え、待って。「おすわり」って、オレに言ったんじゃなかったの?!【Dom/Sub】

水城

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キレイなカラダ

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 少し、面食らった。
 「一緒に入ろう」と、自分が誘ったクセして。

 そこに妙な「他意」がなかったのも本心。
 けど、口にしてすぐに「失言だった」と後悔したのも本当。

 そんな、相反するなにか。

 だからオレは、隆督からすぐに、できるだけさりげなく視線をそらして湯舟に入る。
 
 隆督がシャワーを浴び始めた。
 オレはズルズルと、肩まで湯につかっていく。

 もうこの際、本格的に風呂にするつもりなのか、隆督はシャンプーに取り掛かっていた。

 泡をすすいで、丁寧にリンスをする。
 ボディタオルに石鹸を泡立てて、身体を洗っていく。

 うなじ、足先、膝裏―― 

 やわらかく、円を描くように。
 誰か他人の身体を磨き上げるかのような繊細な手つき。

 ガサガサと乱暴な所作など微塵もない。
 けれど、ポルノや安いドラマのような、女性が自分を「見せる」ためにやるような、少し性的な媚を纏った仕草とも、まるで違う。
 
 なんだろうな――

 丁寧な。そう、ごく「丁寧な」「取扱い」。

 ナルシシズムとか、そういうことじゃなくて。
 自分の膚も、皿も、バナナかごもささみジャーキーも。 
 すべてに対してそうだったような気がする。 

 分け隔てなく、ごく丁寧な――
 隆督の所作。
 
 泡だらけの隆督が、フワリとオレを向く。

 あ、マズい。
 メチャクチャまじまじと見ちまったよ、他人の入浴シーンなんぞを。 

 慌てて視線をそらすことすら気恥ずかしくて、オレはできる限りのさりげなさを装い、ゆっくりと、目線を斜め横にさまよわせた。







「失礼します」

 ごく当然の挨拶みたいにくちずさんで、隆督が湯舟に入って来る。

 家風呂で男ふたりがゆったり入れる大きさってのも、よく考えればスゴイよな――なんて。
 そんなことをボンヤリ考えながら、オレは天井を仰いだ。

 少しの間の後、隆督がオレの方を向く。
 ハッキリと、明確に分かる視線で。

 だからオレもすぐに、「え、なに?」と、軽い感じで隆督を振り返ることができた。
 逡巡したり戸惑ったりする必要もなく――

「カッコいいカラダ、してるんですね、旗手さん」

「……あ?」

 予想外のツッコミだった。
 もう普通に、ヘンな声しか出ない。

「『誠意と信頼の地方公務員』とかって言うし、図書館のパソコンいじってるし……デスクワークのひとかと思ってました」

「え、イヤ……普通に『デスクワークのひと』だけど、オレ」

「でも、腹筋とかすごいです」

 そう言われて、軽く前屈気味に視線を落とせば、確かに、かなりハッキリ腹斜筋や腹直筋の線が見て取れる。

「胸回りとか、肩とかも……なにげにガッシリしてるっていうか」

「おう……そう、か?」

「何か、筋トレとか、そういうのやったりしてるんですか」

 湯気の向こう、透明な瞳から感じるのは、ごくまっすぐな好奇心。

「別に、ジムに通ったりとかはしてないけど……ただ」

「はい」
 礼儀正しい、律儀な相槌。

「昔、ボート漕いでたから、たぶん、そのせいかな」

「……ボート?」

 隆督が瞬く。「えっと……池とか湖にある?」

 うん、まあ普通そう思うわな。特に日本じゃ。

「ってかさ、『ボート競技』ってのがあるんだよ、スポーツとして」

「……へぇ」

「日本では、そんなに人気ないけどな」

 そこですこし、会話が止まる。

 ――ああ、雷。止んだみたいだな。

 ふと、そんなコトを思いついた。

 そして隆督が、また口を開く。

「なんで……旗手さんはどうして、『ボート競技』やろうと思ったんですか」

「どうしてって、うーん……そうだな、なんでだろ」

 あらためて訊かれれば、「これ」といって確かな何かは浮かんでこない。
 たぶん、たまたま何かで見たんだろう。海外ドラマとか洋画かなんかで。

「……キレイだったから、かな」

 そう言ってオレは、隆督の顔をまっすぐに見る。

 頬にも顎にも、まだ雄っぽさの見えない膚――

 すこし剃りあとがザラつきだした自分の顎を無意識に撫でながら、オレは続ける。

「オールがさ、えっと、ボートを漕ぐ櫂……って棒みたいなヤツな。そのブレードが……水面に入った瞬間の波紋が、キレイだなって」

 そうだ。
 キレイなんだ。
 キレイだったんだ――

 思わずセンチメンタルに語ってしまって、なんだか気恥ずかしくて。
 オレはそこで口をつぐむ。

 隆督はそれ以上、何も言わなかった。

 ひとの家でもらった風呂で厚かましいが、オレも髪と身体を洗わせてもらうことにする。
 どのみち、ここで遠慮したって、何がどうと大して変わるワケじゃないだろう。

 そうやって、ガシャガシャとシャンプーを始めたオレに、隆督が言う。

「僕も……ちゃんと鍛えたら、そんな、旗手さんみたいになれる…かな」

 オレは顔から泡を拭って、湯舟を振り返る。

「なるさ、これぐらいすぐに。お前さ、骨格もいいし姿勢もいい。トレーニングもしやすいんじゃないか?」
 
「そう、ですか?」

「ああ、体幹、結構ちゃんとしてるんだなって思って見てたからさ、そういうヤツってスポーツやっても故障しづらいから。トレーニングも、ちゃんと身になるって」

 そう太鼓判を押してから、オレはジャブリと、洗面器に溜めていたお湯を被った。
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