いきなりマイシスターズ!~突然、訪ねてきた姉妹が父親の隠し子だと言いだしたんですが~

桐条京介

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第1話 妹たちの電撃訪問

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 二人の幼い少女がドアに背中を預け、膝を抱えて座っていた。

 近所の大手スーパーでのパート勤務を終え、帰宅した透が夜風に吹かれながら辿り着いた我が家の前で見た光景がそれだった。

 近づく足音に少女の一人が顔を上げる。ショートボブというかおかっぱに近い。地毛なのか少し茶色い。くりくりとした丸い瞳が、真っ直ぐに透を捉える。

「あ、あの、立花透さんですかっ!?」

「……ああ」

 二十三歳独身。妻はおろか彼女もいない。近しくしている親戚もいない。ないない尽くしの人生だけに、少女の知り合いもいない。

 名前を呼ばれたので返事はしたものの、頭の中に収納されている記憶を片っ端から漁ってみても少女が何者かは不明だ。

 少女自身も不審がられてると理解しているのだろう。表情と声に緊張を現しながら、勢いよく立ち上がる。

「わ、私は野々村里奈と言います。宜しくお願いします!」
「……何を?」

 口調こそぶっきらぼうだが、透はかつてないほど混乱していた。

 この先もずっと繰り返されると思っていた日常に、とんでもない異物がポンと放り投げられたせいだ。

 嫌な予感しかしないが、とりあえずは少女の正体を判明させなければならない。

「んあ? お姉ちゃん?」

 自己紹介をしたばかりの少女の足元で、もう一人の少女が眠そうな声を出す。

 実際に今まで眠っていたのかもしれない。

 現在時刻は午後十時。外見からして小学校低学年と思われる少女が起きているには、ずいぶんと遅い時間だった。

「奈流も立って。お兄ちゃんに挨拶するの」

「んみゅ。奈流だよー」

「そうじゃなくて、しっかりと名前を言うの。ほら、寝ぼけてないで」

 乱れた髪を手で直し、奈流と呼んだ少女にあれこれと指示を出す。

 目の前で何が起きているのかは不明のままだが、どうやら二人は透を待っていたらしい。

「お兄ちゃん、帰ってきたの? 奈流はね、お姉ちゃんとお兄ちゃんの妹だよー」

 里奈と言った少女よりも大きな栗色の瞳がキラキラと輝く。純真無垢さは伝わってくるが、透の知りたい点はそこではない。

「お兄ちゃん? 妹? 君たちは誰だ。俺にはさっぱりわからないんだが」

 どうしてですかと怒ったりはせずに、里奈は申し訳なさそうにそうですよねと何度も頭を下げる。

「ご、ごめんなさい。事情を説明します。私たちは姉妹で、私がさっき自己紹介した通り野々村里奈で、こっちが妹の野々村奈流です」

 姉の説明に合わせ、奈流が再び「奈流だよー」と笑顔で挨拶する。

 第一印象だけだが、どうやらかなり人懐っこそうだ。真っ直ぐに伸ばした黒髪を左右に小さく揺らし、とにかくにこにこしている。

「そ、その、私たち、娘なんですっ」

「……俺に娘はいないぞ」

「あ! そ、そうじゃなくて、あの、その、武春お父さんの娘なんです!」

「……はい?」

 透は絶句した。彼女が口にした武春というのは、紛れもなく父親の名前だったからだ。

 衝撃の事実を告げられて、理解が深まるどころか余計に混乱する。

「隠し子ってことか? だから俺をお兄ちゃんなんて呼んだのか。けど妹がいるなんて初耳だし、隠し子については……まあ、言わない場合もあるか」

 両親ともすでに他界しているが、生前の夫婦仲は良好だった。

 仮に少女の話が本当だったとして、隠し子がいる事実を母親に告げていたとは思えない。脳裏に亡き二人の顔を思い浮かべながら、透はそう考えた。

 ならば父親はずっと文字通りに、母のではない子供を隠していたのか。

 真実を知る当人は黄泉の世界へ旅立ってしまっているため、今さら問い詰めることもできない。要するに真相は闇の中だ。

