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第36話 もう誰にもわからない
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「じゃあ、お城で会った時はリアに用があったんじゃなくて……」
「俺が目当ての人物かどうか確かめに来たんだよ。もっとも出版した本を見て、半ば確信はしてたろうけどな。そこから奴の計画は本格的に開始された」
何十年も前から計画を練り、密かに進行させる様は執念の一言に尽きる。
「どこまで陰湿で計画的なのよ」
「同感だな。で、だ。そんな男が誇りも野心も捨てて、壊れた人間みたいに振舞うのってどんな時だと思う?」
「え? 待って。カケルはゴフルの有様を演技だと思ってるの!?」
アーシャだけでなく、イザベラも息を呑むのがわかった。
「すでに奴はイザベラさん抜きでは生きていけない。だが隠し続けてきた真実を知られれば我が身が危うくなる」
「それを言ったら、今までも危険だったんじゃないの?」
「いや。仮説が本当なら、奴は独自にロスレミリアに人脈を築いてたはずだ。そうでなければ両親が事故死したからといって、王女があっさり女王になれるか? 血筋が重要であればあるほど、傀儡にしようと考える人間がいてもおかしくないのにだ。そもそも、どうして打算目的で王女に優しくする人間がいなかった?」
「……ロスレミリアの貴族と裏取引をしてたってわけ?」
「そう考えるのが自然だろ。だが今回の失態で奴は完全に見限られた。いらないことを暴露されないように、始末される危険性だってある。金と権力で作った絆の脆さだな」
やはりゴフルはどこか遠くを見ているだけだ。しかしカケルには、じっとこちらの会話に耳を傾けている気がしてならない。だからこそ表面上はイザベラにでも、奴に届くようにはっきりと告げる。
「そんな男が、背後で色々と画策されてる事実に気づけないとは思えない」
すべては推測にすぎず、妄想と言われても否定できない。
「どう考えるかは読者の自由だ。俺は作者として一つの物語を提示したにすぎない」
チラリとゴフルの様子を窺えば、やはり壊れたように空を見て笑っている。
「わ、わたくしは……信じません……」
よろめくイザベラは、己に言い聞かせているかのようだった。
「それで構わない。だが計算高くて怖い女であれば、必ず真実を知りたがる。しかし、すべての事情を知るだろう男は何も答えない。壊れてるのか、それともこの事態を見越して保身に走ったのか、それはもう誰にもわからない」
「……」
「俺にわかってるのは貴女がこれからずっと、自分を地獄に叩き落したかもしれない男を愛して、尽くす日々を過ごしていくということだけだ」
「それは……キツいわね。すべてを捨ててでも愛した男が、不幸の原因を作ったかもしれない。でも違うかもしれない。事実を知りたいけど、答えてもらえない。アタシだったら途中で発狂しちゃうかも」
アーシャがポツリと言ったところで、イザベラがその場に膝から崩れ落ちた。
「嘘よ……嘘に決まってる……だって彼は……彼はっ!」
「さっきも言ったけど、その問いに対する答えを俺は持ってない。貴女がゴフルを愛してるのも、望んでこの未来に辿り着いたのも事実だ」
「もうやめて! そんな話、聞きたくなかった!」
「だろうな。夢から覚まさせて、解消できない想いを抱えたまま、ゴフルの隣にいさせるのが目的だったし」
涙で汚れた顔をイザベラが上げる。
「これじゃ……まるで牢獄だわ……」
「罪を犯した人間には相応しいだろ」
「それなら貴方もでしょう! 貴方が余計な本さえ書かなければ、民も兵も無駄に死ぬこともなかった!」
「わかってるさ。俺もいずれ、罪を償う日がくるんだろ」
地球で強力な兵器を作った科学者たちも、最期はこんな気持ちになったのかもしれない。
カケルがそんなことを考えていると、アーシャが正面から抱きついてきた。
「もう十分、償ったじゃない。本が原因で辛い目にもあった」
「でも、俺は……」
