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yamatsuka

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第十四話①

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 大樹さんが言ったように、君岡は本気で僕を締め出そうとしていたのではなかった。あの日の後も、君岡は学校に来なかったが、三日後に思い切って
「久しぶりにオブスキュラに行かせてよ」と連絡してみると、君岡は、何事もなかったかのように「いいよ。学校終わったら来るの?」と返してきた。

 ……まあいいんだけどさ、正直、あの日のことは何だったのかと思わざるを得なかった。

 家に上がらせてもらい、ゴーグルを渡された時にそのことを伝えると君岡は、なんだ、そんなの気にしてたの? と言わんばかりの顔をして言った。

「だって、野宮が急にうちに来るなんて考えもしなかったから、絶対お母さんに頼まれたんだと思ってた」

 あの後、部屋に引きこもっている間もそう思い込んでいたらしい。まあ、強ち、間違いでもない。その誤解は、どうやら大樹さんが解いてくれていたらしい。

「兄ちゃんがそういうことをしないっていうのはわかってるから」

 君岡は補足説明をしてくれた。僕はそれで、まだ兄弟間の信頼関係は崩れていないことや、大樹さんもかなり気を遣って動いているんだろうなと思った。

 大樹さんの頼み通り、僕がオブスキュラにいる間はなるべく君岡と二人で行動するようにした。けれどもやはり、君人はかなり〝ANNE〟に影響されているようで、たびたびその名前が会話に混じることがあった。

「すごい景色! この景色も〝ANNE〟はもう知ってるのかな」「〝ANNE〟ならどうやって返したかな」「そうだ、〝ANNE〟に頼まれてここに来たんだっけ」

 壊れたチャットボットみたいにその名を繰り返す君人にうんざりしなかったと言えば嘘になる。けれどもこのまま放っておいたら、君人はますます〝ANNE〟に近づいてしまうだろう。それは火を見るより明らかだ。

 そうなった時、シュガーが言っていたように、君人がBANされないとも限らない。僕は〝ANNE〟にまつわる黒い噂を君人に伝えようか迷ったが、それを久しぶりに会ったシュガーに相談すると、やめた方がいいと忠告された。

「どうして?」

「かえって活動にのめり込む可能性があるからさ。それよりも、こっちとの繋がりを絶たないようにした方がいい」シュガーは経験者のようなことを言う。

「俺も可能な限り君人くんと連絡を取り、協力する。あと、君もどうにもできなくなっても自分を責めないように」

 それから、僕のことまで気遣ってもみせた。

「……どう思う?」

 僕は少し離れているとはいえ、現実世界で隣にいる君人に聞こえないようにシュガーに聞いた。僕たちは、オブスキュラでは飛行機に乗れるワールドにいて、君人がステルス迷彩付の戦闘機にのっている。上空と隣から楽しそうな声が聞こえてくる。シュガーと僕は滑走路にいた。一方が山に、反対が海に囲まれている。

「どうって、君人くんのことか? そうだな、なんだろうね。わからないけど、覚えがあるような気がする」

「どんな?」僕が聞くと、シュガーは熟考した後答えた。

「俺が君たちの歳のころは、自分なんてなくなっちまえばいいって何度も思ってたものだ。自分自身にうんざりして、どうやったらそこから逃れられるかとか、ばかり考えていた。そんなことばかり考えていたから、オブスキュラに来たのかもな」

 シュガーは自嘲気味に笑った。

「君人くんの事情はよく知らないが、俺のそれと似ているんじゃないかな。彼は今の自分とは違う人間になりたいんだよ。でも、それがどういう人間か、自分でもわからない。当然だ、まだ若いんだから。それで、とりあえず目についた自分がすごいと思う人の真似をしようって思うんだろうな。その人みたいになりたい、その人に近づいて、その秘密を知りたいって」

 シュガーは淡々と自分に言い聞かすように言った。

「だけど〝ANNE〟にはいい噂を聞かないってシュガーが言ったんだろ」

 僕は改めて問い詰めた。

「ああ、そうだったね」シュガーは笑った。

「確かに、君人くんが憧れる対象としての〝ANNE〟は適当じゃないと思う。けどそれは、やっぱり大樹さんの言う通りになるんじゃないか」

 シュガーは僕を見て言った。

「……本当にそう思うのかよ」僕は聞き返した。

「さあ?」シュガーは誤魔化すように笑った。僕はため息をついた。

「ところで、初めて知ったけど、君は、君人くんの家から同時に接続してたんだって?」シュガーが言った。

「え? ああ、まあそう。うちはそんなお金ないからさ」
 僕は顔を背けて答えた。嘘じゃない。君人はまだ上空で点になって動いている。

「どうりで。なんか怪しいと思ったんだよな。でも、そうだよな、普通の高校生じゃ買えないよな。それさえクリアしたら、〝ANNE〟が言うような世界が訪れるかもしれないけど」

 言った後でシュガーは口をつぐんだ。

「おっと。これは禁句だったか」

「別に、禁句じゃない。考えすぎだ」

 僕は言い返した。それから言うことがなくなってしばらく黙り込んだ。

「……あいつは、何の仕事を任されたんだろうな」

 僕は、遥か上空で宙返りをうった君人を見上げながら呟いた。

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