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従うということ(2)
しおりを挟むあの立派過ぎる門のある、表玄関へは回らなかった。
暗く無人の公園を突っ切って、裏の通用口へと向かう。
公園の敷地との境目で、アプリの通話ボタンを押した。
すぐに隆督が応答する。
「裏の垣根のトコロにいる」
そう伝えれば、
「鍵、開けます」と、小さな返事。
どうやら、この裏手の鉄扉の方が設備が新しいらしい。
内側から鍵の開け閉めができるようで、カチャリと小さな音とともに、かすかに扉が動いた。
押し開けて中に入る。そのまま、鉄扉は静かに元の場所に戻り、自動的に施錠された。
オレは小走りに母屋へ向かう。
ポツリと、頬に冷たい何か。
ああ、降り出したな――
通用口の脇の、手水場の石桶に大きな雨粒が落ち始めた。
波立つ水面。
重く転がる雷鳴が数回。
それは低く近づいてくる。
庇に飛び入り、ドアを叩く。
返事はなかった。
ノブに手を掛ける。カギはかかっていない。
「入るぞ」と言いながら、扉を押し開け、足を踏み入れる。
抱き合って肩を震わせる一人と一頭――
稲妻が光る。
両腕を広げて、オレはふたりを抱き寄せた。
*
今夜の雷雨は、それほど長くは続かなかった。
雷自体も、だいぶ遠いままに終わっていく。
「……はた、てさん……かさ、は?」
ゆっくりと顔を上げながら、隆督が、濡れてうねったオレの前髪に触れた。
「たお……る」
「ああ、大丈夫だよ。そんなに濡れてねぇから」
言ってオレは、腕を解いて小さく笑う。
ムギが、ブルリと身体を振った。
そしてノソノソ、奥へと歩いていく。
オレと隆督も、床から一緒に立ち上がった。
*
ムギが入っていたのは、この前のダイニングルームのような部屋だった。
明かりがついていて、フワリと食べ物の匂いがした。
「あ、メシ、喰ってたのか?」
「ハイ」
テーブルの上には、ごく一般的な夕食のメニュー。
サバの塩焼き、キャベツ。澄まし汁に白飯。副菜の小鉢は、おひたしに煮豆。
ひじき。昆布の煮しめ。
「……なんっつうか、渋いメニューだな」
ここん家はよ。
おやつといい、食事といい。
なんかこう「中学生」っていうより、「中高年」な趣味っていうか。
「佐竹さんは……ずっと、おじいさまのところで働いてた人だから」
さたけ。
ああ、「通いの家政婦さん」だっけか。
「旗手さん、仕事帰りなんでしょう?」
言って隆督が、オレのネクタイに目をやる。
「夕ごはん、もう食べたんですか?」
――喰った。
そう言おうと思った。気を遣わせないために。
けど、腹の虫はウソが下手だった。
ってさ。まあ、それがオレの本質ってヤツなのかもな。
処世術っていうかさ、そういうのが基本、全然上手くない。
「一緒に食べましょう」
隆督が言う。
「たくさんありますから。『はんぶんこ』して」
「いやいや、そんなにあるようには見えないって。ちょっとオマエの様子見に来ただけだから。もう帰るし」
両手を振って固辞をして。
踵を返し、またさっきの通用口へと歩き出す――オレのスラックスが。
ピッと、なにかに引っ張られた。
振り返れば、ズボンの尻の布地に、ムギのヤツが噛みついていた。
「おいっ、ムギ! バカ、おま……っ、離せって、破れる。ケツが」
カプリとスラックスに噛みついたまま、ムギは微動だにしない。
隆督も無言のまま、ただオレたちを見ているだけだった。
「おい、隆督! マジ、やめさせろ。このスーツ、まだ買ったばっかなんだから」
そんな風に、オレが、かなり本気で詰め寄って初めて。
隆督はやっと渋々、口にする。
「……ムギ、OUT」
ゆっくりと、デカ犬の口が離れていった。
微妙に唾液で濡れてた布地の、ヒヤリとした感覚を腿が拾う。
「あのな、オマエなぁ」と。
ムギの金色の目を見据えて、オレは小言を言いかける。
だがデカ犬は、隙あらばまた、オレのシャツの袖に食いつこうと、飛びかかる気配を見せた。
とっさに、危険だと判断した隆督が鋭く言う。
――Stay!
ビクリと、オレの肩が痙攣した。
ちがう、違う。commandじゃない――
オレへのcommandじゃない。
なのに。
「それ」はズサリと、オレの中のある場所へ刺さった。
――カラダが、動かない。
ただ、睫毛だけが小刻みに震えて――
ゆっくりと、近づいてくる影。
オレの目の前で、それは止まる。
「『動かないで』、旗手さん」
声。
――隆督の、声。
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