ただ美しく……

桐条京介

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第二部

第48話 絶頂

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 優綺美麗の人気は留まることを知らなかった。

 改めて雑誌は私一色になり、水着や下着にならなくとも男性誌のグラビアで特集するだけで売り上げは倍増。無敵状態となり、どんな我儘や要望も許される。

 男も女も周りに群がり、どこへ行ってもチヤホヤされる。各界の有力者とも交流を深め、足元は盤石。稼ぎ頭で事務所の繁栄を一手に引き受ける私に、社長ですらも太鼓持ちと化しているような状況だった。

 顔を見せるだけで視聴率は伸び、出演者に名を連ねればスポンサーの受けも良くなる。すべてが私こと優綺美麗を中心に回っているかのようだった。

 ちなみに華憐として一世を風靡しかけた北川希は、しばらくは諦めずになんとかしようとしていたみたいだが、裏での枕営業が河合の発言で露見したのもあり、加速度的に人気を落とした。

 少数の客に集中するならともかく、私へ追いつきたい一心で金持ち客と見れば手あたり次第だったらしい。そういう嬢ほど身なりの良い男性は嫌う。加えて仲間内での評判も最悪になる。それらの原因が重なった結果だった。

 そこでようやく私の忠告を真実だと気付いた北川希は、敗北感と絶望に打ちひしがれたまま店を辞めたらしかった。その後のことは、彼女を支援していた河合も知らないそうである。

 過去のいきさつがあるので、多少の憐れみもない。力不足だった人間が勝手に落ちただけだ。でも私は違う。この美貌がある限り、どこまでも上へ行ける。

 TV局では超VIPランクに気を遣われ、マンションも高級車もスポンサーから提供された。けれど体だけは絶対に許さない。愚かな華憐の二の舞になるだけだ。

 海外でも日本の美女と紹介される回数が増え、活躍は国内に留まらない。笑顔の人々が取り囲み、好意と羨望に満ちた目で見つめる。

 世界そのものが私に跪いているような優越感は、筆舌に尽くせぬほど素晴らしい。どんなに甘い蜜でも、この極上の味には決して敵わないだろう。

「美麗さん、本日のスケジュールの確認をさせていただきます」

 付き人の満が、まるで小説のように厚いメモ帳を手に私へ話しかける。

「午前中はCMの撮影。午後には海外メディアの取材。主演を務める映画の舞台挨拶。その後にテレビ局の取材が二つ入り、夜は会食となります」

 会食は政界の大物が主催したものだ。彼らのベッドに呼ばれる女たちとは異なり、共に食事をするだけになる。鮮明な立場の違いがある者とは、顔を合わせる機会もない。すでに住む世界が違うのだ。

