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序幕 アルカンシエル
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ここは妖魔たちの国、『アルカンシエル』。森妖族、岩窟族、人間族を始め、数多の種族が共存する多種族共生国家である。
本日は晴天なり。
国中が陽気で楽し気な雰囲気に包まれている。
今日はこの国にとって、記念すべき日なのだ。あらゆる困難を越えて、あらゆる犠牲の上に築かれたこの国は、今日、一つの節目を迎える。
そしてここ、王宮前の大広場には大勢の人が集まっている。皆、式典が始まるのを今か今かと待っているのだ。
彼らにとって今回の式典は特別なのである。
なぜ特別なのかと言うと――。
「ねぇ、おじいちゃんっ! ホントに今日、陛下に会えるの!?」
「ああ、今日は陛下も御参加されるはずさ」
「やったー! お話しとかできるかな?」
「う、うーん。それはちょっと難しいかなー……」
この会話をしている二人は、褐色の肌に白銀の髪、長い耳が特徴の種族、黒妖族である。
一人は見た目からして子供の女の子だが、おじいちゃんと呼ばれていたもう一人は見た目からして三十代ぐらいである。とてもおじいちゃんと呼ばれる年齢には見えない。
「ふんっ! 陛下とお話しとかできるわけないでしょー! 立場をわきまえなさい黒妖族っ!」
急に突っかかって来たのは、同い年くらいの森妖族の少女である。
黒妖族のように長い耳が特徴なのは同じなのだが、白磁を思わせる白い肌に金髪がよく映える。
その少女は堂々とした態度で腕を組み、仁王立ち状態である。少し後ろには保護者と思われる男性が控えている。この森妖族の少女の祖父である。
「あ! あんたはクソ森妖族じゃないっ! なによ急にっ」
「カチーン。い、言ったわねぇ、このドグソ黒妖族っ!」
「ド、ドグソ? あ、あんたねぇ、言って良い事と悪い事ってあるわよっ! このゲログソ森妖族っ!」
「ゲ、ゲログっ!? ちょ、ちょっと言葉が汚なすぎるんじゃありませんことっ?」
「あんたの性根よりはきれいよっ」
「いっ、言ったわねぇ、このウンコみたいな肌色しやがってぇっ!」
「うんっこっ!? このっ言ったなぁ――」
そして、少女二人の取っ組み合いが始まった。
なお、この少女二人はアルカンシエル国立学術院初等部に通う同じクラスの生徒である。
森妖族の少女は、エアリアス・ロビンフッド。通称、エリスである。クラスでは学級委員長を務める。
黒妖族の少女は、リナ・イグニット。活発な女の子で、クラスのムードメーカー的存在である。
つまり、クラス内で二人は、注意する側とされる側という関係になっており、いつしかそれはお互いがお互いを意識し、好敵手のような関係になっている。
一方、祖父サイド。
「いやー、ご無沙汰しておりますグレアスさん」
「おや、ウェイドさん、お久しぶりですね。いつこちらに?」
「昨日です。いやー、建国祭に間に合って良かったですよ」
黒妖族の男が、グレアス・イグニット。
森妖族の男が、ウェイド・ロビンフッド。
彼らは両名共、この国の軍部の高官であり、建国前から軍に所属する重鎮である。その為、昔からの交流がある。ちなみに、孫と違って仲は良好である。
「ははは、それにしても......」
「ええ、そうですね。それにしてもです」
「「ウチの孫の言葉遣い、汚ぇなー」」
彼らのその表情は少女たちのこれからを憂う親心か、はたまた諦観にも似た清々しさの様にも感じる。すごく複雑な表情だった。
彼女たちは普段は良い子なのだが、出会うと〝まぜるな危険〟の如く、この様になってしまうのだった。
――しかし、次の瞬間。
ざわざわと騒がしかった王宮前大広場に、時が止まったような静寂が訪れ――凛とした声が響いた。
「――ごめんなさい。もうすぐ始まるから。もうちょっと待っててね」
