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「彼女、さっき僕を呼び出してこう言ったんだよ」

今までに見たことがないほど真剣な表情で、孝一は利実を見下ろした。

「『グループにいられなくなるのは、もうしょうがないって諦めた。でも彼のことは諦められないから、協力して』って」

「利実…! あんなに言ったのに、まだオレのことを…」

「気持ちは分からなくはないけどね。でも次の瞬間、言われた言葉で彼女に見切りがつけた」

「何を…言われた?」

孝一は苦笑しながら語った。

必死な様子で頼んできた利実だが、突然孝一に抱き着いてきた。

「協力してくれるなら、何でも欲しい物あげるわ。お金でも、アタシでも、ね?」

そう言って孝一にキスしようとした。

「…バカなコだよね、ホント」

「だな」

そこへオレが乱入してきたわけか。

必死なのも過ぎると嫌なもんだ。

今度は手段を選ばず、オレを手に入れようとしたのか。

「お金や女で僕がキミを譲るわけがないのに…。あんなことを言わなきゃ、一緒に連れて行く気なんて起こらなかっただろうね」

「どこへ…行く気だ? 利実を連れて」

オレは震える声を振り絞った。

だが孝一は苦笑するだけ。 

「彼女はここへ残しても、和城の害になるだけ。なら僕が彼女を連れて行く」

「待てっ! ならオレが一緒に行く! それで良いだろう?」

しかし静かに首を横に振られた。

「キミは…ダメだよ。とっても魅力的な言葉だけど、それじゃあ昨夜交わした誓いを汚してしまう」

「孝一!」

「誓いの指輪じゃないけど、ストラップを渡せただけで、僕は充分だ。不要になったら捨てていいから」

「捨てるもんか! お前から貰った物なら、何1つ忘れていないし、失くしてもいない!」

「…ありがと。僕もキミと同じで、和城から貰った物は何一つ忘れていないし、失くしてもいない。全て記憶や体験と共に、大事な僕の宝物だ」

オレは必死に体を動かした。

もうこの状態がどういうことなのか、分かったからだ!

このまま孝一を行かせるわけにはいかない!

ましてや利実と一緒になんて、行かせてたまるか!

「最後にキミとこうして話せて良かったよ」

そう言ってドアへ向かう。

「行くなっ! 孝一! ここにいろよ!」

「キミとはずっと一緒にいたいよ。でも…僕にはムリなんだ」

孝一は再び苦笑すると、ドアの前へ立った。

するとドアは音も無く開いた。 

「ばっ…! 利実、起きろよ! 抗えっ!」

どんなに大声を上げても、誰も起きないし反応もしない。

それは利実も同じだった。

「くそっ! 動けよ、自分の体だろう!」

どんなに体を動かしても、イスからは立ち上がれない。

行ってしまう!

オレの目の前で、孝一が行ってしまう!

もうオレの手が届かない所へ!

「本当にありがとう、和城。僕はキミが全てだ。キミが無事に生きていれば、僕は同じように生きている」

「そんなっ…!」

「僕は僕のことが一番嫌いだったんだよ。キミの為に何かしたいのに、できない自分が大嫌いだった。でも…最後にこうやってキミの害を持って行くことができる。それで充分だ」

「バカヤロウ! お前はオレの側にいれば良いんだ! それだけでっ…それだけでオレは救われていたんだ…!」

ボタボタと涙が床に落ちる。

泣いている姿なんて、親にも友達にも見せたことはない。

ただ、孝一の前だけ。

コイツの前だけは泣けた。

「…ゴメンね。キミには謝ってばかりだった。そして感謝してばかり。―ありがとう」

「孝一っ!」

「キミの害は、僕が持って行く。さようなら、和城。キミはもう自由だ」

最後に清々しく笑って、孝一はバスを、降りた。 

「孝一ぃいっ!」

無我夢中で叫ぶ、窓に視線を向けると、孝一の後姿が見えた。

利実を抱いて、霧の中へその姿を消してしまった。

「っの、バッカヤロおおっ!」
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