探偵と真夜中の太陽

桐条京介

文字の大きさ
21 / 34

第21話 決着と残った謎

しおりを挟む
 これまでの付き合いでワンは新の情報を十分に得ている。チャージが完了する前に仕留めるべく、突進してきた。

 打撲中の肉体は思うように動いてくれず、体当たりをまともに受けて吹き飛ばされる。その隙にワンは祐希子を抱えて逃げようとした。

「そうはいくかよ!」

 ワンを邪魔するように尻もちをついたままでジュエルガンを撃ち、再度意識をこちらに向けさせるとすぐに立ち上がり、次のをチャージする。

 しかし、このところの戦闘続きのせいで、早くも弾とする宝石が尽きつつあった、

「くそっ! ただでさえ貧乏だってのに! 助けたら祐希子はしばらくただ働きだ!」

 猿ぐつわの下でむーむーと何やら言っているが無視をする。あれだけの元気があれば大丈夫そうなので、新にとっての最優先はワンの退治となる。

 新に正体を知られたワンは、今後は遠慮なく襲ってくるだろう。祐希子を完全に自分の物とするまでは。

 新も満身創痍だが、ワンも先日の戦闘の影響と先ほど受けたダメージによって本来の力を発揮できないようだった。だからこそ、祐希子を連れて逃げたがっている。

「そう嫌わないで、決着をつけようぜ、ワン公」

「ドウシテ、ワタシの邪魔をスルネ! 取引先のヨシミでタスケテヤロウと思ったノニ、残念ネ。次は確実に殺すヨ」

 血走ったようにワンの目が赤くなる。危険な輝きだ。一回り太くなった爪が伸びる。まるで各指にショートソードでも生えたかのようだった。

「ワタシはダンナのチカラを知ってルネ。ケド、ダンナはワタシのチカラを知らナイ。情報不足は致命的ネ。あの世で後悔スルヨ!」

 向けた指から勢いよく爪が発射される。五本同時に投げナイフを放たれたような攻撃を、身体能力は普通の人間の新が回避するのは不可能だった。

 倒れ込むようにして直撃を避けるのが精一杯で、腕や足の皮膚を容赦なく切り裂かれた。景品交換所内の畳の上で、新は苦痛に悶える。

 一瞬だけだったが、マズいと理解した時にはもう遅い。見せてしまった隙を、妖魔であるワンが見逃すはずもなかった。

「コレデ終わりネ。縁がアッタラ、来世でも情報屋をしてアゲルネ」

 見下ろすワンの顔が収穫に歪み、新しく生えた爪が新の命を奪うべく眼前に迫る。倒れた際にジュエルガンは手から離れた。助かるすべはもうない。

 新がちくしょうと叫ぶ前に、何かが上に乗った。それは芋虫みたいにして、近付いてきた祐希子だった。

 気づいたワンが慌てて腕の動きを止める。祐希子の背中に、爪が突き刺さる寸前だった。

 愕然とするワンが祐希子に目を奪われている間に、畳の上を転がって新はジュエルガンを拾う。

 新の動きに気づいたワンが再び爪を繰り出そうとするも、視界の隅に映る祐希子を気にして動きが遅れた。

 先ほどの新の苦悶が致命的な隙となったように、ほんの僅かでも迷いや躊躇いは身を亡ぼす原因になる。

 ほぼ同時のタイミングで攻撃動作に入ったにも関わらず、実際に攻撃を行えたのは新だけだった。

 突き出した左手に退魔の力を帯びた宝石が弾丸としてめり込む。祐希子の祖父から貰ったもので威力は抜群だった。

 ミサイルでも撃ち込まれたかのごとく左半身が吹き飛び、人間とは決定的に違う緑の血液を垂れ流しながら、ワンはどうと横向きに倒れた。

 目の半分が閉じられ、怪我をしている右肩から指にかけて痙攣を繰り返す。ワンの命が長くないのは、医療の専門家でなくともわかった。

「……どうして、最後に俺を攻撃しなかった」

 膝立ちになった新は、祐希子の猿ぐつわと縄を外しながらワンに尋ねた。

「ユキ……コ……サン、ハ……殺セ、ナイ、ヨ……ダッテ、ワタシ……初めて、スキ……ナッタ……カラ。綺麗デ、可愛い顔、ネ。薄気味悪い、バケモノ、ニハ……憧れ、ネ……。マイニチ、ミテ、イタ……カッタ……ハンブン、ヨウマノ、ワタシ……モ……コンナフウニ……ダレカヲ……オモ、エル……ナン……テ……」

 途切れ途切れだった言葉が、とうとうそこで終了した。新が祐希子の縄を解く少し前にワンは息絶えた。

 情報屋として利用しながら妖魔と見抜けなかったのは、彼自身が言っていた通り、半分は人間の血が入っていたからなのだろう。人間の世界に紛れ込んで生活していたのも、自分はこちら側なのだと思いたかったのかもしれない。

