

 通っていた高校の卒業式当日。さすがに参加しないわけにはいかないので、私は一時的に実家へ帰宅した。当日の会場となる体育館へ入っても、大好きだった親友の姿はやはり見当たらなかった。学校を辞めているのだから当然なのだが、どこかで来てくれるのを期待している私がいた。
 入学した頃と比べて、私の体重はスリムと呼べる数値まで低下していた。毎日、体重計を見るのが楽しくなっている。これも以前では、考えられないことだった。

「あら、東雲さんじゃない」

 各クラス毎に体育館で整列している時に、誰かが声をかけてきた。このわざとらしいタイミングに女性の声とくれば、わざわざ招待を確認する必要もなかった。卒業式の最中だというのに、話しかけてきたのは案の定、北川希だった。

 私の成績がアップするにつれ、教師たちの注目が集まった。そのため、さすがの北川希も公の場では、こちらに手を出せなくなっていた。皮肉なことに轟和美が去ってからのクラスは無風状態で、平穏そのものだった。今年に入ると受験等のイベントが控えていたので、北川希という存在を半ば忘れかけていた。

 いきなり話しかけられたのと、虐められていた頃の記憶がリンクして、一気に鼓動が加速する。すでに卒業式が始まっているため、異変を察しても教師たちは迂闊に乱入できない。諦めたように見せかけて、今日というチャンスを息を潜めてずっと待っていたのだとしたら、あまりにも執念深すぎる。

 卒業生の保護者も大勢来ているのだから、下手な真似はできないはずだ。心の中で幾度も自分自身を安心させようとするけれど、劇的な効果は得られなかった。

「最後のあたりは、ずいぶん調子に乗ってくれたわね」

 出だしからして、とても別れを惜しむ挨拶には思えない。恐怖もあって私が無言でいると、鼻でフンと笑って言葉を続けてくる。

「勉強して教師に取り入るしか能のないブサイクが、あんまり勘違いしては駄目よ。頭が良くても、痩せても、家畜は家畜なんだからね」

 手を出せない腹いせにすぎないとわかっていても、悔しさが身体の奥底からこみあげてくる。しかし、今の私には何も言い返せない。

 でも、いつか必ず――。
 卒業式という舞台で、私ひとりだけが他の皆とは違う種類の涙を流していた。
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