え、待って。「おすわり」って、オレに言ったんじゃなかったの?!【Dom/Sub】

水城

文字の大きさ
2 / 54

だりぃ……明日からまたシゴトとか、信じたくねぇ

しおりを挟む
 
 このところ、かなり昼が長くなってきた。
 とはいえ、そろそろ日も沈む。

 ってか、もう日暮れかよ。
 あっという間じゃないか?!
 ああ、そりゃそうか。起きたのは昼すぎだ。
 あっという間に日暮れになって当然。

 いくら休日の醍醐味とはいえ、もう少し早起きすべきだったかもな。
 ホント、最近の日曜日の短さは半端ないから。

 気づけば、起きてから、まだ一歩も外に出ていなかった。
 すこしは身体を動かさねばと、オレは外出を決意する。
 夕飯がてら、買物がてらだ。

 駅徒歩八分の立地。平凡な広さの平凡な築年数のマンションのオートロックの玄関扉を押し開ける。

 駅前商店街へは、すぐに着いてしまう。
 身体を動かすというほどの歩数でもないし、なんならこれからまた、毎日通勤で見るハメになる景色だ。
 せっかくなら、住宅街の奥に新しくできた大きめのスーパーにでも行ってみようかと思いついた。

 ごく近所だが、普段は足を向けることもない方角。
 そもそも、この街を昼間に歩くことすらほとんどないのだ。
 それなりに景色は目新しく感じた。

 斜め左にスコンと抜けた空間が見える。
 かなり立派な木々の梢。
 どうやら公園のようだ。

 大きな公園には、結構な「引力」があると思う。
 なんとなく「入らないと損」なような気がしないか?
 特に用事はなくてもさ。

 その引力に逆らわず、オレはふらりと、その公園に足を踏み入れた。

 夕暮れ間近。
 帰り支度の親と子どもたちが、やたらと目に留まり、なんだか変にメランコリックな気分がしてくる。
 その一方で、涼しくなった頃合を見計らったように、ウォーキングの中年男女やペットの散歩の大人たちが、淡々と歩き回っていた。

 オレもそろそろ「体力づくり」とか、した方がいいんだろうか――
 ふとそんな考えが頭をよぎる。

 オレは四月に異動した。
 新しい配属箇所は、なんと市立図書館だった。

 いや、図書館とかさ……。
 大学時代に試験勉強した以外、特に利用したこともなかったし。まあ修論の時、チラッと、なんか文献のコピーを取りに行ったか?
 そもそも、オレの専攻だったら、研究室で見られる各種データベースと電子ジャーナルとGoogleスカラーでほとんどが事足りた。

 プライベートでも、小説とかなんとかを読む趣味はない。
 田舎の町には、徒歩や自転車で行ける範囲に図書館なんかなかった。
 学校の図書室がせいぜい。
 「読書習慣」とやらが育ちようもなかった。
 
 そんな「場違い」な職場に配属されたのは、オレの「専門」が理由だった。
 そう、オレの専門は情報処理。

 市立の中央図書館では、少ない予算を工面して、新システムを導入することになっていた。
 「ディスカバリーサービス」とか言うヤツだ。
 その導入にあたっての「テコ入れ」だかなんだか。そういう名目だった。

 導入予定とされているのは、別に大学とかに行けば普通に全学でアクセス可能な類の図書館のインターフェースだ。
 特に目新しいモノでもなく、なんなら「え、いまさら?」ぐらいのシステムだ。だが――

 これがなかなか難物だった。
 
 なんというか……。
 オレ的には、相当どうでもいいコトで、いちいち物事がつまづくのだ。

 まず、図書館側の希望や要望に対し、そもそも予算が少なすぎる。
 というか、この手のシステムは、とどのつまり「ベンダーの言いなり相場」だ。競争相手というものが、ほとんどないのだから。

 そもそもアクセス権がこれっぽっちしか買えてないのに、どうやってシームレスで利便性の高い仕組みを構築しろというのか!
 その不都合を、内部のシステム構築でどう補えと?!

