ルディア ~燦盟律を綰ねる幽誓環~

十日町一桜

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導かれた出会い

第16話 夕食

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 リュティスとヴェリナを連れて、あらためてカリーナたちのもとを訪れた。
 夜の風にさらわれた体温を、暖籠炉カルナモルが取り戻してくれる。

「お招きありがとうございます。夕食をご一緒させていただけるなんて、嬉しいです」

 リュティスが丁寧に礼を示すと、ヴェリナも微笑んで続いた。

「二人とも、来てくれて嬉しいわ。ヴェリナさん、怪我が治ってよかったです」

「皆さんには感謝してもしきれません。この度の件、本当にありがとうございました」

「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。もう少しで料理ができるので、待っててくださいね」

 カリーナは小さく手を振り、台所に戻っていった。
 獲ってきた凍棘鱒クリストフィスクは残りもすべて渡した。どう仕上げてもらえるか楽しみだ。
 食卓の周りに椅子を足しながら、ミーリに声をかける。

「アルヴィンとラウノは仕事か?」

「アルヴィンは図書館に行くって、朝から出てったよ。そろそろ戻ってくるんじゃないかな」

「クィヴェラ族の件か?図書館じゃ、あまり有益な情報は残ってなさそうだが……ラウノも一緒か?」

 並べた椅子にミーリが腰を下ろし、苦笑して応じる。

「ラウノはいつものだと思う」

「ああ、賭場か。懲りないな」

「最近は環廻札ロタセデュラに夢中なんだって。あんまり勝ててないみたいだけど」

 横で聞いていたリュティスが首をかしげた。

「その、環廻札ロタセデュラというのはどういったものなのでしょうか?」

 ミーリが棚から手のひら大の厚い紙束を取り出し、リュティスに差し出す。

「この札を使った遊びだよ」

 リュティスとヴェリナは札を覗き込む。

「きれいな札ですね。絵柄もいろいろあります」

 厚い獣澱紙ステルタの手触りを確かめながら、ヴェリナが俺の顔を見た。

「この遊びは賭場というところでできるのですか?」

「この札があって人数がいれば、どこでもできるぞ。賭場以外で金を賭けるのは揉めるから、名目上は禁止されているけどな」

「お金を賭けて遊ぶのですか……。私たちにはない文化ですね。他にはどんな遊びがあるのですか?」

「そうだな……賽を二つ振って、出た目の合計が八以上か六以下かを当てる遊びも単純で人気だ。七が出たときは胴元の総取りになることに由来して、七絡ナラカと呼ばれている」

 俺も賭場には何度か足を運んだことがある。

環廻札ロタセデュラも複雑そうに見えて、一度やれば意外とわかる。酒場でだらだらと長いことやってる連中もいるな」

 リュティスが札の縁を撫でながら、描かれた柄を見つめている。

「あとでやってみるか?夕食のあと、皆がよければだが」

「ご迷惑じゃありませんか?」

 リュティスの視線を受けて、ミーリがにこやかに承諾した。

「わたしは全然いいよ。ラウノと違って賭けはしないけど、こういう遊びは好きだしね」

 札をいったん片付けて皆で食器を並べる。
 魚の焼ける香ばしい匂いが居間まで流れ込み、鼻をくすぐる。
 食欲をそそられたところへ、玄関が開く音がした。
 台所からのカリーナの「おかえり」という声に返事をしたのはアルヴィンだ。
 居間に入ってきたアルヴィンと挨拶を交わしていると、ちょうど夕食ができたようだ。

 ほどなくして、食卓に料理が次々と並ぶ。
 涼陽茄ヒナト柔萵葉ルッサルのサラダ、定番の霜大麦グラロパン、厚旨茸ベノラーニとチーズの包み焼き。
 そして凍棘鱒クリストフィスクは、バターで焼いたものと、根菜のスープに入ったものの二品だ。

