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ヨウジョ FINAL WORK 前編

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季節は冬。
まもなく年末。メリーナイトが訪れる。
メリーナイトは、子供達を「今年も良い子で頑張ったね」と褒めてあげる祭日である。
この日、サンタさんと呼ばれる白髭をたくわえたお爺さんが、お利口さん達へこっそり福を届けてあげる。
子供の頃、お利口さんにしたご褒美に福が何度も届けられた経験は誰にもあるだろう。
朝早く、枕元か、はたまた玄関か、まさかの家の外のポストか、どこかに置かれたプレゼントを探すのに必死になったことだろう。

それは幼女達も例外ではない。
現在、とてもお利口さんにしている。
家事をより手伝っている。
主人公ら、おじさん達にも分かりやすいほど丁寧に親切にしてくれる。
メリーナイトが待ち遠しいと足踏みしている。
する度に空から雪が落ちてくる。
テレビから絶えず聞こえ、町でも響き続けるメリーソングに心を焦がされている。
でも町を飾る雪が溶けることはない。

幼女達はそわそわしていた。
どこか、ふわふわもしていた。
幼女がふんわりしているのは当然だが、心の話である。

それはさておき、おしとやかに雪が舞う夕暮れ時。
召集を受けて、一行は博士の家に集まった。

博士「こんな時間にわざわざ来てもらってすまない」

言って、博士は熱い緑茶を一口含んだ。
それを口のなかで転がしてから喉に通し、おもむろに湯呑みを置いて話を続ける。

博士「色々と進展があったので直接話そうと思った」

主人公「幼女に関してでしょうか」

博士「そうだ。初めに先日、ある被験者がキュン死にからの蘇生に成功した」

相棒「マジですか!」

博士「マジだ」

相棒「いや、でもどうやって」

博士「一つ一つ説明しよう」

幼女の三つ編みをほどくように、今、幼女の秘密が紐解かれてゆく。

博士「幼女の魅力、それは電気的超感覚による刺激だ」

ミス「電気的超感覚、ですか」

博士「言葉にしようならそうなる」

相棒「幼女の魅力なら、最低でも十万ボルトはあるだろうな」

博士「それはともかく。電気的な刺激が人体の細胞を過剰に活性化させて全身を麻痺させる。これがトキメキによるキュン死にだ」

相棒「さ、い、ぼ、う?」

博士「人間は電気信号によって活動しているのは分かるね」

相棒「まあ、ほどほどに」

博士「ありとあらゆる情報は電気信号となり、神経を伝導、脳へ集まる」

相棒「それは分かります」

博士「細胞には神経細胞というものがあり、情報を受け、処理、他へ伝達する役目を持っている」

相棒「へえ」

博士「その神経細胞は、主に興奮を司る」

相棒「ほお」

博士「神経細胞は視覚から入った幼女の魅力をまるで危険なものだと誤判断し、その情報を反射的に脊髄を通して脳へ素早く届けてしまう。その結果、全身に雷が落ちたように強烈な電気信号が伝わって、細胞は常に興奮状態に陥り、体が半永久的に麻痺するというわけだ」

相棒「うーん。むつかしい」

主人公「博士。幼女の魅力は見た目による視覚への刺激だけでなく、柔らかい髪に温かな肌による触覚への刺激、可愛い声による聴覚への刺激、また優しい匂いによる嗅覚への刺激もあります」

博士「その通りだ。幼女の魅力は視覚からの電気的超感覚による刺激だけに留まらない。あの、未発達の高い声にもある」

主人公「やはり、あの声にも秘密が」

博士「耳は入り口の方で高い音に共鳴し、奥の方で低い音に共鳴する仕組みになっている。高音を感知しやすいということだ」

主人公「それはつまり、幼女の声はトキメキしやすいということですね」

博士「その通り。そもそも人間の神経には様々あって、幼女による刺激を五感で受けやすいのだ」

ミス「我々は常に危険な状態にあると」

博士「そういうことだ」

主人公「だからと言って僕は否定したくはありませんね。何であれ、魅力、なんです。それだけで素晴らしいものなんです」

ミス「分かっています。私も否定するつもりはありません」

相棒「俺だってそうだ。むしろ、受け入れるための訓練を積んできたじゃないか」

主人公「そうだ。そうなんだよ」

博士「話を戻していいか」

主人公「はい。お願いします。どうやって蘇生させたのか教えてください」

博士「理屈は簡単だ。真逆の電気信号を送って弱め、最終的には相殺させる」

主人公「なるほど!」

博士「お前達が経験した魅力の衝突、萌の調和から得た発想だ。無論、簡単とはいかなかった。電気信号には波があり、ちょうどいい波長を見つけるには時間がかかったそうだ」

相棒「はあ。それで」

博士「間抜け面して。聞く気はあるのか?」

相棒「もちろん。勿体ぶらずにどんどん教えてください」

博士「では次に、本来、人間の遺伝子は二重螺旋構造になっているが、ほとんどの幼女が三重螺旋構造になっていることを伝える」

相棒「どゆこと?」

主人公「僕に聞かないでくれ」

博士「それ自体は何年も前から分かっていたことだ。それを覚醒遺伝子KWII2と呼び、紅白はずっと研究していた」

相棒「かわいいにゃ。ヘソがキュウと唸るトキメキを感じるにゃ」

博士「でだ先日、新たな発見をした」

相棒「ほお」

博士「人間の皮膚はマイクロバイブレーションといって、常に微弱に振動して低周波を発しているのだが。それと同じように、覚醒遺伝子も微弱に振動して、マイクロバイブレーションとはまた違う特殊な波動を発信しているのを発見した」

相棒「なんとまあ」

博士「その覚醒幼女波動が、人体に強力な過剰反応を誘う主な原因と考えられる」

相棒「そうなんだ」

博士「また、トキメキだけでなく、ふぇぇぇん現象のような共振共鳴作用、幼術による心理作用もこれが関係しているのかも知れない」

相棒「はあ興味深い。それでそれで」

博士「いいか、次に話すことは大事だぞ」

相棒「もー。悪戯に歯切れ悪くせず、はやく説明してください」

博士「ふ、ロマンはじっくり楽しむものだ」

博士はまた、熱い緑茶を一口含んだ。

博士「覚醒遺伝子は特別な宇宙線の影響を受けて反応している」

相棒「え!」

博士「特別な宇宙線とは、名の通り宇宙から降り注ぐエネルギーのことで、何ものにも妨げられない、今までに観測されていない未知のエネルギーだ」

相棒「宇宙からの未知のエネルギー!」

ミス「宇宙にもまさか幼女が……」

博士「間違いなくいるだろう」

ミス「どうしてそう言えます」

博士「わしの友人が会っているはずだ。機が熟せば会える、わしはそう信じて待っている」

主人公「待っているばかりなんてもどかしい」

博士「もうすぐだ。その宇宙線は日に日に強まっている」

相棒「そう言や思い出した。昨日、大華の国の娘々日報に、宇宙から地球へ未知なるエネルギーが一条の光のように注がれていて、必ず異星人はいると書かれていた」

主人公「外国の新聞までチェックしているとは、相も変わらず、すごい情報収集能力で敬服するよ。それで、確かに大華の国の新聞にそう書かれていたのか」

相棒「そうだ。この写真を見ろ」

相棒は腕時計から一枚の写真を立体的に映し出す。
それはなんとも可愛いらしい幼女の顔写真だった。

主人公「何のつもりだ」ドキドキ

相棒「間違えた。これは一面記事、平和を訴える幼女、和平ちゃんの写真だ」ドキドキ

ミス「こっちはこっちで気になりますね」ドキドキ

相棒「幼女パンデミックがあっても、あえて、こうして幼女の写真を載せて、本気で、真の世界平和を強く求めている人達がいるんです。大華の国は現在、他の国に続いて子供の生まれを抑制する運動を行っています。それは未来の幼女を減らすためです」

ミス「とても苦しい判断なのでしょう」

相棒「その運動に反対する団体の幼女代表が和平ちゃんです。彼女も例に漏れず一人で寂しい思いをしたり、喧嘩する大人達を見ては悲しい思いをしているんです。世界みんな家族だから仲良くしましょうと訴えているのです」

主人公「万国共通、幼女悲痛か。胸が苦しくなる」

ミス「この木綿のハンカチーフで涙を拭いてください」

相棒「ありがとうございます」ぐすっ

主人公「何とかなるさ」かたぽん

相棒「ありがとう。本題に戻ろう」

改めて新しい写真が立体的に映される。
月、その表面に幼女の影らしきものが映っていた。

相棒「偉い人が計算して、大きさからして恐らく幼女だと」

主人公「うーん。いまいち人っぽくない」

ミス「ウサギに見える、と同じ理屈じゃないですか」

博士「…………」

ミス「博士、顔色がよくありませんよ。平気ですか」

博士「いた。月に幼女はいた」

ミス「え?」

博士「わしの友人は月で幼女と出会った。この写真は本物だ。ああ、間違いない」

ミス「博士は、間もなく彼女が地球へ来るとお考えですか」

博士「来るさ。彼女は国家機密幼女第零号。そして、我々人類にとって一縷の希望だ」

主人公「博士がそう仰るならば僕は信じましょう」

相棒「もしかしたら俺達も邂逅するかも知れない。心の準備をしておこう」

博士「間違いなくそうなる、いや、そうするようわしが頼む。その時は任せて構わないな」

相棒「当然です」

相棒は、一瞬の迷いなく断言した。

主人公「ふう……頭がいっぱいだ」

ミス「話が細胞から宇宙まで至るとは思いませんでした」

博士「人体も一つの小宇宙と言われる。ある意味で共通話題だ」

相棒「人体も小宇宙か……」

ミス「さて、ことほちゃんが夕食を準備してくれています。そろそろおいとましましょうか」

相棒「会いたいでしょう。夕食、ご一緒にいかがですか」

博士「遠慮する」

主人公「博士。理由はあれど会わない時間はどちらにとっても心苦しいものになります、長ければ長いほど。僕は、三人に同じ思いをしてほしくないです」

博士「……分かった。おせちは頂こう」

主人公「本当ですか!約束ですよ!」

博士「約束する」

相棒「お年玉も忘れずにね」

博士「お年玉か。あげたことがない」

相棒「えー、て、俺もなかった」

主人公「ははは、来年は二人揃ってお年玉デビューだ」

ミス(私もない……)

主人公「さあ、帰ろう。博士お元気で」

一行が家に帰ると、楽しみにしていたブリしゃぶの用意が整っていた。
なにより鍋より、メカヨウジョとケモナが笑顔で「おかえり」と迎えてくれたことが温かった。
でも主人公は、ちょっぴり悲しい思いをした。

