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第18話 撃退と新たな依頼
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狙いは的確だったが、警戒されている上に距離があったせいで命中には至らなかった。しかし避けるのに集中しなければならず、そのせいで敵は祐希子を追いかけるのを諦めなければならなかった。最善ではないかもしれないが、新の狙い通りである。
口惜しそうに顔を歪めたゴブリンが、体を反転させる。不利を察して逃げるつもりらしいが、そうはいかない。新は次の宝石をカートリッジへチャージしようとして――視界を塞がれた。
「新っ! 怖かったよ! わああン!」
駆け寄ってきた祐希子が全力で跳躍して、真正面から新に抱きついてきたせいだった。眼前に二つのふくらみが押しつけられ、勢いそのままに道路上へ押し倒される。
確かに意外とあるかもしれない。窒息しそうな中で得た情報でニヤケそうになったのも一瞬、すぐにゴブリンが逃走を開始していたのを思い出す。
「おい、離れろ! ゴブリンが逃げる」
頭の後ろに回された腕をすり抜けて、脇の下から顔を出す。頬に当たる横乳の感触で顔面を蕩けさせるより先に、やらなければならないことがある。
だがとどめを刺したい新を嘲笑うかのように、ゴブリンの背中はすでに見えなくなってしまっていた。
「クソ、遅かったか」悔しさはあるが、気を取り直すように新は息を吐く。「だが、じゃじゃ馬娘が無事だったからよしとするか」
「うんっ!」
自分が足を引っ張ったかもしれないと、暗い顔になっていた祐希子が笑顔を爆発させた。えへへと言いながら、頬擦りするように新へ顔を寄せる。
「お、おい。こんな所で何を考えてんだ。いや、こんな所でなければいいってわけでもないが、しかし俺も男で――違う違う。おかしいぞ、俺。探偵として脳力を発揮するんだ」
いつになく混乱する新の目と鼻の先で、祐希子がこの上なく幸せそうにする。
「新に助けてもらったのは二度目だね。今でもたまに夢に見たりするんだ。最初は怖くてたまらないのに、新が登場すると安心するんだよね。ぶっきらぼうな態度と口調なのに、一生懸命助けてくれるんだよ。ちょっと変で白馬にも乗ってなかったけど、うん……王子様みたいで、凄く恰好よかった」
まさしく夢見る乙女のごとく、うっとりと頬を緩める。元が美少女だけに破壊力抜群すぎて、新はまばたきも忘れて口をパクパクさせる。
「だからかな、柄じゃないのに無理やりついて行って、居候までしちゃった。アタシを適当に放置するわけじゃなく、過度に干渉したがるわけでもなく、自由気ままにさせつつもやりすぎるときちんと叱ってくれる。そんな人に初めて会ったんだ。貧乏だけど、錦鯉探偵事務所での日々は凄く心地よかった。本当だよ」
そこまで喋ったあとで、祐希子は一旦言葉を区切った。上に乗っていた新から顔を離し、月明かりに照らされた悲しそうな表情を見せる。
「でも、それも終わりだね。アタシ、家に戻るよ。一緒に行くと決めた時点で覚悟してたしね。ここでお別れする運命だったんだよ。そうすれば新は、お父さんとお母さんの仇の手がかりを得られるかもしれないもんね」
目尻に涙を光らせて、祐希子が新に何も言わせないように口を開き続ける。
「別にアタシの家出はたいした理由じゃないんだ。新もさっき会った通りの祖父だから凄い過干渉でね。もちろん祖父も子供――アタシのお父さんを亡くしてるから、血の繋がりを持つ孫娘を大事にしたい気持ちはわかるんだけどさ……」
今度はため息をつき、祖父が行ってきたことを一つ一つ上げていく。
「学校にも常に送り迎え付き。友達の身分チェックは当たり前。少しでも気に入らなければあらゆる手段で、せっかく友達になってくれた子をアタシから遠ざける始末。そのうち学校でも孤立するようになったよ。走るのが大好きだったのに、部活もつまらなくなっちゃったしね」
祐希子の告白を、新は黙って聞いていた。