「民主化だって! カケルがいなければ誕生しなかった。リアも言ってたでしょ。きっかけがなくてもいずれ兵器は作られてたって。そうすれば今回よりもっと多くの人が死んでたかもしれない。カケルはね、少ない犠牲で悲劇を終わらせてくれたんだよ。それこそ本の力でね」
皮肉たっぷりにイザベラが笑う。
「ものは言い様ね」
「少なくてもアタシはカケルに救われた。人を愛しいと思う気持ちも知った。例えカケルが過去に何をしてても、決して揺らいだりはしない。アタシもその罪を一緒に背負うもの。でも貴女はどう? 出生の可能性を、ゴフルがしたかもしれないことを聞いて、どうしてそんなに動揺してるの? 仮にアタシが発狂しそうな日々でも、貴女が望んでるなら薔薇色になってるはずでしょ」
「それ、は……」
「教えてあげる、元女王様。貴女はゴフルに依存してただけ。彼のために尽くせる自分に酔ってただけ。愛を勘違いしてただけ。とっても惨めで無様でかわいそうな敗北者」
「いやあああ! そんな目でわたくしを見ないでえええ!」
泣き叫ぶ元女王を冷酷に一瞥したあと、アーシャはふうと息を吐いた。
「ずっと言ってやりたかったの。ああ、すっきりした」
「やっぱり……女は怖い……」
楽しそうにアーシャが笑う。
「そうよ。だから浮気なんて絶対しないでね」
※
夜の闇を吹き飛ばすように、王都から首都に変わった街が煌々と輝いている。
事態が落ち着きを見せ始めたところで、初代大統領のリアレーヌが建国記念日を定め、その祝いを街全体で開催した。
イザベラとの話をアーシャとの秘密にしたカケルは、リアの仕込みで英雄にされたままであり、広場で次々と飲み物や食べ物を勧められた。
「まったく。もっとも活躍したのは、本物の英雄たるこの僕だというのに」
拗ねたように串肉を頬張るクオリアの銀杯に、カケルは果実酒を注ぐ。
「わかってるよ。あの日、クオリアが間に合ってくれなかったらと思うとゾッとする」
「さすがは僕の親友だ。でも本音を言うとね、君が英雄扱いされていてもさほど悔しくないのだよ。素直に嬉しいと言える、こんな僕はやはり英雄に相応しい」
「拗ねっぱなしの分際でよく言うであります」
セベカが軽くクオリアの頭を小突いた。王女付きの侍女として初めて会った頃には、想像もできなかった行動だ。彼女も良い意味で変わっていた。
「カケル殿」
「な、何だよ」
「英雄であれば、複数の妻を娶るのは必須であります。大統領も将来を思えば、一夫多妻を認める法律を作ってくれるであります。だから欲望に忠実になるであります。自分は愛妾がいても気にしないであります」
「……どうしてセベカが正妻前提なのだ?」
にこやかな笑顔を浮かべつつも、声色がなんとも怖いリアが腰に手を当てて仁王立ちしていた。大統領として様々な人間に囲まれていたが、どうやらそちらは一段落したらしい。
「強いて言うなら……魅力の差であります」
煽情的に胸元を強調するセベカに、ガーンと音が聞こえそうなくらいショックを受けたリアが顔を真っ赤して抗議する。
「わらわは育ち盛りなのだ! これから成長するに決まっておる! なあ!?」
「お、俺に聞かれても……」
「すでにこのへんが女らしくなりつつあると思うのだが……」
「服をまくろうとするなって! 酔ってんのかよ!?」
飲酒はしていないので、もしかしたら場に感化されているのかもしれない。
「大統領だってこんな夜くらいは、はしゃぎたくなるでしょ」
一定の理解をしてから、アーシャは「でも」と目を細める。
「アタシのカケルに粉をかけた事実は見過ごせないわ」
「ふおお! ア、アーシャ! は、離すのだっ!」
「……アイアンクロー」
カケル以外に名称を知らない攻撃を食らいながらも、リアは楽しそうだった。
「こんなふうに身分の差を感じずに、皆と笑い合える日が来るとはな」
「リアが頑張ったからな」
「わらわは定められた役どころを真っ当したにすぎん。この話を書いた作者が優秀だったのだ」
否定する前に、背中から抱きついてきたアーシャにも「そうそう」と言われる。
「ゴフルとの最後の頭脳戦なんて痺れちゃったわよ……って、リア、ごめん」
