夢で死んでしまう君が、現実で死んでしまわぬように

桐条京介

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第9話 急行

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 今朝の喧嘩以降、大樹は愛美に避けられ、改めて話もできないまま放課後になってしまった。

 隠れて後をつけるなんて真似をすれば、関係が悪化している現状では良くて再度の平手打ち。悪ければストーカーとして通報されかねない。

 ため息をついて、自分の席で帰り支度をしていると、黒板前で楓が帰宅部の愛美に声をかけているのが視界の隅に映った。

「ねえ、愛美ちゃん。よかったら一緒に帰らない?」

「楓から誘ってくれるなんて珍しいね。人見知りはもう治った?」

「まだだけど、愛美ちゃんにはよくお喋りしてもらっているし、だいぶ慣れたみたい」

 類稀な美貌を誇る楓ほどではないが、明るく愛嬌のある愛美もクラスの男子の人気は高い。二人が並んで立つだけで、男子の放つ熱気のせいで教室内の気温が一度近く上昇したように感じるのは気のせいではないだろう。

「それでも嬉しいよ。ただ、ごめんね。あたし、今日はお祖母ちゃんの家に行くんだ」

「そ、そうなのね。用事があるのなら仕方ないわ」

 元が遠慮する性格だけに強く踏み込めず、誘いを断られた楓は小さく手を振って、教室を出る愛美の背中を見送った。

 そのあとで泣きそうな顔をしながら、小走りに大樹のもとまでやってくる。この頃には、一緒に帰ろうと清春も近くにいた。

「ど、どうしよう。愛美ちゃんと帰ると朝約束したばかりなのに……」

「落ち着いて。悪夢なら散々見たけど、今日まで瑞原は無事なんだ。それにあいつはお祖母ちゃんの……お祖母ちゃん?」

 慰めの言葉が途中で止まる。

 ただならぬ雰囲気を察したのか、楓が小さな喉を上下に動かす。

「何か気になった?」

 尋ねてきた清春に、長年放置されて固まった人形みたいな不自然な動きで顔を向ける。

「お祖母ちゃんだ……お祖母ちゃんだよ!」

 叫び、親友の腕を掴む。狂乱じみた行動を取った大樹に唖然としながらも、先ほどまでの落胆ぶりを消した楓が細く白い手を優しく肩に置いた。

「さっきから言ってるのは愛美ちゃんのお祖母さんのこと? 一体どうしたの?」

「夢だよ! 瑞原は夢の中で友達と会って、その時にお祖母ちゃんの家へ行く途中だと言ったんだ。その後に……事故に遭う」

 唇を噛んで拳を握る。夢の通りに現実が展開するのだとしたら、もはや一刻の猶予もない。

 大きな音を鳴らして立ち上がった大樹だが、制するように親友が顔の前に掌を出してきた。

「どうやって防ぐ」

「大声で呼びかければ――」

 言いかけて大樹は口を噤む。夢ではただ茫然としているだけで、声すら発せられなかった。現実なら大丈夫かと思ったが、仮に正体不明の力とかで上手く発声できなかったら――。

 大樹の心情を詳細に察したわけではないだろうが、清春や楓の表情が曇る。

「危機を訴えても、愛美ちゃんが反応できなければどうしようもないものね」

「けど、悠長にしてる余裕はない。とりあえず現場に急ぎながら考えよう」

 大樹を先頭に学校を出たところで、清春が思いついたように尋ねてくる。

「トラック、どこの宅急便?」

「白犬だ。何度もマークを見てるから間違いない」

「運転手の顔は覚えてる?」

「運転手? 確か……人の好さそうな丸顔の男の人だったぞ、中年の」

「もしかしたら、田畑さん」

 清春が身長や体型、さらには顔立ちの特徴を告げる。言われてみればそんな感じだったという気もするが、確実にそうだとは断言できなかった。

「井出君、その運転手さんとお知り合いなの?」楓が聞いた。

「ゲーム好き。通販でゲームを買うと、よく話をする」

「それなら、大樹君が夢で見たルートを今日だけ外してもらうとか、できないかしら」

「電話してみる」

 清春がスマホを耳に当てたので、大樹は親友が会話をしやすいように両足を動かす速度を緩める。久しぶりの全力疾走でかなり疲れたが、だいぶ距離は稼げた。

「もしもし」

 電話に出てくれたらしい田畑さんと清春が会話する。どの方面に届け物があるか聞いていたが、守秘義務があるためもちろん教えてもらえるはずもない。

 ルートに関してもよく会話をするとはいえ、その程度の仲の高校生に頼まれたところで配慮してくれるわけがなかった。

 それでも清春は大樹の夢の話を信じ、相手に嫌われるのを覚悟で粘ってくれた。

 何度も謝罪して電話を切った際、ディスプレイには十一分二十八秒の通話時間が表示されていた。

     ※

 夢で何度も見せられた事故現場。透き通るようなスカイブルーを見上げ、大樹は爽やかさよりも不安を覚える。

 見慣れたフェンス。点滅を繰り返して赤に変わろうとする信号。ところどころにひび割れのある道路。前髪が額を撫でるように揺れ、頬をなぞる風は涼しい。

「事故……はないみたいね」誰にともなく楓が呟いた。

「ああ。清春が頑張ってくれたおかげだな」

 世間一般からみればたったの十一分かもしれないが、人が移動するには十分な時間だ。愛美が祖母の家に到着してくれたのであれば、さすがに事故の危険性も低下するだろう。

「お祖母ちゃんの家は?」

 口数の少ない親友の質問の意図を察し、大樹は首を横に振る。

「夢ではそこまで行かないからな」

 その場にしゃがみ、太腿の上に腕を置いて地面へ大きな息を落とす。例えようのない奇妙な緊張感がまだ全身を包んでいるが、少しずつ安堵の感情も芽生える。

 あまり人通りの多くない場所だけに、改めて周りを見渡しても近寄ってくる人間はいない。だが事故の正確な時刻がわからないという問題もある。

「携帯にかける」

 何のことかと親友を見たが、視線を注がれているのは大樹ではなく楓だった。

「あ、もしかして愛美ちゃんの? ごめんなさい。知らないの」

「……俺もだ。そうか、聞いておけばよかったな」

 もっとも、素直に教えてもらえるとは限らない。高校生ともなれば男女間の交際の話にはとりわけ敏感で、すぐに誰と誰の関係が怪しいなどと噂になってしまう。

 当然、清春も知ってはおらず、しばらくの間はここにいようという結論に達した。

「ポカポカしていて、今日も良いお天気ね」

 楓が片手で目の上に日陰を作り、薄目で太陽が輝く大空を見上げる。後ろ手に押さえているスカートの裾の片側が、風の悪戯でほんの僅かだがふわりと浮いた。

 知らず知らず視線を向けていた大樹は、咎められたわけでもないのに慌て、反射的に目を逸らす。顔全体が熱く、鏡を見れば耳まで真っ赤にしているのは明らかだ。

 一連の様子を見てニヤニヤしていた親友に、照れ隠しの文句を言ってやろうと口を開いたまでは良かったが、そこで大樹の動きは止まった。

 視界の隅、スクールバッグを肩から下げた見覚えのある女子高校生が、こちらへ歩いてくるのを目撃したからだ。
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