「君たちが本当に俺の妹。つまりは親父の子供だという証拠はあるのか?」

 子供に訴えられたからといって、すぐにそうだったのか辛い思いをしたね、なんて展開にはならない。

 純真そうに見えて、他者を簡単に騙せる人間も広い世の中には存在するのだ。

 証拠の有無を透に問われた里奈は、はいているジーズンの後ろポケットから大事そうに一枚の写真を取り出した。

 手渡された透が写真を確認するのに合わせて、彼女は「ママと武春お父さんです」と言った。

「本当に、親父だな」

 長年共に暮らしていた息子が、実の父親の顔を見間違うはずもない。

 どこかのスナックだろうか。

 オレンジ色の柔らかそうなソファが並ぶ店内で、カウンター席に座っている父親がこちらを向いて満面の笑みを見せている。

 隠し撮りされたのではなく、当人の許可を得て撮影したのは明らかだ。

 出張時によく着ていたグレーのスーツと紺色のネクタイは、よく色が変だと母親に叱られていた。

 情景を思い出して懐かしむも、父親の隣に座っているのは透の母親ではなく、赤に近い茶色の髪を巻いている真っ赤なワンピース姿の女性だった。

 どことなく地味だった母親とは違い、外見からしてとても派手だ。恐らくは写真のスナックで働く女性なのだろう。

 特に生前の父親と女性の趣味について語り合ったことはなかったが、写真の女性はスタイル抜群で男受けしそうな顔をしていた。

 写真と少女たちを見比べると、里奈よりも奈流に女性の面影が残っている。

 外見だけで判断するのは危険だが、女性と少女たちが母娘であるのは信じてもよさそうだ。

「しかし、信じられないな。親父に俺以外の子供がいたなんて」

 息子の透から見ても武春は母の舞一筋だったし、浮気をするようなタイプではなかった。

 露見しないよう、出張時にこっそりやってたんだよと言われればそれまでだが。

「で、でも、私たち、本当に武春お父さんの娘なんです。信じてくださいっ!」

 鬼気迫るというのか、真剣以外に形容のしようがないほどだ。真っ直ぐに透を見て、里奈は何度も同じ台詞を繰り返しては頭を下げる。

 築百年は経過していようかというオンボロ六軒長屋だけに、外で騒いでいればご近所の迷惑にもなる。

 左端から二番目が透の部屋であり、左隣はほとんど家に戻っているのを見たことがない老齢の男性。右隣は仲睦まじく年金暮らしをしている老齢の夫婦だった。

 家賃がなんと月八千円というのもあって、基本的に老人ばかりだ。透は父親がここを住居にしていた縁で今も住んでいる。

 顔見知りが多く、世話好きで優しい人が多いとはいえ、幼女も同然の二人を相手に騒いでいたら不審がられて当然。通報されても文句を言えない状況でもある。

 透は軽くため息をつく。いかなる事情があるにせよ、少女たちをこのまま外で一晩過ごさせるわけにもいかない。

 倫理的に問題があるし、だいぶ風に温かさが含まれ出したとはいえ夜はまだまだ肌寒い。風邪をひかれては困るし、本当に透の実妹の可能性もあるのだ。

「とりあえず、上がるか?」

 少女に不審がられないか内心で怯えつつも尋ねると、真っ先に奈流が嬉しそうに頷いた。

「やったー。お姉ちゃん、お部屋の中に入っていいって!」

 袖口を妹に引っ張られた里奈が、ボロボロといきなり大粒の涙をこぼして深々と頭を下げた。

「ありがとうございます」

「いや、お礼を言うのは待ってくれ。中で話を聞きたいだけだ。それに言うべきこともあるしな。最悪、明日の朝には出て行ってもらうかもしれない。酷だとは思うが、妹ですと言われて、はいそうですかと信じるのは難しい。何かと大変な世の中でもあるしな」

 迷子の少女を助けようと声をかければ変質者扱い。正義の味方を自称する誰かに通報されて人生終わりへ一直線だ。

 叶うなら、幼い女の子と関わり合いにはなりたくなかったが、父親の子供だと言い張る里奈や奈流を放置もできない。

 そこで透は部屋の中で落ち着いて事情を聞くことにしたのである。
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