主人公「もしもし?」

今夜も主人公は娘へ電話をかける。

ウメ「今日もお疲れさま、お父さん」

主人公「ありがとう。ご飯はちゃんと食べた?」

ウメ「うん。今日はね、シチューだったよ」

主人公「それは良かったね」

ウメ「うん」

主人公「ウメ」

ウメ「うん?」

主人公「今年のメリーナイトは、ごめん。一緒には過ごせない」

ウメ「気にしないで。お仕事だもの」

主人公「お父さんはね。本当はお仕事なんて休んでウメと過ごしたい」

ウメ「私もよ。でも、お仕事は大事だから」

主人公「うん。そうだね」

ウメ「えらいえらい」

主人公「ありがとう」

ウメ「でもね。私、サンタさんにお手紙でお願いしちゃった」

主人公「何をお願いしたの?」

ウメ「お父さんとお母さんに会えますようにって」

主人公「そっか。お父さんもウメに会えますように、てお手紙を送っておくよ」

ウメ「うん。お願いね」

主人公「お爺ちゃんとお婆ちゃんは今日も会いに来てる?」

ウメ「うん。遊びに来たよ。だからね、寂しくないよ」

主人公「正直に言ってくれていいんだよ」

ウメ「本当に寂しくないよ。みんな優しくしてくれるし、オモチャもたくさんあるし、お菓子だってあるから」

主人公「ワガママは言ってない?」

ウメ「お利口さんにしてる」

主人公「えらい」

ウメ「でしょう!」

主人公「来年、迎えに行くときにご褒美をあげよう」

ウメ「やったー!」

主人公「じゃあ時間も遅いし、そろそろお休み」

ウメ「はーい」

主人公「風邪、ひかないようにちゃんとお布団被ってね。歯もきちんと磨いてね」

ウメ「もう、ちゃんとしてるよ」

主人公「それならいいんだ」

ウメ「お父さんこそ、しっかりしてね」

主人公「はは、しっかりするよ」

ウメ「じゃあまた明日。お休み、お父さん」

主人公「お休み。愛してるよ」

ウメ「私も」

小さなキスの後、電話は呆気なく切れた。
いつもそうだ。
電話は簡単に二人を繋いで、最後に呆気なく引き離してしまう。
主人公は感情の起伏が落ち着くと、暖房の効いた部屋のなかにいるのに体の芯まで冷えるような寂しさを感じた。
時間がゆっくりと凍りついて、時の流れが緩やかになったみたいに静かだ。
ふと、窓の外を見遣ると、雪もまた降りはじめた。

主人公「僕は何をやっているんだろう」

主人公は娘をおざなりにして、他所の家の幼女と遊んでいる。
もちろん、遊んでいるといっても真面目に仕事である。
それでも、他の子と戯れている事実に変わりはない。
実のところここ最近、主人公は幼女に娘の姿を重ねるようになった。
その表情は笑顔とは真逆で、どこか寂しそうで恨めしそうでもあった。
脳裏に焼きついて離れないあの日の顔だ。

相棒「今日は今年一番に老けてるな」

それから幾日が過ぎて、メリーナイトを翌日に控えたメリーナイトイブ。
早朝、主人公と相棒は食後に、アパートを改装したすっかり住み慣れた基地の前で、メカヨウジョと雪遊びをしていた。

主人公「明日はメリーナイトだろう」

主人公は木の裏に体を預けて言う。
雪の染みたおしりが冷たい。

相棒「そっか。娘とメリーナイトを過ごせなくてしょんぼりだって」

相棒は雪玉と一緒に言葉を丸めてメカヨウジョに投げた。
メカヨウジョは難なくそれをキャッチしてリリースする。

メカヨウジョ「まだ間に合いますよ」

相棒「いてえっ!」

ケモナが主人公に寄り添って言う。

ケモナ「大人は大変だわん」ちょこん

主人公「普通の仕事なら有給をもらってでも休む。でも、この仕事は人類を救う仕事だ。いつ、どんなきっかけで人類を救う手掛かりが見つかるか分からないからね」

ケモナ「人類解凍計画は順調よ」

主人公「でも、これからだ。まだ一歩に過ぎない」

メカヨウジョ「そんなことはありません」

メカヨウジョが言葉を雪玉と一緒に払い除けて前進する。
雪の上でもへっちゃらに加速する。

メカヨウジョ「もう走り出しています」

相棒「色んな障害がまだまだあるはずだ」

相棒は木陰と一体化した主人公の隣で必死に雪玉を作ってはメカヨウジョに投げる。
しかし、メカヨウジョはどれも完璧に避けてしまう。

メカヨウジョ「今の人類なら必ず乗り越えられるはずです」

メカヨウジョは相棒を守る雪の壁をよじ登って乗り越えてみせた。
驚いて新年を前に尻餅を早々についた相棒の腹にメカヨウジョがお座り、雪玉を高く振り上げる。

メカヨウジョ「あなた達がそうでしょう」

相棒の口に雪玉がどしどし詰め込まれてゆく。

メカヨウジョ「たくさん訓練して、たくさん頑張って、私達の魅力なんてもうへっちゃらじゃないですか」

相棒は雪玉をシャクシャクしながらシクシクした。
対して、傍らで主人公がニコニコ笑う。

主人公「そうだね。僕らは確かに強くなった。これから何かあってもきっと大丈夫だろう」

メカヨウジョ「じゃあ、帰ってあげてください。大好きな人と会えないのは寂しい。でしょう」

主人公「その通りだ。参ったな、君にこんなに言われて何も言い返せない」

メカヨウジョ「帰るんですね」

主人公「いや、帰らない」

ケモナ「頑固だわん」じとー

メカヨウジョ「バカ真面目です」ぷくー

主人公「ごめん。もう暗い顔しないから仕事を頑張らせて」

メカヨウジョ「まったく、しょうがない人」

ケモナ「どうしようもない人だわん」

相棒「おえほっ助けて」

メカヨウジョ「負けを認めますか」

相棒「降参だ。な?」

主人公「同意だ」

ところで、今日はお昼を食べ終えて、午後からメカヨウジョの遊撃に付き添うことになっている。
幼女それぞれに、三時間、町で買い物する時間が与えられた。
各々、家族と買い物を楽しむ。
タマランテだけが特別、商店街の人達を中心とした、四重の面接を合格した三十名にもなる選抜特務員が預かることになっている。
これは彼女が自分から頑として決めて願ったことだ。
とかく明日に行われるメリーナイトパーティーの目玉、プレゼント交換会で渡すプレゼントを選ぶのだが、贈る相手はすでに決めてある。

ヨウジョ→メカヨウジョ→タマランテ→コスプレイヤ→ヨウジョ

この巡りに決まった。
そして四人からケモナへと、特別なプログラムが贈られることも決まった。
朝から彼女の短い尻尾が揺れ続けているのは風のせいではなく、その為だ。
もちろん、お菊さんへもプレゼントが用意されている。
カスタードクリームで覆われた三段の特製ケーキだ。
と言っても、高さは五十㌢ほどである。
さすがに食べきれないと困るためだ。
これはもうタマランチ会長に発注済で、夕刻、パーティー会場へ空輸される予定になっている。
それをミスリーダーが引き継いで甘菊神社へ届ける。
残念ながら国家機密幼女であるお菊さんがパーティーに参加することは叶わない。
しかし、その代わりと言っては何だが、明日は朝早くより幼女交遊会と決めてある。

主人公「午後の予定はこんなものか」

相棒「不備はないだろう」

相棒は言って、ミスリーダーお手製の熱々ソーキソバを豪華にすすった。
別に用意されたゴーヤの天ぷらが、味付けされた豚肉とよく合う。
主人公は口いっぱいにそれを頬張った。

ミス「そう美味しそうに食べてもらえるとこちらも作ったかいがあります」

相棒「うまい!もう一杯!」

ミス「残念。おかわりはありません」

相棒「とほほ……」

メカヨウジョ「お腹いっぱいだから分けてあげます」

ケモナ「ことほは優しいわん」

ケモナが残りの一本をちゅるんと平らげた。
彼女は革命的技術によってメカヨウジョと味覚を共用するようになってから共に楽しく食事している。

相棒「いいよ。気にしなくていいから、たんとお食べ」

メカヨウジョ「午後のご馳走を考えたらちょっと減らしたいのです」

ミス「ああ、そこまで気が回らなかった。ごめんね」

相棒「かわいい考えだ。それなら頂こう」

主人公「今夜は贅沢なビュッフェになるからな。あー楽しみだ」

ケモナ「本当に?」

メカヨウジョ「ケモナ。めっ」

主人公「本心は娘にも食べさせてやりたい……」ずーん

ミス「そう落ち込まないでください。サンタさんにお願いしたのでしょう、娘と会えますようにと」

主人公「ええ、しましたよ」

ミス「じゃあ、サンタさんを信じなさい」

メカヨウジョ「そうです!サンタさんを信じなさい!」

主人公「ははは、わかった。信じるよ。そうだよな。お願いしたんだから心配はないはずだ」

ミス「はい。きっと会えます。メリーナイトは奇跡の起こる日でもありますから」

相棒「恋人できたらいいですね」ぼそっ

ミス「人のこと言える口ですか」

相棒「ごちそうさま。着替えてきます」

ミス「今日は私服で構いませんよ」

相棒「それなら時間までこのまま寛ごう」ごろん

メカヨウジョ「食べたらちゃんとさげなさい」

ミス「自分の部屋で寛ぎなさい」

相棒「くぅーここのレディは厳しい」

主人公「うちもそうだよ。ちゃんとしたら文句なんて言われないんだから、ちゃんとしたらいい」

相棒「お前がしっかりしてるのは家族の教育あってのものなんだな」

主人公「そうだ。僕はお父さんだからな」えへん

相棒「あーあ、なんだか肩身が狭いや」よっこいせ

メカヨウジョ「片付けたらママゴトしましょうね」

相棒「はあい」

ケモナ「やっぱり、ことほは優しいわん」ひそ

主人公「そうだね」ひそ

それからしばらく、時計の短針は二時を回ろうとしていた。
支度を済ませた一行は雪道対策をしたワゴン車に乗り込んだ。

主人公「道路にはあまり雪が積もっていませんね」

ミス「紅白特務員の方々がきちんと雪を除けてくれました」

主人公「人力で?」

ミス「まさか。それ用の車ですよ」

主人公「なるほど。とにかく感謝して安全運転に努めよう」

ミス「そうしてください。万が一に事故があっては博士に顔向け出来ません。それに家庭を持つ主人公に何かあっては困ります」

主人公「それはこちらもです。みんなを危険な目には合わせません」

のんびり走って町に到着すると、人のいない道路をさらに進んでニャオンの地下駐車場に潜った。

主人公「ここには他の幼女も襲来予定なんですよね」

ミス「その為に時間の調整をしてあります。私たちに与えられたのは三十分です」

相棒「そんなにすぐ決められるかな」

メカヨウジョ「目星はつけてあります」

ミス「あら、何にするの?」

メカヨウジョ「んふふ、ないしょ」

メカヨウジョが小枝のような人差し指を口に当てると、相棒は思わずドキッとして頭を窓にぶつけた。

メカヨウジョ「大丈夫ですか?」

ケモナ「何やってるの」

相棒「何でもない、平気だ。行こう」

ミス「では総員……出撃!」

メカヨウジョ「アニメイツ!」

ケモナ「だわん!」

真っ先に車から飛び出したのは相棒だった。
まるで獲物を見つけた猟犬のように素早い。
どういう理由か後で合流した時に聞いてみると、少々尿が漏れそうだったらしい。
そういう訳で、彼だけ遅れて和の雑貨屋にやって来た。
その頃にはすでに買い物は終わろうとしていた。

相棒「もう決まったのか」

メカヨウジョ「けん玉です」

相棒「どうしてけん玉なんだ」

メカヨウジョの華麗な手捌きに踊らされる玉を目で追いながらケモナが説明する。

ケモナ「けん玉の発祥は瑞穂じゃないけれど、この形は瑞穂の文化で独特なものだわん」

メカヨウジョ「だから、外国生まれのモモちゃんにはこれがいいかなって」

相棒「いい考えだ。それに玉に描かれている梅の花柄が可愛いし、きっと喜ぶだろう」

メカヨウジョ「良かった」

と、突然も突然だった。
ケモナの毛が逆立ち尻尾がピンと伸びた。
遅れて、主人公、相棒、ミスリーダーの胸が強く激しく狂暴に締め付けられた。
その感覚には全身が萎縮するほどの覚えがあり、それと同時に、そこにいる誰もが望まぬ破滅を遺伝子レベルで察した。

