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第十六話⑤
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しばらくしてシュガーたちがやって来た。
「ごめん遅れて」
シュガーが手を合わせて謝罪した。後ろで君人たちが同じような反応をした。
「いいよ別に。それよりシュガー……こっち来て」
僕は彼を引き連れて他の人達から離れ、囁き声で言った。
「さっき、ここでアンに会った」
「え⁉」シュガーは驚いて僕を見た。
「どうして?」
「さあ? 偶然じゃないかな」
「話しかけられたの?」僕は頷いた。「君人を騙すのはやめろって言ってやった」「マジ?」シュガーはまじまじと僕を見つめた。
「それはずいぶん思い切ったことを言ったな」それから感心したのか呆れたのかわからない調子で言った。
「最初は言う気なかったんだけど、つい。それと、お前には悪い噂があるって言った」
「そこまで言ったのか」シュガーが笑った。僕は頷く。
「そうしたら機嫌が悪くなって、口も悪くなった」
「当然だな」シュガーが楽しそうに笑う。
「ああ、うん。まあ、多少虫の居所が悪かったのかもしれないけど」
「いやあ、その時のあいつの顔、見てみたかったな。あいついつもこうやって(シュガーはすかした感じで髪をかきわける仕草をした)、澄ましててさ、私は人類の預言者です、みたいな態度をなかなか崩さないから」
「人類の預言者?」
「そうだ。聞いたことないか? 他にも〝新人類の指導者〟〝メタバースのエバンジェリスト〟だの大仰な名前を自分で、自分でだぞ? つけて、信者を周りに侍らせて悦に浸っているんだ」
「へえ」そう言えばどこかで見たことがあったかもしれない。
「あっ、そうだ。それからさ」
「なんだ?」僕はそこで自分が見つけた落書きの写真をシュガーに送った。
「これを君人の書かせているだってアンに言ってやったんだよね。ねえ、どう思う?」
「鏡文字か。えーと、これはなんて書いてあるんだ? 〝Galatia〟……?」シュガーがそれを見ながら答えた。
「聞いたことない?」シュガーは首を傾げた。
「少し前、流行ったな。陰謀論ごっこ。闇の組織が我々の世界に侵食し、支配しようとしているとかなんとか。それがなんだって?」
「これを君人に描かせたんだと思う」僕は言った。
「まさか。だってあの遊びはとっくに飽きられて、もう誰もやってないぞ」
シュガーは信じられない、といった反応を返した。
「それに、どうして自分で書かない?」僕は首を振った。
「わかんない。あのさ、その時は、こうやって落書きをそこら中に書いたことはあった?」シュガーは顎をあげて考え込んだ。
「いや、あの時は確か、そこまではしなかったと思う。そういや、ハンスがズボンにその文字を打ちこんでいたな。だけどあれは例外で、みんな口でその名を出しては遊んでいただけの印象だな。この書き込みがいつなのかってわからないのか?」
シュガーが聞いた。
「そこまではわからなかった。ただ、他の落書きに重なっていなかったから、最近のものだと思うけど」
「なるほどね」シュガーが感心したように頷いた。「だけど、どうしてこれが怪しいと?」そして当然疑問に思ってしかるべきことを聞いた。
「それは……」
僕は言い淀んだ。その時改めて自分の中にいたあの陰謀論が消え去らずに、まだ残っていたことに気付いた。確証もなければ、妥当性も現実味もない推理。そんな妄想しか根拠のない推理を披露する探偵なんてどこにもいないだろう。
「なんとなく……」僕は消え入りそうな声で答えた。
「なんとなく?――」「それだけじゃなくて、その岩肌に書かれていたのはほとんどが攻略情報だった。でもそれだけが……浮いてた。関係ない言葉だった。だから、怪しいと思った」シュガーが失望した様子を見せたので慌てて答えた。
「なるほどね。それは確かに」
シュガーはそれで検討しがいがあると判断し、考え直した。
「けど、これだけじゃ何もわからないな。ただでさえアンがまたあの遊びを流行らせようとしているってのも考えにくいのに、隠れて、人を使ってまでそんなことをするのは、どういうことなのかますますわからない」
「鏡文字になっているのは、どうしてだと思う?」迷路に迷い込み、唸っているシュガーに聞いた。
「これ? これが何か?」
「意味があるんじゃない」
「意味……意味か、どうだろうな。俺は別に意味なんてないと思うけどな。これ画像みたいだからさ、貼り付ける時反転しちゃっただけじゃないか」
「そんなこと……よくあるの?」考え直す。
「まあ、ないってことはないな。初めて貼り付けたなら、そういうことは起こるんじゃないか。たとえば人が来るかもしれないからって焦ってやった結果こうなって、貼り直す方法もわからなかったとか」
「それはあり得るかも」僕は同意した。
「とにかく、他のリストの中のワールドにもこれがないか探してみてもいいかもな」
シュガーの提案に僕は頷いた。これで何か手がかりを掴んだ、前に進んだという気になっていた。ただ、それは僕の勘違いに過ぎないのではないか、とも思っていたが。