「だからさ、どんな理由があっても、家出したアタシが見知った人のいない土地で暮らせるのは夢みたいだった。色々なことがあって、面白い人たちに囲まれて、乱暴で冷たいようだけど実は温かい王子様が側で見守ってくれて……ああ、これが本当の幸せなんだなって思ったんだ。でもでも、勘違いしないでよ。お祖父ちゃんのことも決して嫌いじゃないんだ。ただ息苦しくて……アハハ。勝手な居候にこんな身の上話をされても困るよね」
ある程度の話を聞き終えて新は理解する。彼女は誰かに話を聞いてもらいたかったのだ。なのに追い出されるのを恐れて、愚痴めいたものを吐き出せなくなっていた。
あれこれと知りたがるのはマナー違反だとしか思っていなかったが、時には詮索や縛りも必要なのかもしれない。ただ線引きや程度が難しいので、喧嘩や別離の原因にもなったりするのだが。
涙を流して話し終えた少女の後頭部を、新は伸ばした手で軽く撫でた。気持ちよさそうに祐希子が鼻を鳴らす。
「そんなに気に入ったなら、事務所での生活を続ければいい。ただし、帰ったら助手としてこき使うけどな」
「え? でも、アタシが家に戻らないと依頼が……」
「今さら何を言ってやがる。こなせなかった依頼なんて一つや二つじゃねえしな。それに俺は成功率百パーセントの凄腕探偵を目指してるわけじゃない。探偵をやりたいからやってるんだ。最初は両親の死の真相を追いたいだけだったけどな。今じゃ、この職業を気に入ってる。最低限の生活ができりゃ、それでいい。金持ちになる必要もない」
「……最低限の生活すらできてないと思うけど。でも、ありがとう」
祐希子が再び新に強く抱きつく。こんな時でも胸板に押しつけられる二つのふくらみに意識が向いてしまう。男とは悲しいものだなんて新が苦笑しかけていると、少しだけ顔を上げた祐希子が正面から見つめてきた。
涙に濡れた瞳はほのかに情欲の光を宿し、元気が持ち味の少女に妖艶さを纏わせる。魅了されたように頭がクラクラして、自然と二人の距離が近づき――。
「かああぁぁつ!」
――いきなり聞こえた大声によって、泡が弾けるように体を離した。
ばつの悪そうな、それでいてせっかくの良いムードを壊されて怒っているような顔で、新の上になっている祐希子は声のした方を向いた。
いつの間にやってきていたのか、そこには源三郎と中年女性のメイドが立っていた。側にはヘッドライトをつけた車も止まっている。
照らされていたことにも気が付けないほど、お互いしか目に入っていなかった。その状態でいきなり声をかけられたのだから、強く驚くのも当然だった。
「祐希子を狙ってくるとはな。まさか……いや、それよりもだ。錦鯉君は何をしているのかな」
一見、穏やかそうなのが逆に恐怖と迫力を増大させる。
「目に入れても痛くない最愛の愛娘に、何をしようとしたのかと聞いているのじゃよ。早く答えたまえ。返答次第では家にある日本刀で首をスパッと斬り落としてやるからのう」
冗談を言っているようには見えなかった。言葉に詰まる新に助け舟を出してくれたのは、渋々といった感じで上から横に移動した祐希子だった。
「お祖父ちゃんにそんなこと言う資格はないだろ。お祖母ちゃんがいるくせに、メイドさんを雇うたびセクハラじみた応対ばっかしてさ」
「フッ……甘いぞ、祐希子」
「何がだよ」
「ワシはあえてやっている。何故なら、その方が婆さんの嫉妬を煽り、夜に燃え上がることができるからな! この水島源三郎を侮るな。ワシは生涯現役ぞ!」
「はいはい、お疲れさん」
冷めた目の祐希子は、すでに祖父を見ていない。これが家出の原因だよとばかりに呆れきったため息をつき、倒れたままの新を助け起こしてくれる。
妖魔にやられたわけではなく、彼女が抱きついてきた勢いで地面に背をつけるはめになったのだが、今の状況で指摘するほど野暮ではなかった。
「冷たくされると、お祖父ちゃん寂しい」
子供みたいに人差し指を咥えて悲しそうにする老齢の当主を、まったく似合ってないメイド服姿の中年女性がいい子いい子して慰める。この世に存在していいのかと問いただしたくなるくらいに、とてつもなくおぞましい光景だった。
