ルディア ~燦盟律を綰ねる幽誓環~

十日町一桜

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導かれた出会い

第19話 情報

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 裏通りの小汚い道で、朝露に湿った土を避けながら奥へ進む。
 重たい扉を開けて店に入ると、嗅ぎ慣れた甘ったるい匂いが鼻を刺した。

「待ってたよ。【滅尽の巨狼フェンラトゥス】」

「クィヴェラ族の情報は見つかったか?」

「相変わらず忙しないねぇ。今回は骨が折れたよ。対価にも期待したいところだ」

 俺は一本の酒瓶を取り出すと、カウンターに置いた。
 男は薄目で瓶を見やると、にやけ顔が驚きに染まる。

「そ、それは……カルネン・リデルの地冴酒ガーヌヴィーン!」

 カルネン・リデルは知る人ぞ知る小さな酒店だ。品質が良いかわりに出回る本数が少ない。
 聞陰チャンダーが伸ばした手を躱すように酒瓶を引っ込めると、男は情けない声を漏らした。

「情報が先だ」

「わかってる、わかってるとも……」

 ぶつぶつと呟きながら男はカウンターの下から紙束を取り出し、視線を落としたまま話し始める。

「セムシアの首都フェルダイムで起きた新興宗教団体の暴動は知っているかい?」

「新聞で見たが、詳細は知らん。何か関係があるのか?」

「カルヴェス教団と名乗ってる。大まかに言えば、聡慧人ヴィト穎理人レークより上にあるべき存在だと主張している」

聡慧人ヴィトの集まりなのか?」

「いや、穎理人レークの集まりだ。何だかんだ言って、国のやり方に文句をつけたいだけさ。口実にされている聡慧人ヴィトからすれば良い迷惑だろう」

「それで?」

「セムシアが現体制に落ち着く以前、四百年ほど前まではいざこざが多かった。特定の聡慧人ヴィトを優遇したり、迫害したり、過去に非情な選択を多く取っている。連中はそういう名分にできそうな材料集めを頑張っていてね」

「そいつらがクィヴェラ族の情報を持ってたってわけか」

 聞陰チャンダーは人差し指を立てて、小さく首を横に振って制した。

「焦るんじゃないよぉ。話はそう単純じゃないんだ。クィヴェラ族はカレジナ王国以外との関わりが薄い。セムシアの宗教団体が彼らの情報なんて持っているわけないさ」

 男の手元の束から抜かれた一枚の紙が、カウンターを滑ってくる。
 紙面に視線を落とすと、質の悪い紙に手書きの文字が並んでいた。

「これは、新聞の書き写しか?『旧時代の石碑、セムシア南西部トルディア州でも発見。カレジナ王国で過去に見つかった物と完全一致か』……?」

「セムシアで二月ふたつきほど前に発行された新聞の小さな記事だ」

 ざっと目を通すが、見出しだけで事足りているような些細な内容だ。
 聞陰チャンダーは煙管に口をつけ、一拍置く。ゆっくり煙を吐くと、静かに続けた。

「この石碑はカルヴェス教団が見つけた物なんだ。その頃、連中は知られざる聡慧人ヴィトの情報を探すのに躍起になって、あちこち掘り返して回っていたらしい。でも、奴らは後に一度捕らえられてね。違法に採掘されたものは全て押収されたんだけど、トルディア州の検査官が頭の堅い奴だった。見たことのない物は、何から何まで鑑視証環テスタ・ディアグノルブで調べる方針を取っている」

 聞陰チャンダーがカウンターの上にもう一枚紙を並べる。
 正規印は押されていないが、鑑定紙だ。つまり、役所以外で発行したものになる。

 ――想告碑ルミン・スタイン
 幾千を刻めど、影は語らぬ。
 揺蕩う灯は、道を示さぬ。
 彩なき囁きは、黒曜に溶ける。
 されど理を編めねば、ただ幽玄に沈むのみ。

 鑑視証環テスタ・ディアグノルブで鑑定できたってことは、要するにこの石碑は遺創具ノウザリアだってことだ。
 ただし、肝心の内容は叙情的じょじょうてきに書かれており、意味は掴みづらい。

「各地で見つかっているが、カレジナ国内で見つかったものは、専門家が調べるためにトラナレイへ集められていた。といっても、すっかり放置されていたわけだが、この件を耳にした研究者が改めて鑑定をしたそうだ。そして、その全てが同じ鑑定結果だった」

「で、どういう意味なんだ?」

「正確にはわからない。だが――」

 聞陰チャンダーは、新たに二枚の紙をカウンターに差し出した。
 文献の写しだろうか。内容を見るに、カレジナ崩律オーレイダに関するもののようだ。
 古臭い言い回しや、比喩的な表現が多く見られる。

「この中にもあるとおり、クィヴェラ族は『黒曜』という言葉で表されることがある。ここを見てごらん」

 言いながら、先ほどの鑑定紙の『彩なき囁きは、黒曜に溶ける』という一文を指でなぞる。

「クィヴェラ族なら、何かわかることがあるのかもしれないと思わないかい?」

「これぐらいなら行政庁も感づいていそうなもんだがな……参事官のネルセンと会った時、何も話がなかったのは不自然な気もするが」

「カレジナでは大して話題になっていない。行政はこういった結果の出ていない研究にそこまで注視していないよ。特に最近は二大庁のいざこざが深刻だしねぇ。関連の可能性に気づいていればカレンティナに移しそうなもんだが、その様子もない」