いつの間に現れたのか、すぐ傍には豪華絢爛な衣装を纏った美しい女性が立っていた。
しかし、その豪華絢爛な衣装でさえも、彼女が放つ輝きの前には霞んでしまう。
その姿を見たとき、やはり最初に目を奪われるのは、その紅玉を思わせるような髪の毛だろう。絹糸のようでありながら、太陽の光を受けて、まるで髪の毛そのものが光り輝く宝石のようである。
グレアス、ウェイドの両名は直ぐ様に跪いた。
自分たちの祖父の態度を見て状況を察した二人娘は、直ちに様相を正して同様に跪いた。
「へ、陛下! ウチの孫が申し訳ございません!」
「同じく! この罰は如何様にも!」
「謝らなくて良いわ。もう予定時間を過ぎているのは事実だもの。ただ待ってるだけって退屈よね......」
彼女は二人の少女の頭を撫でた。
そして、彼女はこう言うのだ。
「言葉が汚くてもいいの。仲良くしなくてもいい。でも、汚い言葉でさえ言い合える友は、貴方たちにとって、きっと生涯の宝に成り得るから」
そして「覚えておいて」と、締め括るのだった。
「へ、陛下!? ちょ……何してんですかー!!」
「え——っ、さっきまでここに……っ」
「も、戻ってください~!」
「また勝手な行動を——っ。ええいっ、無理矢理でもいい! 連れ戻せ―い!」
「む、無理です~」
遠くの方で何やら叫ぶ者たちがいる。その声からは必死さと切実さが見て取れる。彼らも苦労しているようだ。
そう、彼女こそがアルカンシエル女王にして国家元首。
あらゆる種族をまとめ上げて、このアルカンシエルを建国した女傑。
その紅玉の髪、凛とした佇まい、そして女王という地位から、彼女にはある二つ名が存在する。
「……ほ、本物の〝女紅帝〟さまですか?」
この発言をしたのはリナという少女だ。なお、エリスはキラキラした目で〝女紅帝〟と呼ばれた女性を見るばかりで、ひと言も発していない。
場に少しの緊張が走った。
彼女の祖父などは滝の様な冷や汗をかいて失神しかけている。
それは、本来ならば失礼極まりない発言だからだ。だが、このリナという少女がそう言うのも無理はない。
なぜなら、彼女は滅多に公の場にその姿を現さないからだ。子供たちの中には一度もその姿を見たことがない子も多い。
「ま、まぁ、一応ね?」
だがしかし、子供たちは彼女のことを知っている。
アルカンシエル国内において、老若男女問わず広く読み親しまれている本に、アルカンシエル建国譚〝ロード〟というものがある。
その建国譚の主人公が、今、目の前にいる女性なのである。
子供にとって、冒険譚も建国譚も、創作も史実も大きな違いはない。ただ、何度も読んだ本の中の登場人物が、憧れの人が目の前にいる。
それだけで心が躍る、胸が熱くなるのだ。
なお、彼女が「ま、まぁ、一応ね?」と少し言い淀んだことにはちょっとした理由があるのだが、それはまた別のお話。
………
……
…
「ゴ、ゴホンっ。えー、少しトラブルがあったが、予定通り、これから第一回アルカンシエル建国祭、開催式を始める」
威厳のある初老の男が咳払いをしつつ、〝これから〟の部分を強調して言った。
ちなみにこの男はこの国の宰相である。宰相とは内政のトップの役職だ。
「静粛にせよ! 女王陛下の御成りである! 一同、頭を下げよ」
宰相は大きな声を上げて言った。
その宣言に合わせる様に勇ましい音楽が奏でられ、女王が華美に彩られた道を左右に従者を引き連れつつ歩いて登場する。
心なしかちょっと顔に不満の色が見える気もするが、気のせいかもしれない。口元が「あんなに怒らなくてもいいじゃん......」とか言ってる気もするが、それもきっと気のせいだろう。
そして、女王は大広場に集まった者たちを一望できる高台まで進んで立ち止まる。
それを見届けた宰相は「直れ」とひと言言って国民の姿勢を元に戻した。
「――さて、開会を宣言する前に、女王陛下より祝辞を賜る」
そう言って宰相は数歩後ろに下がった。
「まずは本日ここに集まってくれた皆に感謝の言葉を述べたい。ありがとう。——今から私が言う言葉は、女王としては不適切なものだろう。しかし、どうか言わせて欲しい」
