気が付いたらTSエルフ ――腹黒ショタが彼氏になりました――

夏目 空桜

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第Ⅰ部 第一章 性転の霹靂

TSヒロイン・絶望しかない……本当に?

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 希望の後の絶望とは、どうしてこんなにも残酷何だろう。

 これからどうしたら良いのか……そんな事を考える気力さえ湧いてこない。
 思考も指先に至る手足全てが、まるで麻痺したみたいにもたもたと動かす事しか出来なかった。

「敵が出たら終わりだな……」

 自虐的な呟きが、ガランとした遺跡の中でいつまでも反響する。
 それは、まるで俺をあざ笑う悪魔の囁き。
 噛みしめた下唇に鉄の味が混ざったのは、冷たい床に寝そべってからどれほど時間が経ってからだろうか。
 意外と早かった気もするし、呆れるほど時間が過ぎた気もする。
 自分なんか消えてしまえば、全てが楽になるんじゃ無いのか?
 そんなバカな考えさえ、当たり前みたいに脳裏をよぎる。

 だけど……
 まぶたの裏にちらつくのは姉貴の涙と両親の顔。

 ここで消えたら、一瞬でも姉貴を喜ばせたのが嘘に変わってしまう。
 父さんにも母さんにもさらに深い悲しみを与える事になる。

「あ、あはは……」

 気が付けば、俺の口からこぼれ落ちた乾いた笑い。
 そういや誰かが言ってたな、真に絶望した人間は他人の事を考える余裕なんか無いって。

「何だ、俺……まだ頑張れるって事じゃん。俺、ちょー余裕じゃんか!」

 それが空元気なのはわかっている。
 でも、空元気だって元気には変わりない。

 俺はもう一度、頭の中を整理する。

 姉貴は言ってた。

『一ヶ月ぶりの良ちゃんクンカクンカ……幸せの香りだよ~』

 って。
 いや、ここまで詳細に思い出さなくても良いんだけどさ。
 大事なのは向こうの過ぎた時間も一ヶ月って事だ。
 俺がこっちに来た時間と向こうで過ぎた時間はほぼ等速と考えても良さそうだ。
 とは言え、このままずっと同じように時間が過ぎて行くかは分からない。
 だけど、今は少なからずとも同じように時間が過ぎている。
 そして、ここは壊れちまった(壊した)けど、もしかしたら向こうと繋がる遺跡がまだ他にも残ってる可能性だってあるはずだ。

「帰るんだ、絶対に……ああ、帰ってやるよ、クソッタレ!」

 俺は寝転がったままあらん限りの力で床を叩き付けた。

「痛ぇ……あはは、くだらねぇ。あるかないかもわからない物にすがり付きすぎだっての……」

 だけどよ……

「生きてやる。絶対に生きて元の世界に帰ってやる……こんな訳の分からねぇ世界に連れてきた神様なのか宇宙人なのか、それとも未来人なのか知らねぇけどよく聞きやがれ! 俺は……俺は絶対に帰ってやるからな!!」

 よろめく足取り。
 一度は根こそぎ気力を奪われた四肢は、それでももう一度前に進もうと活動を開始する。

「そうだよ……」

 女になっても、俺には少なくともこの四肢がある。
 この世界には味方になってくれるアルハンブラが居る。
 全てがゼロで始まった訳じゃ無い。
 むしろ今の俺はアイドルだってビックリする美貌持ちだぞ、十分チート級じゃん!
 身体能力だって、アルハンブラのおかげで人並み以上にある。
 これって、まさに俺が憧れた異世界転生そのものじゃん!!
 なら、歩いてみせるさ。
 ついでに、旅行だと思ってこの世界を楽しんでやる!

