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8章 魔人国編

92話 魔神ホイホイで呼び出しです

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「賢音ちゃん、久しぶりだね!あのね、その……僕の両親がこの世界に来ていたみたいで、地球に帰る方法もあるみたいなんだ!だから、一緒に帰ろう!」

 俺が精霊王ソロモンの対処方法を考えていると、今度は美砂が賢音に話しかけた。 

「まだやる事があるから帰れないよ」

 賢音は美砂の方を見ずに素っ気なく返事する。

「やる事?もしかして、オサム君を強くして魔王城に呼んだのと何か関係あるの?」

「当たり前じゃないか。君は相変わらず分かりきった質問ばかりだね」

「ごめんね?でも、ついでにやる事っていうのも教えて貰えないかな?僕たちも手伝えるかもしれないし」

 辛辣に当たっても挫けない美砂に観念したのか、賢音は深くため息をついた。

「仕方ない、君が役に立つとは思わないけど説明してあげよう。私とオサムは魔神パンチローザを倒す。そのために力を付けた訳だし、オサムを魔王城に呼ぶため手を尽くした訳だよ」

 おい、俺は魔神を倒すなんて言ってないぞ。

「猿の君ではオサムをここに呼んだ意味が分からないだろう?追加で説明を聞きたければ『賢音様、愚かな僕に説明をして下さい』とお願いしてご覧」

「貴方、いくらなんでも……」
「賢音様、愚かな僕に説明をして下さい」

 賢音の無茶振りにエリーズが怒りかけたのだが、美砂はそんなエリーズを手で制し、頭を下げてお願いする。

 流石美砂、迷いなど一切見せなかったな。

「君のそういう所が嫌いさ、もう少し悩む仕草でもあれば可愛げがあるのに」

「ごめんね、猿にも分かるように分かりやすく教えてくれる?」

 なんだろう、部屋が一気に寒くなった気がするんだが……。それに、美砂の後ろには般若、賢音の後ろには東洋龍が見える気がする。

「それには、まず魔神パンチローザのことを知って貰わねばならない。魔神パンチローザとはどういった存在で、どうやって倒すのか、そもそもどこにいるのかを知ってからだ。おい説明しろ!」

 賢音は精霊王ソロモンの頭を叩き、命令する。さっき毟られた羽は元に戻ったようだ。

「ハ、ハィィッス!!」

 もう威厳の欠片もねぇな。

「うむ、では我から話そう。まず前提となる話しだが、魔神パンチローザと女神アフロディーテは元々は精霊だった」
 
「ん?じゃあ原初の精霊に近い存在ってことか?」

 俺は気になり精霊王へ尋ねる。
 
「いや我が生んだ七柱の原初の精霊から派生した子らではなく、ハースート様が直接生んだ精霊なのだ」
 
「なるほどな、進化の分岐点が違うのか。それと元々精霊だったってことは、今はどういう存在なんだ?」

「精霊の身に余る程の願いや祈り、信仰や畏怖を得たとき、我ら精霊は神になるんだ。魔神や女神は亜神といったところか、まぁほとんど神だな」

「なるほど、それであればボールドが生んだハースートも最初は精霊で、各地の守護神として動いているうちに信仰を集め、神に至ったということか」
 
「経緯は知らんが、その可能性は大いに有り得るな。それで、女神や魔神がどこにいるかと言うと、神域と呼ばれる場所にいる」
 
「神域ね、行く手段あるのか?」
 
「我も神域については詳しくないのだが、神域は一説によると『チカテツ』なる場所を模しているらしい。ただ、人の身で神域へ行く手段は分からない」
 
「地下鉄……?じゃあどうすんだよ」

 ん?地下鉄ってコチラの世界に召喚されたときに通ったテンイゲートか?駅の構内みたいな場所だったが……アレが神域?
 
「説明が回りくどい」

「ギャーッス!」

 回りくどい説明にイラついた為か、賢音が精霊王の羽を毟る。折角治ったのにまた三枚になってしまったな。
 
「簡単に言えばだな、こちらから行けぬのであれば、呼び出せばいいんだ。そのために主様と我が十年かけて作った祭壇を使う」

 なるほどな、呼び出すための装置があるということか。

「もういいぞ、褒美をやろう」

「ギャーッス!ありがとうございます!」

 精霊王は褒美と称して羽を三枚同時に毟られた。褒美……いいのかそれで? 

「それでだ。作った祭壇は魔王城から動かすことが出来ない訳だけど、魔神を倒すための用意が整ったから魔王城へ来いと言ったところで、オサムは来たと思うかい?」

「多分……いや絶対来ないね」

「そうさ。どうせ余生を楽しむ方法を探すから忙しいとか言って、勝手に放浪の旅にでも出ていたろう。だから力を付けさせて全力を出す楽しみを刷り込み、小細工を弄して魔王城まで呼んだ訳さ」

「待て待て、俺は別に魔神と戦うなんて言ってないだろ」

 なんかここにくれば魔神と戦う選択をするとでも思ってないか?

