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幕間
高輪征一郎は、普通《初デート直後のお話》
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征一郎は、ごく普通の男である。
七緒は普通の男と見合いがしたかったなどと打ちひしがれていたが、自分は普通だ。見た目が良くてちょっと金を持ってる男なんてそこら中にいるではないか。
普通じゃないというのは、従兄のような男をいうのだと思う。彼はちょっと変人だ。頭はすこぶる切れるが、目つきは恐ろしいしあまり周囲に関心がない。特定の人物にだけだ。相手が従兄なら、普通が良かったと零すのも無理はないが。
「よく耐えたと思うんだよ、俺は」
ソファで小動物のように震えていた婚約者、香月七緒を思い出す。拒絶しながらも潤んだ瞳と上気した頬が、相反する彼女の内面を表していた。
顔合わせの時から、面白い人だとは思っていた。厳しく躾けられたのが窺える綺麗な所作と、素直に顔に出る感情が少しちぐはぐだった。何せその表情が、笑ってはいるものの父親を見るたびに刺々しい。父親主導の見合いを納得しきれないが反抗もできない、そんな少し幼い印象だった。
彼女が育った家庭環境を考えると、当然かもしれない。
「もうちょっと押してもよかったか? でもな……」
あの時、僅かに彼女の顔に滲んだ嫌悪感が、気にかかる。だから、追いかけるのはやめたのだ。
「なんの話だ」
先日の初デートの彼女を思い出していると、斜め向かいのデスクに座る秘書から厳しい視線と声が飛んできた。普通ではない従兄、黒木貴仁だ。
「仕事をしろ、仕事を。彼女に会うために半日やっただろうが」
「その彼女がさ、もっと普通の男と見合いしたかったって言うんだよ」
すると、従兄は眉根を寄せてよくわからないという顔をした。
「普通だろう? 甘ったれではあるが。良い大人のくせして跡継ぎの責任から逃れたくて遊び尽くした黒歴史持ちは嫌だってことか」
「だから今はちゃんとしてるだろ。腹括ってからは遊んでないし」
嫌味混じりの言葉に、征一郎は肩を竦めて答える。
「第一、今時直系がどうのとか関係ないだろ。貴兄の方が向いてるのになんで俺なんだ」
「俺は向いてない。ひとりで一からやる」
ほら、こういうのを普通じゃない、というのだ。
従兄は周囲の意見に阿ることがないし、そのことに絶対の自信を持っているから動揺することがない。彼は既に、もうじき高輪家から抜けて個人で事業を起こす準備をしている。
「普通じゃないと言われるようなことをしたのか」
「してないけど、なんか変な女に会った。それから警戒された」
ぎろりと睨まれる。この鋭い顔つき目つきで甘党だ。仕事の合間に甘い物を補給するのが癖で、最近は京都帰りの土産に渡した金平糖がお気に入りだ。世の中にあるギャップ萌えという言葉は、上手い表現だなと思う。自分は萌えないが、この従兄のことは昔から好きだし信頼していた。
「……身辺整理はちゃんとしろと言っただろ」
「跡を継ぐと決めた時にしたし、もう数年誰とも関係してない。だけど勝手に好意を向けられるのはどうにも対処しきれないだろ。いいよ、仕方ないことだしゆっくり警戒を解いていくから」
――それにしても、本当にかわいい。
顔合わせの日から好ましく思っていたが、あの出来事の後にあんな風に言って、逆に男を煽っているとなぜ気付かないのか。
征一郎には、嫉妬したくないからすきにならない、という彼女の必死の自己防衛に見えていた。つまりそれは、惹かれ始めているという暴露にほかならないではないか。
契約結婚にして欲しい、などと言って思いつめた顔で言われたら、ぐっと込み上げてくるものがある。警戒して尖った神経を柔らかくしてやりたいし、過去の傷も舐めて癒してあげたいと思う。そうして自分の前でだけ拗ねたり泣いたりするようになれば、なお良い。
「まずは、このふたりは潰しておくべきかな」
ばさっと紙の束をデスクの上に置いた。婚約するにあたり、彼女の過去は当然調べられている。前職場でのことも興信所から報告は入っていた。だが、報告書だけではわからないこともありそうだ。
「公私混同はするなよ」
「ええ……嫁のためにそれくらいの特権がないと、こんな古い企業の頭なんてやってられないって」
「情報社会なんだよ。思いもよらないところから情報が洩れて醜聞になるんだ」
「わかってるよ」
偽装という言葉が思いつかない、素直で善良に育った彼女ひとりが馬鹿を見たのが征一郎は気に入らない。ようは、公私混同にならないように、自然に退場願えばいいのだ。
征一郎は、微笑みながら机の上をとんとんと指で叩く。それを見た従兄は、眉間のシワを一層のこと深くする。
「……普通、ではないかもしれないな」
「何か言った?」
「いいや。とりあえずうまくやれ」