「……バカ野郎が。本気で惚れたってんなら、他にやりようがあっただろ。情報屋なんだから、好みの物を探してプレゼントしてみたりよ」

 殺すしかなかったとはいえ、後味の悪さも残る。見知った顔が死ぬのは――それも自分の手で――とても気分がいいとは言えなかった。

 新と並んで立ち上がった祐希子は縛られた痕の残る手首を摩りながら、息絶えたワンを見下ろす。

「アタシ、言うほど綺麗じゃないよ。どうして、そこまで惚れてくれたんだろ」

「さあな。一目惚れだって言ってたけどな。誰かを好きになるのは理屈じゃない。そんな感じだろ」

「……うん。もう聞こえないだろうけど、一応返事しておくね。ごめんなさい。アタシ、好きな人がいるんだ」

 申し訳なさそうな祐希子が、せめてワンの墓を建ててやりたいと言った。

 頷こうかと思った時、背後で人の気配を察した。新が振り返ると、そこには賛王へ行ったはずの千尋が立っていた。

「そこの二人、大丈――って、どうしてお前がここにいるっ!」

     ※

 首根っこを掴まれ、強制的に事務所へ連れ戻されたあと、新と祐希子は取り調べのごとき詰問を受けていた。

「現地の警察官からパチンコ店の駐車場で妖魔の仕業と思われる爆発があったと通報を受け、賛王の探索を部下に任せて戻ってみれば……この愚弟が!」

 全身打撲中の新の襟首を、向かい合ってソファに座っていた千尋が力任せに掴みあげる。二人の間にあるテーブルが揺れ、今にも倒れそうな音を立てた。

 仲裁したのは新の隣に座らせられている祐希子ではなく、事務所の留守を預かってくれていた里穂だった。

「ちょっと落ち着くしィ。チッピーが新にとどめさしてどうするワケ?」

「ぐ……!」

 仕方なしに千尋は新から手を離したが、納得していないのは態度にありありと出ていた。

「三つの王が何を意味するか知っていたのなら、最初から私に教えていればよかっただろう! だからお前は愚弟と呼ばれるんだ。心配をかけるな!」

「いや、そうは言うがな。ワンは情報屋だ。警察の動きで自分が容疑者かどうか即座に判断するだろ。雲隠れされたら、探しようがなくなる。それに俺の思い過ごしで、賛王が本命の可能性もあった。そちらを疎かにするわけにはいかないだろ。ついでにいえば、俺以外にワンとコンタクトをとれる奴は身近にいなかったろ」

「それはそうだが……」

「ひとまず祐希子も無事だったんだ。向こうでの傷を癒すために、あの場に留まってくれていたのも幸いした。運が良かっただけと言えなくもないがな」

 どこかでボタンが掛け違っていれば、祐希子はワンの手に落ちていた。乱雑に扱わなかったかもしれないが、未来を知るのは不可能だ。今は幸運を喜ぶしかない。

「それに謎も残ってる」

「淑女の涙か」

 千尋の言葉に新は同意を示す。ワンが祐希子と一緒に持ち去ったと思われる宝石が、景品交換所のどこを探しても見つからなかった。

 ワンはそこを根城としていたらしく、他の住居は発見できていない。祐希子は取り戻せたが、淑女の涙は忽然と姿を消したままだった。

 だがあの場から持ち出せた人物は限られている。千尋の協力で、タクシーの運転手にも話を聞いてもらえることになっていた。楽観的かもしれないが、近いうちに見つかるだろうと新は思っていた。

「いいだろう。ひとまずはそれで納得してやるが、次はないぞ。せめて私には自分の意図を説明しておけ。独断で動かれるとフォローもできん。里穂もだ! 新が事務所から出たなら保護者である私に連絡をすべきだったろう」

「チッピー、ちょっと過保護すぎじゃね」

「黙れ。侮辱罪の現行犯で逮捕するぞ」

「マジで!? 里穂、前科者になんの!? 超ウケる!」

 大笑いする里穂を前に、処置なしと千尋は顔をしかめる。絡んだ相手が悪かった見本である。

「あ、そうだ。忘れてた。マスターから連絡きてさ。新に頼まれてた件、わかったってさ」

「そうか。じゃあ、行ってみるか。強引に動いたせいか、体の痛みも多少はマシになってるみたいだしな」

「里穂も店戻るから、そこまでは面倒見てあげるしィ」

「童貞の面倒は見てくれないのか」

「前金で三千万ね」

「百パーセントオフのサービス付きで頼む」

 毎度恒例となるやりとりをして外に出ようとする新に、当たり前のように祐希子と千尋がついてくる。

「祐希子はともかく、姉貴は大丈夫なのかよ。ワンの後始末とかあんだろ」

「後処理だけだからな。部下に任せてある。問題が発生すれば、電話をかけてくるはずだ」

 その通りとばかりに事務所内へ電子音が響く。しかし、鳴ったのは千尋のスマホではなかった。

「あれ、俺だ。しかも依頼人からか」

 電話をかけてきたのは、淑女の涙の捜索を依頼してきた玖珠貫玲子だった。新が電話に出るなり、彼女は申し訳なさそうな声で謝罪してきた。

「一体、どうしたんですか?」

「はい。私の依頼のせいで、錦鯉さんが怪我をなさったとのことで……タクシーの謎の爆発が原因とニュースではおっしゃっておりましたが大丈夫なのでしょうか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...