「お酒は飲みますか?」

 カリーナに問われて、俺はヴェリナに目を向ける。

「クィヴェラ族は酒を飲むのか?」

「いえ、そういった習慣はありませんね」

 ミーリは甘口の雪滴梨ペアラ酒を棚から取り出している。
 俺も今日は飲みたい気分だ。

 俺とアルヴィンは霜大麦グラロ酒を注いでもらった。
 カリーナが席について、皆は食器に手を伸ばしはじめた。

「遠慮なく食べてください」

「ありがとう。いただきます」

 まずはふっくらと焼き上がった凍棘鱒クリストフィスクから口に運ぶ。
 バターの濃厚な旨味と、ほどよい塩味が重なり、淡白な凍棘鱒クリストフィスクを引き立てている。

「美味いな」

「このスープ、とてもおいしいです。奥深い味わいを感じます」

 リュティスの笑顔に、カリーナが照れたように笑みを返す。
 ミーリもスープに口をつけ、目を丸くした。

「ほんとに、思ったより臭くないんですね。魚ってもっと泥みたいな味がすると思ってました」

「魚は取ったあとの処理が大事だと聞いたことがある。腸や血をそのままにしておくのはよくないらしいぞ」

「そうなんですか?」

「リゼッタの安い店で食べたんじゃないか?俺もカレジナ湾の魚は好みじゃないが、そこまで臭いのも珍しいと思うぞ」

「店が悪かったのかなぁ……ていうか、ルークさんって、物知りですよね。食にこだわりがあるんですか?」

「どうだろうな。どうせ食べるなら旨いほうがいいとは思うが……依頼で各地を回っていれば、いろいろと話を聞くだろ?長いことやってると、どうでもいいことも耳に入ってくるもんだ」

「それを覚えてるのがすごいですよ。わたし、興味ないことなんて次の日にはなーんにも覚えてないですもん」

 ミーリは焼き魚にも手を付けると、満足げに目を細める。
 食事をしながら話は自然と今日の出来事に移っていた。

「アルヴィンは図書館に行ってたんだろ?収穫はあったか?」

「いえ……予想はしていましたが、カレジナ崩律オーレイダの関連ぐらいしかありませんでした」

「カレジナ崩律オーレイダですら七百年は前の話だろ。それより前の時代の話なんてあまり聞いたことがないな」

「魔導具をつくり始めたのが二千年ほど前だという話も見つけました。遺創具ノウザリアを元に作りはじめたそうなので、その頃には遺創具ノウザリアがあったようですが……眉唾ものですね」

「一番古い遺創具ノウザリアっていえば、あれだろ?クラナテルにある、なんつったか……」

命晶涵台ヴィータ・クリスタリアですね。皮膚をただらす湖で白い結晶を作る遺創具ノウザリアです」

「よくわからんが、石鹸や紙を作るのに使える素材が手に入るんだろ?」

「俺も用途までは詳しく知りません。使われるようになったのは数百年前ですが、周辺の地形から千年以上も前から存在していたのではないか、と言われています」

 遺創具ノウザリアは人智を越えたものばかりだが、ここまで何のために作られたのかわからない物も珍しい。
 白い結晶は今でも使われる貴重な資源であることに間違いないのだろうが、当時は一体何に使われていたのだろうか。
 話に区切りがついたあと、俺はもともとの用件を切り出そうとカリーナのほうを向いた。

