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そんなわけでお見合いしました
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私は父同伴だが、高輪さんはひとりだった。彼が既に実質の経営者であることと、親同士は既に話がついているからだ。本人同士の顔合わせに過ぎないこの席に父がついて来たのは、私が逃げ出さないようにってことだ。
鹿威しの音が聞こえてくる雅やかな空間。こんなものだろうな、と予想はしていたが、私が自分のことを話す隙はほぼない。高輪さんの言葉にすべて父が返事をして、私はその間ずっと婚約者の観察をしていた。
「征一郎君の評判は良く聞いているよ。社長に就任して、随分と社内が落ち着いたとね」
父が聞くのは主に、彼自身のことより高輪さんの会社内部のことばかりだ。人柄には興味は無いと私には聞こえてきて、彼が気を悪くするのではないかと胃が痛くなってくる。
「手伝ってくれていた従兄が優秀でして。僕の力ではないんですよ」
「ああ、黒木くんか。一度お会いしたことがある。力量のある若い者がいるというのはいい。高輪さんは将来安泰だ」
彼は一切笑顔を崩さなかった。しかし社内の話ばかりが続くと、微笑みだけで返事はしなかった。無言の圧を感じたが、まったく気にする素振りのない父のメンタルは鉄か鋼製なのだろうか。
不意に、彼の視線が父から私へと変わり、ぱちりと目が合う。すっかり口を開く気がなくなっていた私は油断していて、数秒そのまま見つめあってしまった。
すると気付いた父が、なぜか得意げに言い放つ。
「これは何の取り柄もない不出来な娘だが、奥向きの仕事は任せて問題はない」
父の言い草に辟易して、頬が引き攣りそうになる。続いて「そうですか」とあっさり相槌を打った彼に、落胆を感じつつ目を伏せた。
この人、父と同類かあ……。
妻は家にいて自分の仕事を邪魔しなければいいと思っている。実際、父はそれで仕事をして家族を露頭に迷わせたことはないのだから、文句は言えない。
ただ、自分が結婚するなら全然違う人がいい……そう思っていたのだが。
まあ、父が選ぶなら、そうなるよね。
私も高輪さんに負けず劣らず、口角を少しだけ持ち上げ感情の伴わない微笑みを作った。
正直、恋愛には疲れていたし。父には逆らえない自分の習性はわかっていても、さすがに結婚まで言われるまま受けるつもりはない。たけど、もしも信頼できそうな人となら構わないかもしれない、と思ってここに来た。
見合い結婚が悪いこととは思わないし、それが良い出会いになる可能性は普通にある。しかしながら、早速後悔し始めている。父と同じ価値観の人かもしれない、ということ以外に、どうもこの人の笑顔は胡散臭い。作り笑顔というだけでなく、作り笑顔を作り慣れているというか。
さっきから、いつ見ても金太郎飴のごとく同じ笑顔を浮かべている。
見合いの席なのだから、そんなものなのかもしれないけれど。思えば私も似たようなものだし。
彼がどんな人物か、性格は、どんなだろう。穏やかな笑顔そのままか。知りたくても、さっきから父ばかりが彼と会話をしていて私が入る隙がない。
「七緒さんは、今は和菓子屋で働いているそうですね」
視線が再び父から私へと移った。やっと直接答えられると口を開いたら、やっぱり父が横から口を出してくる。
「はい、転職してまだ一年ほどで」
「ただの販売の仕事なんでね。いつ辞めても問題ない」
私の声を遮ってまで、しかも販売の仕事を貶すような物言いに思わずすとんと顔から表情を消してしまう。その時だった。
「ふっ……んん」
思わず漏れたような音が聞こえ、音の発生源を見ればさっと拳を口元に当てている。表情を隠しているようにも見えるその仕草をしながら、小さく咳払いをした。
「失礼しました」
「……いえ」
咳払いで誤魔化されたけど、笑われたよね?
何見て笑った?
顔に出したらだめだと思いつつも、目を細めて睨んでしまった。高輪さんから目を離さずにいると、ぴたりと視線が合う。すると口元を隠していた拳が下り、さっきと同じ型通りの笑顔が浮かんでいた。
「和菓子の販売員とは、七緒さんは仕事までかわいらしい」
ちょっと意味がわからない。
確かに、販売員の制服はかわいらしい……が?
「そうですね、制服は作務衣で……確かにかわいいです」
他に言いようがなく、答えながら首を傾げる。隣の父も戸惑っているのか、さっきまでは私に喋らせない勢いだったのに今は何も言わない。もしや固まっているのだろうか。
「ああ、いいですね。七緒さんの制服姿。作務衣の色は何色?」
しかし父や私の戸惑いをよそに、高輪さんの声は弾んでいた。
「え、赤、ですね。ちょっと深い……紅葉みたいな」
「紅葉色、いいね。女の子らしくて。頭は三角巾?」
「はい、黒の」
思いがけず和菓子屋の制服に食いつかれ、引くように身体を後ろへ逸らしながら答える。今、初めてまともに会話したその内容が、私の制服の話題とは。
もっと他に聞くことがあるのでは……?
「ぜひ見たい。こっちに仕事で来る時の楽しみが出来ました」
にこにこと邪気の無い笑顔で言われて頬が引き攣った。
この人、店に来るつもりだ……!
