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頭を冷やせよ(2)
しおりを挟むオレはあらためて、隆督に向き直った。
「なんか、先週から……ここのパソコンの配線にイタズラが続いてたみたいでさ。いや、絶対、違うよな。オマエがそんなコトするはずないし」
「……」
「なんで黙ってんだ。オレはちゃんと信じてるぜ? 隆督のこと」
俯いたまま、隆督はオレを見ない。
「……たかまさ? オイ、待てよ。まさか、ホントにオマエ」
ごくちいさく、隆督がコクリと頷いた。
「え、なん…で、なんで?」
ビックリしすぎて、オレはさっきから瞬きが止まらない。
「だってさ、オマエ。こんなコトする理由とか……ないだろ? あ、まさか……イジメとかか? クラスのヤツに脅されたりしてんのかよ?」
「ちがう」
小声。
でも鋭く、やや食い気味に隆督が応じた。
「……たかま、さ?」
「『理由』? 理由ですか?」
噛みしめるように言って、隆督が小さく口の端を歪める。
「……そんなのは、そんな、だって」
うつむいたまま言い淀む、隆督の長い睫毛。
突然に、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「って……だっ、て…はたてさん、さいきんずっと、LIME、既読で無視だし、返事とか…たまにくれても、すごく適当だし……」
あ。イヤ、それは…だな。
「図書館でも、ぜんぜん、みかけないし。前は時々、こっちの…本がある方にもいたのに……」
しゃくり上げて、嗚咽を懸命に押し殺し、隆督は肩を震わせる。
「はた、てさ……ん、ぼくのこと、おこってる? だって、さけてる…よね、ぼくのこと」
「いや、だから、そうじゃなくって。えっと、泣くなよ、隆督、泣くなって……」
っていうかさ。
それと、オマエがここのパソコンをイタズラして回るのと、一体なんの関係があるっていうんだよ――
さっきから、カウンターの派遣さんと司書が、オレをチラ見している視線が、ビシビシと背中に痛い。
「まえ…に、ここで会った時、はたてさん、パソコンの修理とかしてた…」
ああ、そういえば。
そうだったっけ。
「だ…から、だからパソコンが動かくなったら、はたてさんが…出てきてくれるかもって…」
え?
……あっ?
「でも、先週、はたてさん、出てこなくて、ちがう人が…パソコン見に来てたから、だから、もっとたくさん、何台も動かなくしたら……そしたら旗手さん、きてくれるかもしれないって、だから、僕…ぼく」
って。
なんなんだ!? オレのせいってか?
「ぼく、はたてさんのイヤなコト、しちゃったんですよね? この前……あの時のコトの…せいなんでしょ、ぼくが、あんな…」
パタパタと音を立てて絨毯に落ちる隆督の大粒の涙。まるで。
土砂降りの雨みたいだ――
「ぼく、Domでもないクセに、エラそうにあんなこと、はたてさんを…また、具合とか悪くさせて、それに、reward…とかって」
「ちょ、分かった……わかった、待て待て」
いや。
「分かった」っていうかなんていうか。
「な? ちょっとさ、場所変えよう。向こうの……エントランスのベンチに座って待っててくれ。すぐ…すぐ行くから」
?マークのまばたきをひとつ。
隆督がやっと、顔を上げてオレを見上げる。
潤んで透明な瞳には、溢れそうに揺れる涙の膜。
「すぐ行くから。ちょっと待ってろ。いいな?」
今一度、隆督にそう言い聞かせて、オレは踵を返すと、急足で事務室へと戻った。
「すいません、今から時間休取ります」
事務室に入るやいなや、それだけを上長に告げて、席のパソコンをシャットダウンしながら、カバンを手に取る。
やるべき作業なら、もちろん山積みだ。
けど、そんなのはまあ「いつものこと」で。
直近にデッドラインはないし、今日はこの後、打ち合わせの予定もない。
「積み残し」なら、明日以降、粛々とやればいいだけのコト。
っていっても――
まあ、どうせまた、明日には明日の作業が出現するに決まってて、溜めればそれだけ積み上がっていくだけなんだけども。
もう暑すぎて、ジャケットはもはや着てきていない。
カバンだけを手にし、オレは事務室を飛び出した。
一旦、職員用の通用口から外に出る。
そして、建物の正面に回った。
エントランスを入ってすぐのベンチに、隆督が、ぽつねんと座っていた。
建物の「奥の方」をしきりと見つめている。
背後から、軽く肩を叩けば、隆督は「わっ」と驚きの声を上げて振り向いた。
「外から来る」とは思ってなかったんだろう。
「え、はたてさ…ん?」
「ほら、冷たいモノでも飲みに行こうぜ。あ、オレまた、ドーナツとか喰いたい」
そう言ってオレは、グイと隆督の手を引いた。
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