メカヨウジョ「大丈夫ですか!それに今のは」

相棒「まさか……な」

主人公「あり得ない。絶対にあり得ない」

ミス「ケモナちゃん。答えは?」

ケモナ「世界中から緊急のデータ収集。三㌫でも、ふぇぇぇん現象の可能性が松だわん。今もどんどん上昇中で」

相棒「もういい!分かった!分かったよ」

主人公「どうして突然きた。いや、そもそも前触れなんてないのか」

ミス「ええ。来るべきときに来たるものです」

メカヨウジョ「そんな……こんなにもあっさり世界は終わってしまうのですか」

相棒「それはない」

断言しても、メカヨウジョの髪を撫でる相棒の手は震えていた。

相棒「そんなことはない」

メカヨウジョはその手を優しく握って、胸にぎゅっと抱き寄せた。
それから傷も曇りも汚れもない硝子の瞳を相棒の瞳に重ねて、揺るぎない口調で訴える。

メカヨウジョ「今こそ世界を救ってください」

相棒「もちろんだ。その為に俺達がいる」

ケモナ「世界規模で幼女が暴走、保護者を従えて町を制圧中だわん」

ミス「幼女が保護者を従えるなんて、どうしてなの」

ケモナ「分からないわん。とにかく本部より伝言があるよ」

ミス「直接ではなく伝言……?」

ケモナ「再生するわん」

小型ドローンから、立体的に映像が映し出される。
店内が明るいためか、ノイズの混じった朧気な映像だ。

クレソン「こちら、本部長代理の浜名胡クレソン」

そう名乗ったのは美しさを保った茶髪の老婆だ。
その人物に、主人公は見覚えがあった。

主人公「この人は……」

クレソン「時間がありません、端的に申し上げます」

微睡む眼、そして声の震えからして極度にトキメキしていることが分かる。

クレソン「国家機密幼女が咆哮、ふぇぇぇん現象を引き起こしました。対象は恐らく、いえ、確実にそちらに向かうでしょう。なぜ、ら、彼女、は、名、あ、う」

彼女の背後に狼を模した赤い頭巾を被った幼女が不意に現れた。
すると、クレソンの言葉が徐々に途切れ、彼女は口を間抜けに明け開いたまま、最後に目を皿にして硬直した。
間違いないキュン死に。
ミスリーダーが悔しそうに目を伏せた。
クレソンが崩れるように倒れると、映像もそこで途切れた。

ケモナ「なんてこったわん」

ミス「この様子じゃあ本部は壊滅ですね」

ケモナ「世界規模で通信衛星や都市機能が次々とダウン、ネットワークが不安定になっているわん」

相棒「幼女が電気的な信号を発信していて、まるでそれが電磁波のようになっているからだろうな。それよりも震源地である東都の桜宮を中心に対象がこちらへ向かうならば、西南地域が麻痺するのも時間の問題です。このままではいずれ孤立します」

ケモナ「桜宮だけじゃないわん。全国から幼女がこちらへ集まっているみたいよ」

主人公「全国から幼女が殺到だって!」

ミス「全国から幼女が集まるなんてあり得るの?」

相棒「……そうか。発せられた幼女電波が上空の電離層で反射して拡散、それを受けてこちらへ向かっていると考えられます」

ミス「要はラジオみたいなもの、ですか」

相棒「多少大げさですが、恐らく」

主人公「子供は感受性が豊かだから十分にあり得る」

メカヨウジョ「ケモナ、どう?」

ケモナ「うん。これは、ことほにも分かるんじゃない」

メカヨウジョ「小さなエラーのことですか」

ケモナ「やっぱり。私達は双子だからそうだと思ったわん」

相棒「何か感じるのか」

メカヨウジョ「ビビッと。これは、お菊さんに魅了されたあの日のものと類似しています」

相棒「まずいな。この距離でそれなら、少しずつ魅了されて、全国、いや、世界中の幼女と同じように最後は暴走する可能性があるわけだ」

ミス「ことほちゃんもケモナちゃんも、そしてこの島にいる幼女達は幸いにして最強の魅力揃い。まだ時間はありますし、そうならない可能性もあるでしょう」

相棒「暴走しないでくれ」

メカヨウジョ「ケーキがなければ、もしかしたら」

相棒「ケーキがなければ、か」

主人公「最悪だ。今日はメリーナイトイブ、明日はメリーナイト。だからこの町は現在、どこもかしこもケーキだらけだ」

相棒「頼む。ケーキに負けるな」

メカヨウジョ「んー分からない」

相棒「しっかりしなさい!なんだそのケーキが食べたそうな顔は!」

ミス「今夜はパーティーの予定です。無理もありません」

相棒「パーティーは間違いなく中止だ。そうだ、だからガッカリするんだ」

メカヨウジョ「がーん!」しょっく

メカヨウジョがショックを受けてガーンとなった。
それを見てついカッとなった主人公が相棒の胸ぐらをグワシと掴み上げてギャンと叫ぶ。

主人公「おい相棒。なんて酷いこと言うんだ。そこまで言う必要はないだろう」

相棒「だって、このままじゃ、またことほちゃん達と敵対することになる!俺はそんなのもうゴメンだ!」

主人公「相……棒……」

そっと解放された相棒は、ドサッと腰を落とし、うつ向いて表情を陰らせた。

相棒「せっかくこんなに親密になれたのに。どうしてまた争わなきゃならない」

メカヨウジョ「大丈夫。私は暴走したりしません」

相棒「ケーキはいい匂いがするし甘くて美味しい。まだ幼女のお前が、その誘惑に敵うはずがない」

メカヨウジョ「幼女だけど!だけど負けません!」

相棒が、しゃがんだメカヨウジョと視線を合わせて真剣に確認する。

相棒「我慢出来るのか」

メカヨウジョ「うん」

相棒「あーごめん。本当は食べてもいいんだ」

メカヨウジョ「え?」

相棒「無理して我慢しなくてもいい。もし、そうなったら俺がお前から離れるから」

メカヨウジョ「それもダメです!」

メカヨウジョが相棒の首に手を回して、ひしと抱きつく。
決して離れないというように思いっきり。

メカヨウジョ「離ればなれはダメです。私達はチームです。どんな時も、一緒でなくちゃ」

相棒「そうだな」ぽんぽん

メカヨウジョ「もし、私がケーキを食べたそうにしていたら叱ってください」

相棒「……いいのか」

メカヨウジョ「はい。きつく叱ってください」

相棒「……くっ!」

メカヨウジョ「お願いします」

相棒「……分かった」

主人公「一人で気負うな、そう教えてくれたのはお前だ。辛い役目を一人で背負わせるつもりはない」かたぽん

相棒「主人公」

ケモナ「ケモナが、たっくさん、吠えてあげるわん」わんわん

メカヨウジョ「ケモナ」

ミス「今回は究極の任務になるでしょう。それを完遂するに、我々は一心同体となる必要があります」

相棒「一心同体。いいですね」

主人公「異論はありません。世界を救いましょう」

メカヨウジョ「えいえい!」

ケモナ「わーん!」

相棒「それいいな。おーし元気が出てきた」

と、ここで、ミスリーダーのミニフォンから電子音が鳴った。

ミス「しっ。紅白特務員よりの連絡です」

呑兵衛「こちら狐班のドンベエだ。あちこちで女児が暴走しています」

ミス「女児が!」

相棒「幼女に限定せずともそうなるのか」

呑兵衛「ケモナちゃんから状況は聞いていますが、目の前にしても、胸がドキドキしても、こんな惨状が現実だととても信じられない」

ミス「ケモナちゃん。動ける者は一般人の島外への避難誘導を優先するよう通達してください」

呑兵衛「島外へ?」

ミス「いずれこちらへ、幼女が仲間を連れ、群になって押し寄せます」

呑兵衛「それ洒落になりませんよ」

ミス「とにかくです。避難誘導を優先、それが完了次第、あなた方も急ぎ避難してください」

呑兵衛「どうして我々まで避難を。この暴動を放置しろとのご命令ですか」

ミス「ここにいては間違いなくキュン死にします。世界を魅了する、それほどの幼女がここへ訪れようとしているのです」

呑兵衛「……了解」

ミス「ありがとうごさいます。町の方はあなた方に頼みます。我々はこれから幼女の保護に向かいます」

通信終了。
ほんの少し、静かな間があって主人公が口を開いた。

主人公「別行動ですね」

ミス「まずは一度、基地へ戻って立て直します。ケモナちゃん、各幼女の保護者へ現場待機のご連絡をお願い」

ケモナ「アニメイツ!だわん!」

ミス「急ぎましょう」

基地へ戻り支度を整えると、疾うに時計の短針は四時を大きく越えて、外では冬らしく早くも日が暮れ始めていた。
ここで、重大な問題が発覚する。
幼女達はすでに暴走状態にあり、その保護者達もまた同調して集団催眠状態にあることが分かった。
また、幼女達が町の各所で同じ年頃の女児と、これまたその保護者に囲まれてパーティーを始めたと報告があった。 
茶碗のご飯粒ほど僅かに残された紅白特務員達が、その愛らしい光景に見惚れることなく胸を抑えて懸命に観察を継続してくれている。
平凡な表現になるが、間もなく夜の帳が降りる。
時は一刻を争い、指令室に集いし勇士らは急がねばならなかった。

ケモナ「博士が昔に打ち上げた量子暗号通信衛星の移動が完了したわん。無事に安定した通信を確保、この島でならもう大丈夫よ」

ミス「ありがとう。ケモナちゃん」

相棒「幼女を相手にするといつだって守りになるな」

主人公「幼女をせめることは出来ない。それは、いつの時代も変わらないことだ」

相棒「だが、今日限りは、俺達は攻めに転じる」

ミス「決闘、覚醒、保護。どれも難しい任務になりますがやれますね」

相棒「もちろんです」

ミス「私はタマランテのもとへ。あなたはメカヨウジョと共にコスプレイヤのもとへ」

相棒「アニメイツ」ビシッ

ミス「あなたはヨウジョのもとへお願いします」

主人公「アニメイツ」ビシッ

ミス「ケモナちゃん、幼女達の現在地の最終確認をお願いします」

ケモナ「ヨウジョはニャオンに、タマランテは商店街に。コスプレイヤは温泉街の側に……わふ!?」

立て続けに起こる不慮の災難。
ミスリーダーは慎重にきく。

ミス「どうしました?」

ケモナ「多数の女児がこちらへ進行中だわん!バリケードを突破!」

ドローンからの映像が立体的に展開される。
雪の幕に遮られて不鮮明な映像だが、確かに、女児の保護者達が侵入禁止を訴えるバリケードを破壊する様子が上空よりの鳥瞰で見られた。

ミス「バリケードが破られるなんて。しかし、どうしてまたこちらへ」

ケモナ「わからないわん」

相棒「もしかして、お菊さんの魅力に惹かれているのでは?」

ミス「なぜ」

相棒「いや、なぜって、女児達は各幼女のもとへ集まっているじゃないですか。確信はありませんが、それが幼女の魅力によるせいだと仮定すると、お菊さんのもとへも集まっても不思議ではないと思います」