「お祖母ちゃんの小芝居はいいからね」
孫娘の冷徹なツッコミに、林の木に隠れてスタンバッていた老婆が愕然とする。館でも見せられたコントチックなやりとりに、そこまで情熱をかけなければいけないものなのだろうか。上半身を起こした新は冷静に不思議がるが、人は人。理解できない趣味だからといって、非難するつもりはなかった。
とぼとぼと車に戻る老婆を哀れみを含んだ視線で見送ったあと、源三郎は新に「受け取れ」と何かを投げてよこした。
車のヘッドライトが光源となっているのもあり、飛んでくる手のひらサイズの正方形の箱を受け取る。
柔らかなクッション材が使われており、多少の衝撃は吸収できるようになっている。中身を確認すると、夜でもはっきりと認識できるほど赤い宝石が入っていた。目だけで問いかけると、源三郎はその通りだとばかりに頷いた。
「それこそが淑女の涙じゃ。持っていくがよい。依頼を達成するのに必要なんじゃろ?」
「しかし……」
条件として出された祐希子の説得を、新は行っていない。それどころか、引き続きの家出を推奨していた有様なのである。受け取るのはいいが、そのせいで祐希子の帰還に尽力しろと言われたら逆らえなくなる。
新の心の迷いを見抜いたのか、源三郎はこちらを見下ろしながらニッと笑った。
「娘が助手を務める探偵事務所が貧乏すぎては困るのでな。それで少しは状況を好転させい。ワシが援助してやってもいいが、間違いなく祐希子が嫌がるでな。それに、君も受け取らぬじゃろう」
「ああ、もちろんだ」
「では、代わりに淑女の涙を受け取りたまえ。それはワシからの前金代わりじゃ。祐希子を守ってほしいという依頼のな」
源三郎の言葉に祐希子が顔を輝かせる。
「じゃあアタシ、家に戻らなくてもいいの!?」
「ワシとしては戻ってほしいが、力ずくで実行してもお前は毎日悲しんで暮らすだけじゃろう。高校卒業後には家を飛び出し、二度と戻らぬかもしれん。そうなるよりは自主性に任せてみようと思う。千尋君からもそう言われておったしな。一度だけ実際に会ったが、彼女はいい女じゃな。尻を触ろうとしたワシの腕を折ろうとする気の強さもたまらん」
アンタ、人の姉貴に何してんだ。
口惜しそうに顔を歪めたゴブリンが、体を反転させる。不利を察して逃げるつもりらしいが、そうはいかない。新は次の宝石をカートリッジへチャージしようとして――視界を塞がれた。
「新っ! 怖かったよ! わああン!」
駆け寄ってきた祐希子が全力で跳躍して、真正面から新に抱きついてきたせいだった。眼前に二つのふくらみが押しつけられ、勢いそのままに道路上へ押し倒される。
確かに意外とあるかもしれない。窒息しそうな中で得た情報でニヤケそうになったのも一瞬、すぐにゴブリンが逃走を開始していたのを思い出す。
「おい、離れろ! ゴブリンが逃げる」
頭の後ろに回された腕をすり抜けて、脇の下から顔を出す。頬に当たる横乳の感触で顔面を蕩けさせるより先に、やらなければならないことがある。
だがとどめを刺したい新を嘲笑うかのように、ゴブリンの背中はすでに見えなくなってしまっていた。
「クソ、遅かったか」悔しさはあるが、気を取り直すように新は息を吐く。「だが、じゃじゃ馬娘が無事だったからよしとするか」
「うんっ!」
自分が足を引っ張ったかもしれないと、暗い顔になっていた祐希子が笑顔を爆発させた。えへへと言いながら、頬擦りするように新へ顔を寄せる。
「お、おい。こんな所で何を考えてんだ。いや、こんな所でなければいいってわけでもないが、しかし俺も男で――違う違う。おかしいぞ、俺。探偵として脳力を発揮するんだ」
いつになく混乱する新の目と鼻の先で、祐希子がこの上なく幸せそうにする。
「新に助けてもらったのは二度目だね。今でもたまに夢に見たりするんだ。最初は怖くてたまらないのに、新が登場すると安心するんだよね。ぶっきらぼうな態度と口調なのに、一生懸命助けてくれるんだよ。ちょっと変で白馬にも乗ってなかったけど、うん……王子様みたいで、凄く恰好よかった」
