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第二十四章
第一話
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「ここでいいかな」
智香は教室に入ると中を見渡した。誰も残っていなかった。窓だけが開いて、風が入ってきていて、カーテンが揺れている。智香はその窓に寄るようにして教室の後ろの方へ向かうと、机の上にスマホとレコーダーを乗せ、改めて廊下を見て、人の姿を探した。教室の周りにも誰もいないことを確認すると、満足そうに机に戻ってくる。
「鬼平くん、こっち」
鬼平は、何かただならぬ雰囲気を感じ取っていたが、目まぐるしく起きた出来事のせいで考えが一向にまとまらなかった。だがそんなことは露知らず、智香はスマホとレコーダーを心配そうに眺めている。
「これで、全然撮れてなかったら、笑ってよ……」
智香は真剣な表情でスマホの画面をいじっている。満足いったようで、笑顔になった。
「よかった。これで、最低限はクリア。で? こっちはどう?」
智香がレコーダーに手を伸ばした時、キョトンとした鬼平に気付いて、微笑んだ。
「ああ、ごめん。ほったらかしにしてたね。でもまさか、今日こんなチャンスに恵まれるとは思ってなかったから。つい、ね」
鬼平は首を傾げた。智香は赤くなった顔のまま、気まずそうに笑った。
「どこまで話そうかな。ていうか、話していいのかな。でも、まあいっか」
智香は悩んでいたが、どこか自らの幸運を感謝するように言った。それは、あの時、林の中で鬼平が智香を見つけた時とは別人のようだった。ウキウキと楽しそうで、輝いていて、ただし冷静さを欠いていて、どこか危なっかしい雰囲気を全身にまとっている。
「どこから話したらいいかわからないけど、ちょっとこれ見てくれる?」
智香はそう言うと机の上のスマホを操作して、動画ファイルを開いた。鬼平が覗き込む。
男女が映っていた。一人は百川千花だ。もう一人は……生徒ではない、となれば先生だろうが、カメラに背を向けているせいで顔がわからない。後ろ姿に見覚えがあるような気がしたが、名前が思い出せなかった。
二人は並んで立って、何かを話している。だが、声はくぐもっていて、正確に何を話しているかまでわからない。すると、突然男の方が女の手を掴んだ。男は流れるように女を机の上に押し倒し、もう片方の手で彼女の身体をまさぐりながら……唇を重ねているように見える。
その時、突然男が振り返り、鬼平はそれに反応し、身体を後ろに引いた。
「大丈夫。バレなかったから」
智香は平然として言った。動画はここで終わっている。男の顔、――三國修司のギラギラと光る眼をしっかり映して。
「どうしてもこの証拠が欲しかった」
智香は画面を消すと、自らに言い聞かすように言った。
「この決定的な瞬間がね」
そして、噛みしめるように続けた。鬼平の方と言えば、ますますわからなくなっただけだった。どうして、智香はこんなものを欲しがったのか?
「どうして? って顔をしてるね。まあそうだよね。これだけじゃ、下世話な週間記者みたいだもんね。でもこれはそうじゃなくて、それを今から話そうかなって思うけど……ねえ、長くなるけど、聞いてくれる?」
鬼平が頷くと、智香は笑顔になった。智香は、スマホをスカートのポケットにしまって、ゆっくりと歩いて机から離れると、乱れていた髪を整え、その理由を話し出した。
智香は教室に入ると中を見渡した。誰も残っていなかった。窓だけが開いて、風が入ってきていて、カーテンが揺れている。智香はその窓に寄るようにして教室の後ろの方へ向かうと、机の上にスマホとレコーダーを乗せ、改めて廊下を見て、人の姿を探した。教室の周りにも誰もいないことを確認すると、満足そうに机に戻ってくる。
「鬼平くん、こっち」
鬼平は、何かただならぬ雰囲気を感じ取っていたが、目まぐるしく起きた出来事のせいで考えが一向にまとまらなかった。だがそんなことは露知らず、智香はスマホとレコーダーを心配そうに眺めている。
「これで、全然撮れてなかったら、笑ってよ……」
智香は真剣な表情でスマホの画面をいじっている。満足いったようで、笑顔になった。
「よかった。これで、最低限はクリア。で? こっちはどう?」
智香がレコーダーに手を伸ばした時、キョトンとした鬼平に気付いて、微笑んだ。
「ああ、ごめん。ほったらかしにしてたね。でもまさか、今日こんなチャンスに恵まれるとは思ってなかったから。つい、ね」
鬼平は首を傾げた。智香は赤くなった顔のまま、気まずそうに笑った。
「どこまで話そうかな。ていうか、話していいのかな。でも、まあいっか」
智香は悩んでいたが、どこか自らの幸運を感謝するように言った。それは、あの時、林の中で鬼平が智香を見つけた時とは別人のようだった。ウキウキと楽しそうで、輝いていて、ただし冷静さを欠いていて、どこか危なっかしい雰囲気を全身にまとっている。
「どこから話したらいいかわからないけど、ちょっとこれ見てくれる?」
智香はそう言うと机の上のスマホを操作して、動画ファイルを開いた。鬼平が覗き込む。
男女が映っていた。一人は百川千花だ。もう一人は……生徒ではない、となれば先生だろうが、カメラに背を向けているせいで顔がわからない。後ろ姿に見覚えがあるような気がしたが、名前が思い出せなかった。
二人は並んで立って、何かを話している。だが、声はくぐもっていて、正確に何を話しているかまでわからない。すると、突然男の方が女の手を掴んだ。男は流れるように女を机の上に押し倒し、もう片方の手で彼女の身体をまさぐりながら……唇を重ねているように見える。
その時、突然男が振り返り、鬼平はそれに反応し、身体を後ろに引いた。
「大丈夫。バレなかったから」
智香は平然として言った。動画はここで終わっている。男の顔、――三國修司のギラギラと光る眼をしっかり映して。
「どうしてもこの証拠が欲しかった」
智香は画面を消すと、自らに言い聞かすように言った。
「この決定的な瞬間がね」
そして、噛みしめるように続けた。鬼平の方と言えば、ますますわからなくなっただけだった。どうして、智香はこんなものを欲しがったのか?
「どうして? って顔をしてるね。まあそうだよね。これだけじゃ、下世話な週間記者みたいだもんね。でもこれはそうじゃなくて、それを今から話そうかなって思うけど……ねえ、長くなるけど、聞いてくれる?」
鬼平が頷くと、智香は笑顔になった。智香は、スマホをスカートのポケットにしまって、ゆっくりと歩いて机から離れると、乱れていた髪を整え、その理由を話し出した。
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