悪役令嬢がガチで怖すぎる

砂原雑音

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怪我の功名

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「王太子殿下は、あのお人柄だ。リンドルの不注意だったとしても、放っておける方じゃないし、殿下の気遣いを男爵家の令嬢が断れるわけもないだろう」

「……それは」



(そう! そうなのフィールズ様! もっと言ってください!)



 殊勝に目を伏せたまま、心の中で何度も頷く。いつもベルを当然のように都合良く使うシグルドが、まさか庇ってくれるとは思わなかった。



「そもそも、学院内では身分の差を必要以上にひけらかすことは禁じられている」



 その言葉には、さすがに顔を上げて瞠目したが。いつもベルに雑用を押し付けることは、彼の中では身分を振りかざしていることにはならないようだ。



「……なんだその顔は」

「いえ何も」



 慌てて頭を振ったところで、盛大なため息が聞こえた。



「……もうよろしいですわ」



 ミルバ侯爵令嬢は鬱陶しげにひらりと手を振る。しかし去り際に、しっかりとくぎを刺された。



「リンドルさん、学院内では身分関係なく交流するようにと言われているけど、それは所詮建前。弁えないと後悔することになるのはあなたよ。言いたかったのはそれだけ」

「心得ております」



 軽く膝を曲げ、頭を下げ彼女が席に着く音が聞こえるまで姿勢を保った。続いてシグルドもその場を離れようとしたので、ベルは慌てて声をかけた。



「あの、ありがとうございました」

「いや。リンドルはいつも真面目だし、高位貴族に擦り寄るような人間じゃないからな。皇太子殿下のことも誤解だろうと思っただけだ」



 素っ気なくそう返されたが、ほんのりと耳が赤い。



(普段はアレだけど、悪い人じゃないのかも。普段はアレだけど)









 ともあれ、このクラスで一番身分が高い男子生徒のシグルドが止めたおかげで、ひとまずはクラス内の雰囲気は落ち着いた。

 ミルバ侯爵令嬢は納得はいっていないようだったが、身分差がありベルが何も言えない立場であることは理解したらしい。

 いつも通りぼっちではあったが、少なくともクラス内に限ってはひそひそとあからさまな陰口を叩かれたりすることもなかった。



「あれ、陰口って陰で聞こえないように言ってる分にはまだ親切よね。わざと聞こえるように言うのって質悪い」



 昼休み、食堂に向かおうと思ったが昨日のことがある。結局諦めて、購買でパンをひとつだけ買い人の少ないところを探した。

 中庭は移動の中心に近いので、いつもそれなりに人がいる。だが、裏庭はほとんど誰もいなかった。ベンチもないので、芝生にハンカチを置いて座る他なかったが。

 建物の影になるので、普段は日陰が多そうだが昼のこの時間はなかなかに日当たりが良く気持ちよかった。



(携帯用ポットに紅茶でも淹れて来ればよかったな)



 パンをもそもそと齧りながら、飲み物がないことに後悔していると、かさっと芝生を踏む音がした。



「あ、あの、一緒にいいかな? リンドルさん」



 おどおどとした様子の、だけどとても可愛らしい薄茶色の髪をした令嬢が立っていた。

 ベルはぽかん、と彼女を見上げたままで一瞬返事が遅れてしまった。こんな風に普通に声をかけてきたのは、彼女が初めてだったからだ。



「あ……だめかな?」

「えっ、あ! いいえ! ダメじゃないです! よかったらどうぞ。えっと……コンラッド様」



 彼女はベルのクラスメイトで、コンラッド子爵家の令嬢だ。同じ下位貴族なので、ベルは一時期彼女となら友人になれないだろうかと機会を探していた。

 その時はなんとなく、避けられているような気がして諦めたのだが。だから今、こうして声をかけられてかなり驚いている。

 ベルと同じようにハンカチを敷き隣に座った彼女は、手に持っていた小さなバスケットから丁寧に紙に包まれたものをいくつか取り出した。

 それから、ベルの手元を見る。



「リンドルさん、それだけなの?」

「あ、はい。くるみが練り込んであるから、結構満足感があって……」

「嘘、さすがにそれだけじゃ体に悪いわ。よかったら、ひとつどうぞ」

「ええっ! そんな、それじゃコンラッド様の分が」



 慌てて遠慮したけれど「いいから」と包みのひとつを手に持たされる。開くと、中には三角に切られたサンドイッチが二切れ入っていた。



「美味しそう! ありがとうございます、コンラッド様」

「いいえ。ちょっと作り過ぎちゃったから、ちょうどよかったの」



 そう言って微笑む彼女の瞳は、とても優しい青色だった。



「それから、よかったらもう少し気楽に話して?」

「……え、その、いいのですか?」



 彼女は子爵家、ベルは男爵家だ。どちらも下位貴族とはいえ子爵家の方が家格は上になる。男爵家ごときが、とこそこそと囁かれ続けたベルにとって、とても嬉しい申し出だった。



「クラスメイトでしょう? わたし、アンナよ。あなたのことはベルって呼んでもいい?」

「もちろんです! じゃ、じゃあ、アンナ様」

「敬語も敬称もなしにしましょう? わたし、気楽に話せる友人が欲しかったの……だって私たちのクラス、身分が高い人ばかりでしょう」



 彼女もベルと同じ居心地の悪さを感じていたらしい。

 ベルは、どきどきしていた。入学して初めて、やっと、友人ができるかもしれない。



「うれしい……じゃ、えっと……アンナ! よろしくね」



 ベルが思い切って言葉を崩し呼び捨てにすると、彼女は嬉しそうに笑った。





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