愛すべき不思議な家族

桐条京介

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第20話 帰路

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 ……え?

 頭の中に無数の疑問符が発生する。春道は泰宏の台詞を思い出す。奥さんと血が繋がってない子供も、きちんと自分の娘として受け入れた。それが意味するのはつまり――。

「……あれ? もしかして、知らなかったのかな……」

 返事をしない春道の態度を見て、泰宏がまたやらかしてしまったのかと、実に気まずそうにする。

「いえ、大丈夫ですよ。少し考え事をしてただけですから」

「ああ、よかった。余計なことを言ってしまったのかと思ったよ。和葉に怒られる案件が無駄にひとつ増えてしまうところだった」

 心の底からホッとしている泰宏に、充分余計な情報を与えてくれたので、あとで妹さんから大目玉を食らうと思いますなんて春道にはとても言えない。

 妹との結婚を受け入れたのだから、当然娘の問題も承諾済みだと相手は思っていたのだろう。勝手な推測で物事を口にするあたり、慎重かつ冷静な和葉の実兄とはとても信じられない。
 むしろ泰宏と和葉に血が繋がっていないと言われた方がピンとくる。

「昔から大事なところでひと言多くてね。親父からも妹からもよく怒られたよ。こういうところは母親に似てしまったみたいでね」

 愛想笑いを浮かべてはいるが、春道にとって泰宏の性格が父親似だろうと、母親似だろうとそんなのはどうでもよかった。

 重要なのは、和葉と葉月に血が繋がっていない点についてである。

 もっともそのあたりの事情を知っている感じをだした以上、泰宏に実情を聞くわけにもいかない。
 仮に問われた時点で「知らなかった」と答えていても、春道と和葉の夫婦間の問題になるので相手は答えてくれなかっただろう。

 ただ松島の実家を訪ねるだけと思いきや、とんだ重大な情報を得る結果になってしまった。葉月は知らない可能性が高いし、直接和葉に尋ねても「貴方には関係ありません」で終わりそうだ。

 そのあたりの事情については、時期が来たら和葉が娘に直接教えるに違いない。春道が余計な口を挟むのは、それこそ筋違いになる。ここは知らないふりをしておくのが一番いい。それが考えた末に導き出された結論だった。

 ふと気づけば、泰宏は自分たちの母親についての話をしていた。父親とは違っておっとりしており、滅多に怒ったりしなかったらしい。

「その代わり、一度怒ったら親父でさえも手をつけられなくてね。優しさと厳しさを兼ね備えた人だったよ」

 泰宏の母親についての話が一段落すると、それを待っていたかのように足音がひとつ近づいてきた。

「ここにいたのね」

 スッと姿を現したのは和葉だった。玄関まで行ったはいいものの、なかなか春道がついてこないので心配になったのかもしれない。

「……悪かったな」

 気まずそうに謝罪した兄に、妹は無表情のままで首を左右に振った。

「勘当された実家に戻ると決めた時に、こうなると大体予想はついてたから。わからなかったのは、きっと兄さんだけよ」

 穏やかな口調ではあったものの、言っている内容はかなりドギつい。要するに、泰宏の思慮不足を暗に責めたのである。

「そうかもしれないな」

 妹の真意に気づくと同時に、父親と積極的に仲直りするつもりもないと悟ったのだろう。兄である泰宏はどことなく寂しそうだった。

「……兄さんのせいではないわ。何もなかったとしても、いずれはこうなっていたと思う。私とあの人は、まるで火と油だもの」

 娘だからこそ、父親との相性がよくわかっているのだ。加えて頑固な性格をしている和葉は、自分からは決して頭を下げない。

 意地を張り合ってしまうだけの事件があったのだと簡単に推測できるが、わざわざ春道が自分から首を突っ込むべき案件でないのだけは確かだった。
 泰宏の迂闊な発言のせいで、半分程度は巻き込まれてしまっているが、今後気をつければ問題はない。

