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6章 人魔戦争編

75話 魔獣使いラギュルと邂逅です

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 外に出ようとすると、剣聖に止められた。

「熊井殿、待つでござる」

 なんだ握手?手を握ればいいのか?

「なんだ?」
 
  俺は疑問を口にしながら剣聖の手を握る。まさか、これが友情かッ!?

 手を握ると、剣聖から魔力が流れ込んできて、脳内に知識が浮かぶ。ナビエ・ストークス方程式の解の存在と滑らかさについてだ。

 分かる、波の動きが、波動の動きが理解出来る。

 俺が驚いて剣聖を見ると、剣聖はイタズラ心満載の顔で見返してくる。

「国を救われたプレゼントでござる」

「ありがとよ」

 問い詰めるのは違う気がしたので俺はお礼だけして持ち場へ向かった。

 今回、身体強化だけではどうにもならない敵がいるから、別行動は心配だけど仲間たちを信じるしかない。

 俺とロアは本部から少し離れた位置にある、中央混成軍の天幕までやってきた。本部と違い、ここからだと目を凝らせば戦場の様子も見える。

 命のかかった戦いは何度も経験している、と思う。だけど、計九万人の戦争なんてのは……。
 
 確か、織田・徳川の連合軍と武田軍が戦った長篠の戦いで総勢五万人だったよな?遠目に見た感じ魔物も結構いるみたいだから、これは倍の規模はあるだろう。

 凄い……な。

 語彙力が全て吹っ飛ぶ程度には圧倒される。この十万を超える命が、互いに命を奪い合ってるんだろう?

 どこかのアーティストが、ライブは命懸けの戦争だとか言っていたけど、お前コレ見て同じこと言えんの?

 必死に生を掴もうとする、もしくは生を奪おうとする生き物達のナニカが、俺の目と耳から、いや空気を感じる肌の触覚にさえ何かを訴えかけてくるようだ。

「なんだ、ビビってんのか?」

 俺が戦場の雰囲気に圧倒されていると、ルウが揶揄うように話しかけてくる。

 またコイツは……。そうだ、俺も揶揄うことにしよう。

「ルウ姫様、ご無事でございましたか」

「あん?」

 ルウは俺の物言いに違和感を感じたせいか怪訝な顔でコチラを見てくる、というか顎がしゃくれてる。

 コイツ、ウサギみたいな可愛い顔してるのに、どうしてこう残念な顔をするんだろうな。

「お前のお母さんの名前はニケ、お父さんは今代の獣王だってよ」

「あん?なんだそりゃ?」

 俺は獣人国で知ったこと、どうしてルウのお母さんがルウを連れて逃げ回り、森を越えることになったのかを説明した。

「そうか、冗談じゃねえんだな?」

「冗談でこんな話しをするほどクズじゃない、獣人国でちゃんと確認したから間違いないな。それに、お母さんは何かの末裔がどうのこうのって」

「おい、それは黙っとけ。母様が言ってはいけないと言ってた」

「そうか」
 
「ふぅ……。てめぇは戦争中になんっつー話をしてきやがんだ、ちょっと中入って待ってろ」

「お前はどうす…………はいよ」

 ルウは横を向いていたが、普段の肉食獣のような顔ではなく、穏やかで、どこか寂しさを募らせたような顔をしているのが見えた。

 しばらく天幕の中で待っていると、ルウは戻ってきた。

「よし、敵さんが本気になったようだからな、コッチもぶっ殺しに出ようか」

「ぶっ殺さねぇけどな!さっき言ったけど、獣王からの依頼で魔人族をなるべく殺さないようにしたいんだよ。もちろん人間にも被害を出させたくない」

「めんどくせぇ、中央の戦場は魔物ばっかりだから気にする必要もねぇよ。魔物使いの魔人族は狙わず、徹底的に魔物を潰していきゃあいいだろ」

「魔将軍の魔獣使いラギュルってのはどんななんだ?」

「私も知らねぇよ」

「え?じゃあどうやって名前とか魔将軍が本腰入れて攻めてきたとか分かったんだ?」

「戦争では大将の名を名乗るに決まってんだろ、それに勢いを見れば指揮が変わったことだって分かる」

 そうですか、また暗黙の了解的なやつね。

「ああ、戦争経験のない甘ちゃんなんだっけか、さっきもビビってたもんなあ?」

 もしかしたらコイツもこんな事言って緊張を解しているのかもしれないな。大人な対応で温かく見守ってやろう。

「その顔うぜぇからやめろ」

 そうですか。

 さて、俺も戦場に行こうか。魔物が相手なら気持ちは楽だな。ロア、戦場では常時感知の範囲を二百メートルで設定してくれ

『分かったし』

 戦場では何が起きるか分からないので、普段百メートルで設定しているロアの感覚共有を倍の二百メートルにしておく。

 中央の戦場には大きな湖がある、遠目には分からなかったけど、ここは湿地帯なのか動きづらいな。

 被害を出さないように……?

