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第七話②
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「このバスって本当に遅いんだよな。信号が多すぎるんだよ。昔からずっとこう。どうしてこういうのっていつまで経っても変わらないんだろ」
君岡は、他の乗客に聞こえるような声で、僕に言った。
「あーあ、オブスキュラの中なら、一瞬でテレポートできるっていうのに。野宮もそう思わない?」それから、ひどく子供じみたことを言う。
「え? ああ、そうかもな」僕はぶっきらぼうに答えたが、君岡は、嬉しそうに笑う。それを見て、この間とは随分違うなと、思う。
先週はもっと、君岡は僕にびくびくしていた。が、今は随分と心を許しているようだ。なぜそうなったのだろうと考える。オブスキュラか? シュガーと回ったおかげか? 自分が君岡に対して、優しい態度をとった覚えはなかった。
それに元々、僕たちの関係は、僕が、オブスキュラに行きたいから、利用したのが始まりだった。それがこのように、一般的には友達と言えるような会話をしていることに、ひどく違和感があった。それとも、友達なんて、結局、他のすべての関係を同じく、ただの利用関係なんだろうか。それがただ、たまたま不快にならないだけ……。
「次、降りるよ。押して」君岡に言われて、僕は降車ボタンを押した。こんなことも、先週は言わなかったのに、と思いながら、止まったバスを降りた。
「今日、お母さん夜まで帰ってこないんだよ。だからこの間みたいに大声出しても大丈夫」
玄関の扉を開ける時、君岡はにやりと笑いながら言った。
「へえ」適当にやり過ごす。
玄関を上がり、階段を上る。今日は、この間のような音楽は流れていなかった。君岡に続いて部屋に入る。扉の周りの壁に、この前にはなかった灰色のシートが敷き詰められていて、僕は驚いた。
「遮音シート。ないよりましかと思って。ネットで買ってみた」
僕がそれを見ているのに気付いて君岡が説明をした。
「どんなもん?」僕は扉を閉め、廊下に出る。向こうで、「わっ!」と君岡が声を出した。
「あんまり変わらないな」扉を開け、僕は首を傾げながら言った。
「やっぱ、防音室とかないとダメかな」君岡ががっかりした様子で答えた。
「……高いんじゃないの?」僕は言った。……まあ、僕が買うわけじゃないが。
「大きいのはね。小さい、ボックスっていうの? があって、それなら、何とかなるかも」
そう言って君岡はスマホで、実物を見せてくれる。電話ボックスみたいに最低限の広さのものから、三方が吸音材で囲まれた、ブースのようなものもある。だが、いくらVR中は外の様子がわからないとはいえ、ゴーグルをつけて、その上密室に閉じこもるなんて、上手く言えないが、なんだかとても窮屈な感じを受けた。
「まあ、叫ばなければいいだけだけどな」僕が言うと君岡はムッとした。
「お母さんが、僕に合わせればいいんだ。僕がオブスキュラに行っている間、家を出るとかさ」君岡は無茶苦茶なことを言う。
それから「ねえ、早く向こうに行こう」と急かした。
「……お兄さん、まだ治らないのか?」PCの電源を入れた後、押入れに頭を突っ込んで奥からゴーグルを取り出している君岡に向かって、ふと気になって、僕は聞いた。
「え? なんだって?」
「お兄さん。まだ入院しているのかって」
「え、ああ。兄貴?」君岡はゴーグルを僕に向かって投げた。いやもっと大切にしろよと思いながら受け取る。
「まだまだ帰ってこないよ。早くて再来週くらいじゃない? その後もリハビリあるだろうし」
「そうか」
「なんで?」それで切り上げたかったのに、君岡は深入りしてきた。
「いや、別に」
「野宮がそう言う時、全然別に、じゃないんだよな」
こいつ、意外に鋭いところがあるな、と思いながらも、何も言わなかった。君岡はそれだけ言ってオブスキュラの立ち上げの準備に戻った。
「先にログインしてて。トイレ行ってくる」
準備を終えた後、君岡が言った。僕はゴーグルをつけて、ログインし、エントランスに入った。今日も銀色の劣化することのないエントランスホールが見事だ。リボンが美しい曲線を描いて伸びている。マイクをミュートにしたまま、その隅で、ぼんやりとしていた。エントランスには、たくさんの妙な格好をした人達が行き来していた。
