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yamatsuka

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第十三話①

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すべてが解決した。すべてが、ただの勘違いだった、と思っていた。そして僕は、そのおかげで日常もまた素晴らしく平穏なものになるのだと、呑気にも考えていたのだ。

 ただそれはやはり僕の思い違いだったようだ。僕の日常は、僕の妄想の中にしかなかったらしい。そんな牧歌的な日々は、けっして訪れなかった。むしろそれは悪い方に向かっているようだった。

 あの後、君岡がぱたりと学校に来なくなった。最初は別に気にしていなかった。でも、なにか嫌な予感がして、君岡が休んで三日目には連絡を入れたが、
「ちょっと今、忙しい」と返され、その後は返信が途絶えた。それからもう一週間が経った。おかげで、僕はまた学校で一人になった。

 そして、なぜか有島も一週間ほど休んでいる。二人が同時に休んでいるせいで、クラスでは「駆け落ち?」なんて言う奴まで出てきた。

 やることもないので、僕は久しぶりに、あの寂れたベンチに横になり、ゲームをしていた。が、どうにも乗り切れず、ため息をついて、スマホを胸の上において茂みの方を眺めていた。

 もうすっかり寒くなってしまった。あの時、有島の声がうっとうしいと感じていたのが懐かしかった。今はそれと逆の思いを抱いているのが不思議だった。別に有島にまたこの向こうで演技の練習をしてほしいわけではないが、自分の知っているものが消えていくのが、なんとなく寂しさを覚えた。

「あいつら、揃って何してんだろな……」

 仰向けになって晴れ渡る空を見上げ、呟いた。肌を撫でる微かな風が冷たい。鳥がどこかで鳴いている。この上なく穏やかな冬の昼だというのに、落ち着かなかった。目を閉じると、オブスキュラで蝶の髪留めをした有島と、マスクの君人が並んで歩いている姿が浮かんできた。

「……まさか」僕はふっと、皮肉っぽく笑った。

 〝Galatia〟は僕が考えていたようなものではなかった。だからきっと、あの蝶の女も有島とは別人だろう。それに、仮にあの女が有島だとしたらなんだ? 君人と知り合うわけがない。

 奇妙に引きつりながら笑い、寝転がったまま体勢を整え、そう思い込もうとする。どうして、この素晴らしい日を享受しない? 自分を責める。そうだ、もう頭を悩ませる必要なんてない。少し眠ろう。疲れているんだ。目を閉じる。

 ……が、眠れない。頭が冴えていく。余計なことばかり考える。シュガーはなんて言ってた? 

 〝ANNE〟に気をつけろ? ああ、そうだった。で? 〝ANNE〟と〝Galatia〟は関係がなかった。〝ANNE〟はただ僕をからかっただけだとわかったのだ。ランゲルハンスがそう言っていた。が、シュガーは他のことも言っていたような気がする。……なんだっけ? そうだ、確か、

「君は大丈夫そうだけど、お友達の方は心配でね」だ!

 飛び起きる。胸の上にのせたスマホが滑り落ちた。落ちたスマホを拾い、土埃を払う。で? その後は?

「君が傍にいて彼と〝ANNE〟との接触を避けてくれないかな」じゃなかったっけ。

 ベンチから立ち上がる。スマホをポケットに入れ、教室に戻るために歩く。いや、まさかな。僕は考え直した。そう簡単に〝ANNE〟と接触できるものか。あれから一度だって君人は〝ANNE〟と会ってないようだった。

「そうだ。時間だって限られていた」――今までは。一週間の休み?

 どうも嫌な連想をしすぎたようだった。ついこの間、大恥をかいたばかりと言うのに、もう新しい妄想をこしらえている。

 まさかあの後、君人が〝ANNE〟と出会い、〝ANNE〟に感化され、卒業を待たずにオブスキュラの住人になると決めただなんて、よくもまあ考え付いたものだ。きっと暇すぎるせいだろう。今度君岡が学校に来た時には、文句を言ってやろうと思った。

 だが、はたして君岡は学校に来るんだろうか、と疑問に思った。まさかこのまま来ないわけないと思うが(両親が許さないだろう)、しかし、それはいつだろう。明日か? 一週間後? それとも一か月後? 

 考えがまとまらなかった。学校が終わり、家に帰る。珍しく父さんがいた。母さんとリビングで頭を付き合わせて何かを話していた。母さんは無表情で父さんの話を聞いている。机の上には書類が広げてあった。覗こうとすると追い出された。

 離婚か。とっさにそう思った。成人まで待つだなんて、やっぱり僕の妄想でしかなかったのだ。水を注いだグラスを持って部屋に戻る。が、どうにも落ち着かない。何も言わずに家を出た。

 あてどなく歩き続け、どこに行こうかと考えた。が、別にどこにも行きたくない。かわりに考え事を続けた。

 もし、君岡の家に行けなくなったら、こうやって現実世界のどこかをさまようしかないんだろうなと思った。シュガーに、君人に、ランゲルハンスに会いたくなった。あのエントランスで会って、喋り、名残惜しい気持ちのまま別れるのだ。

「くそっ」悪態をついた。こんなやり方は好みじゃない。が、他に考えられなかった。バスに乗り込んだ。君岡の家までの道筋は慣れたものだった。迷わず家の前まで来た。

 そこの天使たちが出迎えてくれる。だが、インターフォンを押す手前で手を止めた。そうしてもう一度辺りを一周してどうして来たのかという理由を適当に考える。それを思いつくと、インターフォンを押した。

 すぐに声がした。

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