 モデルの仕事も時折引き受けるが、世界的に有名なデザイナーやブランドのものに限られる。

 街を歩けば瞬時に人だかりができてパニックになる。日本のみではなく、世界中でだ。

「面倒だけれど仕方ないわね。私の姿を一目見たくて、涙を流して待っている群衆に慈悲をかけてあげましょう」

 口元に手の甲を当てて、クスクスと笑う。

「さすが美麗様です。
 その優しさに、私はそばにいるだけで気絶してしまいそうです」

 私のお茶運び担当として雇われている二十歳を過ぎたばかりの少女だ。飛び跳ねるように動くツインテールがなんとも可愛らしい。

「気絶なんてしたら駄目。その間にベッドへ運ばれてしまうわよ」

 軽い冗談のつもりだったのだが、私の熱狂的ファンだと言って事務所に入った少女は愛らしい顔を淫靡に蕩けさせる。

「美麗様がお相手してくださるのなら、喜んでベッドへ行きます。私のすべてを捧げたいです」

 うっとりと告げる少女の目はどこまで見ても本気だった。

 今や私の周りにいる男も女もこんな感じだ。必死で媚を売り、身も心も惜しげなく捧げる。例外がいるとすれば――。

 ちらりと向けた視線の先には、微動だにせず満が立っている。付き人となって以降、一度も邪な感情を浴びせられたことはない。

 妙に腹立たしくなって、からかい半分に挑発してみたりしたが、彼の姿勢はついぞ変わらなかった。

「フフ。貴女にご奉仕させるのもいいかもしれないわね。でも、今は仕事に行くわ」

 私が立ち上がると、警護の人間がすぐに動き出す。合計で五人いるが、全員が女性で構成されていた。

 事務所内を歩けば、まるで大名行列のごとく人がついてくる。社長ですらも私の後ろにいる。最初の頃は優越感で身震いしていたが、毎日だと慣れて当たり前になる。テレビ局や撮影現場でも同様の状況になるのだ。いちいち感動していたら身が持たない。

   *

 CMの撮影を終えるなり、スポンサーが笑顔で揉み手というある意味王道な態度で寄って来た。

 特権とばかりに私を間近で眺め、目の中に欲望の炎を燃やす。

 汚らわしいとは思わない。男なんて所詮はその程度だ。枕営業というのが成立する時点でわかる。

 どんなに望んでも私には指一本触れられない。情欲に身を焦がすしかない空しさで悶々とするといいわ。

 冷笑で相手の好意を受け止める。売れたいタレントなら辛辣な心情をおくびにも出さず笑顔で応じるのだろうが、私は違う。天下の優綺美麗は何者にも媚びたりしない。

「どうですか、お昼にお寿司でも。他が良いのでしたら和洋中、どのようなリクエストにも応じさせていただきますぞ」

「お断りするわ。同席したテーブルの下で、醜いテントを張られるのはごめんですもの。社長さんなら色々な事務所と付き合いがあるでしょう? そういうのを引き受ける子とお楽しみになればいいわ」

 一瞬だけ瞳の炎が欲望から怒りに変わるも、社長は苦笑という仮面ですぐに己の心を誤魔化す。

 こみあげる激情をいちいち吐き出していては、社長など務まらない。その点は褒めてあげてもいい。

 完全な上から目線になるのも当然だ。私がCMに出演してあげているからこそ、社長の会社の商品は売上を順調に伸ばせているのである。むしろ感謝の念が足りないくらいだった。

「相変わらず、美麗さんは手厳しいですな。私などの出る幕はなさそうです」
「当たり前でしょう。誘われれば簡単についていくような女と思ってるのなら、認識を改めることね。不愉快だとCMを降りてもいいのよ」

 契約書は交わしているが、違約金などは設定されていない。私が不服に思えば、すぐにやめられる。有利極まりない条件で契約できるのも、すべて人気の高さゆえだった。

 前みたいに飾った口調を使う必要もない。すべては思うがまま。現世に蘇った女神同然の私が、誰に何を遠慮する必要があるというのか。

「話が終わったのなら、退けてくれる? これ以上、臭い息を吐きかけられるのは耐えられないわ」

 手で合図すると、控えていたSPがすぐに動いて社長を強制的に私の前から移動させる。苦々しさを覚えようとも、私に文句など言えるはずがない。会社の不利益に直行する。

「これは失礼しました。私ごときの頭でよければ、このように下げさせていただきますので、どうぞ今後もご契約をお願いいたします」
「あら。やっと私の下僕に相応しい態度になったわね。お前ごときが、対等に語ろうなんておこがましいのよ」
「は、ははは。ありがとうございます」

