いきなりマイシスターズ!~突然、訪ねてきた姉妹が父親の隠し子だと言いだしたんですが~

桐条京介

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第33話 プロポーズ

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 駅から出て町を歩く。

 すっかり空は暗くなっていて、寒いかと尋ねれば二人は首を左右に振った。

「お兄ちゃんの手を握ってるから」里奈が言った。

 奈流は下を向いたままで、頻繁に服の袖で涙を拭っている。

 いつかこの日を想い出として懐かしめる時がくるのだろうか。

 見上げた月は何も答えてくれずに、少し冷たい風が家族の間を吹き抜ける。

 家の前には見慣れた車。ドアのそばに綾乃と奏が立っていた。

 夕食はお寿司を頼んだ。全員で食べ、銭湯に行き、豪華な食事を除けば普段と変わらないように過ごす。

 居間で五人で輪になり、トランプをする。時計の針が進んでも、誰もその場を離れない。

 だがそのうちに奈流が目をしょぼしょぼさせ、欠伸をするようになる。日中、遊園地であれだけはしゃいだのだから疲れていて当然だ。

「眠いんだろ? 明日も学校があるんだ。そろそろ寝た方がいい」

 透が声をかけると、少女は立ち上がって全力で嫌々をした。

「奈流、ねないもん! ずっとおきてるもん! だって、そうすれば日曜日がずっとつづくもん。あしたにならないんだもん……」

「奈流……!」

 里奈が妹を抱きしめる。

「うん。そうだよね。じゃあ、お姉ちゃんと一緒に起きてよう。ずっと日曜日にいよう」

 普段なら叱っても、今夜ばかりは透も何も言えなかった。

 眠気と戦い、少女たちは懸命に話をする。

 透は微笑み、それを聞く。

 綾乃も奏も、決して余計な口を挟まなかった。

 深夜になり、日付が変わる。

 月曜日となり、日曜日は終わった。

 姉妹の口数は段々と少なくなり、やがて重さを増した瞼に抗いきれずに寝息を立て始めた。

「だいぶ暖かくなったとはいえ、夜はまだ冷えるわ。私がこの子たちを二階へ寝かせてくるわね」

「お願いします」

 畳の上よりは、布団で眠った方が疲れも取れる。

 丁寧に姉妹を一人ずつ二階へ運んでいく綾乃の後姿を眺めながら、透は大きなため息をつく。

「ずいぶんと疲れているみたいだな」

 透の隣に、奏が腰を下ろす。

「まるで老人みたいな顔だぞ」

「さすがにはしゃげないな。自分の情けなさに腹が立つ」

 食卓の縁を背もたれにして、片足を伸ばして座る透は強く奥歯を噛み締めた。

 足を崩した奏は静かに「そうか」と言い、寄り添うように透の隣にいてくれた。

 だからだろうか、自然と懺悔にも似た言葉が透の口から漏れだす。

「最初は……正直、鬱陶しいと思った。どうして俺が苦労を背負うんだとも」

「無理もない。父親の隠し子と言われても、ピンとこなかったろうしな」

 透は薄く笑う。皮肉気に見えたとしたら、憫然な自分に嫌気がさしているせいだろう。

「それでも姉妹を家に置いた一番の理由は世間体さ。義務感? そんな格好いいものじゃない。他人の目を気にしただけだ」

「慰めてほしいのか?」

「そうなのかもしれない。誰かにお前はよくやったと褒めてもらいたいのかもな。つくづく惨めな男だ」

「ふむ。どうやら透は完全に諦めてしまったようだな」

 責めるような口ぶりに、透は怒りを覚える。全身がカーっと熱くなり、強く醜い言葉を口から放り出す。

「どうしろっていうんだよ! 俺の収入じゃ、養子にもできないんだ! 誘拐でもしろってのか!」

 激情にまみれた怒鳴り声をぶつけられても、奏は動じない。腕組みをして、鋭さを伴った横目で透を睨む。

「私は最初から君たちの同居には反対だった。様々な困難が待ち受けているのを簡単に予想できたからだ。だが、透は反対を押し切った。どのような状況になろうとも、姉妹と一緒に生きていく決意をしたからではないのか?」

「そうだよ! だが俺の力じゃ限界がある! 必死になって考えたが、今の生活を続けていくには、やはり養子縁組をするしかない。けど収入面がネックだ。年収を上げようにも、今からじゃ何年かかるかわからない。そうなれば残された方法は結婚くらいだ。収入を上げるより絶望的じゃないか」

「どうしてだ?」

「どうしてって、当たり前だろ。俺の年収は二百万に届くかどうか。さらには小学生の女の子も二人ついてくる。こんな男に嫁ぎたがる女を探すなんて無理だ。いるなら連れて来てくれよ!」