 賢音と美砂が呆れたような顔で見てくる。 

「魔王城まで来た後、ついでに魔神も倒せると聞けばオサムはどうすると思う?」

「戦うだろうね……」

 おい、なんでだよ。

 それに解せないのは、賢音が魔神を倒そうと十年もかけて準備していることだ。そんなキャラじゃないだろ、一体何が目的で……。

「オサム、君は今解せないような顔をしているが、君が好きなゲームでも基本的に神は倒すものだったじゃないか。ゲームキャラになり切って神を倒す経験なんて、今回を逃したら生涯無いと思うけどなぁ」

「くっ!」

 痛いところを付いてくるぜ。

「あ、私遅ればせながらやっと結果が見えましたわ」
「私も予想できました」

「それに、君が好きな『まふ☆マギ』でもサンダース軍曹は仲間の力を集めて神々と戦っていたね?魔法少女が使うようなライフル型兵器でビーム砲を放つ機会も、そんな相手も生涯現れないだろうなぁ」

「ふ、ふん俺は別に、そんな破壊兵器なんて使わなくたって」

「魔神パンチローザは強いだろうから、全力を出せなくて悩んでいる君には丁度いい相手だと思ってたんだけど。そうか、君がこのまま障害物もないスクロールゲームのような人生でいいなら、私も一緒に帰ろうかな」

 煽られてる。これは煽られているだけだし、このままイエスと言えば、手のひらの上で転がされただけになるのは分かってる。

 しかも、コイツが意図して隠しているであろう本当の目的だって明確になってない。

 だけど……。
 
「分かったよ、神でもなんでも倒そうじゃねぇか」

 仲間達が呆れたような顔でコチラを見てくるが、仕方ないじゃないか。だって良く考えれば楽しそうじゃね?神だよ?神を倒すんだよ?お約束じゃん。

「さて、話しもまとまった訳だし、場所を変えようか。魔神を呼び出す祭壇に案内しよう」

 賢音が話しをまとめ、俺たちは祭壇があるという魔王城の屋上へ向かうことになった。

 あ、忘れてた。

 通路に出ると、死屍累々である。

 通路の至る所に血痕が付着し、既に乾いてしまっている。それだけでも十分に惨状と言える訳だが、腕と足がバラバラと散りばって呻き声を上げる魔人族達の胴体がモゾモゾ動いているのも酷い。

「薄々気付いていたけど、これだけの死屍累々を顔色一つ崩さず作るとは、オサムはサイコパスだったんだね。百万人の手足を全て飛ばすとか、正気とは思えないよ。日本だったら、全員の命が無事であることで死刑は避けれるかもしれないけど、終身刑は免れないだろうね」

「やかましいわ!大体お前がけしかけなければ戦う必要だって無かったんじゃないの!?」

「それは心外だね。私は魔人族の恩人だから皆は勝手に守ろうとするし、君の前評判を聞いたら尚更さ。それに、どうあろうと君は何かにこじつけて戦ったよ。君たちもそう思わないかい?」

 賢音が仲間達に尋ねる。

「それは……何一つ否定出来ませんわね」

 俺はそんなことは無いはずだと目で仲間たちに訴えかけのだが、美砂と京介、エドモンには明後日の方を向かれてしまい、エリーズにはハッキリと否定されてしまった。

 とても納得いかないが、それこそ、このまま放っておくのはサイコパス以外の何物でもないので治してやることにする。

 俺は聖剣ドンキーをかざし、魔王城の敷地内全域にヒールをかけておいた。

「「賢音様ッ!ご無事ですか!?」」

「ああ、大丈夫だよ」

「「ここは我々に任せて、お逃げ下さいッ!」」

「大丈夫だよ、彼らは私の知り合いだ。もう争う必要はないから、他の魔人族達にも通達しておいてくれ」

「「かしこまりました!」」

 目を瞑って聞いていればとても素直な反応を見せているように聞こえるが、魔人族達からはすっごい睨まれた。

 完全に敵視されてますな。

 魔人族とはすれ違う度に睨まれ、引っぱたくの我慢しながらしばらく通路を歩き、長い階段を登ると祭壇のある屋上に到着したようだ。

 広いな。

 獣人国のコロッセオの闘技場が四十メートル四方だっことを考えると、それより少し広いように感じるから五十メートル四方くらいか、屋上であることを考えると随分な広さだろう。

 魔石のような物で出来た線が複雑な水路のように張り巡らされ、ぼんやりと遠目に見ると幾何学模様が幾重にも重なったような設計になっていることが分かる。

 中央にはこれぞ祭壇といった、生贄でも寝かすような台座が設置してあり、夕陽で赤く染まった風景がとても不気味だ。

「それで、祭壇で魔神パンチローザを呼び出すのは分かったけど、どうやって呼び出すんだ?」

 俺は賢音に尋ねる。

「さっき精霊王からの話しでもあったが、魔神パンチローザは亜神になっているとはいえ元々は精霊。魔力濃度が著しく高い場所を作ってやれば召喚できるだろうさ」

 なんか、ゴキブリの話ししてる?魔神ホイホイってこと?

「ここで魔力操作をすればいいのか?」
 
「そうだね。この祭壇は集めた魔力を増幅させる機能を持っているから、私とオサムの魔力を黒猿と羽虫が操作すれば、十分に足るだろう」

「黒猿……」
「羽虫……」

 ロアと精霊王が自分たちの呼び名にダメージを受けている。

「よし、じゃあ呼ぼっか!ロアと精霊王、頼めるか?」
 
「今からかい!?」
「今ですの!?」
「ちょっ……準備とかしないの!?」
 
 えー、面倒だしさっさとやっつけちゃえばいいじゃん。ていうかなんで一番に賢音が驚いてんだよ。
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