「気にするな。むしろあれだけの騒ぎを引き起こしておきながら、命を助けてもらえただけありがたい。いずれ正気に戻れば、その時はまた別の対策が必要になるかもしれぬが」
「そ、そうね……でも、それは後で考えましょ。今は宴を楽しまなきゃ!」
話題を変えるべくはしゃいだアーシャにより、カケルの口に串肉が突っ込まれる。当初は少し硬いと思っていたが、パンなども含めて今は慣れていた。
「俺もすっかり、こっち側の人間になったなあ」
感慨深くなってそう呟けば、当たり前じゃないとアーシャが笑う。
「カケルはこれからもずっと、ずうっとアタシの隣にいないといけないんだから」
「ああ。俺もそうしたい」
額をぶつけあって笑うカケルとアーシャを、周囲が微笑みと若干の嫉妬の混ざった視線で祝福してくれる。
「……っと、悪いな」
軽く謝って席を外す。広場に幾つもあるテントの脇を通り抜け、設置された簡易トイレの一つを利用しようと扉を開け――。
――カケルは硬直した。
「……え?」
目の前にあったのはトイレではなく、かつて見慣れていた光景。寂れた田園にひび割れたアスファルト。吹き抜ける風は初夏を感じさせて生温い。
「え……?」
もう一度、呟く。手に伝わる冷たい感触。握っているのはアパートのドアノブ。しばし呆然としたあとで、聞こえてきたのは耳障りな男の嗚咽。
「あの時の……」
呟いて、カケルはハッとする。今の自分の格好も、現代日本では到底お目にかかれないようなくたびれた麻布製なのだ。同類と思われてもおかしくなかった。
「まさか……いや、そんなはずは……」
緊張と焦りでグビリと唾を飲む。何度周囲の光景を確認しても、ここ最近で親しくなった仲間たちの影も形もない。
「嫌だ……こんなの嫌だ……嘘だ嘘だ嘘だ」
呪文のように繰り返していると、カケルに気付いた謎の男が鼻水を啜りながらずり寄ってきた。
「その格好……まさか、レンダッタの……いや、だが……」
レンダッタという地名が出て、カケルはやっぱりと全身を震わせる。
怖かった。真相を聞くのが。
嫌だった。男がこの場にいる理由を聞くのが。
「あなたは……ユキオ……さん……?」
「俺の名前を知ってるのか!?」
肩を揺さぶられたカケルの頬から涙が零れ落ちる。そして気がつけば先ほどまでのユキオと同様に、地の底から響くような嗚咽を漏らしていた。
「俺が目当ての人物かどうか確かめに来たんだよ。もっとも出版した本を見て、半ば確信はしてたろうけどな。そこから奴の計画は本格的に開始された」
何十年も前から計画を練り、密かに進行させる様は執念の一言に尽きる。
「どこまで陰湿で計画的なのよ」
「同感だな。で、だ。そんな男が誇りも野心も捨てて、壊れた人間みたいに振舞うのってどんな時だと思う?」
「え? 待って。カケルはゴフルの有様を演技だと思ってるの!?」
アーシャだけでなく、イザベラも息を呑むのがわかった。
「すでに奴はイザベラさん抜きでは生きていけない。だが隠し続けてきた真実を知られれば我が身が危うくなる」
「それを言ったら、今までも危険だったんじゃないの?」
「いや。仮説が本当なら、奴は独自にロスレミリアに人脈を築いてたはずだ。そうでなければ両親が事故死したからといって、王女があっさり女王になれるか? 血筋が重要であればあるほど、傀儡にしようと考える人間がいてもおかしくないのにだ。そもそも、どうして打算目的で王女に優しくする人間がいなかった?」
「……ロスレミリアの貴族と裏取引をしてたってわけ?」
「そう考えるのが自然だろ。だが今回の失態で奴は完全に見限られた。いらないことを暴露されないように、始末される危険性だってある。金と権力で作った絆の脆さだな」
やはりゴフルはどこか遠くを見ているだけだ。しかしカケルには、じっとこちらの会話に耳を傾けている気がしてならない。だからこそ表面上はイザベラにでも、奴に届くようにはっきりと告げる。
「そんな男が、背後で色々と画策されてる事実に気づけないとは思えない」
すべては推測にすぎず、妄想と言われても否定できない。
「どう考えるかは読者の自由だ。俺は作者として一つの物語を提示したにすぎない」
チラリとゴフルの様子を窺えば、やはり壊れたように空を見て笑っている。