「わかった」

 事もなげに奏は返事をした。

「ハハ。奏さんも、そんな冗談を言うんだな」

「冗談? 私は本気だぞ」

「あのな。さっきも言ったけど、事情を全部知ってて、それでも俺と結婚――って、まさか……」

 腹の底でマグマのごとく煮え滾っていた怒りが、すべて消し飛んだ。それくらい透は愕然とした。

 瞬きするのを忘れた目が乾き、開きっぱなしの口の奥で喉がヒリつく。手足の指先が震えて力が入らない。立っていれば、間違いなくへたり込んでいた。

 目の前にいる女性の頬が軽く桜色に染まる。次の言葉を話すのは男の役目。無言で透をじっと見つめる姿からは、そんな印象を受ける。

「まさか、奏さんが俺と……?」

「ど、どうして君はそんなに動揺しているんだ。姉妹と一緒に暮らすには、この方法しかないだろう。結婚すれば収入面は安心とはいかなくとも、極端に不安視はされなくなるだろう。君が気にする世間体に関しても問題はなくなる。独身男性より、新婚夫婦が養子を貰ったという方がまだ見栄えはいいだろうからな」

 矢継ぎ早に話す奏の顔がどんどん赤みを増す。彼女もまた、喉がカラカラになるほど緊張しているのがわかる。

 言いたいことを言い終えると、食卓の上に置かれていたコップを掴んで水を一気に飲み干した。

 透は考える。確かに申し出はありがたい。奏と結婚をすれば、里奈や奈流とも一緒にいられる。二人も喜ぶだろう。

 だが、これでいいのかという不安が尽きない。

 押し黙った透を、訝しげな目で奏が眺める。

 彼女の視線を正面から受け止めきれず、顔を逸らした透は自分の足元を見ながら結論を伝える。

「申し出は嬉しいが、遠慮するよ」

「……何故だ」言う奏の表情は厳しい。

「これ以上、奏さんに迷惑をかけたくない」

 申し訳なさを抱えつつも、透は自分の気持ちを正直に伝える。

「俺があの子たちと一緒にいたいからといって、奏さんの人生を犠牲にするわけにはいかない。女性にとって、男もだけど、結婚ってのは大事なものだろ。奏さんなら引く手数多だろうし、本当に好きな男と一緒になった方がいい。同情と優しさに甘えては駄目な――うごっ!?」

 頬を両手で掴まれ、強引に顔の向きを変えられた直後、頭部に鋭い痛みが発生した。

 なんと目を稲妻のごとく斜めに尖らせた奏が、透に頭突きを見舞ったのである。

「君は本物の阿呆か!」

 額のズキズキという痛みすら一時的に忘れるほどの強い剣幕だった。頬の手が今度は透の胸元を掴み、顔同士がぶつかりかねないほど接近する。

 ドキっとするより、唖然とした。これほどの怒りを見せる奏は初めてだった。

「姉妹への同情心だけで、私が君と結婚すると思うのか!? 私はそんなに慈愛に満ちた女ではない! と、透と、なら、り、理想の家庭を作れそうだと……ああ、もう! どうして私がここまで言わないといけないんだ! つべこべ言わずに一緒になれ!」

 台詞の最後は、とんでもない一言で締めくくられた。

 思わず透は吹き出す。

「何がおかしい!?」

「悪い、悪い。でも、やっぱり断らせてもらう」

「なん……だと……?」

「だって、プロポーズは男からしたいだろ」

 今さらか、などと叱責されたりはしなかった。

 襟首を掴んでいた奏の手から力が抜ける。

 乱れた衣服を直し、座り直した透は真っ直ぐに奏を――愛しい女性を見つめる。

「瑞沢奏さん」

「は、はいっ!」

 透同様に正座した奏が、上半身をピンと伸ばす。

「そ、そんなに緊張しないでくれ。お、俺まで変な感じになりそうだ」

「し、仕方ないだろう! そ、それより続きはどうした。こういう時くらい、ビシっと決めろ!」

 自然と、透の笑みが気負いのないものに変わる。

 ぶっきらぼうな感じに見えて、母性愛も豊かな奏。

 彼女の言葉ではないが、きっと理想の家庭を作っていける。心の底からそう思った。

 尻に敷かれる可能性は相当に高いだろうが。

「貴女を愛しています。二人の小さな妹もついてきますが、どうか俺と結婚してください」

 先ほどのやりとりで緊張が解れたおかげか、透自身も驚くほどスラスラと言えた。人生初めてのプロポーズだった。

 緊張一色だった奏が歓喜を表現し始め、電車内で姉妹が見せたのとはまったく違う涙を流す。

「はい。不束者ですが、よろしくお願いします」

 丁寧に三つ指をつく。普段とは違う口調に、照れを含んだ上目遣い。さらに極上の笑顔が続く。

 透の手足が勝手に動き、妻となるのを承諾してくれた女性を抱きしめる。

「覚えているか?」

 耳元で、囁くように奏が聞く。

「私が透に、姉妹と血が繋がってないのを教えた時のことだ。あの夜、君は言ったな。知っていたと。そして当たり前のように、里奈と奈流を妹だと言い切った。あの時だろうな。私は君に惚れた。それまでも少なくない好意を抱いてはいたが、あれが決定打となった。まったく罪な男だ」

「そうか。それじゃ、ますますあの二人に感謝しないとな。職場でずっと高嶺の花だと思っていた奏さんと近づけたのも、彼女たちのおかげだ」

「透に摘まれてしまったから、高嶺の花ではなくなったな」

 悪戯っぽく笑う奏の顔が、たまらなく愛しかった。

「ありがとう」

 気がつけば透はお礼を言っていた。

「どういたしまして」

 互いの顔が近づく。唇が触れ合い、体温が一つになる。

 その瞬間、思考は何の意味も持たなかった。

 愛する人が目の前にいる。それだけがすべてだった。
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