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旭ガ丘ひつじ

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23話 決勝戦 WISH PUP

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試合時間は十分。
先取二十二得点で勝利。
ショットクロックは十二秒。

ねこはオスのセルカークレックス。
がっしりした丸いからだ。
人懐っこくて優しい性格。

くるんとした巻き毛。
するんとした手触り。
まるで羊のような猫。

クロは、その柔らかな感触を確かめて、向かい合う楽士へ猫を手渡した。
決勝戦の幕が上がり、クールなレゲエミュージックを背景に選手達が舞う。
その始動は穏やかだった。
交互に点を取り合う大人しいプレイが続いた。

ぽふん。

状況は三分を過ぎて変化した。
起点は創だ。
左サイドから初となる二得点を決めた。
これを機に相手もアウトサイドからのシュートを狙う。

右サイドで猫を受け取った独尊は奏に行く手を阻まれると直ちに中央、楽士へ猫を戻した。
楽士は数歩前進すると、奏が動くのを確認して急転。
左サイドで構える翔鎮へ猫を渡した。

創の頭を超えてパスは繋がり、猫は瞬く間に弧を描くとボードに当たった。
そしてリングを跳ねて自由になった。
そこへ駆けつけた独尊と奏がせめぎ合う。
奏がうまく、下から浮かせるように指で弾いた。
独尊の背後に潜んでいたクロが猫を受け取って、アウトサイドの創へ繋ぎ素早く得点を決めた。

やがて得点は七を数えて、エバーマスカレードが優勢。

攻守交代して。
独尊はドリブルで猫をアウトサイドまで運ぶ必要があった。
インサイド、中央へ移った翔天へ猫を渡し、彼にディフェンス二人を任せて速やかに迂回する。

もふ。

猫を受け取るや長い足を使って大股に切り込む。
まるで稲妻のように一気に駆け抜けてダンクを決めてみせた。
独尊のダイナミックなプレイにMCが賞賛を送り、観客がワッと盛り上がる。

追い風はWISH PUPに吹いた。
楽士がアウトサイドよりシュートを決めたことで得点は逆転する。
一方でエバーマスカレードは得点を決めることが中々できない。
高い身長、大きな身体に圧倒されてシュートが幾度と乱れた。

ねこは奏から中央、クロと交代した零へ渡る。
楽士に代わって翔天が相手になる。
零は息をのみ猫を守るようにふわっと抱く。

そこへ奏が駆けつけて翔天をブロックした。
その隙を逃さず突破して次に立ちはだかる独尊を華麗なドリブルでかわしてみせた。
小さな身体で大胆なステップを刻む。
その俊敏な動きに独尊は魅了されて対応できなかった。

さて、試合が五分を迎えようという時。
ホイッスルと同時に悲鳴が上がった。
勇ましくダンクを狙った奏を阻止しようと独尊が正面に立ちはだかった。
そして必死に伸ばした彼の手が奏の顔面を打ったのだ。
ひざをついて口元を両手で覆う奏、心配そうにオロオロする独尊。
そこへ、観客席から甲高い怒声が飛んできて名指しで彼を厳しく叱った。

ここでファウルが宣告されたのでエバーマスカレードがタイムアウトを取り、両チーム三十秒の休憩となる。

「平気?奏さん」

零は不安な顔して奏を見上げる。
奏は笑顔を返すと彼の肩を二度叩いて安心させた。

「アゴに当たって良かった。もし鼻だったら大変なことになっていたかもね」

「そうだね。もし、ねこに鼻血が付いたら可哀想だもの」

「おいおい。俺の心配をしてくれよ」

「ふふ。ごめんなさい」

一方で、独尊は肩を落として今にも泣きそうな顔をしていた。

「あずさにめっちゃ怒鳴られた。人前で、あんなに怒鳴ることないっしょ。つーか試合中っすよ」

「まあまあ、仕方ないさ。それはそれとして、独尊くんの積極的なプレイ自体はよかったよ。ただ、次から気をつけよう」

「っす」

「独尊。俺と変わって終盤に控えろ」

「天さん。頼んます。頭冷やします」

ここで集合の合図が響く。
零に代わってクロがまたコートに入る。

「創、頼んだぜ。外すなよ」

「ふうー。息が詰まる」

「おい、マジで頼むぜ」

「はは、大丈夫。大丈夫だよ」

緊張する創の背中を奏が、そっと撫でてやる。

「深呼吸しましょうか」

「ありがとう、奏」

さきほどシュートを打つタイミングでファウルがあったので、エバーマスカレードへフリースローが一本、与えられる。

直前、創は猫をなでなで。
指が滑りやすくて、しかし回転をかけやすい。
創が解き放った猫はきれいな逆回転で放物線を描き、するっとネットをくぐった。
観客席から拍手が届いて反射的に振り向く。
迷うことなく目が合い、胸がカッと熱くなった。