ミス「そうですね。お菊さんは幼女のなかでも別格で神格。その仮説は正しいでしょう」

相棒「どうしましょうか」

ミス「ううん……」

主人公「タマランテも僕に任せてください」

ミス「それでは荷が勝ちます。この不利な状況で、連続して二人の幼女を相手にするなんてとても無茶です」

主人公「多分、ヨウジョこと、すずりちゃんは暴走していません」

ケモナ「はしゃいでるって報告だわん」

主人公「そう、はしゃいでいるだけ。彼女が他の幼女の魅力に負けるなんて、僕にはどうしても思えないのです」

ミス「確かに彼女は瑞穂最強の幼女です。しかし相手は、突然に現れては世界に覇を唱える未知の幼女です」

相棒「未知の幼女。ならその呼称は」

YOUJO-X

ミス「いいでしょう。現在は海上を進行中の未知なる幼女を、YOUJO-X、と呼称します」

主人公「いまいち呼びにくいな」

ミス「それで、あなたはヨウジョが彼女の魅力に負けるわけがないと断言するのですね」

主人公「はい。断言します。だから、ヨウジョを味方につけて必ずタマランテを攻略してみせます」

相棒「それはいい案だと俺は賛成します」

ミス「よろしい。ならばそれで、お願いします」

主人公「アニメイツ」

ミス「さて、町のあちこちでケーキの撤収作業が行われて幼女連合群の統率に乱れが出ています。恐らく、幼女達を覚醒させることが出来れば、女児や保護者はこの島に限定して解放されると思われます。今が好機です」

相棒「バシッと決めてやろう」

主人公「ああ」

彼ら三人の左胸で仲間の証が煌めく。
以前、メカヨウジョから三人に送られた桜坂の福山ちゃんに登場する三匹の猫の缶バッジである。

ミス「この戦いは人類の存亡をかけて熾烈を極めることでしょう。しかし、今年を締め括る仕事納めになりますので大事ないように。それでは気をつけ!」

三人はそれぞれ踵を合わせて直立すると、証に手を当て、仲間、であることを強く再認し任務完遂を誓う。

ミス「オペレーション、ファイナルワーク。総員出撃!」

主人公と相棒
      「アニメイツ!」
メカヨウジョ

ケモナ「だわん!」

女児の一群が通りすぎるのを待って、一行は肌を突き刺す氷の茨へと勇敢に出動した。
女児の後を追うようにミスリーダーは山へ、主人公は相棒とメカヨウジョを車に乗せて町へ下りた。
それからミスリーダーが真っ白な畦道を進んでいると、どんぶらこどんぶらこ、と博士が転がり落ちてきた。

ミス「博士!」

せっかく厚着した博士の服は雪の上を転がり、しっとり湿っていた。
このままでは風邪をひくだけでなく命に関わると判断して、急ぎ、ミスリーダーは博士の暮らす屋敷へ避難した。

博士「お菊さんに呼ばれて外に出てみればこの様だ」

博士は、ちろちろと燃える囲炉裏の火を前に丸くなって震えている。
その姿はまるで、かじけ猫だ。
寒さゆえか恐怖ゆえか、理由は混沌として本人にも分からない。

博士「初めてだった。お菊さんに助けを求められたのは。彼女はとても怯えていた」

ミス「あのお菊さんが」

博士「外に出て間もなく。わしはただならぬ雰囲気の一群を前に腰を抜かしてしまった。その時、足を滑らせて……」

ミス「後のことは私に任せてください」

博士「すまんな。この変事に、なんの役にも立てず」

ミス「そんなことはありません。博士が教えてくれた衛星が、私たちを繋ぐ命綱として機能してくれています」

博士「そうか、一か八かの賭けだったが役に立ったか」

ミス「運も味方してくれています。安心してお休みください」

博士「うむ。ここで勝利を願っている」

ミス「ありがとうございます。それでは、失礼します」

博士「気を付けてな」

その言葉を背に受けて気を引き締めたミスリーダーは師走より忙しく甘菊神社を目指した。
やがて杜の中へ突入すると、女児達の楽しそうな声が遠くから聞こえてきた。
辺りはもう暗く、ミスリーダーは何度も足をとられた。
それでも、その声を目指して足を止めることはない。

ミス「これは……!」

吐息を空に溶かしながら杜を抜けると、雪の妖精が戯れる幻想郷が視野いっぱいに広がった。
女児達が楽しそうに雪遊びをしている。
特に、雪の滑り台は絶大な人気を誇っていた。
その階段から伸びる列をしげしげと眺めていると、お菊さんがミスリーダーの胸へ飛び込んできた。

お菊さん「ふえぇ……!」しくしく

ミス「ど、どうしたの?何があったの?」どきっ

お菊さん「朝から町の人がね、雪をここに持ってきてね、かまくらとか滑り台を作ってくれたの。あとね、ツリーも一つ作ってくれた」くすん

お菊さんの指の先に、電飾までしっかり整備された立派なツリーが一本だけあった。
小屋から電気を引いて、この幻想郷を色鮮やかにキラキラと輝かせている張本人である。

ミス「それは良かったね」

お菊さん「でもね。急にあの子達が来てね、全部とられてしまったの」

お菊さんは泣いていた。
思い遣りを奪われ、弄ばれ、心が霙になってしまっているのだろう。
ミスリーダーはとにかく、一度、優しく抱いて頭を撫でて落ち着かせてやった。

ミス「お菊さん、よく聞いて」

お菊さん「なんじゃ」

ミス「ふぇぇぇん現象が起こって、世界規模で幼女が暴走しています」

お菊さん「したら、カスタードたっぷりのメリーケーキはないの?」

ミス「残念ながら」

お菊さん「しょんにゃあ……」へなへな

ミス「しっかりして!まだ時間はある!明日までに世界を救うことが出来れば、ケーキは食べられるの!」

お菊さん「本当!」

ミス「本当よ。タマランチ会長も都合をつけてくれました。互いに約束しました。私たちが世界を救い、会長がその祝宴を催してくれることを」

お菊さん「しょっかあ……」ほっ

ミス「もういっそのこと参加もしちゃって」

お菊さん「うん、する。でも、どうすればよいかね。まずは、こやつらじゃ」

ミス「彼女達はお菊さんに惹かれてここに集まったはず。でも、解決方法までは私にも分からない」

お菊さん「もしかして、何かに魅了されておるのか」

ミス「分かるの?」

お菊さん「魂に揺らぎが見えるね。あれは魅了されている証拠じゃ」

ミス「なるほど。お菊さんの魅力に誘われて、この場の雰囲気に魅了されているのでは?」

お菊さん「多分」

ミス「ケーキの甘い匂いなくしてここまで心が浮わつくなんて夜だから?特別な日だから?雪の遊具が珍しいから?ううん、理由なんかより今はどうすべきかよ」

お菊さん「……部屋にあるお線香を使うとよいかも知れんね」

ミス「お線香、それでどうにかなるの」

お菊さん「お線香の香りは心を落ち着かせる、昔、ここいらで幼女大合戦があった時もそれで静まった。まあ、とにかくやってみね」

ミスリーダーは頷くと、お菊さんの部屋として機能する立派な小屋に駆けつけた。
指示され、お台所の戸棚を開けると重ねて積まれた線香の箱を見つけた。
ライターも一緒にあった。
ミスリーダーはとんぼ返り、線香を束で出して火を着ける。
雪の影響はない、火が消えることはなかった。

ミス「このお線香はこの島の特産品ね。さすが、香りもいい」

それを、一本一本、まばらに雪に挿していく。
すると、さっきまで騒がしいほどにはしゃいでいた女児達が落ち着き、保護者達は思い出したように寒さに身震いした。

お菊さん「効果あり!もっともっともっーとお線香を焚くのじゃ!」

ミス「えい!えい!」

ミスリーダーは過去、ボランティア活動で行った田植えの要領で次々と雪に線香を挿していく。
滑り台には、坂に合わせて丁寧に突き刺した。
そうして、ちょこちょこ腰を休めつつも線香を突き刺し、広場をザッと線香で埋め尽くした。
その苦労の末。

ミス「収まった……!」

お菊さん「よくやった。褒めてつかわす」

ミスリーダーはさっそく一同を集めると、各々、自宅待機することを命令した。
女児達が不満を口にするも親には逆らえず、しばらくするとまばらに帰宅が始まった。
ミスリーダーはケモナを介して特務員に連絡、帰宅組の誘導を依頼した。

相棒「ミスリーダーからの連絡だ。線香で落ち着かせたらしい」

メカヨウジョ「お線香で?」

相棒「香りで正気に戻したみたいだ。とすれば、俺達も何らかの手段で戻すことが可能ということだ」

メカヨウジョ「五感のどれか、たくさんを刺激すれば」

相棒「と言ってもなあ」

メカヨウジョ「あの、お外は寒いです。そろそろ中に入りましょう」

相棒「このポタージュを飲み終わるまで待ってくれ」

相棒とメカヨウジョはとある温泉旅館の前でポタージュを胃に流し込んでいた。
体の温もりで不安と恐怖を落ち着かせるつもりだったが単純にはいかなかった。
しかし、今さら怯える必要はないと、相棒はポタージュの缶と不安をゴミ箱に放り捨てた。

メカヨウジョ「決心したんですね」

相棒「行こう。お前が隣にいてくれるから俺は逃げない」

メカヨウジョ「逃げようとしても、この手は放しません」

メカヨウジョは相棒の手を握った。
二人はいざ、旅館の中へ踏み込む。
中に入るとすぐ、盛況の声が耳に入った。
現場で待機していた特務員が相棒に伝える。
宴会場はいっぱいらしい、そして何より、コスプレイヤが愛らしいと。
相棒は特務員達に、温泉で心身をほっこり労るよう言って、後は任せて構わないと念を押した。
特務員達は渋々ながらも、傷んだ心の疼きには敵わず、ぞろぞろと温泉へ向かった。

メカヨウジョ「協力してもらわなくて大丈夫なんですか」

相棒「彼らは十分に戦ってくれた。だからいいんだ」

メカヨウジョ「優しい人……」

相棒「白状する、俺は優しいとは無縁の男だ。俺は過去に幼女を守るためなら法を犯してでも、ネットを使って人を利用した。それでたくさんの仲間が逮捕された。それでも俺は部屋でぬくぬくと、アニメや漫画に登場する幼女を見ながら贅沢三昧をしていた」

相棒は天を仰ぎ、体内に溜まった己に対する憤懣を混じらせた息を、フッーとゆっくり吐き出した。

相棒「いや、それだけじゃない。パチスロだってよくしたし、株や競馬や競輪や競艇なんかにも手を出した。そうやって、幼女が恐いからって自分を誤魔化しながら、人を巻き込んでは犠牲にしていたんだ」

メカヨウジョ「そうですか」

相棒「失望してくれたっていい。嫌いになったのなら見捨ててくれたっていい。たとえ一人になっても俺は戦える」

メカヨウジョ「さっき隣にいてくれるから逃げない、て言ったばかりじゃないですか。本当はずっと、近くに、誰かに、いてほしかったんでしょう」

相棒「そんなこと……」

メカヨウジョ「恐くて、寂しくて、泣きたくても、ずっと我慢してたんじゃないですか」

相棒「馬鹿言え。俺はおじさんだぞ」

メカヨウジョ「おじさんだって人でしょう」

相棒「うん。人だ」

メカヨウジョ「もう我慢しなくていいよ。素直でいいよ。現在は私がいるよ、みんなもいるよ」

メカヨウジョは知っていた。
おじさんが誰よりも怖がりで寂しがりで、でも誰よりも優しい人だということを。

相棒「ありがとう。いい子いい子」

相棒はメカヨウジョの頭を軽く二度叩くと、くしゃっと髪を撫で回した。

メカヨウジョ「もう。髪がくしゃくしゃ」ぷくー

相棒「行こう、ことほちゃん」

メカヨウジョ「うん。がんばろうね」

ハイタッチ。
笑顔も交わせば、今度こそ恐れるものはない。
きっとね。

相棒「主人公、聞こえるか」

主人公「どうした、まだ運転中だ」

相棒「俺はやるよ。今度こそ、本当に、自分の持てる限りの力で、それをみんなと合わせて幼女を守るんだ」

主人公「今さら何を言う。この島に来てずっとそうだったじゃないか。あなたはもう立派にやれているよ」

相棒「そうか。お前は相棒だもんな。お前も分かっていてくれたんだ」

主人公「思う存分に戦え。そして守るんだ。あなたが望む未来をその手に掴み取るんだ」

相棒「俺が望む未来」ちら

メカヨウジョ「?」くびかしげ

相棒「君たちが笑って幸せに暮らせる世界だ」にかっ

相棒は通信を切ると宴会場にこそっとお邪魔した。
まるで寿司詰め状態の保護者達は舞台を前に集まって盛り上がっている。
相棒とメカヨウジョは、その一番後ろから舞台で何が行われているのか頭一つ出して伺う。
聞こえてくる音楽から何が行われているのか想像はついた、が、それ以上の世界が舞台のうえにはあった。

