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4章 迷いの森編

53話 オレ、エルフ、ウッゼェ、です

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 霧が濃い……。

 森の入口付近では、恐らく数百メートル先まで見えていたはずだ。

 今は十メートル先が見えないほどだし、少し前から動物系の魔物も出始めている。フォレストウルフというウルフの亜種で、Cランク魔物だというからまだ安心だけど……。

 リオンが耳と鼻を駆使してなんとか先制攻撃を避けてくれているのだが、エーテルサーチは全くもって役に立たない。

 魔素の権化である精霊に魔素操作で負けるのは構わないんだが、精霊が関与していないであろう森の中でも使えないのは困ったな。

 光が示す方へ進めば良いだけなんだけど、何が来るか分からないからな、身体強化は全員が発動している。

 皆オーバーライドを使えるようになったけど、まだ俺ほど長くは使えない。俺は一日中発動していても問題無さそうだが、皆が維持できる時間は数分程度だろう。

 常時発動には向いていないので、視界の効かないこの状況で、剣聖クラスの人間に不意打ちを食らえば皆は即死してしまう。

 普通のことなのかもしれないけど、なかなかスリルがあるな。

 そんなことを考えていると、黒を基調としたトラが数体現れた……のだが、何だか困惑している?

「Bランクのブラックタイガーです!」

 エドモンが教えてくれる。同じネコ科だけどリオンは戦えるのだろうか?

「リオンは向かって左を!」
「キャッフー!ぶっころなのです!」
「『ウォーターカッター』」

 うん、全然気にしてない感じだな。リオンとエドモンが二体ずつ倒し、最後の一体はエリーズが魔法で仕留めた。

 Bランク魔物五体を三人で瞬殺とは……、もう一般人ではありませんね。

「そんな、『ようこそ人外の世界へ』みたいな顔で見ないで下さいまし」

 え、そんなこと思ってませんけど……。
 
 それより、さっきの動きはどう考えてもおかしくないか?

 今のはどう見ても、。群れで生活しているのに、そんなことがあり得るのだろうか?

「なあ、霧が苦手なのに霧の中で生活する生物ってどう思う?」
 
「言われて見れば不思議ですわね。あんな動きでは、霧が得意な生き物に駆逐されますわ」

 俺の疑問を肯定するように、エリーズが答えてくれる。
 
「そうだよな……。なのに群れとして生き残っている」

「それなら、霧は最近になって偶然出てきたものってことかな?」

 美砂も気がついたみたいだな。

 そうだよな。もしかすると、ほんのつい最近まで、この森の霧はここまで濃くなかったんじゃないかな?

 森の状態に少し疑問を感じながら進んでいくと、『カツンッ』という音を立て、正面から飛来したであろう矢が俺に当たり、地面に落ちた。

 おいおい、身体強化掛けてなかったら刺さってたんじゃないのコレ。つまり牽制ではなく最初から殺す気だったということだな?

 俺は正面にエーテルキャノンを放とうとすると、何か森が騒がしくなった気がする。

 まあ、関係ないな。俺は気にせず俺は魔素を集めていく。

 矢を撃ってきた奴を殺さなければコチラが危険かもしてない。霧が邪魔だからな、前方を全て消し去ればいいだろう。

 うん?なんか……霧が消えていく……? 

 あたかも俺の思考を読み、森が破壊されるのを避けるように、矢を撃ってきた奴までの霧が綺麗に消え去って、一本道が出来上がった。

「こんにちは、さっき矢を撃ったのは君だね?腕が悪ければ死にななくて済んだのに残念だよ」

「どこの殺し屋ですの!?」
「オサム君待って、話くらい聞こう!」

「デモ、ヤ、アタッタ、オレ、アイツ、コロス」

「ブッコロ、ナノデス!」

「その、たまに馬鹿みたいな話し方になるのは何ですの?」
 
「ほら、リオンが真似しちゃったよ!かすり傷一つないんだから、ちょっとだけ話してみようよ!」

 馬鹿みたいとは失敬だな。まふ☆マギに出てくるビリー師父だぞ、ブートキャンプしてくれるんだぞ。

「とはいえ、いきなり当ててきたんだ、殺す気かもしれないだろう。仲間を呼ばれる前に殺しておけばいいじゃないか」

「あれ、エルフですから殺してしまうと遺跡に行けないのではありませんか?」

「お前ぇー!許すのは今回だけだからなぁ!」

「やっぱり、オサム君はこうじゃなきゃね!」

「オサム殿、美砂殿、終わった感じになっていますが、まだ何も解決していません。恐らく彼は門衛のような立ち位置で、近づくものを射るように言われているのでしょう」
 
 そうでした。どうしようかな、近づいたらまた矢が飛んでくるんだろうな……。というかアイツあんな所からよく当てたな、今は晴れてるけどあんなに霧が濃かったんだぞ?

 弓矢を射ったと思われるエルフは、三十メートルほど離れた城壁の上にいる。もしかして威嚇が偶然当たったとかか?

「お前たちは人間か?なぜここにいる、偶然迷い込める場所ではないはずだ」

 お、向こうから会話に切り替えてくれた。

「俺たちは、ヘパイストス遺跡に用がある。精霊女王から、遺跡はエルフの案内が無ければ辿り着けないと言われた」

 というか、声張るの面倒だから近づいていいですか?