「絶対に勝つ」

創は自分に言い聞かせるように呟いて胸の前で拳を握った。
クロはそれを横目で見てニヤリと笑う。

「仕方ねーな。意地でも勝たせてやるよ」

アウトサイドの右奥、ライン際で奏に阻まれ苦戦する楽士。
それでも奏を背中で押し退け、わずかな隙間から中央は翔鎮へ一直線に猫を打った。
それを小さな動作から予測して動いたクロ。
横から飛び出して奪うと、アウトサイドへ猫を運んで軽くシュートを決めてみせた。

残り三点まで差が縮まる。
しかし一筋縄ではいかない。
長くバスケ部で努力してみがいたテクニックがエバーマスカレードを苦しめる。
フォーメーションは美しく流れ、ドリブルは無駄な動きが少ない。
シュートの精度も上がってきた。
ねこに好かれたのはWISH PUPなのか。

残り三分。
WISH PUPが先行したまま十四点。
エバーマスカレードは十二点で迫う。

攻守交代して猫をアウトサイドまで運んだクロ。
翔天に追われて中央から右サイドへドリブルで走る。
翔天はクロの背に注目して悩む。
このまま翔鎮と挟んでしまおうか。
いやパスに備えて戻ろうか。
と、歩みが迷った。

一瞬。

創が翔天の側を駆け抜けた。
ねこが彼を追いかける。

もふん。

振り返ることなく後ろ手に放たれた猫が芝生を跳ねる。
創は無茶な姿勢で受け止めた。
と、同時に強く踏ん張った。
流れるような動作で地を蹴り、腕をうんと伸ばして。
ねこを優しくなでた。
風が芝生を過ぎる静寂。
間もなく。
ワッと歓声が上がった。

創はここまで四本のアウトサイドシュートを一度も外さなかった。
二点追加して相手と並ぶ。
すぐさま敵の反撃に備える。
エバーマスカレードにとってはまだ向かい風。汗を拭う。
しっかり相手とゴールとの間に立って行手を阻む。
翔鎮から翔天へ、そこから楽士へ、また翔鎮へと戻った。
自然とインサイド、中央に集まって混戦となる。

翔鎮がゴール下へ潜り込んだ。
そこへ創と奏が駆けつけていた。
二人が同時に跳躍する。

ぽふ。

ねこは瞬く間に翔天へ渡った。
翔鎮はフェイントを仕掛けて振り向くと、アウトサイドで待機する彼へ猫を託した。
空振りに終わった二人は地に落ちる。
一方で翔天は落ち着いてシュート態勢に入る。
それがチャンスを生んだ。
諦めない気持ちがそれを掴んだ。

もふ。

猫が放たれようという瞬間、僅かに届いて被毛に掛かった指。
クロが猫を弾いてみせた。
彼は勢い余って芝生を転がる。

奏が猫を拾い、独尊の背中から抜け出た創へ猫を渡す。
アウトサイドからの得点が決まり、ついに逆転する。

翔鎮から翔天へ素早く猫が渡り、奏がそこへ駆けつける。
翔天は背中で猫を入れ替えるドリブルで奏を出し抜くと前に出た。
創を背中で止めて翔鎮へ猫を渡し、さらに芝生を跳ねて、猫は独尊のもとへ。
クロの身体では止められない。
またしても派手なダンクが決まる。

ねこをアウトサイドへ運ぶクロを追って、独尊が勢い余って彼を突き飛ばしてファウルとなった。

「また!マジで!すんませっ!した!」

「ヘドバンかよ。平気だから、あんまり落ち込まずプレーを続けてください」

「っす!お前いい人っすね!」

「はんっ……うっせえわ」

エバーマスカレードが選手交代して、アウトサイド中央より試合再開。
独尊から猫を受け取った創は左サイドの零へ繋げる。
ねこは直ちに創の手へ戻り、僅かに機を待つ。
引きつけた独尊と楽士の間を抜けて再び零へ渡る。
彼は左サイドのライン際ギリギリからシュートを決めてみせた。

エバーマスカレードの得点が十八となり、風向きが変わった。
しかし、どちらにとっても追い風ではない。
それはまるで選手達が巻き起こす旋風。
目まぐるしくフィールドを駆け巡り猫もぐるぐる。

楽士がゴール下を過ぎり、リングへ背を向けたままバックシュートを決めた。
直ちに零が猫を拾ってアウトサイドに立つ創へ渡す。
しかし、疲れが出たのか猫の被毛がつるつるなのか。
手が滑って転がってしまう。
アークの手前、芝生の上で丸くなって眠る猫を抱えたのは独尊だ。

バランスを崩して膝をつく創を置き去りにドリブルで駆け抜けてゴール下を目指す。
零と奏が動いた。楽士が二人を抑える。
独尊が跳んだ。宙で身をひるがえして猫を優しくリリース。
完全にフリーとなった翔鎮がアウトサイドからシュートを決めた。
WISH PUPの得点が十八となりエバーマスカレードと並ぶ。

