異世界作者~ワナビがペンの力で生き抜きます!~

桐条京介

文字の大きさ
36 / 37

第36話 もう誰にもわからない

しおりを挟む
「じゃあ、お城で会った時はリアに用があったんじゃなくて……」

「俺が目当ての人物かどうか確かめに来たんだよ。もっとも出版した本を見て、半ば確信はしてたろうけどな。そこから奴の計画は本格的に開始された」

 何十年も前から計画を練り、密かに進行させる様は執念の一言に尽きる。

「どこまで陰湿で計画的なのよ」

「同感だな。で、だ。そんな男が誇りも野心も捨てて、壊れた人間みたいに振舞うのってどんな時だと思う?」

「え? 待って。カケルはゴフルの有様を演技だと思ってるの!?」

 アーシャだけでなく、イザベラも息を呑むのがわかった。

「すでに奴はイザベラさん抜きでは生きていけない。だが隠し続けてきた真実を知られれば我が身が危うくなる」

「それを言ったら、今までも危険だったんじゃないの?」

「いや。仮説が本当なら、奴は独自にロスレミリアに人脈を築いてたはずだ。そうでなければ両親が事故死したからといって、王女があっさり女王になれるか? 血筋が重要であればあるほど、傀儡にしようと考える人間がいてもおかしくないのにだ。そもそも、どうして打算目的で王女に優しくする人間がいなかった?」

「……ロスレミリアの貴族と裏取引をしてたってわけ?」

「そう考えるのが自然だろ。だが今回の失態で奴は完全に見限られた。いらないことを暴露されないように、始末される危険性だってある。金と権力で作った絆の脆さだな」

 やはりゴフルはどこか遠くを見ているだけだ。しかしカケルには、じっとこちらの会話に耳を傾けている気がしてならない。だからこそ表面上はイザベラにでも、奴に届くようにはっきりと告げる。

「そんな男が、背後で色々と画策されてる事実に気づけないとは思えない」

 すべては推測にすぎず、妄想と言われても否定できない。

「どう考えるかは読者の自由だ。俺は作者として一つの物語を提示したにすぎない」

 チラリとゴフルの様子を窺えば、やはり壊れたように空を見て笑っている。

「わ、わたくしは……信じません……」

 よろめくイザベラは、己に言い聞かせているかのようだった。

「それで構わない。だが計算高くて怖い女であれば、必ず真実を知りたがる。しかし、すべての事情を知るだろう男は何も答えない。壊れてるのか、それともこの事態を見越して保身に走ったのか、それはもう誰にもわからない」

「……」

「俺にわかってるのは貴女がこれからずっと、自分を地獄に叩き落したかもしれない男を愛して、尽くす日々を過ごしていくということだけだ」

「それは……キツいわね。すべてを捨ててでも愛した男が、不幸の原因を作ったかもしれない。でも違うかもしれない。事実を知りたいけど、答えてもらえない。アタシだったら途中で発狂しちゃうかも」

 アーシャがポツリと言ったところで、イザベラがその場に膝から崩れ落ちた。

「嘘よ……嘘に決まってる……だって彼は……彼はっ!」

「さっきも言ったけど、その問いに対する答えを俺は持ってない。貴女がゴフルを愛してるのも、望んでこの未来に辿り着いたのも事実だ」

「もうやめて! そんな話、聞きたくなかった!」

「だろうな。夢から覚まさせて、解消できない想いを抱えたまま、ゴフルの隣にいさせるのが目的だったし」

 涙で汚れた顔をイザベラが上げる。

「これじゃ……まるで牢獄だわ……」

「罪を犯した人間には相応しいだろ」

「それなら貴方もでしょう! 貴方が余計な本さえ書かなければ、民も兵も無駄に死ぬこともなかった!」

「わかってるさ。俺もいずれ、罪を償う日がくるんだろ」

 地球で強力な兵器を作った科学者たちも、最期はこんな気持ちになったのかもしれない。

 カケルがそんなことを考えていると、アーシャが正面から抱きついてきた。

「もう十分、償ったじゃない。本が原因で辛い目にもあった」

「でも、俺は……」

「民主化だって! カケルがいなければ誕生しなかった。リアも言ってたでしょ。きっかけがなくてもいずれ兵器は作られてたって。そうすれば今回よりもっと多くの人が死んでたかもしれない。カケルはね、少ない犠牲で悲劇を終わらせてくれたんだよ。それこそ本の力でね」

 皮肉たっぷりにイザベラが笑う。

「ものは言い様ね」

「少なくてもアタシはカケルに救われた。人を愛しいと思う気持ちも知った。例えカケルが過去に何をしてても、決して揺らいだりはしない。アタシもその罪を一緒に背負うもの。でも貴女はどう? 出生の可能性を、ゴフルがしたかもしれないことを聞いて、どうしてそんなに動揺してるの? 仮にアタシが発狂しそうな日々でも、貴女が望んでるなら薔薇色になってるはずでしょ」