相棒「やっぱりか。あれは演劇だ」

メカヨウジョ「魔法少女マジカ☆バカカ。その舞台化ですね」

相棒「魅力に引き寄せられた女児達はもう、あの世界観に魅了されている。そしてこの保護者達は、舞台上の娘達の晴れ姿にメロメロでトキメキして仕方ないわけだ」

メカヨウジョ「見る限り、一人一人にちゃんと出番があるみたいです」

相棒「当然だ。愛を語る世界に涙はない。しあやちゃんが仕切るなら、当然、みんなが満足する舞台に仕上げているはずだ」

とは言え、まだ幼い女児等が台本を作り、そして覚える余裕はない。
この劇は即興劇とみて間違いないだろう。
ひとりひとりのアドリブに任せて、それをしあやちゃんがフォローしたり纏めているに違いない。
そんなことを考えていると、相棒の視界がふいに揺らぎはじめた。

相棒「あれ?」

メカヨウジョ「おじさん、泣いてるの?」

相棒「俺、泣いてる?」

メカヨウジョ「ん、ちょっと」

相棒「そうか。きっと嬉しいんだろう」

メカヨウジョ「何が嬉しいんですか」

相棒「ふふ、しあやちゃんが幸せにしていることさ」

七種しあや。
彼女は幼女にして、人前に無理矢理立たされた結果、多くの人をキュン死にさせてしまったトラウマを持つ。
ただでさえ人見知りな彼女が、余計に人を苦手としまった辛い過去だ。
それを忘れたように、今、彼女は人前に立って楽しく演技をしている。
そうして、たくさんの人を笑顔にしている。
それはまるで、彼女が真に魔法少女に変身したようだ。
また、たくさんの友達に囲まれている。
それはまるで、彼女の夢が心願成就と現実したようだ。
相棒は感極まり男泣きした。

メカヨウジョ「ちょっと、え、もうしっかりしてください」

相棒「だってよお」ぐすっ

メカヨウジョ「あれは本当の幸せじゃありません。マッチ売りの幼女が見る幻想と同じです」

相棒「どうしてそんなこと言うんだ。あれを見てみろ」

メカヨウジョ「今、しあやちゃんの心はふわふわしています。遠く高いところにあるのです」

相棒「暴走しているから、あれは本心じゃないと言うんだな」

メカヨウジョ「そうです。目を覚ませば逃げ出すはずです」

相棒「なら、このままでも」

メカヨウジョ「本当にそれでいいと思いますか?」

相棒「ダメだ。よし、そろそろ目を覚ませてやるか」

相棒はまず、自身の頬を叩いて微睡む決意をしっかり目覚まし、そこに気合いを込めた。

メカヨウジョ「作戦は?」

相棒「お前に任せる。幼女のことは幼女に任せるが適任というものだ」

メカヨウジョ「分かりました。では、こうしましょう」

作戦はとても簡単だ。
メカヨウジョが乗り込んで主導権を奪う。
そこへ相棒が飛び入り、物語を凍結、崩壊、終幕へと導く。

メカヨウジョ「対立。友達の死。そしてヒロインの堕落。悲劇三式です」どや

相棒「幼女とて女。侮るべからず恐るべし」ごくり

メカヨウジョ「はい?」

相棒「泣かせやしないか」

メカヨウジョ「希望の第二部へと続く。そうやって期待を残しますので安心してください」

相棒「なるほど。それなら、無理矢理に物語を終わらせても泣くことはないかもしれない」

この作戦は以前に彼女が実行しようとした、心を凍結させて破壊する、アブソリュートゼロ計画の応用だ。
あの日、おままごとの主導権を握る駆け引きでも彼女は負けず劣らずであった。
成功する可能性は十分であり、相棒が加わることによって一は二となろう。

メカヨウジョ「さ、行きますよ。あなたは舞台裏へ回り込んでください」

相棒「アニメイツ!」

相棒が急いで舞台裏へ回ろうと廊下に戻ると、彼の鼻が事件の匂いを嗅ぎ付けた。
それは醤油のような香り高い匂いだった。

相棒「夕食……か」

考えられることはそれしかなかった。
腕の時計は五時を半ば過ぎていて、腹が空き出す頃合いを示していた。

相棒「もし夕食となれば舞台は続くのだろうか?」

簡単に二つの仮説を立てる。
いち、劇は中断、休憩となる。
に、続行、観客をより楽しませることになる。

相棒「もし続行して観客がより楽しむことになれば、食事の影響で気分が高揚するに比例して、なおトキメキが高まり、最悪キュン死にしまう可能性がある」

それは、七種しあやの悲劇、その再演を思わせた。
あまりに恐ろしい想像にゾッとする。
相棒は、幼女の幸せを望むはずの自身が、そのような悲劇を容易に想像してしまうことにも計り知れない恐怖を含めた。
吹き込むすきま風による床板の冷えが原因ではない、相棒の体は内から荒ぶ臆病風に凍えて凝固した。
ついに廊下の真ん中に一人うずくまり、恐怖に駆られて焦燥にガタガタと震える。

相棒「どうにかしなきゃ。でも、でも俺に夕食の配膳を止めることが出来るのか。それよりも早く舞台へ駆けつけなきゃ。どっちを優先する俺。どうする俺。どうしたらいい俺」

メカヨウジョ「どんな自分も受け入れて。弱さだって強さにするの」

ハッとする。

メカヨウジョ「何度迷ったっていい。何度挫けたっていい。何度倒れたっていい。何度逃げたっていい」

筋肉が膨張する。

メカヨウジョ「それでもまた前を見て、立ち上がることが出来たなら、それだけで、あなたは立派な戦士です」

関節が駆動した。

相棒「戦わなきゃ勝ち得ない幸せもある。だから俺は戦う、一人の戦士として」

メカヨウジョが舞台で小さく笑った。
コスプレイヤが迫る騒がしい音を聞きつけて耳を傾ける。

相棒「そこまでだ。クイーンマヌーケ、いや、ことほちゃん」

相棒が舞台へ馳せ参じる。
会場はどよめきに包まれる。
何が起こったのか誰にも理解出来ない。
しかし奇跡とは、いつだってそういうものである。

相棒「君が消えてしまうことはない」

メカヨウジョ「私はマヌーケ。私が消えなきゃ、大好きなあなたは救われない」

ここからケモナのナレーション。
及び、小型ドローンによる演出の追加。

ケモナ「髭おじさんの心から生まれたマヌーケ。彼女は、彼の心を毒で蝕む邪な存在なのです」

相棒「でも……だからって消えちゃうことはないだろう。俺は嫌だ」

コスプレイヤ「私だってどうにかしたい。だってあなたはもう友達だもの」

コスプレイヤが手を伸ばすも、メカヨウジョはそれを平手で打ち払う。

ケモナ「ことほは、しあやの学校に転校してきたクラスメイト。ことほは一年間クラスメイトとして、友達としてしあやの側にいました。でも、そのたった一年が彼の心を腐らせてしまいました。何もしない、何からも逃げてしまうダメおじさんにしてしまったのです。ことほは、大好きな人を自分のせいでもっと傷つけてしまったのでした」

メカヨウジョ「おかしいね。マヌーケなのに、人を好きになるなんて」

コスプレイヤ「おかしいことなんてないよ。きっとあなたは、彼の温もりから生まれたの。だから人を好きになる。だから私とも友達になれたのよ」

メカヨウジョ「髭おじさんの心は平和を望んでいた。でもそれは」

相棒、二人の間、舞台の中心に立つ。
メカヨウジョと向かい合う。

相棒「純粋なものじゃない。ずっと、いさかう人達に怒りを燃やしていた」

メカヨウジョ「私はその熱を知っている。焼け焦げた心の痛みを知っている。だから、これ以上は耐えられないのよ。争いのない世界をつくるために私は」

相棒「もういい。俺がすべて悪いんだ。ダメおじさんにならないから、小さなことでいちいち怒鳴ったりしないから。どうか消えないでほしい」

メカヨウジョ、それを首を振って否定。
髭おじさん、三歩下がる。

メカヨウジョ「さあ、しあや!はやくおやり!あなたの戦いはずっと見てきた、やれる覚悟はあるはずよ!」

コスプレイヤ「やっぱりだめ……!」

メカヨウジョ「ふん。しょせん、魔法少女のコスプレイヤーよあなたは」

コスプレイヤ「ことほちゃん」

メカヨウジョ「戦士としての自覚がない。それじゃあ、誰も救えない」

コスプレイヤ「おじさん……」

コスプレイヤが相棒を見遣る。
相棒、拳を握り締めて叫ぶ。

相棒「ダメだ。よせ、やめてくれえ!!」

ケモナ「彼が大声を上げたとき、彼の心に空いた穴は新しい願望でふさがり、傷は愛で癒えました」

キラキラした光がメカヨウジョに降り注ぐ。

メカヨウジョ「おじさんの心は弱くない。とっても強いよ」

ケモナ「ことほは倒れました。邪悪をすっかり失った彼女はマヌーケとして存在出来ません」

メカヨウジョくずおれる。

相棒「ああ……ことほ。そんな」

髭おじさん、メカヨウジョを腕に抱く。

メカヨウジョ「これでいいの。最後にあなたの腕の中で眠れるなら、こんなに素敵な幸せはないわ」

コスプレイヤ「ことほちゃん!」

メカヨウジョ沈黙。

ケモナ「こうして、ことほの物語は終わってしまったのでした」

暗転。

ケモナ「しかし、幕はまだ閉じられません」

コスプレイヤだけが舞台の中心でスポットライトを浴びる。

しあや「私は大切な友達を守れなかった。馬鹿……阿呆……ううん」

コスプレイヤ、へたり込む。

相棒「おい!しっかりするんだ!」

しあや「私は間抜け……そうマヌーケよ」

スポットライト明滅。
直後、サッと幕が閉じられる。

ケモナ「魔法少女しあやは、世界の魔法少女達と共にマヌーケの群勢と戦い勝利しました。ところが、帰宅する彼女を路上で待ち受けていたのは友達のことほ。彼女こそマヌーケの群勢を操る黒幕だったのです。明かされる真実、迫られる決断、その果てに生まれた救い。けれど、ことほが救われることはありませんでした」