「わ、わたくしは……信じません……」
よろめくイザベラは、己に言い聞かせているかのようだった。
「それで構わない。だが計算高くて怖い女であれば、必ず真実を知りたがる。しかし、すべての事情を知るだろう男は何も答えない。壊れてるのか、それともこの事態を見越して保身に走ったのか、それはもう誰にもわからない」
「……」
「俺にわかってるのは貴女がこれからずっと、自分を地獄に叩き落したかもしれない男を愛して、尽くす日々を過ごしていくということだけだ」
「それは……キツいわね。すべてを捨ててでも愛した男が、不幸の原因を作ったかもしれない。でも違うかもしれない。事実を知りたいけど、答えてもらえない。アタシだったら途中で発狂しちゃうかも」
アーシャがポツリと言ったところで、イザベラがその場に膝から崩れ落ちた。
「嘘よ……嘘に決まってる……だって彼は……彼はっ!」
「さっきも言ったけど、その問いに対する答えを俺は持ってない。貴女がゴフルを愛してるのも、望んでこの未来に辿り着いたのも事実だ」
「もうやめて! そんな話、聞きたくなかった!」
「だろうな。夢から覚まさせて、解消できない想いを抱えたまま、ゴフルの隣にいさせるのが目的だったし」
涙で汚れた顔をイザベラが上げる。
「これじゃ……まるで牢獄だわ……」
「罪を犯した人間には相応しいだろ」
「それなら貴方もでしょう! 貴方が余計な本さえ書かなければ、民も兵も無駄に死ぬこともなかった!」
「わかってるさ。俺もいずれ、罪を償う日がくるんだろ」
地球で強力な兵器を作った科学者たちも、最期はこんな気持ちになったのかもしれない。
カケルがそんなことを考えていると、アーシャが正面から抱きついてきた。
「もう十分、償ったじゃない。本が原因で辛い目にもあった」
「でも、俺は……」
「民主化だって! カケルがいなければ誕生しなかった。リアも言ってたでしょ。きっかけがなくてもいずれ兵器は作られてたって。そうすれば今回よりもっと多くの人が死んでたかもしれない。カケルはね、少ない犠牲で悲劇を終わらせてくれたんだよ。それこそ本の力でね」
皮肉たっぷりにイザベラが笑う。
「ものは言い様ね」
「少なくてもアタシはカケルに救われた。人を愛しいと思う気持ちも知った。例えカケルが過去に何をしてても、決して揺らいだりはしない。アタシもその罪を一緒に背負うもの。でも貴女はどう? 出生の可能性を、ゴフルがしたかもしれないことを聞いて、どうしてそんなに動揺してるの? 仮にアタシが発狂しそうな日々でも、貴女が望んでるなら薔薇色になってるはずでしょ」
「それ、は……」
「教えてあげる、元女王様。貴女はゴフルに依存してただけ。彼のために尽くせる自分に酔ってただけ。愛を勘違いしてただけ。とっても惨めで無様でかわいそうな敗北者」
「いやあああ! そんな目でわたくしを見ないでえええ!」
泣き叫ぶ元女王を冷酷に一瞥したあと、アーシャはふうと息を吐いた。
「ずっと言ってやりたかったの。ああ、すっきりした」
「やっぱり……女は怖い……」
楽しそうにアーシャが笑う。
「そうよ。だから浮気なんて絶対しないでね」
※
夜の闇を吹き飛ばすように、王都から首都に変わった街が煌々と輝いている。
事態が落ち着きを見せ始めたところで、初代大統領のリアレーヌが建国記念日を定め、その祝いを街全体で開催した。
イザベラとの話をアーシャとの秘密にしたカケルは、リアの仕込みで英雄にされたままであり、広場で次々と飲み物や食べ物を勧められた。
「まったく。もっとも活躍したのは、本物の英雄たるこの僕だというのに」
拗ねたように串肉を頬張るクオリアの銀杯に、カケルは果実酒を注ぐ。
「わかってるよ。あの日、クオリアが間に合ってくれなかったらと思うとゾッとする」
「さすがは僕の親友だ。でも本音を言うとね、君が英雄扱いされていてもさほど悔しくないのだよ。素直に嬉しいと言える、こんな僕はやはり英雄に相応しい」
「拗ねっぱなしの分際でよく言うであります」
セベカが軽くクオリアの頭を小突いた。王女付きの侍女として初めて会った頃には、想像もできなかった行動だ。彼女も良い意味で変わっていた。