まさしく夢見る乙女のごとく、うっとりと頬を緩める。元が美少女だけに破壊力抜群すぎて、新はまばたきも忘れて口をパクパクさせる。
「だからかな、柄じゃないのに無理やりついて行って、居候までしちゃった。アタシを適当に放置するわけじゃなく、過度に干渉したがるわけでもなく、自由気ままにさせつつもやりすぎるときちんと叱ってくれる。そんな人に初めて会ったんだ。貧乏だけど、錦鯉探偵事務所での日々は凄く心地よかった。本当だよ」
そこまで喋ったあとで、祐希子は一旦言葉を区切った。上に乗っていた新から顔を離し、月明かりに照らされた悲しそうな表情を見せる。
「でも、それも終わりだね。アタシ、家に戻るよ。一緒に行くと決めた時点で覚悟してたしね。ここでお別れする運命だったんだよ。そうすれば新は、お父さんとお母さんの仇の手がかりを得られるかもしれないもんね」
目尻に涙を光らせて、祐希子が新に何も言わせないように口を開き続ける。
「別にアタシの家出はたいした理由じゃないんだ。新もさっき会った通りの祖父だから凄い過干渉でね。もちろん祖父も子供――アタシのお父さんを亡くしてるから、血の繋がりを持つ孫娘を大事にしたい気持ちはわかるんだけどさ……」
今度はため息をつき、祖父が行ってきたことを一つ一つ上げていく。
「学校にも常に送り迎え付き。友達の身分チェックは当たり前。少しでも気に入らなければあらゆる手段で、せっかく友達になってくれた子をアタシから遠ざける始末。そのうち学校でも孤立するようになったよ。走るのが大好きだったのに、部活もつまらなくなっちゃったしね」
祐希子の告白を、新は黙って聞いていた。
「だからさ、どんな理由があっても、家出したアタシが見知った人のいない土地で暮らせるのは夢みたいだった。色々なことがあって、面白い人たちに囲まれて、乱暴で冷たいようだけど実は温かい王子様が側で見守ってくれて……ああ、これが本当の幸せなんだなって思ったんだ。でもでも、勘違いしないでよ。お祖父ちゃんのことも決して嫌いじゃないんだ。ただ息苦しくて……アハハ。勝手な居候にこんな身の上話をされても困るよね」
ある程度の話を聞き終えて新は理解する。彼女は誰かに話を聞いてもらいたかったのだ。なのに追い出されるのを恐れて、愚痴めいたものを吐き出せなくなっていた。
あれこれと知りたがるのはマナー違反だとしか思っていなかったが、時には詮索や縛りも必要なのかもしれない。ただ線引きや程度が難しいので、喧嘩や別離の原因にもなったりするのだが。
涙を流して話し終えた少女の後頭部を、新は伸ばした手で軽く撫でた。気持ちよさそうに祐希子が鼻を鳴らす。
「そんなに気に入ったなら、事務所での生活を続ければいい。ただし、帰ったら助手としてこき使うけどな」
「え? でも、アタシが家に戻らないと依頼が……」
「今さら何を言ってやがる。こなせなかった依頼なんて一つや二つじゃねえしな。それに俺は成功率百パーセントの凄腕探偵を目指してるわけじゃない。探偵をやりたいからやってるんだ。最初は両親の死の真相を追いたいだけだったけどな。今じゃ、この職業を気に入ってる。最低限の生活ができりゃ、それでいい。金持ちになる必要もない」
「……最低限の生活すらできてないと思うけど。でも、ありがとう」
祐希子が再び新に強く抱きつく。こんな時でも胸板に押しつけられる二つのふくらみに意識が向いてしまう。男とは悲しいものだなんて新が苦笑しかけていると、少しだけ顔を上げた祐希子が正面から見つめてきた。
涙に濡れた瞳はほのかに情欲の光を宿し、元気が持ち味の少女に妖艶さを纏わせる。魅了されたように頭がクラクラして、自然と二人の距離が近づき――。
「かああぁぁつ!」
――いきなり聞こえた大声によって、泡が弾けるように体を離した。
ばつの悪そうな、それでいてせっかくの良いムードを壊されて怒っているような顔で、新の上になっている祐希子は声のした方を向いた。
いつの間にやってきていたのか、そこには源三郎と中年女性のメイドが立っていた。側にはヘッドライトをつけた車も止まっている。
