ピエロの仮面は剥がれない

寝倉響

文字の大きさ
上 下
62 / 67
Teru=Hanswurst

死神の制度 ④

しおりを挟む
 ドアを開けるとそこは、テレビの世界の高級ホテル特集などで見るような高級ホテルの一室だった。
 一人で住むには広すぎる大きさの部屋が広がっていた。赤を基調とした廊下やロビーとは違って、この室内は黒を基調としていた。黒い革のソファーや椅子が綺麗に並べられ、黒い机にも高級感があった。ここから少しだけ見えるキッチンも最新式のシステムキッチンで揃えられているようだった。

 入って正面に見えるのは大きな窓であり、そこに映し出される景色は空の青さだった。そしてその窓の前に濃緑色で長い髪の美しい女性が座っていた。

『おひさしぶりです。ヨッフムさん』

「あら、また可愛い子連れてきたのね」
 ヨッフムは私に気づくと少し会釈をしてくれた。私ももちろんその会釈に応えて頭を下げた。

『この子は舞依と言います。新しく死使に雇うことにしました。今日は正式な手続きのお願いに来ました』

「じゃあちゃちゃっと済ましましょう。そのあと、テルさんに話があるからね」
 そう言ったあと、しまったといった感じでヨッフムは口元に手をあてた。ピエロの方もおんなじような感じだった。

「テルさん……?」
 美希が小さな声で呟く。

「えぇとね……ああ、このピエロさんはね……輝、、そう輝和って名前から略されてテルって呼ばれてるのよ」
 ヨッフムは少し慌て、取り繕うようにそう言った。

「そなんですね!!実は私の父、輝之の輝から母にテルさんって呼ばれてたんですよ。なんだピエロさんにもちゃんと名前あったんですね」
 美希は笑いながらそう言ったあとピエロの顔を見つめた。

『……アッハハ。……そりゃあるよ』
 ピエロは冷や汗を拭いながら言った。

 明らかに動揺している感じだった。鈍感な美希はおそらく気づいていないだろう。
私はピエロと美希の間には何かあるのではと思った。


 ヨッフムはそうこうしているうちに黒い机の引き出しの中から一枚の資料を取りだした。そしてピエロを呼ぶと、その紙をピエロに渡した。

 ピエロはヨッフムの机を借りて胸ポケットの羽ペンでスラスラとその資料に記入した。そして書いた資料と私がここに来る前に書いた紙をヨッフムに渡した。

「舞衣ちゃん。ちゃんと聞いていてね」

 そう言うと、ヨッフムは手元にある広辞苑ほどの厚みがある本の真ん中あたりのページを開き読み始めた。

「死使は、死神の指示に従い行動して、それを職務とします。死神の開く道を通ることでのみ死神界に出入りすることができます。――――」 

 その後、ヨッフムはしばらくの間本を読み続け死使のことを説明したが、やがてその本をバタンと閉じ簡潔に言った。

「まあとりあえず、このピエロさんの指示に従えばいいから。安心して」
 そう言うとヨッフムは私のことを手招きした。私はされるがままヨッフムの近くへと歩いた。するとヨッフムから見たことのない黒い携帯端末を渡された。

「これが舞衣ちゃんと。ピエロさんを繋ぐ唯一の連絡手段だからね。無くしたりしないように。これで契約は終わりね」

 どうやらこれで死使の契約は完了らしい。契約が終わるとヨッフムは美希と舞依を呼び、死神界でのみ使える通貨を何枚か渡した。

「これでしばらく楽しんできなさい私は少し用があるから。エレベーターで55階に行けばいろいろあるから」

 私はにやけた顔の美希と一緒に部屋を出ていった。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

保存された記憶

SF / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

不思議な電話

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...