「カケル殿」
「な、何だよ」
「英雄であれば、複数の妻を娶るのは必須であります。大統領も将来を思えば、一夫多妻を認める法律を作ってくれるであります。だから欲望に忠実になるであります。自分は愛妾がいても気にしないであります」
「……どうしてセベカが正妻前提なのだ?」
にこやかな笑顔を浮かべつつも、声色がなんとも怖いリアが腰に手を当てて仁王立ちしていた。大統領として様々な人間に囲まれていたが、どうやらそちらは一段落したらしい。
「強いて言うなら……魅力の差であります」
煽情的に胸元を強調するセベカに、ガーンと音が聞こえそうなくらいショックを受けたリアが顔を真っ赤して抗議する。
「わらわは育ち盛りなのだ! これから成長するに決まっておる! なあ!?」
「お、俺に聞かれても……」
「すでにこのへんが女らしくなりつつあると思うのだが……」
「服をまくろうとするなって! 酔ってんのかよ!?」
飲酒はしていないので、もしかしたら場に感化されているのかもしれない。
「大統領だってこんな夜くらいは、はしゃぎたくなるでしょ」
一定の理解をしてから、アーシャは「でも」と目を細める。
「アタシのカケルに粉をかけた事実は見過ごせないわ」
「ふおお! ア、アーシャ! は、離すのだっ!」
「……アイアンクロー」
カケル以外に名称を知らない攻撃を食らいながらも、リアは楽しそうだった。
「こんなふうに身分の差を感じずに、皆と笑い合える日が来るとはな」
「リアが頑張ったからな」
「わらわは定められた役どころを真っ当したにすぎん。この話を書いた作者が優秀だったのだ」
否定する前に、背中から抱きついてきたアーシャにも「そうそう」と言われる。
「ゴフルとの最後の頭脳戦なんて痺れちゃったわよ……って、リア、ごめん」
「気にするな。むしろあれだけの騒ぎを引き起こしておきながら、命を助けてもらえただけありがたい。いずれ正気に戻れば、その時はまた別の対策が必要になるかもしれぬが」
「そ、そうね……でも、それは後で考えましょ。今は宴を楽しまなきゃ!」
話題を変えるべくはしゃいだアーシャにより、カケルの口に串肉が突っ込まれる。当初は少し硬いと思っていたが、パンなども含めて今は慣れていた。
「俺もすっかり、こっち側の人間になったなあ」
感慨深くなってそう呟けば、当たり前じゃないとアーシャが笑う。
「カケルはこれからもずっと、ずうっとアタシの隣にいないといけないんだから」
「ああ。俺もそうしたい」
額をぶつけあって笑うカケルとアーシャを、周囲が微笑みと若干の嫉妬の混ざった視線で祝福してくれる。
「……っと、悪いな」
軽く謝って席を外す。広場に幾つもあるテントの脇を通り抜け、設置された簡易トイレの一つを利用しようと扉を開け――。
――カケルは硬直した。
「……え?」
目の前にあったのはトイレではなく、かつて見慣れていた光景。寂れた田園にひび割れたアスファルト。吹き抜ける風は初夏を感じさせて生温い。
「え……?」
もう一度、呟く。手に伝わる冷たい感触。握っているのはアパートのドアノブ。しばし呆然としたあとで、聞こえてきたのは耳障りな男の嗚咽。
「あの時の……」
呟いて、カケルはハッとする。今の自分の格好も、現代日本では到底お目にかかれないようなくたびれた麻布製なのだ。同類と思われてもおかしくなかった。
「まさか……いや、そんなはずは……」
緊張と焦りでグビリと唾を飲む。何度周囲の光景を確認しても、ここ最近で親しくなった仲間たちの影も形もない。
「嫌だ……こんなの嫌だ……嘘だ嘘だ嘘だ」
呪文のように繰り返していると、カケルに気付いた謎の男が鼻水を啜りながらずり寄ってきた。
「その格好……まさか、レンダッタの……いや、だが……」
レンダッタという地名が出て、カケルはやっぱりと全身を震わせる。
怖かった。真相を聞くのが。
嫌だった。男がこの場にいる理由を聞くのが。
「あなたは……ユキオ……さん……?」
「俺の名前を知ってるのか!?」
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