 感知で分かるが、あの辺の兵士達はもう倒れそうだし、そこの冒険者も既にギリギリだぞ……。

 待てよ、いい事考えた。

「ちょっと戦場離れるわ」
「おま、離れるって……今来たばっかりじゃねぇか!?」

 ルウに一言断り、俺は天幕の方へ戻る。

 俺は使って無さそうな天幕を二つ見つけ、ルウの指示だと方便を言いその天幕を潰す。潰した天幕は空に向かって受け皿になるよう組み直して貰った。

 受け皿の後ろには背の高い板を土塊で作ってもらった。見た感じは巨大なバスケットゴールみたいな感じだな。

 うん、こんな感じで大丈夫だろう。

 潰したもう一つの天幕をもって、今度は魔人族の陣地へ赴く。

 魔人族は色んな種類の見た目なんだな。人間みたいな見た目のもいれば、角が付いているのもいる。

 種族的な特徴で言えば、肌が褐色って所か。

 ロアみたいだな。まあとりあえず触手魔人みたいな奴は一人もいなそうで安心したわ。

「何者だ!?」

 うん、堂々と歩いていればバレない説は流石に無茶があったかな……。勢いで押し切れるか、それとも、流石にそこまで馬鹿じゃないか。

「従軍している衛生兵だ!魔王様の指示でここにテントを立てる、誰か手伝ってくれ!」

「「「任せろ!」」」

 あ、馬鹿ばっかりだったわ。

 最後に土塊で板を立てさせて、と。よし、こちらにもバスケットゴールが出来上がったな。

「魔王様の指示だと言うから手伝ったが、これは何に使うんだ?」

「こちらにおられない魔王様のお言葉を代わりに伝える!これからここに負傷兵が飛んでくる、飛んできた兵は休ませるようにせよ!!」

「「「はっ!」」」

 うん、馬鹿ばっかりだわ。

 俺は堂々と戦場に帰ってきて、さっき思いついたことを始めた。

「テントに落ちたら直ぐに降りろ、次々飛んで来るから潰されるぞ」

 俺はそう言い、ロアの感知で魔力がギリギリの奴、負傷が深い奴を優先して種族関わらず捕まえる。捕まえた奴は次々バスケットゴールへ投げていった。

「なんだ!?」
「人間が空を飛んで……」
「いや魔人族もだ!飛んで……吹っ飛んでる?」
「なんだ!?何が起きてるんだ!?」

「オサムゥ!!てめぇ何やってやがるんだ!戦場を混乱に陥れるんじゃねぇ!!」

 ルウがガチギレで迫ってくる。

「死者が出ないようにもう戦えなさそうな奴を逃がしてんだよ」

「逃がすってお前、あんなぶっ飛んだら死ぬだろうが!人族も魔人族もてめぇみてえな異常者じゃねぇんだぞ!」

 人助けをしてるのに酷い言われようだ。

「いやいや、投げる前に他人身体強化を掛けてるし、着地点に天幕を張ってある。クッションにもなるから死にはしないよ」

「魔人族側にもテントを立ててんのかよ……無茶苦茶だぜ」

 そうか?めっちゃ効率がいいと思うんだが……。

 とはいえ、そろそろ限界っぽい奴はいなくなったな。ここからが戦いだ。

 俺は戦場を駆け回り、魔物の群れを殺していく。Bランク程度の魔物が中心だが、Aランクも少し混じってるな。

 なんだか統制が取れている魔物と取れていない魔物がいるな、魔人族も魔物を連れて来るならちゃんとしろよ。

 ペットの習性を理解して、他人に迷惑をかけないようにするのも飼い主の責任だぞ。
 
 しばらく数の多いBランク魔物を優先して狩っていたが、初めて見るタイプの魔物に殺されそうな兵士を感知したので、そちらへ向かう。

 とてもイメージ通りだが、コイツらはAランク魔物のキマイラにグリフォン……だろうか。

「き、キマイラとグリフォンを同時に相手するのは無理だ!お前も何とか逃げろ!」 

 キマイラはライオンの身体だが背中からヤギの首が生え、尻尾はヘビだ。ざっくりとだが全長三メートル程、ライオンはつまらなそうに虚空を見つめ、ヤギは狂ったような目で魔法を連発してくる。

 俺は死にそうな重騎士と剣士にヒール魔石を発動し、それぞれを両脇に抱えながらキマイラの放つ魔法を避けていく。

 これヤギが本体なの?身体はライオンだけど……。

 魔法を避けていると隣のグリフォンが大きな声で鳴いたのでそちらへ目をやる。

 グリフォンはキマイラと同じくライオンの身体だが、ワシの頭と翼が生えている。全長はキマイラより大きいな、四メートルくらいだろうか。

「あなたは……知的オーガ様!」

 知的オーガ様?

 キマイラの魔法も止まったので声のした方を見ると、どこかで見覚えのある魔女っ子がいた。

 どこだっけか……。

 ていうか目に見えないのにここにいる奴は一体……。俺は誰もいない空間に足を伸ばすと、見覚えのあるエルフが現れた。

「ああ!Aランクパーティの『シルワ=マーレ』か!」

「あんた忘れてたの!?」

「いや、随分前に一度会っただけじゃねぇか。忘れてたっていうか別に覚えようとしてねえよ、一度しか行かない宿屋の店主の顔だって別に覚えて……るな」

「私たちが宿屋の店主よりも下って訳!?全然知的じゃないじゃない!」

「まあまあ、助けて貰った訳だし……。それより、そろそろ下ろして貰ってもいいかな?」

 左手に抱えた剣士が魔女っ子をなだめてくれる。うん、常識人もいるみたいで結構だな。

 二人を下ろすと、今度は何故か大人しくなっていたキマイラとグリフォンの方から声が聞こえた。

「オヌシゲソ?部下共を次々と投げ飛ばし、指揮のとれない魔物達を殲滅している悪魔は」

 ゲソ?

 振り返るとなかなか強そうな面持ちの魔人族が立っていた。うん、強者特有のオーラのようなモノが出ている気がする。

「貴方は!?魔将軍、魔獣使いラギュル!!」

 ほう、魔将軍ですか。
 
「あ、私その顔トラウマです……」
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