「そうか。でも、このままでお前は本当に後悔しないか?」

 あくまで長男として、家族の不和を心配しての発言だった。それがわかっているからこそ、和葉も邪険には扱えないのだ。

「……わからないわ。でも、今はこのままでいいと思ってる。心配しないで」

 わからない――。

 正直な和葉の心境に違いない。兄である男性もそれを理解して、これ以上うるさく言うつもりはないようだった。

「わかった。和葉の好きなようにすればいい。最後はお前の問題なんだからな」

「ごめんなさい。兄さんにはいらない迷惑と心配をかけてしまったわね」

「いや、気にしないでくれ。これまでは親父と一緒に住んでるだけになかなか連絡できなかったけど、今回はなんか嫌な予感がしてな。和葉を呼んだ方がいいような気がしたんだ」

「嫌な予感?」

 泰宏が発した言葉に、和葉が眉を顰《ひそ》めた。

「あ、また余計なことを言ってしまったな。気にしないでくれ。何かの確証があるわけじゃないんだ。あれだけ元気だった親父が急に倒れたから、変に神経質になってるのかもしれないな」

「そう……」

 これまで素っ気ない態度をとっていた和葉の表情に、かすかな暗い影ができた。勘当されていても、血を分けた実の父親である事実に変わりはない。意味深な発言をされれば気になって当然である。

「ま、何かあっても大丈夫だ。こうして長男である俺が一緒に暮らしてるんだからな」

 ほんの少し不安顔になった妹を元気付けようと、泰宏が笑みを見せた。名字は別になってしまっても、二人はやはり兄妹なのだと実感する。

「本来なら早く結婚して、跡継ぎでも見せてやれば親父も喜ぶんだろうが、いかんせん相手がいないからな」

 春道に視線を移したあとで、泰宏が照れ臭そうに笑った。妹に先を越されたと思っているようだが、実際には和葉も独身みたいなものだ。
 相手はそこまでの事情を知らないらしく、妹をお願いしますと春道に握手を求めてきた。

 ここで真実を説明するわけにもいかず、春道は「わかりました」と応じるしかなかった。泰宏とガッチリ握手をしている光景を、側にいる和葉が複雑そうに見守る。

「親父が何と言おうと、ここはお前の実家なんだ。好きな時に帰って来い」

 春道と短い握手を終え、泰宏が実妹にそう声をかけた。

「追い返されるだけだわ」

「……それを言わないでくれよ」

 泰宏が苦笑いを浮かべたのとほぼ同時に、葉月もまた春道たちのところへやってきた。

「ごめんなさい。待たせてしまったわね」

 実兄との別れの挨拶もそこそこに、和葉は娘の下へ歩み寄っていく。
 春道も泰宏へ挨拶をしてから、和葉の後をついて戸高家の玄関へと向かう。相当な広さなので、ひとりで行動すれば大人でも迷子になる可能性があった。

 泰宏は結局玄関先まで見送ってくれ、春道たちが車に乗り込む姿を眺めている。途中で葉月に小遣いを渡そうとしたのだが、それは和葉が丁重にお断りしていた。
 例え兄といえど、戸高家の人間に借りみたいなものを作るのが嫌だったのかもしれない。本来なら文句を言いそうな葉月も、祖父との一件がよほど応えたのか何も言わなかった。

 全員が車に乗り込んだのを確認したあとで、春道は泰宏に運転席で一礼してからアクセルを踏んだ。
 田舎には不似合いな豪快なマフラー音が響き渡り、戸高家の窓がカタカタと震える。出発した時同様に、和葉が何かを言いたそうにしながらも途中で口をつぐむ。

 恐らくは排気音のうるささに文句をつけたいのだろうが、戸高家まで連れてきてもらった手前、なかなか言い辛いのだ。ましてや溺愛してる娘の葉月は、春道の車を特に気に入っているようだった。

「……いいのか」

 春道の問いかけに、和葉は頷いて答えとする。事は和葉の問題であるだけに、本人の意思に従えばいい話だ。
 本格的にアクセルを踏み、長い時間をかけて来たわりにはほとんど滞在しなかった戸高家――和葉の実家を後にする。