女王はそう言うと、何かを思い出すように目を閉じ、ほんの少しの間黙った。
「――彼は王ではなかった。何より彼自身がそれを望まなかった。しかし、何よりその精神の在り方が自由だった。彼が動く時、何かが変わる、そう思えた。
今日、我が国は第一回目の建国祭を執り行う。皆知っての通り、我が国は建国から何年もの歳月が経過している。にも関わらず、本日が第一回目の建国祭になる。
皆と共に今日という日を迎えられたことを嬉しく思う。
これからの未来、いつか、この場所に彼も共に立てることを切に願う」
宰相は何かを思い出すように目を閉じ、黙祷した。
それに呼応するかのように、観衆の中にもちらほらと目を閉じる者がいる。大人たちを真似するように子供たちも目を閉じていく。
女王は空を見上げた。その目には涙が溜まっているように見えた。
「もちろん、彼だけではない。この国の未来を信じて散って行った数多の英霊たちも――」
「「「「…………」」」」
彼らはしばしの間、黙祷を捧げた。
そして宰相の発言によりその沈黙は破られる。
「――ではこれより、女王陛下より開会の宣言を賜る」
女王はハッとして、目元の涙を拭った。
「......今日という日を迎えられることを嬉しく思う」
そして一拍の間を置いて。
「――さぁ、建国祭を始めましょう! 我らが国の始まりの祭りを!!」
女王は高らかに開会を宣言した。
そして、ひと時の静けさから一転、大広場は大歓声に包まれた――。
◆◆◆
開会宣言の後、夜遅くまで祭りは続いた。
そして、そのとある帰り道。
「陛下、初めて見たわ」
「うん」
「陛下、すごいキレイだった」
「うん」
「ちょっとー、さっきからうんしか言ってないじゃない」
「うん」
イグニット、ロビンフッド両家の孫と祖父一行である。
黒妖族の少女リナは何事か考え込んでいるのか、森妖族の少女エリスの言葉に「うん」と返事するのみである。
「ちょっとー、さっきから何なのよー? 言いたいことあるならハッキリ言いなさいよ」
「うん、エリス。アタシね、決めたよ」
「何をよ」
「将来の夢!」
「夢?」
「うん! アタシ将来、軍に入って陛下の為に戦う!」
「な、なによー、わ、私だって陛下の為に戦いたいわ!」
「じゃ、二人で目指そうよ。一緒に! 陛下も言ってたじゃん。汚い言葉でも言い合える友は、えっと、宝だって。えっと、それって仲良くしろって……こと…なんじゃないのかな?」
言葉の最後が恥ずかしさで尻すぼみになってしまう。
「べ、別に嫌っていたわけじゃありませんし……あなたがそう言うなら、その、仲良くしてあげてもよろしくてよ」
「ふふっ、相変わらずね。そういう言い方がエリスって感じがするわ」
「な、何よ、私の感じって」
「感じは感じよ。じゃあ、よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
二人は月明かりの下、少し頬を赤らめながら握手を交わした。この誓いは二人の少女の心に深く刻まれた。二人はこの日のことを生涯忘れないだろう。
その光景を後ろから眺めていた好々爺然とした二人は柔らかに微笑む。
「ふふ、陛下にはまた恩が出来てしまいましたな」
「本当に。これ以上は生きている内に返し切れなくなってしまいますな」
―――この少女二人の誓いとは裏腹に、この数年後、女紅帝は失踪し行方不明となる。そしてこれから、アルカンシエルは激動の時代に突入する。
アルカンシエル諜報機関〝情報統括局〟は国内外を問わず必死にその行方を追ったが、彼女の行方を掴むことは出来なかった。
アルカンシエル上層部はこの事実を公表せず、むしろ徹底的に隠蔽した。
国内の混乱、国外への影響力、外交政策の不安など、理由を挙げればキリがないが、何よりも〝女紅帝〟という〝名〟はそれだけ強大だったのである。
そして一向にその行方を掴めないまま、一年、二年と時間は過ぎていったのである。