本当はこの会社のことも征一郎のことにも大した関心のない従兄は、黒いものには蓋をしておくことにした。
七緒は普通の男と見合いがしたかったなどと打ちひしがれていたが、自分は普通だ。見た目が良くてちょっと金を持ってる男なんてそこら中にいるではないか。
普通じゃないというのは、従兄のような男をいうのだと思う。彼はちょっと変人だ。頭はすこぶる切れるが、目つきは恐ろしいしあまり周囲に関心がない。特定の人物にだけだ。相手が従兄なら、普通が良かったと零すのも無理はないが。
「よく耐えたと思うんだよ、俺は」
ソファで小動物のように震えていた婚約者、香月七緒を思い出す。拒絶しながらも潤んだ瞳と上気した頬が、相反する彼女の内面を表していた。
顔合わせの時から、面白い人だとは思っていた。厳しく躾けられたのが窺える綺麗な所作と、素直に顔に出る感情が少しちぐはぐだった。何せその表情が、笑ってはいるものの父親を見るたびに刺々しい。父親主導の見合いを納得しきれないが反抗もできない、そんな少し幼い印象だった。
彼女が育った家庭環境を考えると、当然かもしれない。
「もうちょっと押してもよかったか? でもな……」
あの時、僅かに彼女の顔に滲んだ嫌悪感が、気にかかる。だから、追いかけるのはやめたのだ。
「なんの話だ」
先日の初デートの彼女を思い出していると、斜め向かいのデスクに座る秘書から厳しい視線と声が飛んできた。普通ではない従兄、黒木貴仁だ。
「仕事をしろ、仕事を。彼女に会うために半日やっただろうが」
「その彼女がさ、もっと普通の男と見合いしたかったって言うんだよ」
すると、従兄は眉根を寄せてよくわからないという顔をした。
「普通だろう? 甘ったれではあるが。良い大人のくせして跡継ぎの責任から逃れたくて遊び尽くした黒歴史持ちは嫌だってことか」
「だから今はちゃんとしてるだろ。腹括ってからは遊んでないし」
嫌味混じりの言葉に、征一郎は肩を竦めて答える。
「第一、今時直系がどうのとか関係ないだろ。貴兄の方が向いてるのになんで俺なんだ」
「俺は向いてない。ひとりで一からやる」
ほら、こういうのを普通じゃない、というのだ。
従兄は周囲の意見に阿ることがないし、そのことに絶対の自信を持っているから動揺することがない。彼は既に、もうじき高輪家から抜けて個人で事業を起こす準備をしている。
「普通じゃないと言われるようなことをしたのか」
「してないけど、なんか変な女に会った。それから警戒された」
ぎろりと睨まれる。この鋭い顔つき目つきで甘党だ。仕事の合間に甘い物を補給するのが癖で、最近は京都帰りの土産に渡した金平糖がお気に入りだ。世の中にあるギャップ萌えという言葉は、上手い表現だなと思う。自分は萌えないが、この従兄のことは昔から好きだし信頼していた。
「……身辺整理はちゃんとしろと言っただろ」
「跡を継ぐと決めた時にしたし、もう数年誰とも関係してない。だけど勝手に好意を向けられるのはどうにも対処しきれないだろ。いいよ、仕方ないことだしゆっくり警戒を解いていくから」
――それにしても、本当にかわいい。
顔合わせの日から好ましく思っていたが、あの出来事の後にあんな風に言って、逆に男を煽っているとなぜ気付かないのか。
征一郎には、嫉妬したくないからすきにならない、という彼女の必死の自己防衛に見えていた。つまりそれは、惹かれ始めているという暴露にほかならないではないか。
契約結婚にして欲しい、などと言って思いつめた顔で言われたら、ぐっと込み上げてくるものがある。警戒して尖った神経を柔らかくしてやりたいし、過去の傷も舐めて癒してあげたいと思う。そうして自分の前でだけ拗ねたり泣いたりするようになれば、なお良い。
「まずは、このふたりは潰しておくべきかな」
ばさっと紙の束をデスクの上に置いた。婚約するにあたり、彼女の過去は当然調べられている。前職場でのことも興信所から報告は入っていた。だが、報告書だけではわからないこともありそうだ。
「公私混同はするなよ」
「ええ……嫁のためにそれくらいの特権がないと、こんな古い企業の頭なんてやってられないって」
「情報社会なんだよ。思いもよらないところから情報が洩れて醜聞になるんだ」
「わかってるよ」
偽装という言葉が思いつかない、素直で善良に育った彼女ひとりが馬鹿を見たのが征一郎は気に入らない。ようは、公私混同にならないように、自然に退場願えばいいのだ。
征一郎は、微笑みながら机の上をとんとんと指で叩く。それを見た従兄は、眉間のシワを一層のこと深くする。
「……普通、ではないかもしれないな」
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「いいや。とりあえずうまくやれ」
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