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対戦

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「とうとうマリー達は帰って来なかったな。まあ予定通りと言えば、そうだが」




「すみません。一応、早く戻るようには言ったんですが、やはり次元越えには時間がかかるようです」




その晩、ソウマの店に集まったのはマカとルナ、そしてカルマとナオだった。




「マリーなら、わたしよりもマスク・ドールには詳しかったでしょうが…。まっ、しょうがないわね。このメンバーで決着を付けましょう」




「そう言えばルナ、アオイは一緒じゃないのか?」




「この事件、アオイの一族でもちょっと問題になっているらしくてね。実家に呼び出されているみたい」




「向こうもか…。ならば本当に今夜中に終わらせなければなるまい」




マカは真剣な顔付きで、カルマとナオを見た。




「そうですね」




「お任せを」




カルマは自分の肩を掴み、横に引いた。




すると黒きマントが出て、カルマの全身を包んだ。




カルマの目が赤く染まり、髪の色も真っ白に染まる。




「では行くか。ソウマ、マリーが戻って来たら、できれば来るよう伝えてくれ」




「御意に」




恭しく頭を下げるソウマに、マカは頷いて見せた。




「では行こうか。人形狩りに」




外に出ると、すでに闇の色に染まっていた。




赤い三日月が、四人を照らし出す。




「…最近、赤い月が多いわね」




目を細め、ルナが呟いた。




「赤き月は災いの表れとも言われています」




「カルマの言う通り、今回は危険でしょうね」




「ナオ、それはちょっと違うぞ。今回も、危険なんだ」




「それは当たっているわね」




ルナは苦笑した。




「さて、鬼が出るか蛇が出るか…。とにかく負けは認められない。勝つだけだ」 




ルナの糸をたどって着いたのは、街外れの屋敷だった。




「ここって確か、二十年前に廃墟となったのよね。何でも酷い殺人事件が起こって、人が寄り付かなくなったのが原因らしいけど…」




「隠れて何かを造るのにはもってこいですね。周りは森ですし」




ルナとカルマが周囲を窺いながら言った。




屋敷の周囲は森で、余程のことがない限り、車も通らないだろう。




「じゃあ、さっさと行くぞ」




マカは壊れた門を無理やり開け、中に入った。




庭も荒れ果てており、草木がうっそうと生い茂っていた。




ギギギッ…




玄関の木の扉を開ける。




中は暗く、窓から差し込む月の光だけが頼りだ。




「…とりあえず、人の気配はないですね」




ナオが辺りを見回した。




「人は、な。問題は『人形』だ。アレは気配が少ないようだからな」




「でも昨夜、ヒミカは分かったんですよね?」




「カルマ、アイツの血・肉を嗅ぎ付ける才能は、お前達より上だぞ?」




「ああ、なるほど…」




「それでルナ、ヤツを引きずり出せるか?」




「糸は追跡用だから、それはムリ。たどって行くしか…ん?」




「どうした?」




「糸が、切れたわ」




ルナが自分の人差し指を見て、呆然とした。




「ほう。なら、すぐ側にいるってことだな」




しかしマカは動揺せず、周囲に視線を巡らせた。




マカの言葉を聞いて、カルマとナオは立ち止まった。




カルマは左腕を上げる。すると黒い模様が浮かび上がり、宙に浮く。




すると紋様は黒く大きな鎌となった。




ナオは両手を上げ、黒き紋様を浮かばせた。




紋様は空中に浮き、黒い2丁拳銃へと姿を変える。




マカは中央階段の上に、人影を見つけた。




視線を上げると、二階に『人形』を見つけた。




ヒミカとルナの報告どおりの姿で、『人形』はそこに立っていた。




「階段の上だ!」




マカが叫ぶのと同時に、三人も『人形』を見た。




すると『人形』は床を蹴り、一階にいるマカ達の下へ下りてきた!




「ちっ!」




「わっ!」




「うわっ」




「きゃあ!」




マカ、ルナ、カルマ、ナオは慌てて散らばった。




『人形』は四人がいた場所に落ちた。




ドカッ!と地面が抉れた。




「一皮剥けた分だけ、素早くなっているみたいだな」




「上手いこと言っている場合じゃないわよ! あなたも武器を出しなさい」



「そうだな」




マカは右手を上げた。




黒い模様が浮かび上がり、宙に浮き、黒き剣となった。




「やれやれ…。こんなのを相手にするとはな。人生何が起こるか分からないものだ」




「何が起こるか分からないからこそ、おもしろいんでしょ?」




「否定はしないが、賛成もしかねるな」




「お二人とも、避けてくださいね!」




ナオが二丁拳銃に気を込め、『人形』に向かって打つ。




パンパンッ!




しかし『人形』は軽く飛び上がり、両手・両足を恐るべきスピードで回転させ、弾丸を弾いた。




そして弾かれた弾丸は、マカとルナのいる方向に飛んできた。




「のわっ!」




「ぎゃあっ!」




二人はくしくも、ナオの言った通りに避けた。




「そんなっ!」




自分の放った弾丸が弾かれたことに、ナオは呆然とした。




その隣でカルマが鎌を構え、『人形』に降りかかった。




ガキンッ!