―――そして、〝建国譚〟の再開は、建国祭の式典の時よりおよそ十年後。第十回目の建国祭を迎える三ヶ月前である。
本日は晴天なり。
国中が陽気で楽し気な雰囲気に包まれている。
今日はこの国にとって、記念すべき日なのだ。あらゆる困難を越えて、あらゆる犠牲の上に築かれたこの国は、今日、一つの節目を迎える。
そしてここ、王宮前の大広場には大勢の人が集まっている。皆、式典が始まるのを今か今かと待っているのだ。
彼らにとって今回の式典は特別なのである。
なぜ特別なのかと言うと――。
「ねぇ、おじいちゃんっ! ホントに今日、陛下に会えるの!?」
「ああ、今日は陛下も御参加されるはずさ」
「やったー! お話しとかできるかな?」
「う、うーん。それはちょっと難しいかなー……」
この会話をしている二人は、褐色の肌に白銀の髪、長い耳が特徴の種族、黒妖族である。
一人は見た目からして子供の女の子だが、おじいちゃんと呼ばれていたもう一人は見た目からして三十代ぐらいである。とてもおじいちゃんと呼ばれる年齢には見えない。
「ふんっ! 陛下とお話しとかできるわけないでしょー! 立場をわきまえなさい黒妖族っ!」
急に突っかかって来たのは、同い年くらいの森妖族の少女である。
黒妖族のように長い耳が特徴なのは同じなのだが、白磁を思わせる白い肌に金髪がよく映える。
その少女は堂々とした態度で腕を組み、仁王立ち状態である。少し後ろには保護者と思われる男性が控えている。この森妖族の少女の祖父である。
「あ! あんたはクソ森妖族じゃないっ! なによ急にっ」
「カチーン。い、言ったわねぇ、このドグソ黒妖族っ!」
「ド、ドグソ? あ、あんたねぇ、言って良い事と悪い事ってあるわよっ! このゲログソ森妖族っ!」
「ゲ、ゲログっ!? ちょ、ちょっと言葉が汚なすぎるんじゃありませんことっ?」
「あんたの性根よりはきれいよっ」
「いっ、言ったわねぇ、このウンコみたいな肌色しやがってぇっ!」
「うんっこっ!? このっ言ったなぁ――」
そして、少女二人の取っ組み合いが始まった。
なお、この少女二人はアルカンシエル国立学術院初等部に通う同じクラスの生徒である。
森妖族の少女は、エアリアス・ロビンフッド。通称、エリスである。クラスでは学級委員長を務める。
黒妖族の少女は、リナ・イグニット。活発な女の子で、クラスのムードメーカー的存在である。
つまり、クラス内で二人は、注意する側とされる側という関係になっており、いつしかそれはお互いがお互いを意識し、好敵手のような関係になっている。
一方、祖父サイド。
「いやー、ご無沙汰しておりますグレアスさん」
「おや、ウェイドさん、お久しぶりですね。いつこちらに?」
「昨日です。いやー、建国祭に間に合って良かったですよ」
黒妖族の男が、グレアス・イグニット。
森妖族の男が、ウェイド・ロビンフッド。
彼らは両名共、この国の軍部の高官であり、建国前から軍に所属する重鎮である。その為、昔からの交流がある。ちなみに、孫と違って仲は良好である。
「ははは、それにしても......」
「ええ、そうですね。それにしてもです」
「「ウチの孫の言葉遣い、汚ぇなー」」
彼らのその表情は少女たちのこれからを憂う親心か、はたまた諦観にも似た清々しさの様にも感じる。すごく複雑な表情だった。
彼女たちは普段は良い子なのだが、出会うと〝まぜるな危険〟の如く、この様になってしまうのだった。
――しかし、次の瞬間。
ざわざわと騒がしかった王宮前大広場に、時が止まったような静寂が訪れ――凛とした声が響いた。
「――ごめんなさい。もうすぐ始まるから。もうちょっと待っててね」
いつの間に現れたのか、すぐ傍には豪華絢爛な衣装を纏った美しい女性が立っていた。
しかし、その豪華絢爛な衣装でさえも、彼女が放つ輝きの前には霞んでしまう。
その姿を見たとき、やはり最初に目を奪われるのは、その紅玉を思わせるような髪の毛だろう。絹糸のようでありながら、太陽の光を受けて、まるで髪の毛そのものが光り輝く宝石のようである。