ケモナが幕の前で深く丁寧にお辞儀する。
この魅力によって、コスプレイヤによる魅了を遮断。

ケモナ「舞台版、魔法少女☆マジカバカカ、第一幕、魔法少女☆総力決戦、これにて終幕。第二幕、戦乙女リヴァイブ。ことほの活躍をお楽しみに」

ケモナが消え、整えられる宴会場。
観客大絶賛、そこへ迅速な夕食の配膳。

相棒「これにて任務完了」

メカヨウジョ「お疲れ様でした」

相棒「お前もよくやった」なでなで

メカヨウジョ「ふふ、ありがとうございます。でも、こんなにスムーズに終えられたのはケモナのおかげです」

相棒「さすがのサポートだった。ありがとう、ケモナちゃん」なでなで

ケモナ「えっへんだわん!」

三人は喜びを分かち合い、はい、タッチ。
その傍らでコスプレイヤが拍手した。

相棒「しあやちゃん。落ち着いたんだな」

コスプレイヤ「何を言ってるの?まだ終わりじゃないよ」

彼女の背後に巨大な化け物が静かに姿を現す。
それは突然にやって来たように思えるが、実は宿命だった。

メカヨウジョ「おっきなケーキ……!」

コスプレイヤがまた拍手する。
すると、舞台袖で目を光らせる女児達も揃って拍手した。

相棒「いったい、何が行われようと言うんだ」

幕がまた開かれ、化け物が舞台の中央まで移動して、一瞬にしてその場を制圧した。
三人はその側で困惑して、ただ驚くしかなかった。
コスプレイヤが堂々と誰よりも前に立ち、元気いっぱいに声を張り上げて紹介する。

コスプレイヤ「今日、お誕生日の子がいます!朝霧ちろりちゃんです!」

また、拍手喝采の波が舞台を打つ。
舞台袖からポンパドールが愛らしい女児が気恥ずかしそうに小走りでやって来た。

コスプレイヤ「お誕生日おめでとう!ちろりちゃん!」

拍手喝采の波は引くことなく舞台を打ち続ける。
三人はその飛沫を受けて湿った顔を見合わせた。
相棒だけが、暖房の効きすぎなんかじゃなく、会場の熱気によるものなんかでもなく、むしろそれとは反対に体感温度がどんどん下がって冷や汗をかいた。

相棒「今日このメリーナイトイブに誕生日の子がいるだなんて予想もしなかった」

ケモナ「けど、冷静に考えてみれば、よくあることだわん」

メカヨウジョ「おめでたいです」じー

相棒「あ!ケーキをジッと見るんじゃない!」

ケモナ「美味しそうだわん」へっへっ

相棒「ヨダレなんて垂らしてはしたないぞ!」

ケモナ「ことほ、しっかりするわん!メロメロになっちゃダメよ!」

メカヨウジョ「分かってますよ。というか、ケモナこそ」

相棒「頼むから負けないでくれ」

そうして三人がまごつく間に、ケーキは旅館の働き者達によってズバズバと切り分けられていく。
相棒はそれを阻止するために長い刃物を持った男を取り押さえるが、舞台に上がってきた女児のお父様方に引きずり下ろされてしまった。
その時、相棒は見た。

コスプレイヤ「ことほちゃんも一緒にケーキを食べよう」

メカヨウジョ「うん」

メカヨウジョの手にケーキがある。
ケモナもドローンを利用して素早くスキャン、そしてプログラミングして同じものを手にしている。
切り分けられた化け物の一切れ一切れが小さな怪物となり、女児達の手元へ新たにトキメキを運んだ。

相棒「俺が助けるんだ!」

騒がしい相棒の口に、まあ飲んでくだせえ、とウィスキーが流し込まれた。
パリピである、しあやのお父様の仕業だった。

相棒「……うまい」

それでも、相棒は諦めない。
体を回転させてお父様方を振り払うと、また舞台に上がってメカヨウジョの前に立った。

相棒「ことほちゃん!」

メカヨウジョ「大丈夫です。ほら、ケーキを食べてもへっちゃらです」

ケモナ「バイタル安定だわん」

メカヨウジョは口元についたクリームをペロリと舐めとり、眉を谷折りにして強い眼差しで答えた。
ケモナは堂々と胸を張って、短い尻尾をピンと直立させた。

相棒「限界を超えたんだな。ことほちゃんも、ケモナちゃんも」

メカヨウジョ「はい!」

ケモナ「わん!」

三人を閉じた幕の裏に残して、会場では楽しい夕食会が始まった。
皆、メロメロのウキウキのアゲアゲである。
それもコスプレイヤの魅力にすっかり酔って、怪人ヘベレケとなってしまっているからだ。
このまま高まったトキメキがショートすればキュン死にの可能性がある。
現場の盛り上がる雰囲気は、今にも破裂しそうな薄い緊張感に包まれていた。
それを知る三人は熟孝する。
逆転の一手を、考える。

メカヨウジョ「ラブ注入してみます」

相棒「なに?」

突飛な提案。

相棒「まさかフードラブを起こすつもりか」

フードラブとは、以前、タマランテが食事にラブ注入することで、人々を半トキメキ状態にした脅威の魅技である。

相棒「いや、そもそもお前にはラブ注入が出来なかったはずだ」

メカヨウジョ「食べ物には無効でした。でも」

相棒は思い出す。
ラブ注入の挙動を直視した主人公とミスリーダーが激しくトキメキしたことを。

相棒「甘菊神社では嗅覚の刺激で解放出来た。確かに、視覚への刺激で解放の可能性はあるだろう」

メカヨウジョ「同時に、データにある、しあやちゃんとは真逆の電気信号をみんなに与えます。調整が難しいですが、私はロボットだから何とかしてみせます」

相棒「だがとても危険な賭けになるぞ。成功するか分からないし、何より対消滅どころか、可愛らしさの爆発でキュン死にさせるかも知れない。俺もここに隠れても、その爆風からは逃れられないだろう」

メカヨウジョ「この数を相手にするにはそれしか方法がありません。目には目をです」

相棒「やれるか?」

メカヨウジョ「おさのこちゃいちゃいです!」きりっ

ケモナ「くぅーん……大事なとこ……」

相棒「緊張して噛んだな。不安にさせてごめん。大丈夫だ、自分を信じろ」なでなで

ケモナ「ケモナもいるわん!ちゃんとサポートするよ!」

メカヨウジョ「うん。ありがとうケモナ」

ケモナ「二人なら」はい

メカヨウジョ「できる!」たっち

これは一か八かの賭けになる。
しかし、主にパチスロ店でギャンブルと何度も戦い勝利してきた相棒には勝ちが見えていた。
また、人が奇跡を起こせるということを、幼女との何度の戦いで身に覚えている。
特に今夜は奇跡の前夜祭……。

相棒「お前達が勝利の女神になるんだ。そして、この会場にいる迷える子羊達に祝福を授けてくれ」

ケモナ「わおーん!」

にわかに轟くケモナの雄叫びは、ご馳走よりも魅力的な興味だ。
会話が呼吸するように吸い込まれ、それから放たれた熱い視線で幕が溶け、その境から糸のように細い白髪のちいさな女神がひょこっと現れた。
先ほどの舞台で見慣れたなど、そんなの関係ねえ。
メカヨウジョの魅力は熱い視線で熱を増し、頬を仄かに赤くさせた。
彼女は、瞳を適度に発光させてキラメキのレーザービームで会場を薙ぎ払った。
直後に爆発、爆風に鎮火。
誰も気づかぬ間に、誰もの心から、コスプレイヤのトキメキが炭となった。
そのトキメキの炭に、新たなトキメキが萌える。

メカヨウジョ「いくよ!ケモナ!」

ぽんっと空中から現れたケモナの両手を取り、メカヨウジョが、くるっと一回転。
わんわん、戯れる、幼女。
爽やかな風を受けてトキメキの炎が激しく萌え上がる。

ケモナ「もえもえ!」

メカヨウジョ「きゅんきゅん!」

可愛らしく愛らしい、はんなりした挙動。
ウィンクすれば長い睫毛で魅力が迸り、微笑みからは魅力が溢れた。
それは火山の噴火を思わせよう。
流れた魅力のマグマが余韻で冷え固まり、人々の動きを封じた。
最後に、二人の御手で作り上げたハートマークから放たれた愛が開かれたままの口から体内へ飛び込むと、トキメキの炎はそれを燃料に全身に燃え広がった。

コスプレイヤ「かわいい!」

沈黙を破ったコスプレイヤの一言で、人々が魅力溶岩を砕いて立ち上がる。
理解が間に合わない。追いつかない。意味不明。
それでも、この場で起きた不思議な奇跡に人々はジーンと感動した。
ここで幕から相棒が登場、最後にビシッと締めにかかる。
トキメキに胸が痛むがそれは今さらで、今となってはむしろ幸福を強く感じる。
相棒は満たされた胸を鳩よりも張って告げる。

相棒「今夜は楽しいメリーナイトイブです。引き続き、めいいっぱい、楽しい夜をお過ごし下さい」

言って、メカヨウジョとケモナを抱き寄せた。
ああ……やっぱり幸福だ。

相棒「俺たちみたいに!」にかっ

皆、家族それぞれに顔を見合わせ笑顔を交わして頷く。
と、温泉街で酒屋を営む鶴柿四郎が呟いた。
そうだうっかりしてた。今夜はメリーナイトイブじゃないか。
その言葉をキッカケに騒がしさを取り戻して家族団欒。
人々はそうして、次第に冷静に落ち着いたのだった。

相棒「ということで、こちらは任務完了です」ドキドキ

ミス「グッド上出来です。コスプレイヤの様子はどうでしょう」

相棒「両親と共に、メカヨウジョより事情を聞いています」

ミス「あなたからは、今夜は皆さんと一緒に、そこに宿泊するようよろしく伝えてください」

相棒「ここにお泊まりですか」

ミス「そうです。そしてそれは、あなたも含めてです。幼女の夜間活動は世界的に厳粛に禁止されていることはご存知ですね」

相棒「家族とのプライベート以外はそうでしたね。公務となれば違反となる」

ミス「ということで今夜、あなたがことほちゃんをしっかり寝かせてあげてください」

相棒「そんな、俺もトキメキに振り回されて疲れているんですよ」

ミス「宴会の参加を許可します」

相棒「アニメイツ」

ミス「では、よろしくお願いいたします」

相棒「あの、ミスリーダーはこれから帰宅されるんですか」

ミス「私は行くところがあります。着替えは主人公に送らせます」

相棒「で、ミスリーダーはどこへ?」

ミス「YOUJO-Xのお迎えです」

さて、少し前になる。
まだ、時刻が五時らへんを迎える前のこと。
主人公はニャオンの地下駐車場に到着した。
駆け足で店内へ入ると、メリーナイトソングが聞こえてきた。
それと、一階から賑やかな声も聞こえてきた。
慎重に階段に近付き、上方を確認、それからゆっくりと一階を目指した。

主人公「こちら主人公。ニャオンは現在、大盛況の様子です」

ミス「どういった状況でしょうか」

主人公「レジにたくさんの現金が散乱しています。店員はトキメキして職務放棄したようです。一緒になって楽しんでいる様子が伺えます」

ミス「その原因がヨウジョにあるとすれば、遠ざけることで正気を取り戻せるでしょうか」

主人公「どうでしょうね。僕にはさっぱりです」

ミス「……ん?聞こえるその音楽はもしかして」

主人公「はい。メリーナイトソングです。この時期、どこでも流れている定番のやつです。歌いましょうか」

ミス「結構です。それよりも、その歌を止めるのはいかがでしょう。メリーナイトソングには人の心を高揚させる効果があります。町では停止作業が順次行われていますが、ヨウジョのいるニャオンは対象外です」

主人公「僕がやりましょう。今すぐにでも」

ミス「待ってください。まずはヨウジョを店外へ連れ出してからにしてください。ヨウジョの進行によって、落ち着いたトキメキが再起する恐れがあります」

主人公「分かりました。では、初めにヨウジョを店外へ誘導。次に音楽を停止。最後に一般人のトキメキの変化を観察します」

ミス「お願いします」

主人公「アニメイツ」

作戦が決まった。
初めに、三階にあるフードコートで、一般人に紛して待機する特務員達と合流した。
そこへ行く間に現場の視察を詳細にしたのだが、ニャオンは想像以上に混沌としていた。
どうも人の心の盛り上がりの行き着く先は必ず、祭、らしい。
絨毯の上に商品であろう家具をまばらに置いては、年齢など関係なく、みんなで愉快に談笑しながら食事をしている。
そのおぞましい光景に、人間の浅ましい本性をも見た気がして、主人公は自分ももしかしたらああなっていたかも知れないと生唾を飲んだ。

