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3章 アドルファス帝国編

32話 衛生環境と植林のお話しです

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 本日はルロワ王に呼ばれていたので、謁見の間に来ている。

 各国の王を引き合わせてから数週間ほど経った。ルロワ王国とナーヴェ連合国の会見は上手くいったようで、今回はその件だろう。

「熊井殿、東部殿呼び出して済まないな」

「いえ、構いませんよ」

「連合国の王達からも聞いたのだが、まさに英雄たる活躍だったようだな」

「名誉の為に動いた訳じゃありませんし、報酬も貰っていますので」

「そうか、ではどうだろう。この国の貴族にならんか?元の世界の事があるとはいえ、この世界にも帰る場所が必要だろう」

 囲い込み、か。
 
「いえ、結構です。貴族になったら今度は別の戦いが始まりそうですし」

「そうか、それはそうやもれんな」

「元の世界での政治は心が腐ってからが一歩目と言われていました。愚民どもに反旗を翻させず、いかにのらりくらりと躱しながら馬鹿にしていくかが争点でしたからね」

「オサム君!政治家さんはそんなこと言わないよ!」

「まあでも、国に組み込まれるということは、法に縛られて兵器として働かされることもあると言うことでしょう?お断りいたします」

「あい、分かった」

 俺がルロワ王の提案を断ると、周りの貴族連中がザワザワし始める。これは体裁も必要か……。

「とはいえ、このまま断るだけでは名誉が全ての方からは不満が爆発してしまうでしょう。折角ですし、少し利益となるお話しをしましょう」

「ほう、どういった話しだ?」

「衛生環境と植林についてです」

「衛生環境とは、最近メフシィ辺境伯から提唱されている浄化魔石の話しだな?アレも確か熊井殿が発端だと聞いているが……」

 メフシィ辺境伯は上手くやってくれているようだが、しばらく王都にいたけど、まだ街中がトイレ臭いんだよね。

 この世界は十五世紀頃の文化水準だから、トイレが汲み取り式なのはしょうがないんだけど、街中でアンモニア臭がするのは正直耐えられない。

 ここには王国貴族が揃っているからな、せいぜい売り込んでおこう。

「ええ。お話しの前に前提を伝えておきます。まず、気を悪くしないで頂きたいですが、こちらの世界は我々の世界の五百年程前の文化水準に大変よく似ています」

「ふむ、それで?」
 
 ルロワ王が相槌を打ってくれる。

「魔法以外の技術が五百年で加速度的に進歩しましたので、魔法のあるこの世界では本来何年後に到達するか分からないことをお伝えします」

 更に言葉を続ける。
 
「そもそも魔法があるので、同じ歴史を辿るとも限りませんが、俺の話は一つの終着点と考えてください。このままいくと、こういった結末も有り得る、ということです」

「分かった。続けてくれ」
 
 ルロワ王が返事をする。

「今回お話ししたいことは、大きく分けて二つ。衛生環境と植林についてです」

「エイセイ環境とショクリンですか、どちらも聞いたことがありませんね」
 
 ジハァーウ宰相が代表して答えてくれる。

「ではまず、衛生環境から。衛生環境を整えると、疫病や流行り病の感染率が下がりますので、国民や領民の平均寿命が伸び、一歳未満の乳幼児の死亡率が低下します」

「それは随分と国力に影響しそうな話しだな」

「全くその通りだと思いますよ、農家の労働力も上がるでしょうから、食べるにも困らなくなりますね」

「それが事実なら大変喜ばしい話しだが、衛生環境を整えるのはどれほど大変なことなのだ?」

「前提として知って頂きたいのは、一般的な病の元は目に見えないほど小さな病魔が体内に入り悪さすることが原因です。我々の国では、ウイルスや菌と呼んでいました」

「目に見えない小さい病魔、最近の研究で似たような報告があったな」

 なるほど、菌の存在は認められ始めているらしい。

「改めて一週間ほど過ごしましたが、失礼ながら街の中にも汚物の匂いが広がっているように感じます。メフシィ辺境伯が進める浄化魔石の配備はどれほど進んでいますか?」

「王城と、公共のトイレにいくつか設置しています」

「魔石が付いていないトイレの掃除などはどうされてますか?」

「掃除をする人間を雇い、月に一度汲み取ったものを街の外に捨てさせています」

「うん、我々の世界の過去と概ね同じですね。その結果どうなったかというと、疫病や感染病が発生し、何千万人という人が亡くなりました」

「「「「なっ!?」」」」

「汚物をその辺に捨ててしまうと、そこから病気の元になるものが発生します。我々の国では下水管というものが作られ、汚物は地下の管を通して浄化施設に送っていました」

「地下に管を通すなど、一大事業だぞ。そもそも建物の下など後から通せるものなのか?」

「そうですね、後から下水管を新設するのは難しいと思います。ですので浄化魔法です」

「ああ。王城では既に使っているが、『ピュリフィケーション』か」