 俺は数歩前へ出ると、足元に矢が刺さった。そうですか、ダメですか……。

「この光が指示す場所へ向かうように言われた、何か証明が必要なのか?」

 俺は世界樹までの道標を刻んでもらったイヤリングを出し、エルフにかざす。

「それはッ!精霊の印だな!?それを持っているならなぜ出さなかった、門の所に来てちょっと待っていろ」

 あれ?ちょっとカチンと来た。そんな当たり前みたいに言われても知りませんけど……。

 俺はあまり感情が出ないようにニッコリと笑いながら皆の顔を見る。ニッコリ笑ったまま目配せで、あのエルフをぶっ飛ばしていいか聞いてみたのだが、皆はなぜか首を縦に振ってくれなかった……。

 いらん所で以心伝心出来てるな。

 許しが出たので門まで歩き、しばらく待っていると、今度は先ほど喋った若造のようなエルフではなく、真っ白な髭を蓄えてローブのようなものを羽織った老エルフが現れた。

「古き友人よ、変わらぬ姿でまた会えたな」

 おい、これがエルフの挨拶なのか?わかんないぞ!合言葉でもあるのか、誰か知らない?

 皆を見るが、誰も返事の仕方を知らないようなので、とりあえず合わせてみることにした。

「ああ、古き友人よ、村を案内してくれるか?」

「誰じゃお主は?」

 違うのかよ!エルフわっかんねーよ!なんて俺と嚙み合わせの悪い種族だ、もう正直に言おう。

「すまんが……エルフの挨拶に疎くてな。古き友人ってのはなんだ?」

「ぬ?ああ、よく見ると別人か。人間の来訪など六百年振りじゃからな」

 ん……?今、この老エルフが美砂を見たよな、美砂と六百年前に来た誰かを間違えたってことか?

 まぁ人間だって外国人の顔でさえあまり区別つかないもんな。エルフから見た人間も大体同じなのかな?

「わしはエルフの里の長老ヴェトスじゃ。何やら精霊の印を持っているそうじゃな?」

 俺たちも順に自己紹介をしながら、俺は精霊に道標を刻んで貰ったイヤリングを長老ヴェトスに見せる。

「ああ、これだろ?」

「うむ、間違いない。精霊の導きがあったのじゃ、お主らを客人と認めよう」
 
 精霊の印、効力高すぎるだろ……。

「世界樹を指し示すと言われているんだが、精霊とか世界樹とはどんな関係なんだ?」

「このエルフの里はな、ハースート様が我らエルフ種を守るために世界樹を植えて下さったのじゃ」

 やはりハースートは守護神のような立ち位置なのか。

「それから既に聞いているかもしれんが、精霊は魔素そのものから生まれた存在じゃ。名は存ぜぬが、ハースート様の主様のお力が宿っていると言わおる」

 ハースートの主なんて初耳だぞ。ハースートが主神だとしても邪神だとしても、更にその上の存在がいるってのか?

 それに……。

「エルフも魔素を知っているんだな」

「うむ。エルフは魔素の扱いに長け、わしのように千年も生きれば世界へ還る。上位の種族と言われておるが、精霊は万年ら生きると言われる最上位の種族なんじゃ」
 
 説明が回りくどいな。何の話だ?ボケ老人か?
 
「それで?」

「世界樹は他種族からエルフを隠してくれる。そしてエルフは世界樹に魔力を捧げるのじゃ」

 俺がおかしいのか?いや、どう考えても会話が成り立ってないんだよなぁ……。

「つまり世界樹は精霊ってこと?」

「そう言っておるじゃろう」

 言ってねぇよ、ぶっ飛ばすぞ。

 まぁでもエーテルサーチが効かなかったのは、結局世界樹が撒き散らす霧、つまり精霊のせいだったということか。

「なるほど、じゃあ俺たちに発見されないように、世界樹があれだけ濃い霧をまき散らしていたのか」

「霧は……また別じゃ」

 うん、リオンがお眠の時間だ。老人の話しに付き合うのはここまでだな。

「俺たちはヘパイストス遺跡へ行きたいのだが、案内はして貰えるのか?それから、ここにあるのは第二遺跡でいいんだよな?」

「ヘパイストス第二遺跡か。本来ならわしの役目じゃの」

「それはつまり、誰か別のエルフが案内してくれるということか?」

「今は無理じゃ」

「一晩寝させてもらって、明日でもいいぞ」

「明日も無理じゃ」

「おい、ちゃんと説明をしろ!さっきから説明が下手過ぎるぞ」

 いい加減イライラしたので強めにツッコんでみたのだが、長老は物憂げな顔で空を見上げながら、俺の言葉など意にも介さない様子である。

「霧が晴れなくてな、森に強いエルフでも迷ってしまうんじゃ」

 フゥ……。

 なるほど、千年も生きている奴と価値観も会話のテンポも合うはずがない。これは根気強く聞いていくしかないんだろうな。

「霧の原因は分かっているのか?もし分かっていて、俺たちに解決できることなら手伝うぞ?」

「そうじゃな、熊井殿ならもしかすると……」

 長老はようやく俺を真っ直ぐに見てきた。

 これもしかして、悩みを解決してあげるそぶりを見せないと、いくらコッチの話しを進めようとしてものらりくらり躱してくる流れだったのか……?

 うっぜえ!エルフ、うっぜえよ!
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