 社長の剥げた頭の輝きが曇り、こめかみに浮かび上がった血管が切れそうなくらいにヒクつく。

「ウフフ、冗談よ。社長さんの器の大きさは見せてもらったわ。機会があればお食事をご一緒しましょう」

 どんなに硬い怒りの塊も、私の女神たる微笑みを見せられれば瞬時に溶ける。視界の中で立っている社長が良い例だ。

「は、はい。その際は是非、よろしくお願いします」
「そのような機会は永遠に訪れないでしょうけどね」

 天にも昇りそうだった表情が、一瞬にして奈落の底へ落ちたかのような絶望へ変わる。

 あまりにも愉快な変化は、何度でも見たくなるほどたまらない。優綺美麗となって他者を嬲る快感がわかりつつあった。

 何も言えなくなった社長にも背中を見せてあげるという飴を与え、私は撮影現場を後にする。

   *

 高級レストランに場所を移し、軽く食事をしながら海外メディアの取材に応じる。

「ミス美麗は世界でご活躍ですが、英語を覚えたりはしないのですか」

 インタビュアーの女性は英国人らしいので、単純に疑問に思ったのだろう。

 とはいえ、この私にそんな愚劣な質問をするなんて呆れるわね。

 鼻で笑ったあと、どうして覚える必要があるのかしらと逆に質問をする。

「英語が堪能であれば、活躍の場はさらに広がると思うのです」
「フン、くだらないわね。私に仕事をしてほしいのなら、日本語でお願いするのが礼儀でしょう。それが嫌なら近寄らなければいい」

 私を取材するために選ばれた女性は日本語が堪能で、言葉の意味を理解して肩を竦めた。

 理解できないと表現したつもりなのだろうが、こちらかすればいちいち他国の言語を覚えなければいけない理由がわからない。

「お話は以上ね。お客様がお帰りよ。ご案してさしあげて」
「え? まだ取材の時間は――ちょっと!」

 付き人の満と、SPの数人により取材スタッフは全員まとめて退席となった。

 他にも私の話を聞きたいと待っているメディアがいるのだ。くだらない話をしたがる一社に、予定通りの時間まで付き合う必要はない。

   *

 数本の取材をこなしたあと、高級リムジンで移動して映画の公開初日となるホールで他の出演者と一緒に挨拶を行う。待たされるのが嫌いな私の出番は一番最後だ。

 監督や他の出演者はすでにステージへ出ているが、私の登場と共に熱気は最高潮に達する。

 割れんばかりの歓声に支配された大きめのホールが揺れそうな勢いだ。私が静かにと手で合図しない限りはずっと続く。

 ひとしきり群衆に賞賛の言葉を並べさせてから、女帝とも呼ばれる私はその通りの振る舞いで落ち着かせる。

 ある程度の静けさを取り戻しても、膨大な興奮は隠しきれない。私が姿を見せる前と後ではえらい違いである。

「今回の映画で主演を務めてくださいました、我らが優綺美麗様です。
 お集りの皆様も、よほど生でご覧になりたかったのでしょう。これまでと瞳の輝きぶりが違います」

 監督が私の案内をしたあと、スタッフからマイクが手渡される。

「演技にはさほど自信がないのだけれど、どうしてもというから出演したのよ。楽しんで帰りなさい」

 美しく透き通る声で話しかけられた観客は、それだけで全員が達しそうなほど顔を歓喜で一杯にする。

「美麗様、素敵」「全力で楽しませていただきます」「私、倒れちゃいそう」

 男も女も関係ない。ステージ下から浮かび上がるのは、すべて賞賛の言葉だ。
 だからといって必要以上のサービスをするつもりはなかった。もはや私はそのような行為とは無縁の存在なのだ。

「それではごきげんよう」

 一分にも満たない挨拶を終えて舞台袖に引き上げる。一度は顔を見せてあげたのだから、もう十分だろう。

 自らの意思で予定を変更して帰る私を、誰も引き止めない。そんな真似ができる者などいないからだ。

「お疲れ様でした」満が改めて予定の確認をする。「この後はテレビ局の取材、それが終わると会食になります」

 そういえば朝にそのような説明を受けていた。悩む必要はない。私は気分のままに告げる。

「すべてキャンセルしておいて。私はもう帰宅するわ」

 承諾を求めるのではなく一方的に告げる。私の決断は絶対であり、覆らない。
 きちんと理解している付き人の満は、わかりましたという返事と共に恭しく頭を下げた。
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