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理想の妻像
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しおりを挟む翌日は朝から大忙しだった。朝食はルームサービスで運ばれて来て、食べ終わってひと息ついた頃に女性が四人部屋に押し寄せた。
ヘアメイクの人をお願いはしていたけれど、四人も来るとは思わなくて、驚いている間に彼女たちは着々と準備をして私は浴室に放り込まれた。アロマオイルが垂らしてあって、気持ちよかった。夜眠れなかったので、うっかり沈んでしまうところだった。
式典は午後で、夕方からパーティがあると聞いている。着付けは自分で出来るし、ヘアメイクはお願いするにしても時間が早すぎないかと思ったが、浴室から出ると全身エステが始まり納得した。
身体と顔のエステが終わって、サンドイッチを軽くつまんでからヘアメイクをしてもらう。着物は祖母からもらった極薄い紫の生地に淡い色で芍薬や小菊を散らした色留袖だ。明るい金の帯を締めて、全身を映す鏡の前に立つ。
「……お綺麗です」
メイクをしてくれた美容師の女性が、そう言ってくれた。ほうっとため息をつきながらだったので、お世辞じゃないのかも、とうぬぼれてしまいそうになる。
「ありがとう。お化粧のおかげです」
「いえ、本当にすごくお綺麗ですよ。目立つお顔立ちというより、ひとつひとつの形が整ってらっしゃって……だから敢えて華美にはせずにマスカラも透明なものにしてあります。お着物にもよくお似合いですよ」
「肌ももちもちぷるぷるでしたからね。羨ましいです」
フェイスエステをしてくれた女性にもそう言われて、恥ずかしいながらもちょっと鏡に顔を近づけて見てしまう。
いたって平凡、と思ってたけど、ちょっとは自信をもっていいのかな。
黒髪はシンプルに後頭部でまとめて、小さなパールをいくつか差して飾っている。清楚でしとやかで、それでいて華やかに、丁寧に仕上げてくれていた。
結婚式の花嫁さんみたいな準備……。
そう気が付くと、なんだかそわそわしてしまう。
「それにしても、素晴らしいお着物ですね」
「ありがとう。祖母からもらったんです」
祖母の若い頃に知り合いの工芸士に依頼した着物で、後に着物作家として名を知られた方の作品だと聞いている。
祖母の話を思い出しながら袖や裾の花模様を目で追って、帯の具合を指先で確かめる。
着る機会が今までなかったけれど、教えられた通り大切に保管してあったからこうして日の目を見ることができて良かった。
「もうすぐ、高輪社長がお迎えに来られる時間ですね」
「早く片付けてしまいますね。香月様は、どうぞ少し座ってお休みください」
時間を気にした女性たちがヘアメイクの道具を片付け始め、ひとりはコーヒーを淹れて私をソファへと促してくれる。
お礼を言ってソファに浅く腰かけると膝の上で指先を組み合わせながら、目の前にカップを置いてくれた女性に小さな声で尋ねた。
「……ちょっとは、見栄えするでしょうか。高輪さんと並んでも、大丈夫?」
女性は目を見開くと、すぐに目を細めて頷く。
「きっとお似合いのおふたりです。本当にお綺麗ですから、自信を持ってください」
「初々しくて、なんだか微笑ましいですね」
小声で聞いたはずなのに、他の人たちにも聞こえていたらしい。くすくすと笑われて、恥ずかしなってくる。
ベルが鳴って来訪者を知らせたのはちょうどその時だった。
部屋に入って来た彼は、ビジネスブラックのスリーピーススーツに光沢のあるネイビーのネクタイという意外とシンプルな意匠だ。だが、それなのにとてつもなく華やかに見えるのは彼の存在感のなせる業なのか。サイドの髪をワックスで撫でつけて、フォーマルの服装に合わせている。
立ち上がって出迎えた私は、数秒の間見惚れてしまい動けなかった。彼も少し驚いたように目を見開いていて、ぱちりと目が合うと咄嗟に俯く。
「それでは、これで失礼します」
いつの間にか片付けを終えた女性たちが、一列に並んで綺麗にお辞儀をする。そちらへ目を向けた彼が頷いた。
「ヘアメイク担当は?」
「私です」
「会場の控室で待機を頼む。何かあっても対応できるように」
「かしこまりました」
女性は再び一礼すると、揃って部屋を出て行き突然ふたりきりとなってしまった。
「……あの。こんな感じで、失礼はないでしょうか? 精一杯綺麗にはしてもらったんですが……これが限界です」
高輪さんと並んでも大丈夫、と言ってくれていたけれど。いざ彼を前にすると、全然、まったく大丈夫ではない。
だって本当に、モデルさんが来たみたいだったよ……!
ここは撮影現場ですか!?
私の言葉に、高輪さんが小さく笑う。
「どうしてそんなに自己肯定感が低いかな。そういう一面もかわいいところなんだけど」
言いながら、一歩二歩と近づいてすぐ目の前に彼が立った。
「今日の七緒さんには似合わないな。ほら、背筋を伸ばす」
ぽん、と二の腕を叩かれて咄嗟に背筋を正す。顔をあげると、高輪さんの目が真っ直ぐに私を見ていた。
「かわいい系だと思ってたのに、すごく印象が変わるな……あんまり綺麗だから驚いた」
「あ、ありがとうございます……」
ストレートな褒め言葉に、かあっと体温が上がる。
「大人っぽくて、上品だ」
「そ、そうですか」
「それに色っぽい」
「もう、もうそれくらいで!」
素直に聞いていたら延々と煽てられそうだ。困った顔で、降参するみたいに声を上げた。
「そんな風に言われたら、汗が止まらなくなります! お化粧落ちちゃう。なんでそんなに言うんですか」
「七緒さんは、自分を誉めるのが下手みたいだから。俺がどんどん言っていこうと思って」
笑いながら彼の顔が傾いて、近づいてくる。
キスの気配に、ぱっと手のひらを向けてその行動を阻止した。
すると、眉尻が下がってちょっと情けない顔になる。このところ何度か見たこの表情が、結構好きだ。
「だから、お化粧落ちちゃいますって」
「軽く触れるだけなのに」
「でも、せっかく綺麗にしてもらったから」
彼女たちのおかげだけれど、高輪さんにも綺麗だと言ってもらえたのはうれしい。それなのに崩れてしまうのはなんだかもったいなかった。
つい綻んでくる口元を押さえられず、俯いて片手で隠した。
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