主人公「少し手が震えています。こんなことになるなんて。前回のふぇぇぇん現象ではこんなことなかった」

外国の本部から派遣された、エリート助っ人特務員のオリーブが毛のない頭皮をさすりながら答える。

オリーブ「今日はメリーナイトイブ。どうしても、みんな浮わついちまうのさ」

オリーブはスキンヘッドのシュッとしたイケメンだ。
厚着した服でもパンパンに鍛えられた肉体は隠せていない。
とても頼りガイだ。

ダブ「オリーブの言う通りだね。今日はめでたい日だ。たとえこんなことになってしまっても、彼等を心から責めることは出来ない」

ダブはそう言って、主人公の肩を優しく二度叩いた。
彼はオリーブと身体の特徴から髪の毛の量まで対照的だが、同じく優しい目をして厚い愛情を胸に秘めている。
こちらもイケメンの頼りガイだ。

主人公「あの。お二人だけですか」

オリーブ「危険な任務なのと町での活動が忙しくてな。そこで、エリートの俺達が選抜されたわけさ」

ダブ「俺達は二人合わせてミックスソフトと呼ばれる名コンビ。なに、心配することはない」

主人公「頼りにさせてもらいます」

オリーブ「こっちこそ頼りにさせてもらうぜ」

オリーブにガシッと肩を組まれたが、骨を砕かれるかと心配するほど力強かった。

主人公「それにしても、映画が一本作れそうな二人組だ」

思わず出た主人公の独り言を聞いたダブが、自身のミニフォンを取り出し操作して、ほらと画面を見せてきた。
そこには見たことのない映画のポスターが映っていた。

ダブ「来年、この国でも公開予定の最新の映画だ。俺達が主演でね。よかったら見てくれ」

主人公「なんと。お二人は俳優さんでしたか」

オリーブ「これでもまあまあ有名なんだぜ」

ダブ「ところで、この映画の見所なんだが」

彼が分かりやすく説明してくれる内容によれば、派手なアクションが見所の冒険エンターテイメント映画で、子供から大人まで楽しめることが分かった。
主人公は話を聞いただけでワクワクした。

主人公「ぜひ妻と娘と一緒に、家族みんなで観ます」

ダブ「君には娘さんがいるのかい。今はどこに?大丈夫なのかい?」

主人公「僕がいる限り大丈夫です」

オリーブ「俺の親父そっくりにいい親父さんだ。奥さんも娘さんもさぞ幸せなこったろう」

ダブ「ああ、そうだろうね」

主人公「いえ、まだまだ。でも必ずそうします」

彼らとの会話で無駄な緊張がほぐれた主人公は、一度席を離れて、店員のいない店でコーヒーとドーナツを自分でこしらえて戻った。
天ぷらに食らいつくオリーブとラーメンをすするダブと、気兼ねなく駄弁りながらさっそく計画を練る。

ダブ「音楽は先に変えるべきだろうね」

主人公「先に変えるんですか?」

ダブ「そう。たとえばだね……ヒーリングミュージックなんかにして、まずは誘導しやすいようヨウジョを落ち着かせるんだ。エレベーターを使えばトキメキの再起も避けられる。ここの人達も解放されてハッピーエンドだ」

オリーブ「それはつまり、音楽を逆に利用してやろうってわけだな」

ダブ「そういうことだオリーブ」

オリーブ「俺には分かるぜ。俺はお前の一番の相棒だかんな」

主人公「ふふ、相棒ですか」

オリーブ「お前にも相棒がいるんだったな。どうだ、一人で寂しかないか」

主人公「冗談言わないでください。俺だってもうおじさんです。寂しくなんてありませんよ」

オリーブ「そうか。まあとにかく、俺達には何でも言ってくれていいからな」

ダブ「君の相棒には敵わないかも知れないが、それなりの働きはするつもりだ」

主人公「はい、心強いです。一緒に頑張りましょう」

オリーブ「てこって、音楽は何に変える?」

主人公「提案通りにヒーリングミュージックで」

オリーブ「よし分かった。なら、音楽の方は俺に任せてくれ」

主人公「単独で行動なさるおつもりですか!危険です!」

オリーブ「エリートだから平気だって。それに手分けした方が効率はいいだろう」

ダブ「だろうね。ここはオリーブの案を飲もう。こちらは二人でヨウジョの確保と誘導にあたるんだ。君はヨウジョを輸送しなきゃならないんだろう」

主人公「はい。タマランテの確保に協力してもらうつもりです」

ダブ「それならば両親は俺が避難させよう」

主人公「助かります」

オリーブ「ようし決まりだ。そんじゃ、食後の運動といくか」

主人公「館内にいる人達はトキメキゾンビに近い状態です。ひょんなことから襲ってくる危険もありますので気を付けてください」

オリーブ「アニメイツ」

オリーブはあっという間に走って去っていった。
彼の活躍を信じて、二人はさらに二手に別れてまず玩具屋へと向かった。
このニャオンという施設に玩具売り場は二ヶ所ある。
一つはニャオン直属の売り場。
もう一つは電化製品店内にある売り場だ。
主人公は直属の方へ急いだ。

主人公「こちら主人公。応答願います」

ダブ「ダブだ。そっちにいたか」

主人公「いいえ。そちらは」

ダブ「こっちもハズレだ」

主人公「雑貨屋か、あるいは本屋でしょうか」

ダブ「両親とどこかで盛り上がっている可能性もあるね」

主人公「参ったな。この広さ、この人混みじゃあ見つけるのはかなり難しい」

と、音楽が緩やかに遠ざかった。
間もなくして店内BGMがヒーリングミュージックへと変わった。
鳥のさえずり、川のせせらぎ、葉のささやき、風のあそび……。
自然に心が癒されてゆく。

オリーブ「こちらオリーブ。聞こえるか二人とも」

ダブ「どうした。何があったオリーブ」

オリーブ「やっぱりお前には分かっちまうか。へへ、お前にゃ隠し事は出来ねえな」

主人公「どうしました?」

オリーブ「なあに。ちょっとばかし、しくじっちまっただけさ。五人ほど店員がたむろしていてな。奴ら、何としてもBGMを死守したかったらしい。必死に抵抗してきた」

ダブ「だが、君は彼等を傷つけることなく落ち着かせたんだろう。どうだい」

オリーブ「もちろんさ。暴力じゃ根本的に何も解決しない。子供から大人になっても変わらないこの世の真実の一つってやつだ」

主人公「では、どうやって落ち着かせたんですか?」

ダブ「ハグだね」

主人公「ハグ……つまり抱擁ですか」

主人公はタマランテの可愛い癖をすぐに思い出した。

ダブ「そうだろう。君の得意技だ」

オリーブ「ビンゴ。ハグして心を通わせりゃ、みんな納得してくれる」

主人公「今までも、そうやって幼女を確保してきたんですね」

オリーブ「冗談じゃねえ。そんなの可哀想だろう。ガチムチのおじさんがハグなんてしたら泣かせちまうし、俺まで泣いちまう」

ダブ「オリーブがトキメキした人を体格を活かしたハグで心地好くして応急処置、俺がプロファイリングから導きだした適切なネゴシエーションで幼女を確保する。これが、俺達の仕事だ」

主人公「それが名コンビと言われる所以か」

ダブ「オリーブ。君はそこで休め、ここからは俺達の仕事だ」

オリーブ「任せる。実は小指を踏まれて俺は身動きが取れないんだ」

ダブ「内出血は?」

オリーブ「平気だ。直に治るだろう」

ダブ「分かった。お疲れ様」

オリーブ「そうだ。ヨウジョなら四階のゲームセンターにいるぜ。三階の、ダブがいる隣接しているところじゃなく、四階の独立した所だ」

主人公「ありがとうございます。ダブさん、まずは合流しましょう」

ダブ「よし。そうしよう」

主人公はゲームセンターの入り口まで素早く移動した。
ダブと合流する前に中の様子を把握しておくつもりだ。

主人公「えーと……」

ここからでは見つけられない。
そう思っていたその時だった。

主人公「そんな……嘘だろう」

いた。

主人公「ありえない!」

ヨウジョが車を運転している。
幼児向けのではない。
さらに高い年齢の子供に向けたレースゲームのレーシングカーを運転している。
主人公はまともに信じられず、目をしばたかせた。

主人公「アクセルとブレーキはヨウジョを膝に乗せているお父様の操作か。なら、ハンドルはお母様が」

ダブ「いや、ヨウジョが自ら運転している」

主人公「ダブさん」

ダブ「この虫眼鏡で見てみろ」

やや歪ませることで魅力を半減出来ることが利点の虫眼鏡を使い、改めてヨウジョの手を注視する。
彼女が運転していることは疑いようのない事実であった。

ダブ「参ったな。音楽で気持ちを落ち着かせたとしても、これは難しいネゴシエーションになる」

主人公「ダブさんでも、交渉は難しいと思いますか」

ダブ「思うね。なぜなら、あんな行動はプロファイリングの材料には今まで存在しなかったからだ。想像の人物像とはあまりにかけ離れている。まさに予測不能だ」

主人公「清里すずり。彼女は誰よりも進化する幼女なんです」

ダブ「なるほど、世界が彼女に注目するわけだ。そんな相手と、よく今まで戦えたね」

主人公「意外となんとかなるものですよ。それは、彼女と話してみればダブさんにもきっと分かるでしょう。実は彼女は素直でいい子なんです」

ダブ「それは楽しみだ。では、さっそく話してみよう」

ダブはそう言って、サングラスを掛けることなく堂々と歩み出た。
瑞穂最強の幼女を直視しても平気らしい。
さすが、と言ったところか。

ダブ「こんにちは。いや、六時も過ぎたし、こんばんはかな」

ヨウジョ「あ!外国人さんだ!」

ダブ「どうもはじめまして、外国人さんだよ。おや、ちょうどゲームが終わったところだね」

ヨウジョ「ううん。今からもう一回だけ遊ぶの」

ヨウジョは右手の人差し指を一本立てて、目潰しでもするかのようにダブの眼前に突きつけた。

ダブ「それは良かったね」

ヨウジョ「うん!」

ヨウジョが画面へと向き直る。
主人公はその隙に、お母様の腕を引いて近場のプリクラ機の中に退避させた。
話しかけてみると、やや朦朧とはしているものの、会話が出来るほどの自意識はあった。
なので事情を簡単に説明して、この場での待機を願った。
そして、急ぎヨウジョのところへ戻る。
真後ろにあるユーフォーキャッチャーの台に隠れて、こそっと状況を伺う。

ダブ「くっ……!こんなの初めてだ!」

画面の映像から二人がレーシング対決していることが分かった。
ダブの運転する車はヨウジョの前にある。
が、彼にはどこか余裕がないように見える。
不安が的中する。不慮の事故が起きた。

ダブ「クラッシュ!!」

突然、ダブの車が何者かによって仕掛けられたネバリケコンブを踏んでスピンしたのだ。
このレーシングゲームは、コースに設置されたカプセルから手に入れたアイテムを使って相手を妨害することができる。
ダブは何者かにそうしてやられた。
後続するヨウジョの車はスピードがゆっくりで不安定な走りをしている。
それでも、ヨウジョはダブに追いついてみせた。

ヨウジョ「えい!」

ヨウジョがクラクションを鳴らした。
違う。現実の車と違ってそこはアイテム射出ボタンとなっている。
つまり、ヨウジョによって何かが発射された。
それはチンアナゴミサイルだった。
敵を追尾する厄介なもので回避するのは難しい。

ダブ「オオオノノノノノ!!」

案の定、ダブの車は被弾して大袈裟に横転した。
ダブの操る怪獣メガメロンが頭を抱える。
対して、ヨウジョが操る怪獣ガッズィーラは大喜びしている。

ヨウジョ「んふふ」

ヨウジョは目を細くしてダブに一瞥をくれてやった。
それから邪気に嘲笑いながら追い抜いた。

ダブ「やるね。でも、まだ終わりじゃない」

ダブが冷静を欠いてムキになっているのが表情から伝わる。
彼はカプセルを砕いてアイテムを手に入れた。
ルーレットが回転、回転、回転してヒラメカレイを入手。
これは射出後、延々と直線移動する妨害アイテムで、壁に反射することで軌道を変える。
一度当たらなければどうということはないが、その油断が後から仇になることもある。

ダブ「どうだ!」

その効果を知らない彼が考えなしに発射したヒラメカレイは、ヨウジョの閃きによるハンドル捌きによって華麗にかわされてしまった。

ダブ「しまった外した……!」

ところが、ちょうどカーブに差し掛かり、ヨウジョが曲がるのをヒラメカレイが追いかける形になろうとした。

ダブ「いけるか!」

ヨウジョはバリアを張ってヒラメカレイを討った。

ダブ「アァイッ!」ドゴッ!

