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キレイなカラダ
しおりを挟む少し、面食らった。
「一緒に入ろう」と、自分が誘ったクセして。
そこに妙な「他意」がなかったのも本心。
けど、口にしてすぐに「失言だった」と後悔したのも本当。
そんな、相反するなにか。
だからオレは、隆督からすぐに、できるだけさりげなく視線をそらして湯舟に入る。
隆督がシャワーを浴び始めた。
オレはズルズルと、肩まで湯につかっていく。
もうこの際、本格的に風呂にするつもりなのか、隆督はシャンプーに取り掛かっていた。
泡をすすいで、丁寧にリンスをする。
ボディタオルに石鹸を泡立てて、身体を洗っていく。
うなじ、足先、膝裏――
やわらかく、円を描くように。
誰か他人の身体を磨き上げるかのような繊細な手つき。
ガサガサと乱暴な所作など微塵もない。
けれど、ポルノや安いドラマのような、女性が自分を「見せる」ためにやるような、少し性的な媚を纏った仕草とも、まるで違う。
なんだろうな――
丁寧な。そう、ごく「丁寧な」「取扱い」。
ナルシシズムとか、そういうことじゃなくて。
自分の膚も、皿も、バナナかごもささみジャーキーも。
すべてに対してそうだったような気がする。
分け隔てなく、ごく丁寧な――
隆督の所作。
泡だらけの隆督が、フワリとオレを向く。
あ、マズい。
メチャクチャまじまじと見ちまったよ、他人の入浴シーンなんぞを。
慌てて視線をそらすことすら気恥ずかしくて、オレはできる限りのさりげなさを装い、ゆっくりと、目線を斜め横にさまよわせた。
*
「失礼します」
ごく当然の挨拶みたいにくちずさんで、隆督が湯舟に入って来る。
家風呂で男ふたりがゆったり入れる大きさってのも、よく考えればスゴイよな――なんて。
そんなことをボンヤリ考えながら、オレは天井を仰いだ。
少しの間の後、隆督がオレの方を向く。
ハッキリと、明確に分かる視線で。
だからオレもすぐに、「え、なに?」と、軽い感じで隆督を振り返ることができた。
逡巡したり戸惑ったりする必要もなく――
「カッコいいカラダ、してるんですね、旗手さん」
「……あ?」
予想外のツッコミだった。
もう普通に、ヘンな声しか出ない。
「『誠意と信頼の地方公務員』とかって言うし、図書館のパソコンいじってるし……デスクワークのひとかと思ってました」
「え、イヤ……普通に『デスクワークのひと』だけど、オレ」
「でも、腹筋とかすごいです」
そう言われて、軽く前屈気味に視線を落とせば、確かに、かなりハッキリ腹斜筋や腹直筋の線が見て取れる。
「胸回りとか、肩とかも……なにげにガッシリしてるっていうか」
「おう……そう、か?」
「何か、筋トレとか、そういうのやったりしてるんですか」
湯気の向こう、透明な瞳から感じるのは、ごくまっすぐな好奇心。
「別に、ジムに通ったりとかはしてないけど……ただ」
「はい」
礼儀正しい、律儀な相槌。
「昔、ボート漕いでたから、たぶん、そのせいかな」
「……ボート?」
隆督が瞬く。「えっと……池とか湖にある?」
うん、まあ普通そう思うわな。特に日本じゃ。
「ってかさ、『ボート競技』ってのがあるんだよ、スポーツとして」
「……へぇ」
「日本では、そんなに人気ないけどな」
そこですこし、会話が止まる。
――ああ、雷。止んだみたいだな。
ふと、そんなコトを思いついた。
そして隆督が、また口を開く。
「なんで……旗手さんはどうして、『ボート競技』やろうと思ったんですか」
「どうしてって、うーん……そうだな、なんでだろ」
あらためて訊かれれば、「これ」といって確かな何かは浮かんでこない。
たぶん、たまたま何かで見たんだろう。海外ドラマとか洋画かなんかで。
「……キレイだったから、かな」
そう言ってオレは、隆督の顔をまっすぐに見る。
頬にも顎にも、まだ雄っぽさの見えない膚――
すこし剃りあとがザラつきだした自分の顎を無意識に撫でながら、オレは続ける。
「オールがさ、えっと、ボートを漕ぐ櫂……って棒みたいなヤツな。そのブレードが……水面に入った瞬間の波紋が、キレイだなって」
そうだ。
キレイなんだ。
キレイだったんだ――
思わずセンチメンタルに語ってしまって、なんだか気恥ずかしくて。
オレはそこで口をつぐむ。
隆督はそれ以上、何も言わなかった。
ひとの家でもらった風呂で厚かましいが、オレも髪と身体を洗わせてもらうことにする。
どのみち、ここで遠慮したって、何がどうと大して変わるワケじゃないだろう。
そうやって、ガシャガシャとシャンプーを始めたオレに、隆督が言う。
「僕も……ちゃんと鍛えたら、そんな、旗手さんみたいになれる…かな」
オレは顔から泡を拭って、湯舟を振り返る。
「なるさ、これぐらいすぐに。お前さ、骨格もいいし姿勢もいい。トレーニングもしやすいんじゃないか?」
「そう、ですか?」
「ああ、体幹、結構ちゃんとしてるんだなって思って見てたからさ、そういうヤツってスポーツやっても故障しづらいから。トレーニングも、ちゃんと身になるって」
そう太鼓判を押してから、オレはジャブリと、洗面器に溜めていたお湯を被った。
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