 このまま自宅に戻るのもいいが、それだと次の日の朝になってしまう可能性が高い。ほとんど休みもなく運転してきて、帰りも徹夜になるのはさすがにキツかった。

「……宿を取った方が良さそうですね」

 助手席から見ているだけでも、春道の疲労具合が想像できたのか、思いがけない提案が和葉からされた。

 これに喜んだのは葉月だった。後部座席から身を乗り出し、ホッとしている春道と、背筋を伸ばしたまま座っている和葉の間に割り込んでくる。

「どこかにお泊りするのー?」

 祖父である人物に冷たくされ、しょんぼりしていたかと思いきや、すでに本来の明るさを取り戻している。

「ええ。温泉があって、料理がおいしいと評判の旅館よ」

 娘に説明しながら、和葉が春道に道順を告げる。実家に泊まるものとばかり思っていたが、和葉はこうなるのを予測して事前に宿を予約していたのだ。
 春道が大丈夫そうなら宿を電話でキャンセル。大丈夫じゃなさそうなら、予約していた宿に向かう。大手会社の役職をもらっているだけあって、なかなかの手際のよさである。

 葉月も色々とショックを受けていたので、嫌なだけの思い出にしないためにも母親らしく気を遣ったのだろう。例え血が繋がっていなくとも、葉月は大事な娘なのだ。

 そこまで考えてから、春道は小さく舌打ちをした。血の繋がり云々は松島母娘の問題だ。変な態度をしてしまって、葉月に不信感を抱かれでもしたらマズい。
 あくまでも春道は何も知らない。そういった意識で松島母娘に応対しなければいけないのだ。和葉が真相を告白する前に、事が露見してはどうしようもない。

「……」

「……どうかしたか?」

 いつの間に娘と話し終えたのか、和葉が助手席から春道の横顔をジーっと見ていた。

「……いえ。そこを左です」

 まったく表情を崩さずに、和葉は口頭でナビの役割を果たす。
 一体何だったんだと悠長に考えている暇はない。ここは春道も通った経験のない場所なのだ。うっかり助手席からの指示を聞き逃すと面倒なことになる。

「温泉ってどれぐらい広いかなー」

 そんな春道の微妙な焦りを露知らず、にこにこと楽しそうに葉月が声をかけてくる。

「ママが見たパンフレットでは、なかなか綺麗で大きかったわよ」

「えー。ママひとりで泊まるところ、決めちゃったのー」

「だって、葉月は気持ち良さそうに寝てたもの。起こしたらかわいそうでしょう」

「そういう時はいいのー。あーあ、葉月も一緒に決めたかったなー」

 拗ねかたも、すっかりいつもの葉月に戻っている。これなら何の心配も――。

 春道が何気なく、戸籍上は娘になっている少女の顔を見ると、頬に薄っすらと涙のあとが残っていた。細かく観察すれば目も充血している。幼い少女にとって祖父のキツい態度は、精神的なダメージが大きかったのだ。

 いつまでも悲しんでいると、春道や和葉が心配するかもしれない。幼い少女は大人の二人を気遣って、わざと気丈に振舞っていた。
 衝撃の事実に気づいて、春道は思わず苦笑する。

 もしかしたら、自分なんかより葉月の方がよっぽど大人かもしれない。和葉もそうした心遣いに気づいたからこそ、いつもと変わらぬ調子で娘と会話をしているのだ。

「ごめんなさい。次は葉月が起きてる時間に決めましょう。そうすれば、自然と話に加われるもの」

 お祖父さんと仲良く遊ぶつもりだった葉月の前で、万が一の保険として宿を取っておくね、などと説明できるわけがない。春道が和葉の立場でも、間違いなく同じようにしていた。

「うんー。その時はパパも一緒だからねー」

 何て返事をするべきか。春道が迷っていると、助手席から凛とした声が発せられた。

「見えました。あそこにある旅館が本日の宿です」
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