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第一章
霧の村で1
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それからしばらくして、織部とカレットは食堂で夕飯を食べた。横にはトッドもいて、勇者のステーキにミーンソース(グレイビーソースのようなもの)を大量にかけたせいで、また喧嘩が始まった。
カレットは呆れながら注意しようと思ったが、その前にホプキンスさんが厨房から出てきて「これ以上騒いだら二人ともご飯抜きにするよ!」と言われて、大人しく並んで夕飯を食べていた(それでも時折、互いに肘で小突き合って食べるのを邪魔していたが)。
夕飯を食べ終えて、カレットは、明日の朝から森の奥のゴブリンの住処に向かうと織部に告げてから、部屋に戻って眠りについた。
身体も精神も信じられないくらいに疲れていたのでよく眠れた。翌朝、鳥たちの鳴き声で目を覚ました時、寝過ごしたのではないかと心配するくらいに熟睡していた。
寝巻から服を着替えて、部屋を出ると、食堂の掃除をしているホプキンスさんと会った。
「あら、おはよう。早いのね。ゆうべはよく眠れた?」
お決まりの挨拶を、安心する声色で彼女は言った。
「おはよう。うん。そうだね、熟睡しすぎて、寝過ごしたかと思ったもの。習慣でいつもの時間に起きれたからよかったけど」
カレットはふああ、と欠伸をしながら時計を見てそう言うと、振り返って織部のいる部屋の方を見た。
「勇者様なら、まだ眠っているよ。よっぽどお疲れのようだね」
ホプキンスは机を台ぶきんで拭きながら言った。
「あの人、遠い国……たしか、異世界ってとこからやって来たんでしょ。あたしはもう、最近はこの村から出ることなんてほとんどないけど、旅ってのはあれだけ若くても疲れるんだろうね」
「うん。でも、あの人は転生しているから、だいぶ若返っているんだけどね。体力は向こうにいた時とあまり変わらないみたい」
「あらそうなの?」
ホプキンスは目を見開いた。
「転生ってのは、いいことばっかりじゃないんだねえ」
それからよくわからないことを呟き、
「朝ご飯は食べていくんだろ?」
話を切り上げ、まだ寝ぼけているカレットに向かって聞いた。
「うん。そうする」
カレットが答え、ホプキンスが満面の笑みで頷いた。カレットは洗面所まで歩いて行き、顔を洗い、うがい、髪の手入れなど、いつもしていることをした。
それが済むと、食堂の椅子に座って、ぼんやりしながら織部が起きてくるのを待っていたが、一向にその気配を感じられないので、外に出て散歩をすることにした。
「朝ご飯は七時からだからね」
外に出る直前にカレットはそうホプキンスに声をかけられた。カレットは「ありがとう。それまでには戻るね」と返事をして外に出た。
外は、珍しく霧が出ていた。起き出したばかりの太陽で、薄っすらとその霧が色づいている。まったく何も見えない、というほどではなかった。
問題ないと判断し、そのまま村の方まで歩こうかと思っていると、ごそごそと動く気配を感じた。
何の音だと思ったが、霧の向こうから現れたのは、舌を垂らして尻尾を振っているソチだった。ソチの目は、眠っていた時の形が残っているのか、微妙につぶれていた。
それでもソチは、その目でカレットをジッと期待するように見ていた。
「ソチ。一緒に散歩する?」
カレットがそう言うと、ソチは立ち上がって尻尾を振りながら彼女の身体に寄り掛かった。カレットはソチの頭を撫でてやり、一緒に霧に包まれた村に向かって歩き出した。
鳥のさえずりが響き渡る中、霧に包まれた村を歩くのは楽しかった。見飽きた町並みも、霧が出るだけでこうも変わるのか、まるで異世界に来たみたいだ、と思いながらカレットはソチと共に歩いた。
カレットはいつもその時間に家の外に出した椅子に座っている、足の悪いシャールじいさんに挨拶をして、早朝にミルクを配達しているトミーの仕事ぶりを眺めながら散歩を続けた。
日が昇るにつれ、霧は晴れていった。村を一周し終えたカレットは朝食に遅れてはいけないと思い、<止まり木亭>に向けて歩き出した。
その途中で、コレオ会長と出くわした。
「おや、おはよう。カレット」
コレオは、カレットを見ると目を細めて手をあげた。
「おはようございます。会長」
カレットは先を歩いて行ってしまいそうなソチを引き留め、落ち着かせながら挨拶をした。
「散歩かね?」
コレオは髭を撫でながら言った。
「ええ、朝食までにまだ時間があったものですから」
カレットは、自分が仕事をさぼっているわけではないと会長に言っておかなければいけなかった。
「ほう、そうか」
コレオは興味のなさそうに頬をかいて相槌を打つと、
「勇者殿は、どうしている?」
と、さりげなく聞いた。
「まだ寝ています。いえ、少なくとも私が宿を出た時には寝ていました」
カレットは訂正して答えた。
「ふむ、勇者様はお寝坊さん、だと」
コレオは、なにやら含みのある言い方をした。
「今日、ゴブリンたちのところに行くのかね?」
そして核心をついた。カレットが頷く。
「はい。そのつもりです。今日は天気もよさそうですし、あまり先延ばしにする理由もなさそうなので」