「ええ。全てのトイレにその魔石を設置し、用を足し終わったら魔法を発動する、というのを義務付けるべきです」

「なるほど、それだけなら大した費用にもならんな」

「それから、国民の数に対して共用トイレの数が少ないと思いますが、各ご家庭にトイレはあるんでしょうか?」

「いや、設置している家は貴族の家くらいであろう」

「なるほど、それなら間違いなくその辺で用を足してますから、共用トイレを大幅に増やす必要があると思います」

「そうか、だがしかし……」
 
 金銭面の問題かな、ルロワ王は少し納得出来なそうに聞いている。周りの貴族達の幾人かは頷きながら聞いているため、理解のある人もいるのだろう。

「俺は俺の世界で過去あったこと、そこから導き出された答えをお伝えするしかありません。ですが、このままですと間違いなくこの国から疫病が発生しますよ」

「そうか、そうなのだろうな」

「それから、お風呂などはないのでしょうか?」
 
 現代日本人として、お風呂がないのは辛い。中世ヨーロッパの物語では、お風呂があったと思うが、異世界だと違うのだろうか。

「あるぞ、風呂は王城にもあるが、先王を病で亡くしてな。水が病を呼ぶということで、風呂は全面禁止にしたのだ」

「我々の国には、そのような事実はありません。先程も言った通り、目に見えない大きさの病魔が汚れから発生し、感染するものがほとんどです。清潔な水が大量にあれば、むしろ風呂には毎日入ったほうがいいかと」

「清潔な水を大量に用意するのが難しいのだが……」

「そこは、ピュリフィケーションがあれば問題ないでしょう」

「トイレだけじゃなく、風呂にも使えるのか!」
 
 ルロワ王はお風呂が好きなようで、嬉しそうだ。

「ええ、最初だけ汚れ一つない状態に掃除して、清潔な湯を張ったばかりの状態を見せて頂ければ、それをイメージに組み込むだけですね」

「よし、それはすぐにでも行おう」

「それから、清潔な水が貴重というお話しでしたが、城下町の井戸の数などはどうでしょう?」

「あまりありません。数十世帯に一つ程の割合でしょうか」

「なるほど。でしたら水瓶に水をためて、それを使っているんでしょうね」

「その通りかと」

「水もずっと空気に晒されていると良くありません。各家庭の水瓶にもピュリフィケーションの魔石をつけられるといいですね」

「そうか、毎朝にでも浄化すればいいのだな?時間はかかると思うが、魔石は使い道が無かったでな、上手く出来ると思う」

「衛生環境について、今回は水回りついてお話ししました」

「うむ、大変参考になった」
 
 ルロワ王やジハァーウ宰相、幾人かの貴族にはとても刺さったようで何よりだ。

「続いては、植林についてです」

「ショクリンというのはなんでしょうか?」

「簡単に言えば伐採用に木を植え、育った木を伐採していくというサイクルを作るのものです」

「そのお話しは、一旦おやめ下さい!」
 
 ルロワ王、ジハァーウ宰相が難しい顔をしている。何か触れてはいけないことだったろうか?

「陛下」

「ああ」

「国家の機密に触れます、候爵以下は速やかに退出するように!騎士たちもアレクシス団長を残し退出なさい」

「「「「はっ!」」」」

 あまりにもスムーズに事態が動きポカンとしてしまった。

「アレクシス団長、ここからは恐らく国家機密に関わります。心して聞くように」

「はっ!」

 甲冑で気づかなかったが、一番初めに訓練を付けてくれたアレクシス団長だったらしい。

「えー、ではよろしいでしょうか?」

「ええ、お願いします」

「植林は紙のお話です。最近他国にも販売を始めたと伺いましたので、国内はある程度潤沢になってきているのでしょう」

「間違いありません」
 
「その紙を作るために大量の木を伐採していると思いますが、違いますか?」

「ええ、やはり紙の精製技術も?」

「はい、我々の国でも木から精製しているものがほとんどでした。しかも、世界中で認知されている技術でしたので、紙用に木の輸入をしても問題ありませんでした」

「なるほど、これも先を見据えた話しなのですね?」

「そうです。今は秘匿技術なのでしょうが、この国に木がなくなり、他国から輸入するようになれば、ほぼ間違いなくバレます」

「それは、正直覚悟していましたが……」

「生育の早い木でしたら二十年ほどで十分な大きさになるでしょうから、一年ごとに伐採した分の木を植えそれを繰り返せば、植林サイクルが生まれます。将来的にも国内で完結するということです」

「なんと、すぐにでも取り入れましょう!」

 よかった、めっちゃ刺さった。

「植林についてはこんな所ですが、今の紙を使いつつ、紙が白くて滑らかになる生育の早い木を見つけていくのも重要でしょう」

「今のでは良くないのか?」

「今の木でも現状では問題ありません。しかし、他国で突然いい物が出る可能性だってあります。技術を独占出来ているうちに、一気に差を付けたほうがいいかと」

「なるほど、その通りだな。いや実に有意義であった!感謝するぞ」

 その日はルロワ王の言葉で締めくくられた。
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