正しい契約結婚の進め方

砂原雑音

文字の大きさ
24 / 33
理想の妻像

3-4

しおりを挟む
 
 翌日は朝から大忙しだった。朝食はルームサービスで運ばれて来て、食べ終わってひと息ついた頃に女性が四人部屋に押し寄せた。
 ヘアメイクの人をお願いはしていたけれど、四人も来るとは思わなくて、驚いている間に彼女たちは着々と準備をして私は浴室に放り込まれた。アロマオイルが垂らしてあって、気持ちよかった。夜眠れなかったので、うっかり沈んでしまうところだった。

 式典は午後で、夕方からパーティがあると聞いている。着付けは自分で出来るし、ヘアメイクはお願いするにしても時間が早すぎないかと思ったが、浴室から出ると全身エステが始まり納得した。
 身体と顔のエステが終わって、サンドイッチを軽くつまんでからヘアメイクをしてもらう。着物は祖母からもらった極薄い紫の生地に淡い色で芍薬や小菊を散らした色留袖だ。明るい金の帯を締めて、全身を映す鏡の前に立つ。


「……お綺麗です」


 メイクをしてくれた美容師の女性が、そう言ってくれた。ほうっとため息をつきながらだったので、お世辞じゃないのかも、とうぬぼれてしまいそうになる。


「ありがとう。お化粧のおかげです」
「いえ、本当にすごくお綺麗ですよ。目立つお顔立ちというより、ひとつひとつの形が整ってらっしゃって……だから敢えて華美にはせずにマスカラも透明なものにしてあります。お着物にもよくお似合いですよ」
「肌ももちもちぷるぷるでしたからね。羨ましいです」


 フェイスエステをしてくれた女性にもそう言われて、恥ずかしいながらもちょっと鏡に顔を近づけて見てしまう。
 いたって平凡、と思ってたけど、ちょっとは自信をもっていいのかな。
 黒髪はシンプルに後頭部でまとめて、小さなパールをいくつか差して飾っている。清楚でしとやかで、それでいて華やかに、丁寧に仕上げてくれていた。

 結婚式の花嫁さんみたいな準備……。
 そう気が付くと、なんだかそわそわしてしまう。


「それにしても、素晴らしいお着物ですね」
「ありがとう。祖母からもらったんです」


 祖母の若い頃に知り合いの工芸士に依頼した着物で、後に着物作家として名を知られた方の作品だと聞いている。
 祖母の話を思い出しながら袖や裾の花模様を目で追って、帯の具合を指先で確かめる。
 着る機会が今までなかったけれど、教えられた通り大切に保管してあったからこうして日の目を見ることができて良かった。


「もうすぐ、高輪社長がお迎えに来られる時間ですね」
「早く片付けてしまいますね。香月様は、どうぞ少し座ってお休みください」


 時間を気にした女性たちがヘアメイクの道具を片付け始め、ひとりはコーヒーを淹れて私をソファへと促してくれる。
 お礼を言ってソファに浅く腰かけると膝の上で指先を組み合わせながら、目の前にカップを置いてくれた女性に小さな声で尋ねた。


「……ちょっとは、見栄えするでしょうか。高輪さんと並んでも、大丈夫?」


 女性は目を見開くと、すぐに目を細めて頷く。


「きっとお似合いのおふたりです。本当にお綺麗ですから、自信を持ってください」
「初々しくて、なんだか微笑ましいですね」


 小声で聞いたはずなのに、他の人たちにも聞こえていたらしい。くすくすと笑われて、恥ずかしなってくる。
 ベルが鳴って来訪者を知らせたのはちょうどその時だった。


 部屋に入って来た彼は、ビジネスブラックのスリーピーススーツに光沢のあるネイビーのネクタイという意外とシンプルな意匠だ。だが、それなのにとてつもなく華やかに見えるのは彼の存在感のなせる業なのか。サイドの髪をワックスで撫でつけて、フォーマルの服装に合わせている。
 立ち上がって出迎えた私は、数秒の間見惚れてしまい動けなかった。彼も少し驚いたように目を見開いていて、ぱちりと目が合うと咄嗟に俯く。


「それでは、これで失礼します」


 いつの間にか片付けを終えた女性たちが、一列に並んで綺麗にお辞儀をする。そちらへ目を向けた彼が頷いた。


「ヘアメイク担当は?」
「私です」
「会場の控室で待機を頼む。何かあっても対応できるように」
「かしこまりました」


 女性は再び一礼すると、揃って部屋を出て行き突然ふたりきりとなってしまった。


「……あの。こんな感じで、失礼はないでしょうか? 精一杯綺麗にはしてもらったんですが……これが限界です」


 高輪さんと並んでも大丈夫、と言ってくれていたけれど。いざ彼を前にすると、全然、まったく大丈夫ではない。

 だって本当に、モデルさんが来たみたいだったよ……!
 ここは撮影現場ですか!?

 私の言葉に、高輪さんが小さく笑う。


「どうしてそんなに自己肯定感が低いかな。そういう一面もかわいいところなんだけど」


 言いながら、一歩二歩と近づいてすぐ目の前に彼が立った。


「今日の七緒さんには似合わないな。ほら、背筋を伸ばす」


 ぽん、と二の腕を叩かれて咄嗟に背筋を正す。顔をあげると、高輪さんの目が真っ直ぐに私を見ていた。


「かわいい系だと思ってたのに、すごく印象が変わるな……あんまり綺麗だから驚いた」
「あ、ありがとうございます……」


 ストレートな褒め言葉に、かあっと体温が上がる。


「大人っぽくて、上品だ」
「そ、そうですか」
「それに色っぽい」
「もう、もうそれくらいで!」


 素直に聞いていたら延々と煽てられそうだ。困った顔で、降参するみたいに声を上げた。
 

「そんな風に言われたら、汗が止まらなくなります! お化粧落ちちゃう。なんでそんなに言うんですか」
「七緒さんは、自分を誉めるのが下手みたいだから。俺がどんどん言っていこうと思って」


 笑いながら彼の顔が傾いて、近づいてくる。
 キスの気配に、ぱっと手のひらを向けてその行動を阻止した。
 すると、眉尻が下がってちょっと情けない顔になる。このところ何度か見たこの表情が、結構好きだ。


「だから、お化粧落ちちゃいますって」
「軽く触れるだけなのに」
「でも、せっかく綺麗にしてもらったから」


 彼女たちのおかげだけれど、高輪さんにも綺麗だと言ってもらえたのはうれしい。それなのに崩れてしまうのはなんだかもったいなかった。
 つい綻んでくる口元を押さえられず、俯いて片手で隠した。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

逃げても絶対に連れ戻すから

鳴宮鶉子
恋愛
逃げても絶対に連れ戻すから

処理中です...