シュガーが蝶野とハンスから離れてこっちに向かってきた君人を見て、画像を表示していたディスプレイを慌てて閉じた。
「ごめん遅れて」
シュガーが手を合わせて謝罪した。後ろで君人たちが同じような反応をした。
「いいよ別に。それよりシュガー……こっち来て」
僕は彼を引き連れて他の人達から離れ、囁き声で言った。
「さっき、ここでアンに会った」
「え⁉」シュガーは驚いて僕を見た。
「どうして?」
「さあ? 偶然じゃないかな」
「話しかけられたの?」僕は頷いた。「君人を騙すのはやめろって言ってやった」「マジ?」シュガーはまじまじと僕を見つめた。
「それはずいぶん思い切ったことを言ったな」それから感心したのか呆れたのかわからない調子で言った。
「最初は言う気なかったんだけど、つい。それと、お前には悪い噂があるって言った」
「そこまで言ったのか」シュガーが笑った。僕は頷く。
「そうしたら機嫌が悪くなって、口も悪くなった」
「当然だな」シュガーが楽しそうに笑う。
「ああ、うん。まあ、多少虫の居所が悪かったのかもしれないけど」
「いやあ、その時のあいつの顔、見てみたかったな。あいついつもこうやって(シュガーはすかした感じで髪をかきわける仕草をした)、澄ましててさ、私は人類の預言者です、みたいな態度をなかなか崩さないから」
「人類の預言者?」
「そうだ。聞いたことないか? 他にも〝新人類の指導者〟〝メタバースのエバンジェリスト〟だの大仰な名前を自分で、自分でだぞ? つけて、信者を周りに侍らせて悦に浸っているんだ」
「へえ」そう言えばどこかで見たことがあったかもしれない。
「あっ、そうだ。それからさ」
「なんだ?」僕はそこで自分が見つけた落書きの写真をシュガーに送った。
「これを君人の書かせているだってアンに言ってやったんだよね。ねえ、どう思う?」
「鏡文字か。えーと、これはなんて書いてあるんだ? 〝Galatia〟……?」シュガーがそれを見ながら答えた。
「聞いたことない?」シュガーは首を傾げた。
「少し前、流行ったな。陰謀論ごっこ。闇の組織が我々の世界に侵食し、支配しようとしているとかなんとか。それがなんだって?」
「これを君人に描かせたんだと思う」僕は言った。
「まさか。だってあの遊びはとっくに飽きられて、もう誰もやってないぞ」
シュガーは信じられない、といった反応を返した。
「それに、どうして自分で書かない?」僕は首を振った。
「わかんない。あのさ、その時は、こうやって落書きをそこら中に書いたことはあった?」シュガーは顎をあげて考え込んだ。
「いや、あの時は確か、そこまではしなかったと思う。そういや、ハンスがズボンにその文字を打ちこんでいたな。だけどあれは例外で、みんな口でその名を出しては遊んでいただけの印象だな。この書き込みがいつなのかってわからないのか?」
シュガーが聞いた。
「そこまではわからなかった。ただ、他の落書きに重なっていなかったから、最近のものだと思うけど」
「なるほどね」シュガーが感心したように頷いた。「だけど、どうしてこれが怪しいと?」そして当然疑問に思ってしかるべきことを聞いた。
「それは……」
僕は言い淀んだ。その時改めて自分の中にいたあの陰謀論が消え去らずに、まだ残っていたことに気付いた。確証もなければ、妥当性も現実味もない推理。そんな妄想しか根拠のない推理を披露する探偵なんてどこにもいないだろう。
「なんとなく……」僕は消え入りそうな声で答えた。
「なんとなく?――」「それだけじゃなくて、その岩肌に書かれていたのはほとんどが攻略情報だった。でもそれだけが……浮いてた。関係ない言葉だった。だから、怪しいと思った」シュガーが失望した様子を見せたので慌てて答えた。
「なるほどね。それは確かに」
シュガーはそれで検討しがいがあると判断し、考え直した。
「けど、これだけじゃ何もわからないな。ただでさえアンがまたあの遊びを流行らせようとしているってのも考えにくいのに、隠れて、人を使ってまでそんなことをするのは、どういうことなのかますますわからない」
「鏡文字になっているのは、どうしてだと思う?」迷路に迷い込み、唸っているシュガーに聞いた。
「これ? これが何か?」
「意味があるんじゃない」
「意味……意味か、どうだろうな。俺は別に意味なんてないと思うけどな。これ画像みたいだからさ、貼り付ける時反転しちゃっただけじゃないか」
「そんなこと……よくあるの?」考え直す。
「まあ、ないってことはないな。初めて貼り付けたなら、そういうことは起こるんじゃないか。たとえば人が来るかもしれないからって焦ってやった結果こうなって、貼り直す方法もわからなかったとか」
「それはあり得るかも」僕は同意した。
「とにかく、他のリストの中のワールドにもこれがないか探してみてもいいかもな」
シュガーの提案に僕は頷いた。これで何か手がかりを掴んだ、前に進んだという気になっていた。ただ、それは僕の勘違いに過ぎないのではないか、とも思っていたが。
シュガーが蝶野とハンスから離れてこっちに向かってきた君人を見て、画像を表示していたディスプレイを慌てて閉じた。
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