敬愛していた殿下に笑ってぶち殺されましたが、未だに敬愛が捨てきれないので皇帝となった陛下をそっと見守りたいと思います!※そっと見守れるとは言

スイカの種

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第五章

第41話【過去】「かくあるべし」その姿

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(明日は、いよいよ殿下が恥をかく日)

 ――殿下に恥をかかせるのはこれで最後。
 誰にも文句言わせない。
 「あれが殿下を守る騎士」そう思わせたい。

 その日、アリアナは夢を見た。

 永遠の冬が続くかの国は、二度と消えない火の国になった。――アリアナがそうした。
 焦土と化した故郷を前に、狂ったような笑い声が喉の奥から漏れ出た。
 楽しいことなんてなにもない。ただ、そのほうが”らしい”と思って笑った。

 足元には見覚えのある顔の死体。
 屈強な軍人だったはずの彼の顔は恐怖に引き攣れたまま事切れていた。
(第一皇子……)
 そう、言おうとしたのに、喉の奥で潰れたような声しかでなかった。喋るのに慣れていないような、そんな音。
 強いと聞いていたのにあっけなく死んでしまった。アリアナは潰れたトマトのような頭を意味もなく蹴った。
 ボロ布を身にまとっているだけだから、汚れても構わないとさえ思った。

 アリアナは殺した。自分を助けてくれなかった人を、自分に屈辱を与えたものを、無関心だった国も、全てを。
 焦土となった土地を踏みにじりながら次の場所へ向かう。

 死体の山を避けること無く踏んで歩いた。その中に見覚えのある、金髪が目に入る。美しかった顔は、血に染まっていた。
 ああ、なんで、どうして、この人の名前が出てこないんだろう。
 はじめて、優しくしてくれた人だったのに。
 でも、この人は踏んではいけないと思ったから避けた。隣には黒い、もじゃもじゃの髪の遺体もあった。
 おなか、空かないな。でも満たされないな。
 シチュー。どれくらい食べてないだろう。

 戦い続けて価値を証明し続けなければいけない。そうでなければ、”廃棄”されてしまう。
 次の戦場へ。次は、春の国だっけ。
 春の国に向かう途中、水たまりが目に入った。

 水たまりが自分の姿を映し出す。――いびつな自分の姿が、そこにあった。
 顔は皮膚を何度もツギハギしたようで、縫い目が顔を横断するように走っていた。幼子がぬいぐるみを修理した跡のようだ。
 右目と左目の大きさが違う。右目は今にも目が零れそうなのに、左目はほとんど潰れていた。
 髪の毛は老人のように白く、何年もくしをいれていないようでボサボサだった。
 彼女の雇い主は、彼女に見栄えを求めてはいないのだろう。
 声を出そうとするたびに「ぐぎゅ、ぎゅぃ」という奇妙な音が喉から漏れ出す。
 首が、呼吸に合わせて奇妙に痙攣する。
 ふと、違和感を覚えて胸を見れば、ボロ布の隙間から自分の胸に当たる部分に「コア」が生えているのが分かった。心臓と同じようにどくん、どくんと脈動している。
 彼女はもはや”人”ではなかった。”兵器”と成り果てた姿がそこにあった。

(これは、私が殿下に拾ってもらえなかった未来だ)

 亡命して、魔力だけを効率良く搾取できるように改造されて、異物を埋め込まれて、兵器となった”もしも”の未来。

 ――こうなってはいけない。
 私は”人”のまま強くあらねばいけない。
 なるなら、ひと目で”血の守護騎士”であると分かる見た目がいい。
 ありふれた茶色の目ではなく、血のような赤色が良い。髪の毛は全てを塗りつぶす漆黒へ――。

 そこで、アリアナは目が覚めた。
 嫌な夢を見ていたはずなのに、気分は不思議とスッキリしていた。

 ***

 舞踏会へ参加するために現れたアリアナを見て、ベンジャミン、モーリス、エミリアの三人が驚く。
 彼女の髪の毛は黒く、瞳は血液を思わせる深い赤色へと染まっていた。
 ――後世に語り継がれる、「アリアナ・ブレメア」の姿である。

「魔法を使う時にそうなってたからいずれそうなるんじゃ…とは思っていたが……」
 体調に問題はないか?と気遣うのはベンジャミンだ。
「“かくあるべし”ってすごいのねぇ。まるで別人よ」
 少しでも「こうでありたい」という気持ちに迷いがあったら一晩でこうはならない。
 一晩でそこまでの覚悟を決めたアリアナと、その願いに応えた魔力を察して、モーリスは複雑そうな声を出した。
「愛がアナの姿を変えたのね!! とっても素敵だわ!」
 エミリアは相変わらず目をキラキラとさせていた。

 今回の舞踏会のために新しく騎士団の礼服を仕立てた。
 アリアナの礼装は、第三騎士団の正色である黒地に金の糸が走る、重厚な作りのものであった。
 騎士団で普段着ている性能重視の服と違い、美しさを重視して作られたそれは重くて動きにくい。立っている時のシルエットが一番美しくなるように計算して作られている。
 黒い髪の毛を後ろに撫でつけておでこが出るようにして、ゆるく後ろでひとつ結びにする。リボンの色は血のような深い赤色だ。
 悲しいことに、胸を潰す必要は無かった。
 それどころか採寸したときよりも少し痩せてしまったらしく、少しでも体格がよく見えるように腹あたりに詰め物をすることになった。
 顔はエミリアに化粧を施してもらった。
 堀が深く、少しでも男らしく見えるように。表情を削ぎ落として”血の守護騎士”の異名にふさわしいように。
 礼剣を腰に下げ――自分の姿を鏡で見た。物語に出てくるような、完璧な騎士がこちらを見ていた。
 化粧と衣装、シークレットシューズの力ってすごい。アリアナは場違いなことを思った。