「そうじゃな」
コレオはカレットからそう聞かされると、満足そうに微笑んだ。
「では、先方にもそう伝えておく」
コレオは目を光らせてそう言った。
カレットは呆れながら注意しようと思ったが、その前にホプキンスさんが厨房から出てきて「これ以上騒いだら二人ともご飯抜きにするよ!」と言われて、大人しく並んで夕飯を食べていた(それでも時折、互いに肘で小突き合って食べるのを邪魔していたが)。
夕飯を食べ終えて、カレットは、明日の朝から森の奥のゴブリンの住処に向かうと織部に告げてから、部屋に戻って眠りについた。
身体も精神も信じられないくらいに疲れていたのでよく眠れた。翌朝、鳥たちの鳴き声で目を覚ました時、寝過ごしたのではないかと心配するくらいに熟睡していた。
寝巻から服を着替えて、部屋を出ると、食堂の掃除をしているホプキンスさんと会った。
「あら、おはよう。早いのね。ゆうべはよく眠れた?」
お決まりの挨拶を、安心する声色で彼女は言った。
「おはよう。うん。そうだね、熟睡しすぎて、寝過ごしたかと思ったもの。習慣でいつもの時間に起きれたからよかったけど」
カレットはふああ、と欠伸をしながら時計を見てそう言うと、振り返って織部のいる部屋の方を見た。
「勇者様なら、まだ眠っているよ。よっぽどお疲れのようだね」
ホプキンスは机を台ぶきんで拭きながら言った。
「あの人、遠い国……たしか、異世界ってとこからやって来たんでしょ。あたしはもう、最近はこの村から出ることなんてほとんどないけど、旅ってのはあれだけ若くても疲れるんだろうね」
「うん。でも、あの人は転生しているから、だいぶ若返っているんだけどね。体力は向こうにいた時とあまり変わらないみたい」
「あらそうなの?」
ホプキンスは目を見開いた。
「転生ってのは、いいことばっかりじゃないんだねえ」
それからよくわからないことを呟き、
「朝ご飯は食べていくんだろ?」
話を切り上げ、まだ寝ぼけているカレットに向かって聞いた。
「うん。そうする」
カレットが答え、ホプキンスが満面の笑みで頷いた。カレットは洗面所まで歩いて行き、顔を洗い、うがい、髪の手入れなど、いつもしていることをした。
それが済むと、食堂の椅子に座って、ぼんやりしながら織部が起きてくるのを待っていたが、一向にその気配を感じられないので、外に出て散歩をすることにした。
「朝ご飯は七時からだからね」
外に出る直前にカレットはそうホプキンスに声をかけられた。カレットは「ありがとう。それまでには戻るね」と返事をして外に出た。
外は、珍しく霧が出ていた。起き出したばかりの太陽で、薄っすらとその霧が色づいている。まったく何も見えない、というほどではなかった。
問題ないと判断し、そのまま村の方まで歩こうかと思っていると、ごそごそと動く気配を感じた。
何の音だと思ったが、霧の向こうから現れたのは、舌を垂らして尻尾を振っているソチだった。ソチの目は、眠っていた時の形が残っているのか、微妙につぶれていた。
それでもソチは、その目でカレットをジッと期待するように見ていた。
「ソチ。一緒に散歩する?」
カレットがそう言うと、ソチは立ち上がって尻尾を振りながら彼女の身体に寄り掛かった。カレットはソチの頭を撫でてやり、一緒に霧に包まれた村に向かって歩き出した。
鳥のさえずりが響き渡る中、霧に包まれた村を歩くのは楽しかった。見飽きた町並みも、霧が出るだけでこうも変わるのか、まるで異世界に来たみたいだ、と思いながらカレットはソチと共に歩いた。
カレットはいつもその時間に家の外に出した椅子に座っている、足の悪いシャールじいさんに挨拶をして、早朝にミルクを配達しているトミーの仕事ぶりを眺めながら散歩を続けた。
日が昇るにつれ、霧は晴れていった。村を一周し終えたカレットは朝食に遅れてはいけないと思い、<止まり木亭>に向けて歩き出した。
その途中で、コレオ会長と出くわした。
「おや、おはよう。カレット」
コレオは、カレットを見ると目を細めて手をあげた。
「おはようございます。会長」
カレットは先を歩いて行ってしまいそうなソチを引き留め、落ち着かせながら挨拶をした。
「散歩かね?」
コレオは髭を撫でながら言った。
「ええ、朝食までにまだ時間があったものですから」
カレットは、自分が仕事をさぼっているわけではないと会長に言っておかなければいけなかった。
「ほう、そうか」
コレオは興味のなさそうに頬をかいて相槌を打つと、
「勇者殿は、どうしている?」
と、さりげなく聞いた。
「まだ寝ています。いえ、少なくとも私が宿を出た時には寝ていました」
カレットは訂正して答えた。
「ふむ、勇者様はお寝坊さん、だと」
コレオは、なにやら含みのある言い方をした。
「今日、ゴブリンたちのところに行くのかね?」
そして核心をついた。カレットが頷く。
「はい。そのつもりです。今日は天気もよさそうですし、あまり先延ばしにする理由もなさそうなので」
「そうじゃな」
コレオはカレットからそう聞かされると、満足そうに微笑んだ。
「では、先方にもそう伝えておく」
コレオは目を光らせてそう言った。
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