「そうだ! 空元気だって元気だ、姿形が変わろうと俺は俺だ! やいっ! どっかで胡座かいて俺をあざ笑っているヤツが居るなら言ってやるぞ!! 厨二嘗めんな!! 俺は永遠の厨二病『日野良』さまだ!! あーはっはっはっはっ!!」

 俺の高笑いが何時までも、遺跡の中に残響となってこだました。

 俺は腹をくくり遺跡を後にした。
 アルハンブラは確かこの遺跡の事を迷宮と言っていた。なら、もしかしたらこの遺跡にはまだその先があって、向こうに繋がる手段だってあるのかも知れない。

 でも、今はまだダメだ。
 何一つ情報が無い。
 生きて帰ると誓ったんだ。
 無謀と勇気を履き違えれば、その時点で俺の人生はGame Overになりかねない。
 情報、そして力が手に入ったと確信出来た時に再度チャレンジだ。

 俺は後ろ髪を引かれる思いで遺跡から出ると、太陽はすでに空高く昇っていた。
 夏なら十時ぐらいになるだろうか。

「じゅうじ? やばっ!!」

 ふと思い出した事に背筋が凍り付く。
 俺はアルハンブラから夜明けまでに七体の魔獣を狩れと言われてたんだった!
 って、あと何匹だ?
 と言うか、もう限りなく時間はアウトっぽい。
 どうする?

「土下寝……いや、土下潜りぐらいすれば、再チャンスくれるかな? やっぱほら、一度の失敗で全てが終わるなんて、そんな国に未来ないじゃん」

 俺の中のどこかがカタカタと震える。
 この世界で生きてこられたのは間違いなくアルハンブラのおかげだ。
 アルハンブラに見捨てられたら、その時点でこれまたGame Overになりかねない。

「だ、大丈夫だよね? でもアルハンブラってば、可愛い見た目なのに俺に対してドSなとこあるからなぁ……問答無用で『はい、失格。お疲れ様でしたさようなら』とか淀みなく宣告しかねないし……ああ、もう!! アル君のイケず! 真性ドS!」
「誰が真性ドSだって?」
「ほきゃあぁぁぁぁぁ!! ア、アル君、な、何でここに?」

 俺の背後に立っては、紛れもなくアルハンブラだった。
 ってか、いつの間にあらわれた?
 こんな砂利まみれの河原で音一つなく現れるとか、あんたはニンジャか?

「アル君じゃなくて、師匠だろ」
「アハハ、え、えっと、アルくじゃなくて、し、師匠は何故ここに?」
「何時までも戻らないから様子を見に来たんだよ。そんな心優しい師匠にキミ、真性ドSとか好き放題言ってくれてたね?」
「え、えへへ……な、何の事でございやしょうか? あ、あっしには何の事やら?」

 ペしっ! と額を叩いて誤魔化す俺に、アル君……じゃなくて師匠が呆れたようにため息をつく。

「一体それはどこから生まれたキャラなのさ? キミは自分の見た目とキャラのギャップをもう少し考えた方がいいよ」
「うへへへ……」
「全く……って、そんな事よりも、キミに一言言いたい事がある」
「うぅ……お、お仕置きですか?」
「まあ、状況を詳しく聞いてからそれは判断するよ」
「選択肢としてお仕置きはありなんですね」
「お仕置きを回避したければ、しっかりと状況説明すること」
「ふぁい……」

 うぅ、あんなにも力強く宣誓したのに、アル君にまるで頭が上がらないとは。
 年下相手に情けない……

「ほら、俯いてないで顔を上げる。ボクが聞きたいのはね」
「う、うん……」

 ふ……アル君には、俺のこの微妙な落ち込みとかは察して頂けないらしい。

「ボクは言ったよね。魔猿とは戦うな。この迷宮には近付くなって」
「う、うん。言われたよ」
「魔猿はね、他の野生生物とは比べものにならないくらい知能が高く、そのくせ異性と見たら繁殖能力を何よりも優先する本能と暴力の怪物だ。そんな相手に捕まればどうなるか。まあ、無事だったから良かったけど……崩れた崖の上に魔猿の死体があったけど、アレはキミがやったの?」
「えっと……」

 どうにか誤魔化そうとも思ったが、どう考えてもそれは不可能。

 俺は観念してただ頷いたのだった。
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