「カリーナに聞こうと思っていたんだが、ヴェリナが完治したら、一緒に狩りに行こうという話になってな。クィヴェラ族の魔術に興味がありそうだったが、一緒にどうだ?」

「興味あります!ぜひお願いします!」

「まだ完治まで数日はかかるだろう。日が決まったら知らせる」

「はい!ヴェリナさん、楽しみにしてますね」

「私も、楽しみにしてます」

 和気あいあいと食事が続き、料理はきれいになくなった。
 食卓が片付いた後、ミーリがあらためて切り出す。

「さ、やろうか。環廻札ロタセデュラ

 きれいに整えられた獣澱紙ステルタの札をミーリが混ぜる。
 さいで決まった親のアルヴィンが、全員に伏せた札を一枚ずつ配る。

「これを見ながらやるといいよ」

 ミーリから渡された紙には、各札の数字と効果が載っていた。
 数字は一から二十までで、いずれも異なる絵柄だ。

「自分の意思で公開できる札は、自分の手番になった時か、交換で受け取った直後に公開できるよ」

 ミーリは持ち点相当の証点環メルを二十五個ずつ全員に配る。

「みんな証点環メルを一つ場に払って、勝負を始めるよ。親はアルヴィンだから、左隣のカリーナから開始。自分の左隣の人と札を交換するか、保持するか選んで」

 カリーナは札を伏せたまま交換を要求する。
 左隣のヴェリナと交換だが……。

「えっと、これは見せるんですよね?」

 交換を要求されたら、普通は拒否できない。
 だが、札の効果がある時は別だ。
 ヴェリナが自分の札を開く。五の花だった。
 この札は交換を要求されると公開しなくてはならない。交換を要求した側は交換するかを再度選択できる。

「じゃあ、交換はやめます」

「次はヴェリナが交換するか選ぶ番だね」

 ヴェリナの手札は既に五の花だと分かっている。

「交換します」

 左隣の俺と札を入れ替える。俺にこの交換を拒否する術はない。

「俺も交換だ」

 俺はヴェリナから受け取った五の花をそのまま交換しようとする。

「ルークさん、すみません……」

 左隣のリュティスが差し出した札を見ると、ため息をつく。
 皆に見えるように札を公開する。一の雷だ。
 この札は交換で受け取った時点で負けになる。つまりこの一巡では、俺は負けが確定したわけだ。

 申し訳なさそうに五の花を受け取ったリュティスはミーリに交換を要求する。
 何事もなく交換が行われ、ミーリもアルヴィンに交換を要求する。
 アルヴィンは交換の前に札を公開した。九の柱――交換を拒否できる札だ。

「俺は保持する」

 親のアルヴィンの宣言の後、残った全員が札を公開する。
 盤面に残ったのはリュティスが十三の剣、アルヴィンは九の柱、ヴェリナは八の錫杖、カリーナは七の燭台、ミーリは五の花だった。

「いちばん数字の小さい人は負けだよ。今回はわたしだね。負けた人は参加費と同じ証点環メルを払うんだ」

 俺とミーリが証点環メルを一つ場に払い、ミーリが説明を続ける。

「次は参加費の証点環メルが一つ増えるよ。これを三周やったあと、そこまでに払われた証点環メルを取り合う回をやるんだ。その時は、最後に残った一人が場の証点環メルを総取りできるよ。大体わかった?」

 使った札は集めて混ぜられ、再度伏せて配られる。次の親はカリーナだ。
 雑談混じりに環廻札ロタセデュラが続く。
 札が行き交うたび、心地よい拍子を刻む。

「そういえば、カリーナは五環級になったんだよな?」

「はい。翠月四月にリゼッタ方面で、名の知れた賊を討伐した件を評価していただきました」

「ああ、人身売買もやってたって連中か?」

「そうです。ネリサイの犯罪集団の爪弾き者だったらしいですけど、感心するくらい悪知恵が働く連中で大変でした」

「北のほうは相変わらず治安が悪いらしいな」

「ですね……最近は南のほうも、ゴースジェルの内紛から逃れてくる人が多くて荒れているって噂ですよ」

「難民のシュミエナ族の集団が騒動を起こしているそうだな」

 南の紛争については俺の耳にも入っていた。
 セムシアとの関係が落ち着いていることもあって、この辺りは比較的平和だが、他では暗い話も多い。

 俺の手番が回ってきて札を交換したところで、玄関から物音がした。ラウノが帰ってきたのだろう。
 居間に入ってきたラウノは挨拶もほどほどに、目は卓上へ吸い寄せられている。

「お、環廻札ロタセデュラか!」

「もう散々遊んできたんじゃないの?」

 ミーリが呆れた声を返すと、ラウノの頬が引きつった。

「長時間遊んでも、必ずしも満足できるとは限らんだろう」

「賭けるのをやめたらいいんじゃない?」

「賭けない環廻札ロタセデュラだと?そんなものがあるのか?」

 ミーリはわざとらしく肩をすくめて、卓の上を指す。
 ラウノはおどけたように、小さく両手を広げて肩をすくめた。
 暖籠炉カルナモルの熱が満ちた空間に、呆れ声と笑い声が重なる。
 小気味よい札の音とともに、夜はゆっくりと更けていった。
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