「華やかな化粧より先に、男らしい化粧をすることになるなんて……」
「大丈夫よ、今日のあなた、とっても素敵だもの!」

 今度私と一緒にまた夜会に行ってね、とウィンクされた。
 こんな大舞台の日でも、彼女は相変わらずでちょっと安心してしまった。

 アリアナとエミリアが着替え室から出ると、既にエリオットは準備を完了していた。
「かぁっこいい……!!」
 アリアナの口から、自然とそうこぼれていた。

 一点の汚れもない白をベースとした皇子用の特注礼装は、生地には金糸で細かい刺繍が施されている。
 群青のブローチ付きのクラヴァットが胸元を華やかに彩る。
 皇家の紋章が背に刺繍されており、動くたびに金糸が光を反射して輝いた。

(いつも「絵本から出てきた王子様」だと思っていたけれど、今日はより一層「王子様」だ)
 つま先からてっぺんまで、完璧に洗練された「王子様」だ。
(この人を私は今からエスコートして、「恥」の共犯者になるのだ)
 アリアナはそう思ったら緊張が増した。手にじわりと汗が染み込む。
 こんなきれいな人があえて品位を下げなければいけないなんて、世の中間違えている。

「ありがとう、アリアナも……格好いいよ。髪の毛と目の色が変わったんだね」
 エリオットはそう言って眩しいものを見るように青い瞳を細めた。
 褒められて、アリアナの頬には火が灯ったように熱くなる。
「そうでしょう、格好いいでしょう! だって”私の騎士様”だもの!」
 エリミアがそう言ってアリアナの腕をぎゅう、と抱いた。エミリアがそうしてくれて助かった。
 でなければ、照れていることがきっとエリオットにバレていたから。
「今日だけは”君の騎士様”を借りるよ」
「ええ! でも今日だけよ」
 二人はそんな軽口を叩けるような仲になっていた。

「私から二人にプレゼントがあるのよ」
 そう言ってエミリアから手渡されたのは、白い手袋だ。
 アリアナの手袋の裏地には金糸で、エリオットの裏地には赤色で刺繍が施されている。
「二人のために頑張って刺繍したの」
 そう言ってエミリアは「えっへん」と胸を張った。
「!?!?い、いつ……!?昼は私の訓練に付き合ってたよね?」
「夜に毎日頑張ったの! 間に合わないかと思ってヒヤヒヤしたわ」

 この短時間で、昼間はアリアナの訓練に付き合い、夜は二人分の刺繍をしていたというのだ。アリアナは夜は疲れてぐっすり寝ていたというのに。
 彼女は愛のためならは、騎士よりも凄まじいパワーを発揮する。
「本当はアクセサリーとか小物にお互いのカラーを入れるのよ! 『この人は私のものです』って意味なの!」
 エミリアが拳を入れて主張する、だがその後すぐにしおしお……と萎びたような声をだした。

「だけれど、ベンジャミン様から反対されて……」
「お互いの色を分かりやすくいれるのは”婚約者”と同義です。アリアナはあくまでも『殿下には婚約者が居ない』『だから、部下であり唯一の女性であるアリアナが同伴した』という建前ですから。殿下がアリアナを「独占」「所有」しているのは余計な反感を買います」

 一番最後の「アリアナ」に「国家の最高戦力」というルビが振られている気がした。
 本来であればエリオットには婚約者がいるはずだが、皇后の嫌がらせによりこの歳になっても婚約者がいなかった。
 エリオット本人としても、元より結婚する気はなかったので放置していた。

「これなら良いって言われたから頑張っちゃった! アナの色は茶色かな?って思ったんだけど、モーリスが絶対赤って譲らなかったの! でもちょうどよかったわ!」
「”血の守護騎士”様なんだから赤でしょ」
 それは譲れないわ、とモーリスが鼻を鳴らした。
「アナが正装のまま片膝をついて、手袋越しに殿下の手に口づけして――その瞬間、世界が止まって、薔薇の花びらがぶわあーって舞うの……!」
 いつも通りエミリアが妄想を繰り広げ、一人で感極まってわっ、と涙を流していた。
(口づけはしないんだけどなぁ)
(真冬に花びらを用意するのは大変そうだなぁ)
 皆は心の中でツッコミつつも、彼女の妄想を邪魔しないように目で合図した。彼女は今回、一番の功労者である。

 二人は刺繍入りの白い手袋を付けた。
 見えない場所にある共通の刺繍は、共犯者の証であり、心強いお守りである。

 いよいよ舞踏会の時間が近づいてきた。
「アナ、楽しんできてね!」
 たぶんこの状況で楽しめるのはエミリアだけだと思う――だが、アリアナは片手をあげて応えた。
「いってきます」

(私は”人”のまま、この方を守るのだ)
“かくあるべし”と願った姿で、彼女は一歩を踏み出した。
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