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誘い

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 それはまだ、私が中学3年生だった時の話。
 自習の時間に、クラスの女子生徒達に交霊術に誘われた。
 当時、受験勉強から逃避したいと考えた生徒達の間でひそかなブームになっていた。
 私は自ら進んで行おうとは思わなかった。
 何故なら、私は……。



「ねぇ、マカ。こっくりさん、やってみない?」
 大人しく勉強をしていた私の目の前に、複数の女子が現れ言った。
「え~? 私、勉強中」
「そんなの家でやりなよ」
「ねぇ、ちょっとだけで良いからやろうよ。マカだったらちゃんと出来そう」
 嫌がる私を羽交い絞めにして、私は別の場所に移動させられた。
 どこの誰が調べたのか分からないが、教室での鬼門の位置に、交霊術の場が設けられていた。
 すでに二つの机が向かい合うように並べられ、机の中心には交霊術には必需品であるあの紙と、十円玉が置かれていて、私が座った向かい側の席には女子生徒が笑顔で待っていた。
「よろしくね、マカ」
 …すでに準備万全だった。
 ここで断れば、後でブーブー言われる。
 ストレスのたまりまくった女ほど、厄介なものは無い。
「じゃあ…一回だけね?」
 諦めて言うと、周りがわあっと盛り上がった。
 どうも自覚は無かったが、私の印象はミステリアスのようだ。
 そのせいで、こんなことにも巻き込まれやすい。
 ………いや、血のせいだな。絶対。
 私は右手の人差し指を、十円玉の上に乗せた。
 続いて向かいの女の子も乗せる。
「このコ、結構クルんだよね」
「マカとだったら、スゴイことになるかもよ?」
 周りがざわめく中、私は集中し始めた。
 緊張感が辺りに満ちる。
 他のクラスメート達が息を殺して見守る中、呪文を唱え始めた。
「こっくりさん、こっくりさん。近くにいましたら、どうかお越しください」
 女の子と声を合わせ、集中し続ける。
 けれど…。 
 何分経っても十円玉は少しも動かなかった。
 やがて、周囲の空気も変わってきた。
「…何かムリそうだから、私、抜けるね」
 そう言って私は十円玉から手を離した。
 クラスメイト達がため息をつく。
「な~んだ」
「マカが相手なら、大物、来ると思っていたのに」
「ねぇ。実際変なこと、起きたこともあるのに」
 …ああ、と納得する。
 最近、教室の中でラップ音がするわ、よく誰かが転んだり、物が勝手に落ちたり、おかしなことが続くとは思っていた。
 …どうやら向かいに座る女の子は、下級なモノを呼び寄せる力があるらしい。
 同属ではないにしろ、そういう力を持ったコはいないこともない。
 私は立ち上がり、自分の席に戻った。
 女の子はクラスメイト達に囲まれながら、青白い顔で苦笑している。
 どうも呼び寄せることにわずかな自信を持っていたみたいだが、何分、相手が悪い。
 私では、な。



 ―その後、教室ではおかしなことは一切起こらなかった。
 やがてクラスメイト達も交霊術に飽きて、やらなくなった。
 女の子もおとなしく勉強に専念し始めた。
 私は心の中で、女の子に少々詫びた。
 あの時、私は言葉では召喚の言葉を発していたものの、力では逆のことをしていた。
 つまり、呼び寄せないように力を使っていたのだ。
 あの女の子は呼び寄せる力はあれど、返せる力などなかった。
 だからこの教室にたまり、悪さを働いていた。
 だが私が『拒絶』の力を発揮したせいで、一掃した。
 紙に描かれた門から、下級のモノ達を逆に返したのだ。
 あのままでは下級のモノの溜まり場になっていただろう。
 下級のモノの厄介なところは、集まり過ぎると共食いをはじめ、中級―上級へと進化してしまうところ。
 やがては人間に悪さどころじゃないことをするだろう。
 大抵の人間がそうだが、呼んでも返せない。
 呼ぶよりも、返す力の方が強くなければならない。
 そうじゃなければ…。


 私はあの女の子を見た。
 彼女のように、呼び寄せたモノに取り付かれてしまうのだ。 



【完】
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