 オレは図書館情報学の方は「サッパリ」だ。
 ってか、ヤツらの独自世界には全くついていけやしない。
 なんだ、その謎論理は。
 書誌? 知るかよそんなモン。
 そんな当然のように、独自っぽいメタデータの話されてもな。

 その上、いちいち「権利関係」「権利関係」と謎呪文が繰り返される。
 あと、若干名の若手以外の関係者には、システムに対する理解がほぼない。
 ってか、理解度ゼロ。

 専門をかみ砕いて一般民に説明するのは、かなりシンドイことだ。
 そりゃオレもさ、コミュ力を重視した「ユトリ」以降の教育受けてますし? 
 「やれ」って言われればやるけどさ。一応。

 とにかくアウェー感が半端ない数か月だった。
 疲れが蓄積している気がするこの頃だ。

 そういえばこの前、ちらっと読んだマンガにあったよな。
 疲れた勤め人に、夜食とかを持ってきてくれる熊の話。
 ワケわからんが、飯がウマそうでついパラパラ読んでしまった。

 といっても、出てくるメニューは何の変哲もなかった。
 おにぎりとか卵焼きとか焼いたソーセージとか。
 たまにワッフルとかなんとか。お菓子系も。
 何ならカップ麺におにぎりとかの場合もあったか。

 その程度の「夜食」で癒されるってのも……なんというか、あれだが。
 結構、心にも響くものがあった。

 そうそう、返却済資料のブックトラックに置かれてて。
 なんとなく、ふと手に取ってみただけの本だ。

 ああ、なんか、腹へったよな……。
 明日からまたシゴトとか、マジありえねぇ、モヤる。

 今からこんなでどうすンだよ、オレ。
 なんかさ、ホント、カップ麺でいいから。
 お湯を注いで、そっと目の前においてくれるだけでいい。そんな気になってきたかも。

 なにくたびれてるんだろ、オレ。
 まだ一週間、始まってもないのに――

 人生ってさ。
 元気な時ばっかじゃない。
 っていうか、なんなら元気じゃないときの方が多いってコト。
 大人になればなるほど、思うようになってきて。
 
 ああ、もう。
 なんで親は、オレのこと、こんな名前にしたかなぁ?!
 「元気」じゃねぇ時、困るだろうがよ。
 これじゃ日々、「名前負け」じゃねぇか。
 
 そんなどうでもいいコトを、グルグルと頭の中で巡らせながら、暮れなずんでいく公園を歩く。

 そんなオレの耳に、スパンと誰かの声が飛び入った。

 おすわり――と。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】おじさんダンジョン配信者ですが、S級探索者の騎士を助けたら妙に懐かれてしまいました

大河
BL
世界を変えた「ダンジョン」出現から30年── かつて一線で活躍した元探索者・レイジ(42)は、今や東京の片隅で地味な初心者向け配信を続ける"おじさん配信者"。安物機材、スポンサーゼロ、視聴者数も控えめ。華やかな人気配信者とは対照的だが、その真摯な解説は密かに「信頼できる初心者向け動画」として評価されていた。 そんな平穏な日常が一変する。ダンジョン中層に災厄級モンスターが突如出現、人気配信パーティが全滅の危機に!迷わず単身で救助に向かうレイジ。絶体絶命のピンチを救ったのは、国家直属のS級騎士・ソウマだった。 冷静沈着、美形かつ最強。誰もが憧れる騎士の青年は、なぜかレイジを見た瞬間に顔を赤らめて……? 若き美貌の騎士×地味なおじさん配信者のバディが織りなす、年の差、立場の差、すべてを越えて始まる予想外の恋の物語。

イケメン大学生にナンパされているようですが、どうやらただのナンパ男ではないようです

市川
BL
会社帰り、突然声をかけてきたイケメン大学生。断ろうにもうまくいかず……

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

処理中です...