照らされていたことにも気が付けないほど、お互いしか目に入っていなかった。その状態でいきなり声をかけられたのだから、強く驚くのも当然だった。
「祐希子を狙ってくるとはな。まさか……いや、それよりもだ。錦鯉君は何をしているのかな」
一見、穏やかそうなのが逆に恐怖と迫力を増大させる。
「目に入れても痛くない最愛の愛娘に、何をしようとしたのかと聞いているのじゃよ。早く答えたまえ。返答次第では家にある日本刀で首をスパッと斬り落としてやるからのう」
冗談を言っているようには見えなかった。言葉に詰まる新に助け舟を出してくれたのは、渋々といった感じで上から横に移動した祐希子だった。
「お祖父ちゃんにそんなこと言う資格はないだろ。お祖母ちゃんがいるくせに、メイドさんを雇うたびセクハラじみた応対ばっかしてさ」
「フッ……甘いぞ、祐希子」
「何がだよ」
「ワシはあえてやっている。何故なら、その方が婆さんの嫉妬を煽り、夜に燃え上がることができるからな! この水島源三郎を侮るな。ワシは生涯現役ぞ!」
「はいはい、お疲れさん」
冷めた目の祐希子は、すでに祖父を見ていない。これが家出の原因だよとばかりに呆れきったため息をつき、倒れたままの新を助け起こしてくれる。
妖魔にやられたわけではなく、彼女が抱きついてきた勢いで地面に背をつけるはめになったのだが、今の状況で指摘するほど野暮ではなかった。
「冷たくされると、お祖父ちゃん寂しい」
子供みたいに人差し指を咥えて悲しそうにする老齢の当主を、まったく似合ってないメイド服姿の中年女性がいい子いい子して慰める。この世に存在していいのかと問いただしたくなるくらいに、とてつもなくおぞましい光景だった。
「お祖母ちゃんの小芝居はいいからね」
孫娘の冷徹なツッコミに、林の木に隠れてスタンバッていた老婆が愕然とする。館でも見せられたコントチックなやりとりに、そこまで情熱をかけなければいけないものなのだろうか。上半身を起こした新は冷静に不思議がるが、人は人。理解できない趣味だからといって、非難するつもりはなかった。
とぼとぼと車に戻る老婆を哀れみを含んだ視線で見送ったあと、源三郎は新に「受け取れ」と何かを投げてよこした。
車のヘッドライトが光源となっているのもあり、飛んでくる手のひらサイズの正方形の箱を受け取る。
柔らかなクッション材が使われており、多少の衝撃は吸収できるようになっている。中身を確認すると、夜でもはっきりと認識できるほど赤い宝石が入っていた。目だけで問いかけると、源三郎はその通りだとばかりに頷いた。
「それこそが淑女の涙じゃ。持っていくがよい。依頼を達成するのに必要なんじゃろ?」
「しかし……」
条件として出された祐希子の説得を、新は行っていない。それどころか、引き続きの家出を推奨していた有様なのである。受け取るのはいいが、そのせいで祐希子の帰還に尽力しろと言われたら逆らえなくなる。
新の心の迷いを見抜いたのか、源三郎はこちらを見下ろしながらニッと笑った。
「娘が助手を務める探偵事務所が貧乏すぎては困るのでな。それで少しは状況を好転させい。ワシが援助してやってもいいが、間違いなく祐希子が嫌がるでな。それに、君も受け取らぬじゃろう」
「ああ、もちろんだ」
「では、代わりに淑女の涙を受け取りたまえ。それはワシからの前金代わりじゃ。祐希子を守ってほしいという依頼のな」
源三郎の言葉に祐希子が顔を輝かせる。
「じゃあアタシ、家に戻らなくてもいいの!?」
「ワシとしては戻ってほしいが、力ずくで実行してもお前は毎日悲しんで暮らすだけじゃろう。高校卒業後には家を飛び出し、二度と戻らぬかもしれん。そうなるよりは自主性に任せてみようと思う。千尋君からもそう言われておったしな。一度だけ実際に会ったが、彼女はいい女じゃな。尻を触ろうとしたワシの腕を折ろうとする気の強さもたまらん」
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