しかし腕一本で、鎌は防がれてしまう。




「くっ! 思ったより、固いですね」




カルマが苦心の表情を浮かべる。




「おいおいっ。昨夜ヒミカが戦った時より、強化しているのか?」




「かもしれないわね。でもあの後、狩りはできなかったはずだから、やっぱり一皮剥けたことによって、より強力的になったってことでしょうね」




「じゃあお前のせいじゃないかっ!」




「まさか一皮剥けるなんて思わなかったのよ! 昔はそんな性能無かったし!」




マカとルナが喚いている間に、カルマが徐々に押されてきた。




「くぅっ!」




ついには押し負け、鎌は弾かれる。




それとほぼ同時に、『人形』のもう一本の手がカルマに襲い掛かった。




「カルマっ!」 




ルナが慌てて糸を伸ばし、『人形』の体に巻きつけた。




カルマはその隙に、『人形』から距離を取った。




糸は幾重にも『人形』の体に巻きつくも、今度は四肢の刃が糸を切り裂き始めた。




「うそっ!? 昨夜は通じたのに!」




仰天するルナだが、糸はあっと言う間に切り裂かれ、『人形』は自由になった。




「おいおいおいっ! ウチの血族特製の武器が、何一つ通用しないなんてありえるのか!」




「目の前のことを、現実として受け取るならありえるわね」




さすがにマカも目を丸くしている。




「おい、まさかと思うが…。あの『人形』、対血族用に作られたんじゃないだろうな」




「…かもね。そういうふうな仕様になっているのは、まず間違いないでしょう」




「チッ! 魔女どもめ! 忌々しいのはその存在だけにしといてほしいものだな!」




マカの目が赤く染まり、握る剣に気を込める。 




そして『人形』に向かい、剣を振りかざした。




ガキンッ!




またもや腕一本で防がれる。




「なめるなよ!」




剣により強力な気を込める。




徐々に『人形』を押していき、ついには腕にヒビが入った。




それをチャンスと見たマカは、一気に力を入れた。




バリンッ




腕は砕け散った。




マカは『人形』の胴体を蹴り、元の位置に戻った。




「やったじゃない! マカ! あなたの力なら、通じるわ!」




「それが…そう上手くもいかない、んだ」




戻って来たマカは、激しく力を消耗していた。




「まさか…腕一本破壊するだけでっ、こんな…」




ふらつくマカの目から、赤い色が消え始めている。




「ちょっ、ちょっとちょっと!」




慌ててルナが駆け寄った。




「コレじゃあヒミカを連れてきても、同じだったな。パワーやスピードが上がっていちゃあな」




しかしマカは気力を振り絞り、立ち上がる。




「ルナ。魂が収容されているのは、あの胴体か?」




「えっええ、昔と設計が変わっていないのなら…」




「しかしあの胴体の方が、固そうだな」




額から溢れ出る汗を拭い、再び剣を構える。




そして『人形』の胴体を狙って剣を振るうも、もう片方の腕に止められ、足で蹴られそうになり、『人形』から離れざる終えない。




「ルナ! やつの残った手足の動きを止めろ!」




「分かったわ!」




ルナの手から3本の糸が伸びて、『人形』の腕一本と両足に絡みつく。




「よし! カルマ、行け!」




「はい!」




カルマが鎌を胴体に向かって振るう。




しかし予想通り、刃は傷一つ付けられなかった。




「くぅっ!」




刃を胴体に当てるも、引くことができない。




「やっぱり私でなければダメか…。カルマ、引け!」




「はい!」




カルマはすぐさま後ろに引いた。




入れ替わるように、マカが剣を胴体に当てた。




ガンッ!




剣は少しだけ、胴体に入った。




「やあああっ!」




思いっきり気を込め、剣を引く。




バキバキッ




胴体に少しずつ割れ目が広がる。




「マカっ! 逃げて!」




しかしルナの糸が切られ、『人形』の腕がマカに振り下ろされた。




「「マカさんっ!」」




カルマとナオの声が、悲鳴のように響いた。



反応が遅れたマカは、そのまま吹っ飛ばされ、壁に激突した。




「うっ…」




額が切られ、血が顔を染めていく。




剣の方にばかり気を入れていたせいで、防御の為に体に気を送るのを遅れてしまった。




そのせいでもろ体に衝撃が来る。




「いっつぅ…」




血が顔から首へと流れる。




傷を押さえながら、マカは何とか立ち上がる。




「戦闘に鈍くはなりたくないものだな…。平和ボケし過ぎたか」




何とか意識は保っているものの、体はすでに倒れる寸前だ。




『人形』はマカの血が付いた腕を、じっと見ていた。




しかしいきなり口が割れ、中から赤く長い舌が出てきた。




「げっ…」




顔をしかめるマカの目の前で、『人形』はベロリと血を舐めた。




「ちょっと待ってよ。昔はあんなこと、しなかったわよ」




目を見開くルナの前で、『人形』の顔が変形し始めた。




色こそは付いていないもの、形はマカのそれに成してきている。




「ひっ!」




ナオが息を飲む。




「まさかっ…舐めた血で、顔をコピーしているんですか」




カルマも呆然とその様子を見た。




しかし顔は定まらず、『人形』としての顔と、マカの顔が入れ替わっている。




「どうやらまだ血が足りないようだな…。今回の『マスク・ドール』は剥いだ顔を食することによって、その顔と才能を取り込むシステムのようだな」




マカが険しい顔で、『人形』の顔を見た。




「しかしこれ以上、同じ顔が増えるのは気に食わないからな。破壊する!」




マカは剣に最大の気を込め、『人形』に向かって走り出した!




『人形』もマカを見て、動き出した。




「マカ! バカッ、逃げて!」




ルナの制止の声でも、しかしマカは止まらなかった。


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