君岡は、他の乗客に聞こえるような声で、僕に言った。
「あーあ、オブスキュラの中なら、一瞬でテレポートできるっていうのに。野宮もそう思わない?」それから、ひどく子供じみたことを言う。
「え? ああ、そうかもな」僕はぶっきらぼうに答えたが、君岡は、嬉しそうに笑う。それを見て、この間とは随分違うなと、思う。
先週はもっと、君岡は僕にびくびくしていた。が、今は随分と心を許しているようだ。なぜそうなったのだろうと考える。オブスキュラか? シュガーと回ったおかげか? 自分が君岡に対して、優しい態度をとった覚えはなかった。
それに元々、僕たちの関係は、僕が、オブスキュラに行きたいから、利用したのが始まりだった。それがこのように、一般的には友達と言えるような会話をしていることに、ひどく違和感があった。それとも、友達なんて、結局、他のすべての関係を同じく、ただの利用関係なんだろうか。それがただ、たまたま不快にならないだけ……。
「次、降りるよ。押して」君岡に言われて、僕は降車ボタンを押した。こんなことも、先週は言わなかったのに、と思いながら、止まったバスを降りた。
「今日、お母さん夜まで帰ってこないんだよ。だからこの間みたいに大声出しても大丈夫」
玄関の扉を開ける時、君岡はにやりと笑いながら言った。
「へえ」適当にやり過ごす。
玄関を上がり、階段を上る。今日は、この間のような音楽は流れていなかった。君岡に続いて部屋に入る。扉の周りの壁に、この前にはなかった灰色のシートが敷き詰められていて、僕は驚いた。
「遮音シート。ないよりましかと思って。ネットで買ってみた」
僕がそれを見ているのに気付いて君岡が説明をした。
「どんなもん?」僕は扉を閉め、廊下に出る。向こうで、「わっ!」と君岡が声を出した。
「あんまり変わらないな」扉を開け、僕は首を傾げながら言った。
「やっぱ、防音室とかないとダメかな」君岡ががっかりした様子で答えた。
「……高いんじゃないの?」僕は言った。……まあ、僕が買うわけじゃないが。
「大きいのはね。小さい、ボックスっていうの? があって、それなら、何とかなるかも」
そう言って君岡はスマホで、実物を見せてくれる。電話ボックスみたいに最低限の広さのものから、三方が吸音材で囲まれた、ブースのようなものもある。だが、いくらVR中は外の様子がわからないとはいえ、ゴーグルをつけて、その上密室に閉じこもるなんて、上手く言えないが、なんだかとても窮屈な感じを受けた。
「まあ、叫ばなければいいだけだけどな」僕が言うと君岡はムッとした。
「お母さんが、僕に合わせればいいんだ。僕がオブスキュラに行っている間、家を出るとかさ」君岡は無茶苦茶なことを言う。
それから「ねえ、早く向こうに行こう」と急かした。
「……お兄さん、まだ治らないのか?」PCの電源を入れた後、押入れに頭を突っ込んで奥からゴーグルを取り出している君岡に向かって、ふと気になって、僕は聞いた。
「え? なんだって?」
「お兄さん。まだ入院しているのかって」
「え、ああ。兄貴?」君岡はゴーグルを僕に向かって投げた。いやもっと大切にしろよと思いながら受け取る。
「まだまだ帰ってこないよ。早くて再来週くらいじゃない? その後もリハビリあるだろうし」
「そうか」
「なんで?」それで切り上げたかったのに、君岡は深入りしてきた。
「いや、別に」
「野宮がそう言う時、全然別に、じゃないんだよな」
こいつ、意外に鋭いところがあるな、と思いながらも、何も言わなかった。君岡はそれだけ言ってオブスキュラの立ち上げの準備に戻った。
「先にログインしてて。トイレ行ってくる」
準備を終えた後、君岡が言った。僕はゴーグルをつけて、ログインし、エントランスに入った。今日も銀色の劣化することのないエントランスホールが見事だ。リボンが美しい曲線を描いて伸びている。マイクをミュートにしたまま、その隅で、ぼんやりとしていた。エントランスには、たくさんの妙な格好をした人達が行き来していた。
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