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第十六話③

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「どうした? そんなところで黄昏て」

「シュガーか」僕は顔を向けずに返事をした。シュガーは僕の横にやって来て座った。

「今日は来ないって聞いていたけど」

「そのつもりだったけど、早めに仕事が終わったからな。向こうに合流したら君がいなかったから、ワープをしてみた」

「そうか」
 僕はそれだけ答えて黙った。君人の落書きのことどころか、会話をする気力もなかった。

「今日はいつもよりも静かだな。何かあったのか」シュガーがぽつりと呟いた。

「別に。気のせいだろ」

「そうか。そうだといいが」沈黙が流れた。あんまり何も言い出さないから、鳥の鳴き声がうるさく聞こえ出した。

「シュガー、何しに来たんだよ」

 ずっと横にいるシュガーに耐え切れなくなって聞いた。

「ん? どうなっているのかなって、気になって来ただけだが」シュガーはあっけらかんと答えた。「嫌か?」

「いや、別に……ただ、なんだかな」

 僕は言葉を濁した。なんて言ったらいいのかわからない。

「あ、やっぱ、悩んでいるな。ね、おじさんにちょっと話してごらん」

 シュガーはわざとねっちりと言う。僕はため息をついた。

「……そういうの、よくないと思うけど」

「え、何が?」シュガーがきょとんとした。

「自分のこと、おじさんとか言って、おじさんじゃないだろ、まだ全然」

「ああ、なんだ、それ? けど高校生からしたら二十六なんておじさんだろ」

「まあ……そうかもしれないけどさ」なんだかな、セリフが逆なんじゃないかと思った。

「で? どうかな? 話す気になってくれたかな?」あくまでもおじさんの体を崩さないつもりらしい。

「別に……何もないよ。ただ、わかんなくなったんだよ。どうしたらいいのか、何を信じたらいいのか」

「青春の悩みって奴か。眩しいなあ」シュガーの懐かしむような言い方に僕はイラっとした。

「もういいよ」呆れてそっぽを向く。

「ごめんって。そうだな、この間も同じようなこと言っていたな。限界なら、少し休んでもいいんだぞ」

 一転して、大人びた口調でシュガーが諭した。おかげで、僕は胸に溜まっている思いを吐き出してしまおうかと思った。クラスメイト、同い年の連中に話しても絶対に理解されないようなことも、シュガーなら受け止めてくれるような気がしたのだ。

「限界か……」

「無理そうなら、また作戦を考えようと思うんだが」

「いや、うん。あのさ、シュガー……」

 僕はシュガーに向き合った。そして僕は話した。

 自分の家族に何があったのか、母さんに困っていることとか、これからのことが不安で仕方がないというような、自分の気持ちまで。

 そんなことを誰かに話したのは、その時が初めてだった。それを話す時が来るとは思ってもいなかった。きっといつまでも、死ぬまで誰にも話さないと思っていた。

 でも、シュガーはそれを茶化さず聞いていた。僕の言葉が途切れた時も、辛抱強く待ってくれた。彼は母さんを悪く言ったり、父さんのことを責めたりもしなかった。淡々と、僕の言葉を、まるで引き出しの中に折り畳んで入れるように、丁寧に受け止めていった。

「そうだったのか……」すべてを聞き終えた後、シュガーはそう言った。それから、

「よく頑張ったな」と僕の頭を撫でた。

 仮想空間に感覚までは再現されていない。だからそんなことをしても何の意味もないはずだ。だが、その時、確かに頭の上にシュガーの手の温もりを感じ、胸が、母さんによって昨日傷つけられたのとは別の仕方で締め付けられ、苦しくなった。目の奥が熱くなり、涙が出そうになるのを抑えた。

「俺の予想は当たってたってわけだ」ようやく僕が落ち着いてきた頃、出しぬけにシュガーが言った。

「何が?」

「君が普通じゃないってこと。勘違いしないでくれよ、悪い意味じゃない。やっぱりそういう試練をくぐり抜けてきたんだなって納得したよ。誇りに思った方がいいよ。君みたいなことは、誰でもできることじゃない」シュガーはにっこりと僕に笑いかけた。

「買い被り過ぎだろ」僕は即座に否定した。だが褒められて悪い気はしなかった。

「本気で言っているんだぞ? 俺なんて……」

「え?」シュガーは微笑んだ。

「いや、その話はまた後でしよう。そろそろ戻らないと。どうだ? 一緒に帰るか?」シュガーは立ち上がり、手を差し伸べた。

「いや、いいよ。もうちょっとしてから帰る。まだ仕事が残っているし」僕は適当に見ただけの岩肌のことを思い浮かべた。

「そうか。じゃあ先に行くが。どうしようか。エントランスでまた会おうか」そう言い残し、シュガーは手を振って去っていった。

 僕はその後もしばらく川辺に座り、その輝く川面を眺めていた。そこにある、水の流れや、木々の音、鳥の鳴き声は偽物だ。だが、そこから受け取るイメージは本物だった。

 僕は自分の視界がここに来た時より遥かに広がっていることに気付いた。少しの変化でさえ、心で感じることができ、その違いによって生み出されるイメージをありありと思い浮かべることができた。

 僕は川辺を後にし、森を抜け、岩肌まで歩いた。
 それから改めて書き込みを見つめてみた。その中から判別できるものとそうでないものを選り分けていく。

〝X15.Y8〟これは何かの座標だ。〝山頂右奥〟〝ライト鉱石→鉄鉱石→銅→銀……〟〝昼二十分、夜十八分〟大きな鳥を描いた絵、それから注射器、見たことのない黄色の花、判読不能な文字アート、その横にあるものに目がとまった。しばらく見つめ、近づき、それが何かわかると、考え込んだ。

「これ、そうだよな」

 不安になって自分に問いかけた。もう一度見て、「反転しているのか?」と、呟いた。何かの手違いで〝Galatia〟の文字が反転しているようだった。

「あいつが任された仕事ってこれのことか……?」

 僕は首を傾げて考えた。確証はなかった。ただ、僕がそれを知っていて、認識できただけだ。だがよくわからない。なぜこんなものを任されたのか、それに、なぜ反転しているのか、そこに意図があるのか?

 ランゲルハンスによれば、〝Galatia〟は一時流行った悪ふざけだったはずだ。シュガーにも聞いて裏は取っていた。つまりそれは陰謀とは関係ないと結論を出したはずだった。でも、その言葉はこうして刻まれているのだ。それはどういうわけだろう。

 ……混乱してきた。不確かなことが多すぎて、どこから考えたらいいのかわからないのだ。書き込みがいつされたのかはわからなかった。それで、とりあえずその写真を撮って、持ち帰ることにした。
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