「そうなのか。つまり、想告碑ルミン・スタインはトラナレイにあるんだな?」

「変わりがなければ、トラナレイの行政庁支部か研究所で保管されているはずだ」

 トラナレイはカレジナ王国の南部にある。シンビルからはかなり遠いが、行く価値はありそうだ。

「にしても、よく嗅ぎつけたな」

「クィヴェラ族が現存していると聞いた時、少し前にセムシアで、黒曜石を集めていると噂を聞いたことが頭をよぎった。今じゃ装飾ぐらいにしか使い道のない石だから、気になったんだ」

 よくわからん思考だが、有能な情報屋なんてそんなものなのだろう。

「なるほどな。遺創具ノウザリアについては俺も思うところがある。確かに気になる内容だ」

 俺は昨日の庭での歪乱進甲クルヴリス・ラダンの件をかいつまんで説明した。

「そりゃ興味深い。遺創具ノウザリアは現存数は多いが、その発祥についての情報は無いようなものだからねぇ」

「トラナレイは少し遠いが、一度足を運んでみるか」

「セムシア国内まで探ったんだ。当たりだと嬉しいねぇ。だが、クィヴェラ族の情報は異様なまでに失伝している。察しているだろうけど、過去にそういう意思が働いた結果だ。踏み込むのなら、用心しな」

「ああ。覚えておく」

 カウンターに酒瓶と幣環体フェイオルを置くと、聞陰チャンダーは口元を歪めて笑う。

「うひひ、こいつが飲めるとは……楽しみだなぁ」

 酒瓶に頬ずりをする聞陰チャンダーに別れを告げ、店を出る。
 想告碑ルミン・スタインのことを考えると、不思議と胸が熱くなる。
 綾絆者レナフィルの結びも、トラナレイ行きに賛同しているようだ。
 ひとまず情報を共有しておこう。昼前の賑わい始めた街路を抜け、南区へと向かった。


 ✣ ✣ ✣


 ゼディロの新居に着くと、ちょうど庭先にゼディロの姿が見えた。
 使われていなかった庭の草むしりをしていたようだ。

「ゼディロ、少し話がしたいんだが構わないか?」

「はい。大丈夫ですよ」

「リュティスにも聞いてもらいたい話だ。俺の家でもいいか?」

「わかりました。少し汚れてしまっているので着替えてきます。待っていてください」

 身支度をして出てきたゼディロとともに、俺の家へ向かう。
 通りを一筋挟んだ先の小さな丘までは、あっという間だ。

 家に入るとリュティスとヴェリナに声をかけた。
 四人で卓を囲んだところで、情報屋から聞いた内容を共有した。
 話を聞いたゼディロが難しい顔で口を開く。

想告碑ルミン・スタイン、ですか……この鑑定紙というのは、鑑視証環テスタ・ディアグノルブという遺創具ノウザリアにより書かれたものなのですね?」

「そうだ。紙片自体が鑑定具から作られたものだ。紙質も特殊だろう?」

 薄く脆い鑑定紙に書かれた一文を、ゼディロは指し示す。

「この『揺蕩たゆたう灯』という言い回しは、クィヴェラ族の中で『稚拙な魔術』といった意味で使われます。石碑の制作者により決められた文であるのなら、クィヴェラ族との関わりはあるかもしれません」

 リュティスとヴェリナも、同意するようにうなずくのを見て、俺は話を切り出す。

「近いうちに、トラナレイへ行ってみようかと思う。だが、騎獣車で九日はかかる距離だ。宿場や街を辿るから野宿はないが、遠出になる。ゼディロはどうする?」

「行きたいところですが……今はまだ、一族の皆が落ち着いて暮らす手助けを優先したいです。行政長官殿からの書状の件も気がかりです。シンビルからはあまり離れたくないのが本心です」

「そうだな。その辺りは俺も気がかりだ」

「それに、魔術の練度に関係があるのなら、私よりもリュティスのほうが適任でしょう。リュティス、頼めるか?」

「はい、父様。お任せください」

 リュティスの答えを聞き、隣でヴェリナが小さく手を上げた。

「私もご一緒させてください」

「身体は平気か?」

「おかげさまで、怪我の違和感はもう、ほとんど残っていません」

 精神面での懸念もあるが、忙しくしているほうがいい場合もあるか。

「なら、話していた狩りに行く予定のほうを先に詰めるか。行くにせよ残るにせよ、衛務庁に話をする必要がある。ヴェリナの件も一緒に話したほうがいいだろう」

「ぜひお願いします。何の狩りに行きましょうか?」

「そうだな……なんなら、今から少し魔術を見せてもらってもいいか? 適正を見て考えたい」

「かまいません。よろしくお願いします」

 ヴェリナが首を縦に振ったところで、卓上の紙をひとまとめにして脇へ寄せる。
 そういえば、些事以外でクィヴェラ族の魔術をしっかりと見るのは初めてだろうか。
 胸の奥で幽かな灯が俺たちを導くかのように静かに震えた気がした。
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