「あっ、あの。創業から歴史は古いのですが、小さなお店で」
「いいね。そういう店の方がお土産にも喜ばれそうだ」
「……ぜひ」
もう、こう言われればとても無碍には出来ない。仕方なく私も愛想笑いを浮かべた。
「後で店の名前と場所を教えてくれるかな。秘書が、甘いものに目がなくてね」
「はい、承知しました」
ちょっと頭にお花でも咲いてそうな人だな、と思ったけれどおかげで父の横やりもなく会話が出来たような気がしないでもない。
鹿威しの音が聞こえてくる雅やかな空間。こんなものだろうな、と予想はしていたが、私が自分のことを話す隙はほぼない。高輪さんの言葉にすべて父が返事をして、私はその間ずっと婚約者の観察をしていた。
「征一郎君の評判は良く聞いているよ。社長に就任して、随分と社内が落ち着いたとね」
父が聞くのは主に、彼自身のことより高輪さんの会社内部のことばかりだ。人柄には興味は無いと私には聞こえてきて、彼が気を悪くするのではないかと胃が痛くなってくる。
「手伝ってくれていた従兄が優秀でして。僕の力ではないんですよ」
「ああ、黒木くんか。一度お会いしたことがある。力量のある若い者がいるというのはいい。高輪さんは将来安泰だ」
彼は一切笑顔を崩さなかった。しかし社内の話ばかりが続くと、微笑みだけで返事はしなかった。無言の圧を感じたが、まったく気にする素振りのない父のメンタルは鉄か鋼製なのだろうか。
不意に、彼の視線が父から私へと変わり、ぱちりと目が合う。すっかり口を開く気がなくなっていた私は油断していて、数秒そのまま見つめあってしまった。
すると気付いた父が、なぜか得意げに言い放つ。
「これは何の取り柄もない不出来な娘だが、奥向きの仕事は任せて問題はない」
父の言い草に辟易して、頬が引き攣りそうになる。続いて「そうですか」とあっさり相槌を打った彼に、落胆を感じつつ目を伏せた。
この人、父と同類かあ……。
妻は家にいて自分の仕事を邪魔しなければいいと思っている。実際、父はそれで仕事をして家族を露頭に迷わせたことはないのだから、文句は言えない。
ただ、自分が結婚するなら全然違う人がいい……そう思っていたのだが。
まあ、父が選ぶなら、そうなるよね。
私も高輪さんに負けず劣らず、口角を少しだけ持ち上げ感情の伴わない微笑みを作った。
正直、恋愛には疲れていたし。父には逆らえない自分の習性はわかっていても、さすがに結婚まで言われるまま受けるつもりはない。たけど、もしも信頼できそうな人となら構わないかもしれない、と思ってここに来た。
見合い結婚が悪いこととは思わないし、それが良い出会いになる可能性は普通にある。しかしながら、早速後悔し始めている。父と同じ価値観の人かもしれない、ということ以外に、どうもこの人の笑顔は胡散臭い。作り笑顔というだけでなく、作り笑顔を作り慣れているというか。
さっきから、いつ見ても金太郎飴のごとく同じ笑顔を浮かべている。
見合いの席なのだから、そんなものなのかもしれないけれど。思えば私も似たようなものだし。
彼がどんな人物か、性格は、どんなだろう。穏やかな笑顔そのままか。知りたくても、さっきから父ばかりが彼と会話をしていて私が入る隙がない。
「七緒さんは、今は和菓子屋で働いているそうですね」
視線が再び父から私へと移った。やっと直接答えられると口を開いたら、やっぱり父が横から口を出してくる。
「はい、転職してまだ一年ほどで」
「ただの販売の仕事なんでね。いつ辞めても問題ない」
私の声を遮ってまで、しかも販売の仕事を貶すような物言いに思わずすとんと顔から表情を消してしまう。その時だった。
「ふっ……んん」
思わず漏れたような音が聞こえ、音の発生源を見ればさっと拳を口元に当てている。表情を隠しているようにも見えるその仕草をしながら、小さく咳払いをした。
「失礼しました」
「……いえ」
咳払いで誤魔化されたけど、笑われたよね?
何見て笑った?
顔に出したらだめだと思いつつも、目を細めて睨んでしまった。高輪さんから目を離さずにいると、ぴたりと視線が合う。すると口元を隠していた拳が下り、さっきと同じ型通りの笑顔が浮かんでいた。
「和菓子の販売員とは、七緒さんは仕事までかわいらしい」
ちょっと意味がわからない。
確かに、販売員の制服はかわいらしい……が?
「そうですね、制服は作務衣で……確かにかわいいです」
他に言いようがなく、答えながら首を傾げる。隣の父も戸惑っているのか、さっきまでは私に喋らせない勢いだったのに今は何も言わない。もしや固まっているのだろうか。
「ああ、いいですね。七緒さんの制服姿。作務衣の色は何色?」
しかし父や私の戸惑いをよそに、高輪さんの声は弾んでいた。
「え、赤、ですね。ちょっと深い……紅葉みたいな」
「紅葉色、いいね。女の子らしくて。頭は三角巾?」
「はい、黒の」
思いがけず和菓子屋の制服に食いつかれ、引くように身体を後ろへ逸らしながら答える。今、初めてまともに会話したその内容が、私の制服の話題とは。
もっと他に聞くことがあるのでは……?
「ぜひ見たい。こっちに仕事で来る時の楽しみが出来ました」
にこにこと邪気の無い笑顔で言われて頬が引き攣った。
この人、店に来るつもりだ……!
「あっ、あの。創業から歴史は古いのですが、小さなお店で」
「いいね。そういう店の方がお土産にも喜ばれそうだ」
「……ぜひ」
もう、こう言われればとても無碍には出来ない。仕方なく私も愛想笑いを浮かべた。
「後で店の名前と場所を教えてくれるかな。秘書が、甘いものに目がなくてね」
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