グレアス、ウェイドの両名は直ぐ様に跪いた。
自分たちの祖父の態度を見て状況を察した二人娘は、直ちに様相を正して同様に跪いた。
「へ、陛下! ウチの孫が申し訳ございません!」
「同じく! この罰は如何様にも!」
「謝らなくて良いわ。もう予定時間を過ぎているのは事実だもの。ただ待ってるだけって退屈よね......」
彼女は二人の少女の頭を撫でた。
そして、彼女はこう言うのだ。
「言葉が汚くてもいいの。仲良くしなくてもいい。でも、汚い言葉でさえ言い合える友は、貴方たちにとって、きっと生涯の宝に成り得るから」
そして「覚えておいて」と、締め括るのだった。
「へ、陛下!? ちょ……何してんですかー!!」
「え——っ、さっきまでここに……っ」
「も、戻ってください~!」
「また勝手な行動を——っ。ええいっ、無理矢理でもいい! 連れ戻せ―い!」
「む、無理です~」
遠くの方で何やら叫ぶ者たちがいる。その声からは必死さと切実さが見て取れる。彼らも苦労しているようだ。
そう、彼女こそがアルカンシエル女王にして国家元首。
あらゆる種族をまとめ上げて、このアルカンシエルを建国した女傑。
その紅玉の髪、凛とした佇まい、そして女王という地位から、彼女にはある二つ名が存在する。
「……ほ、本物の〝女紅帝〟さまですか?」
この発言をしたのはリナという少女だ。なお、エリスはキラキラした目で〝女紅帝〟と呼ばれた女性を見るばかりで、ひと言も発していない。
場に少しの緊張が走った。
彼女の祖父などは滝の様な冷や汗をかいて失神しかけている。
それは、本来ならば失礼極まりない発言だからだ。だが、このリナという少女がそう言うのも無理はない。
なぜなら、彼女は滅多に公の場にその姿を現さないからだ。子供たちの中には一度もその姿を見たことがない子も多い。
「ま、まぁ、一応ね?」
だがしかし、子供たちは彼女のことを知っている。
アルカンシエル国内において、老若男女問わず広く読み親しまれている本に、アルカンシエル建国譚〝ロード〟というものがある。
その建国譚の主人公が、今、目の前にいる女性なのである。
子供にとって、冒険譚も建国譚も、創作も史実も大きな違いはない。ただ、何度も読んだ本の中の登場人物が、憧れの人が目の前にいる。
それだけで心が躍る、胸が熱くなるのだ。
なお、彼女が「ま、まぁ、一応ね?」と少し言い淀んだことにはちょっとした理由があるのだが、それはまた別のお話。
………
……
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「ゴ、ゴホンっ。えー、少しトラブルがあったが、予定通り、これから第一回アルカンシエル建国祭、開催式を始める」
威厳のある初老の男が咳払いをしつつ、〝これから〟の部分を強調して言った。
ちなみにこの男はこの国の宰相である。宰相とは内政のトップの役職だ。
「静粛にせよ! 女王陛下の御成りである! 一同、頭を下げよ」
宰相は大きな声を上げて言った。
その宣言に合わせる様に勇ましい音楽が奏でられ、女王が華美に彩られた道を左右に従者を引き連れつつ歩いて登場する。
心なしかちょっと顔に不満の色が見える気もするが、気のせいかもしれない。口元が「あんなに怒らなくてもいいじゃん......」とか言ってる気もするが、それもきっと気のせいだろう。
そして、女王は大広場に集まった者たちを一望できる高台まで進んで立ち止まる。
それを見届けた宰相は「直れ」とひと言言って国民の姿勢を元に戻した。
「――さて、開会を宣言する前に、女王陛下より祝辞を賜る」
そう言って宰相は数歩後ろに下がった。
「まずは本日ここに集まってくれた皆に感謝の言葉を述べたい。ありがとう。——今から私が言う言葉は、女王としては不適切なものだろう。しかし、どうか言わせて欲しい」
女王はそう言うと、何かを思い出すように目を閉じ、ほんの少しの間黙った。