ねこは奏が拾った。直ちに後方へパス。
創は横に動いてディフェンスをはがして受け取ると、期待に応えてアウトサイドからシュートを決めた。
これで得点は二十に至る。

試合時間は一分を切った。

独尊のダンクを止めようとして奏がディフェンスファウルを取られた。
エバーマスカレードのチームファウルがここで七回を数えてしまい、相手に二本のフリースローが与えられる。
翔鎮が二本、しっかりと決めて得点は二十。
またしても並ぶ。

このタイミングで創と零が交代した。

残り五十秒。
奏が左アウトサイドへ猫を運び、入れ替わり右サイドに移ったクロへ渡した。
直ちに中央で奏が独尊を抑えて、クロがゴールへ向かう。
だが翔天と楽士が立ちはだかる。
そこへ駆けつけて、彼の背後で猫を受け取った零がシュートを決めた。
これで二十一。あと一得点に迫る。

勝ちを争い、ややこう着状態となる。
我慢できない独尊がフェイントを仕掛けて、左からアウトサイドシュートを狙い猫を放った。
コートの外で、創は目を見開き、自身の心臓が打ち鳴らす鼓動を聞いた。

残り十五秒。
ねこが宙を舞っている。
風を巻き込んで、柔らかな被毛が揺れ踊る。

ぽふ。

リングに当たって跳ね返った。
インサイド中央で翔天が受け止めた。直後に身を屈めた一瞬。
クロが低い姿勢で背後から飛び出して猫をさらう。

左サイドにいた零は気が付けば全力で駆けていた。
彼は右アウトサイドで猫を受け取った。
そこへ翔天が鬼気迫る勢いで詰め寄る。
恐れはない。
真っ向勝負で挑む。

翔天が腕を伸ばした。
零は合わせて肩を入れ、片足を軸に回転。
半ば強引にブロックを受け流した。
翔天は姿勢を崩す。
ファウルはない。

三秒。
零は待ち迎える奏の胸に猫を押しつけて託した。
振り返る奏の視線の先。
ゴールの向こう、独尊と向かい合うクロの背中が見えた。
零は中央より迫る楽士の前に立ちはだかり、大きく腕を広げた。

二秒。
奏が高く、高く跳んだ。
腕を伸ばして掲げた猫が夕日と重なる。
翔天は半身を起こして仰向く。
独尊は口を大きく開けて立ち尽くす。
クロは少し振り向いて拳を握った。
楽士は目を閉じて息を吐いた。
零は振り向かず微かに笑った。

ブザーの音と同時に歓声が沸き起こる。

それに応えるように奏の雄叫びが轟き、彼の腕のなかで目を覚ました猫が頬擦りした。

「ちょー頑張ったのに負けた……」

試合を終えた独尊は、テントの中心で膝を抱えて丸まり仏像のように動かない。
うつうつした空気が充満しているので、三人の先輩は疲れているのに外で立ったままでいる。

「この先、バスケの大会が控えている。そろそろ気持ちを切り替えろ、独尊」

「鎮さん空気読めないんすか……」

「生意気を言う元気はあるようだな」

「ねっす……」

「気を確かに持て。俺たちは君を推薦するつもりでいるのに、その調子なら考え直さなくてはいけない」

「え……?天さん、俺まだ一年すよ。レギュラーになれるんすか」

「実力があればな」

「良かったね、独尊くん。僕も応援しているよ」

「先輩たち……!俺!俺様は……!」

独尊はようやく立ち上がったかと思いきや、はたと動きを止めて、今度は横になって丸まった。

「いやでも……今日めっちゃ足引っ張ったし……」

そこへ藍が登場。
彼女はズンズン歩いて、独尊の前に仁王立ちする。

「独尊いい加減にしろ!先輩たちにこれ以上、心配かけんなし!」

「うっせ。仕方ねーだろ。何やっても失敗ばっかで俺なんて」

「これ食え」

「あっつ!おま、ちょ、あっちいよ!」

藍が彼の頬に熱熱熱完熟の焼き芋を、ちょんと置いたものだから、独尊は跳ね起きて焼き芋でお手玉するはめになった。

「元気だしてアゲてこ。そんなメンタルじゃ、この先なんもやってけないよ」

「わってる」

「大事なんは勉強っしょ。失敗から学ぶことは多いって、ジイジがいつも言ってたじゃん」

「うぃ……そだな。よし。楽さん、これ貰っていいすか」

「僕に断らなくていいよ。お食べ」

「っす。サンキューな、あずさ」

「今度おごれよ」

「おう。先輩たちも心配かけてすんませんした」

「心配はしていない」

「鎮さん、ちょマジでキッツ」

「それだけ翔鎮も、俺も、君を信頼しているんだ。君なら必ず再起して奮闘すると信じている」

「ええ!そこまで!?え!俺様の才能がヤバすぎってこと!?」

「そうそう。だから独尊くん。自信を持って、これからも一緒に頑張ろう!」

「っす!楽さんも俺を頼りにしてください!」

「ははは……悪気はないんだよね……」

独尊は扱いやすいバカ。
先輩たちは優しくて賢い。
一緒にいて楽しい。温かい気持ちになる。
藍の頬が、ほくほく紅芋に染まってゆく。
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