「それ、は……」

「教えてあげる、元女王様。貴女はゴフルに依存してただけ。彼のために尽くせる自分に酔ってただけ。愛を勘違いしてただけ。とっても惨めで無様でかわいそうな敗北者」

「いやあああ! そんな目でわたくしを見ないでえええ!」

 泣き叫ぶ元女王を冷酷に一瞥したあと、アーシャはふうと息を吐いた。

「ずっと言ってやりたかったの。ああ、すっきりした」

「やっぱり……女は怖い……」

 楽しそうにアーシャが笑う。

「そうよ。だから浮気なんて絶対しないでね」

     ※

 夜の闇を吹き飛ばすように、王都から首都に変わった街が煌々と輝いている。

 事態が落ち着きを見せ始めたところで、初代大統領のリアレーヌが建国記念日を定め、その祝いを街全体で開催した。

 イザベラとの話をアーシャとの秘密にしたカケルは、リアの仕込みで英雄にされたままであり、広場で次々と飲み物や食べ物を勧められた。

「まったく。もっとも活躍したのは、本物の英雄たるこの僕だというのに」

 拗ねたように串肉を頬張るクオリアの銀杯に、カケルは果実酒を注ぐ。

「わかってるよ。あの日、クオリアが間に合ってくれなかったらと思うとゾッとする」

「さすがは僕の親友だ。でも本音を言うとね、君が英雄扱いされていてもさほど悔しくないのだよ。素直に嬉しいと言える、こんな僕はやはり英雄に相応しい」

「拗ねっぱなしの分際でよく言うであります」

 セベカが軽くクオリアの頭を小突いた。王女付きの侍女として初めて会った頃には、想像もできなかった行動だ。彼女も良い意味で変わっていた。

「カケル殿」

「な、何だよ」

「英雄であれば、複数の妻を娶るのは必須であります。大統領も将来を思えば、一夫多妻を認める法律を作ってくれるであります。だから欲望に忠実になるであります。自分は愛妾がいても気にしないであります」

「……どうしてセベカが正妻前提なのだ?」

 にこやかな笑顔を浮かべつつも、声色がなんとも怖いリアが腰に手を当てて仁王立ちしていた。大統領として様々な人間に囲まれていたが、どうやらそちらは一段落したらしい。

「強いて言うなら……魅力の差であります」

 煽情的に胸元を強調するセベカに、ガーンと音が聞こえそうなくらいショックを受けたリアが顔を真っ赤して抗議する。

「わらわは育ち盛りなのだ! これから成長するに決まっておる! なあ!?」

「お、俺に聞かれても……」

「すでにこのへんが女らしくなりつつあると思うのだが……」

「服をまくろうとするなって! 酔ってんのかよ!?」

 飲酒はしていないので、もしかしたら場に感化されているのかもしれない。

「大統領だってこんな夜くらいは、はしゃぎたくなるでしょ」

 一定の理解をしてから、アーシャは「でも」と目を細める。

「アタシのカケルに粉をかけた事実は見過ごせないわ」

「ふおお! ア、アーシャ! は、離すのだっ!」

「……アイアンクロー」

 カケル以外に名称を知らない攻撃を食らいながらも、リアは楽しそうだった。

「こんなふうに身分の差を感じずに、皆と笑い合える日が来るとはな」

「リアが頑張ったからな」

「わらわは定められた役どころを真っ当したにすぎん。この話を書いた作者が優秀だったのだ」

 否定する前に、背中から抱きついてきたアーシャにも「そうそう」と言われる。

「ゴフルとの最後の頭脳戦なんて痺れちゃったわよ……って、リア、ごめん」

「気にするな。むしろあれだけの騒ぎを引き起こしておきながら、命を助けてもらえただけありがたい。いずれ正気に戻れば、その時はまた別の対策が必要になるかもしれぬが」

「そ、そうね……でも、それは後で考えましょ。今は宴を楽しまなきゃ!」

 話題を変えるべくはしゃいだアーシャにより、カケルの口に串肉が突っ込まれる。当初は少し硬いと思っていたが、パンなども含めて今は慣れていた。

「俺もすっかり、こっち側の人間になったなあ」

 感慨深くなってそう呟けば、当たり前じゃないとアーシャが笑う。

「カケルはこれからもずっと、ずうっとアタシの隣にいないといけないんだから」

「ああ。俺もそうしたい」

 額をぶつけあって笑うカケルとアーシャを、周囲が微笑みと若干の嫉妬の混ざった視線で祝福してくれる。

「……っと、悪いな」

 軽く謝って席を外す。広場に幾つもあるテントの脇を通り抜け、設置された簡易トイレの一つを利用しようと扉を開け――。

 ――カケルは硬直した。

「……え?」

 目の前にあったのはトイレではなく、かつて見慣れていた光景。寂れた田園にひび割れたアスファルト。吹き抜ける風は初夏を感じさせて生温い。

「え……?」

 もう一度、呟く。手に伝わる冷たい感触。握っているのはアパートのドアノブ。しばし呆然としたあとで、聞こえてきたのは耳障りな男の嗚咽。

「あの時の……」

 呟いて、カケルはハッとする。今の自分の格好も、現代日本では到底お目にかかれないようなくたびれた麻布製なのだ。同類と思われてもおかしくなかった。

「まさか……いや、そんなはずは……」

 緊張と焦りでグビリと唾を飲む。何度周囲の光景を確認しても、ここ最近で親しくなった仲間たちの影も形もない。

「嫌だ……こんなの嫌だ……嘘だ嘘だ嘘だ」

 呪文のように繰り返していると、カケルに気付いた謎の男が鼻水を啜りながらずり寄ってきた。

「その格好……まさか、レンダッタの……いや、だが……」

 レンダッタという地名が出て、カケルはやっぱりと全身を震わせる。

 怖かった。真相を聞くのが。

 嫌だった。男がこの場にいる理由を聞くのが。

「あなたは……ユキオ……さん……?」

「俺の名前を知ってるのか!?」

 肩を揺さぶられたカケルの頬から涙が零れ落ちる。そして気がつけば先ほどまでのユキオと同様に、地の底から響くような嗚咽を漏らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...