「――彼は王ではなかった。何より彼自身がそれを望まなかった。しかし、何よりその精神の在り方が自由だった。彼が動く時、何かが変わる、そう思えた。
今日、我が国は第一回目の建国祭を執り行う。皆知っての通り、我が国は建国から何年もの歳月が経過している。にも関わらず、本日が第一回目の建国祭になる。
皆と共に今日という日を迎えられたことを嬉しく思う。
これからの未来、いつか、この場所に彼も共に立てることを切に願う」
宰相は何かを思い出すように目を閉じ、黙祷した。
それに呼応するかのように、観衆の中にもちらほらと目を閉じる者がいる。大人たちを真似するように子供たちも目を閉じていく。
女王は空を見上げた。その目には涙が溜まっているように見えた。
「もちろん、彼だけではない。この国の未来を信じて散って行った数多の英霊たちも――」
「「「「…………」」」」
彼らはしばしの間、黙祷を捧げた。
そして宰相の発言によりその沈黙は破られる。
「――ではこれより、女王陛下より開会の宣言を賜る」
女王はハッとして、目元の涙を拭った。
「......今日という日を迎えられることを嬉しく思う」
そして一拍の間を置いて。
「――さぁ、建国祭を始めましょう! 我らが国の始まりの祭りを!!」
女王は高らかに開会を宣言した。
そして、ひと時の静けさから一転、大広場は大歓声に包まれた――。
◆◆◆
開会宣言の後、夜遅くまで祭りは続いた。
そして、そのとある帰り道。
「陛下、初めて見たわ」
「うん」
「陛下、すごいキレイだった」
「うん」
「ちょっとー、さっきからうんしか言ってないじゃない」
「うん」
イグニット、ロビンフッド両家の孫と祖父一行である。
黒妖族の少女リナは何事か考え込んでいるのか、森妖族の少女エリスの言葉に「うん」と返事するのみである。
「ちょっとー、さっきから何なのよー? 言いたいことあるならハッキリ言いなさいよ」
「うん、エリス。アタシね、決めたよ」
「何をよ」
「将来の夢!」
「夢?」
「うん! アタシ将来、軍に入って陛下の為に戦う!」
「な、なによー、わ、私だって陛下の為に戦いたいわ!」
「じゃ、二人で目指そうよ。一緒に! 陛下も言ってたじゃん。汚い言葉でも言い合える友は、えっと、宝だって。えっと、それって仲良くしろって……こと…なんじゃないのかな?」
言葉の最後が恥ずかしさで尻すぼみになってしまう。
「べ、別に嫌っていたわけじゃありませんし……あなたがそう言うなら、その、仲良くしてあげてもよろしくてよ」
「ふふっ、相変わらずね。そういう言い方がエリスって感じがするわ」
「な、何よ、私の感じって」
「感じは感じよ。じゃあ、よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
二人は月明かりの下、少し頬を赤らめながら握手を交わした。この誓いは二人の少女の心に深く刻まれた。二人はこの日のことを生涯忘れないだろう。
その光景を後ろから眺めていた好々爺然とした二人は柔らかに微笑む。
「ふふ、陛下にはまた恩が出来てしまいましたな」
「本当に。これ以上は生きている内に返し切れなくなってしまいますな」
―――この少女二人の誓いとは裏腹に、この数年後、女紅帝は失踪し行方不明となる。そしてこれから、アルカンシエルは激動の時代に突入する。
アルカンシエル諜報機関〝情報統括局〟は国内外を問わず必死にその行方を追ったが、彼女の行方を掴むことは出来なかった。
アルカンシエル上層部はこの事実を公表せず、むしろ徹底的に隠蔽した。
国内の混乱、国外への影響力、外交政策の不安など、理由を挙げればキリがないが、何よりも〝女紅帝〟という〝名〟はそれだけ強大だったのである。
そして一向にその行方を掴めないまま、一年、二年と時間は過ぎていったのである。
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