ダブが悔しそうにハンドルを叩く。
さぞ悔しかろう。

ヨウジョ「お父さんありがとう!」にこっ

ダブ「なんだ。今のは、お父さんの力かい」ほっ

そう、先程のバリアはお父さんのサポートにより張られたもので、これは父から娘への愛だ。
ヨウジョがカーブを曲がるときに特殊な操作でバリアが張られた。
ダブはもちろんその操作を知らない。
完全に不利な状況だ。
それでも何とか食らいつき、運転にも慣れてきて、いよいよ最終ラップ。
ダブはようやくヨウジョの前に出た。

ヨウジョ「むぅ」

眉を谷折りにして頬を膨らませるヨウジョ。
これは明らかに不機嫌の顔だ。
しかし、熱中しているダブは気付いていない。
結末は暗雲に包まれている、なんとか無事に終わることだけを主人公は切に祈る。

ヨウジョ「あ!」

ヨウジョが歓喜の声を上げた。
ダブは何も聞かなかった風に装っているが、一瞬、ヨウジョを二度見した。

主人公「あれは……!」

最下位だけが獲得できるアイテム、怪獣玉だ。
逆転の機会を与えるほど強力な効果のあるリーサルウェポンである。

ヨウジョ「がおー!」

いきなりの雄叫びに驚いたダブの車が壁に衝突する。
その直後、ヨウジョの操るガッズィーラの背ビレが発光。
間もなく、口から煌めき迸る熱線が放たれた。
熱線は一位を狙って真っ直ぐに放たれた。
障害物も壁も貫くそれに巻き込まれた前を走る車達は、次々に爆発して派手に宙に浮いた。

ダブ「え?え?え?え?え」

ダブの車も宙に浮いた。
ダブの目は宙を泳いだ。

ヨウジョ「ゴール!」

順位は芳しくないが、それでもヨウジョはダブに勝利した。
ヨウジョは弱らせてもなお、やはり強かった。

ダブ「完敗だ……」がくっ

落ち込むダブの背中をヨウジョが優しく撫でてやる。
ダブは少し困り顔で微笑んで、ヨウジョの小さな手と握手した。

主人公「すずりちゃん」

ヨウジョ「あ!おじさんもいたの!」

主人公「いたよ。彼は、僕の友達だ」

ヨウジョ「そうなんだ」

ダブ「主人公、すまない。ご覧の通り完敗だ」がくっ

主人公「いえ、よくやってくれました。ほら、彼女はご機嫌ですよ」

ヨウジョ「楽しかった!また遊ぼうね、外国人さん!」

ダブ「うん。また遊ぼう」

主人公はお父様をダブに預けて、ヨウジョをゲームセンターから連れ出した。

ヨウジョ「モモちゃんに会いに行くの」

主人公「そうだよ。迎えに行くんだ」

ヨウジョ「今日はパーティーだもんね」

ヨウジョはやっぱり暴走なんてしていなかった。
BGM効果もあってかとても大人しい。
主人公は一安心してエレベーターに乗り込んだ。

主人公「これは……!」

エレベーターが地下について扉が開くと、たくさんの車が帰宅するために列をつくっているのが見えた。

オリーブ「よお、遅かったな」

主人公「オリーブさん!よかったご無事で」

オリーブ「ふ、この通り何ともない」

ヨウジョ「また外国人さんだ!」

オリーブ「こんばんは。可愛いお嬢さん」

主人公「あの、これは一体」

オリーブ「落ち着いた人達が一斉に動き出して、少人数では止められなくてな。それで仕方なく帰宅誘導をしているところさ。お前は気にせず、その子を抱いて早く車に向かえ」

主人公「でも、これじゃあ車が動けません」

オリーブ「安心しろ。お前の道は仲間に開けさせてある」

主人公「分かりました。助かります」

主人公は人目につかないようにヨウジョを抱いて、出入り口の側に停めておいた車に乗り込んだ。
ヨウジョを後ろに乗せてシートベルトを締めてやる。

ヨウジョ「もう夜だね。パーティー楽しみ」うきうき

主人公「あの、そのことなんだけれど」

ヨウジョ「ん?」

愛らしく傾けられた首に心が捻れる思いがした。
罪悪感に苛まれながらも言い訳を話す。

主人公「大変なことがあってね。明日に延期になったんだ」

ヨウジョ「えー!そんな!」

ヨウジョが足をばたつかせて、より不満を訴える。

主人公「でもだよ。必ず明日にはパーティーが出来るようにおじさんたち頑張るから」

ヨウジョ「でも……」しょぼ

主人公「その代わり」

ヨウジョ「その代わり?」

上目遣いに愛おしさを感じて頭を撫でてやる。
ヨウジョは安心を感じて笑顔を取り戻した。

主人公「今日は友達みんなと温泉旅館にお泊まりだ!」

ヨウジョ「お!ん!せ!ん!」

さっき、相棒から助けを乞われてこの先の予定を急遽変更したのだ。

ヨウジョ「きゃあー!」

主人公「あ、しまった!」

ヨウジョの悪い癖。
機嫌が良くなってテンションが上がると、彼女は大声を上げて大暴れする癖がある。
ここは地下駐車場、声がよく響く。
車のドアはまだ開けたままだ。
彼女の声は反響を繰り返して、近辺にいる大勢の人達の胸をやたらめったらにトキメキさせた。
その影響で、あちこちでブレーキ音と事故の音が響いた。

オリーブ「ノノノノノ!!」

ダブ「オリオリブゥ!!」

ついでにオリーブとダブの嘆きも聞こえた。
ただ一つの幸いは、ヨウジョを座らせたシートがボコボコに殴られても、そのクッション性から無傷なことだけである。

主人公「はは、僕としたことがしくじった」ドキドキ

主人公はもういっそ開き直って、事故でぐちゃぐちゃになった車を地道に避けてニャオンをそそくさと脱出した。

主人公「二人はエリートだ。何とかなる。うん、仲間もいるし平気平気」

それから車を走らせてしばらく。
心が平常に返る頃、車はお馴染みの商店街へと着いた。
そのアーケード入り口に適当に停車して、ヨウジョを手早く解放してやった。

ヨウジョ「寒いねー」さぶさぶ

主人公「うん。また、雪が降りそうだ」

ヨウジョ「本当!また降る?」

主人公「そうなったら嬉しい?」

ヨウジョ「うん。雪遊び好きだから」

主人公「楽しいよね。雪遊び」

他愛もない会話を楽しみながらアーケードに進入すると、商店街は恐ろしいくらい静まり返っていた。

ヨウジョ「静かー。モモちゃん、本当にここにいるの?」

タマランテは選抜特務員たちが責任をもって預かっているが、どちらも果たして無事であろうか……。

主人公「とにかく奥に進んでみよう」

商店街にある店のほとんどにシャッターが下りていたのだが、幼女や女児が好む食物のある店にはシャッターが降りておらず、そこには襲撃を語る痛々しい爪痕が残されていた。
馴染みの肉屋に駄菓子屋まで散々だった。
店主達の安否が気になる。

主人公「こんなに荒らされて……救援が間に合わなかったのか」

主人公は悔しさに歯を食い縛った。
彼の表情から気持ちを察したのか、ヨウジョが彼の手を握る。

ヨウジョ「ねえ、お腹すいた」

可愛らしいお願いに気持ちが和らぐ。
非常時でも気遣いのできるお利口さんだ。
主人公は駄菓子屋に入ると、幾つかの菓子を適当に見繕って小さなカゴに入れて渡してやった。
これくらいはしてやっても問題はないだろう。
ヨウジョは礼を言って、菓子を包む皮を力のままに剥ぎ取った。
そして、中にある小さなポテトスナックを摘まんで引きずり出しては口に放り込み噛み砕く。

( ‘༥’ ) ŧ‹”ŧ‹”

ふと、主人公を見上げて。

⸜(* >ω< *)⸝ おいしい

とまあ、よっぽどお腹が空いていたようだ。
時刻も時刻、主人公は腕時計を見て解決を急ぐことにした。

主人公「なんだこの様子は」

やがて、人によって作られた肉壁に行く手を阻まれた。
人々は静かに何かを待っているようだった。

ヨウジョ「何やってるの?」

主人公「しっ、静かに」

ヨウジョの声で刺激を与えて、その結果に何が起こるか予想出来ない。
主人公は大きな声を出さないよう言いつけてヨウジョを肩車した。

主人公「何か見えるかな」

ヨウジョ「あ!モモちゃんがいるよ!」

主人公「本当」

ヨウジョ「お歌の練習かな」

主人公「それはどういうこと?」

ヨウジョ「あのね。モモちゃん、しあやちゃんにお歌をあげるんだって。あとね、マジカバカカで食べてたお菓子も買ってあげるんだって」

と言うことはだ。
ここには馬鹿しあやの好むイカ煎餅を買いに来たに違いない。
その時に、ふぇぇぇん現象が発生。
女児達と暴走した後に歌の練習を始めた。
いや、今から始めるところだろう。
ならばまだ間に合う。止められる。

主人公「すみません。ちょっと通してください」

おばさん「あんた急になんやの。図々しい」

主人公「ごめんなさい」

すぐに身を引いて考える。
恐らくこの肉壁の構造はこうなっている。
内側に女児の家族、その周りを商店街の人や買い物客が囲っている。
それならば、ヨウジョの魅力で道を切り開けるだろう。
しかし、彼らには大きな負担となり、危険を負わせることになる。
ヨウジョを守り、彼らも守る。
その特務員の使命に反することになろう。

主人公「これじゃあ前に行けない」

ヨウジョ「呼んだら?」

主人公「だめだ。君が大声を出したら、みんなドキドキして大変なことになっちゃう」

ヨウジョ「大丈夫!」

そう言って、ヨウジョは一個の菓子を犠牲にすることに決めた。
笛ラムネである。

主人公「君はかしこい。よし、僕の後ろに隠れて吹くんだ」

ヨウジョ「うん!」

ヨウジョが笛ラムネを、おちょぼ口でくわえる。
薄い唇にしっかりと固定して、笛ラムネに空気を送り込む。
ところが。

ヨウジョ「ぷふぅー」

音が鳴らない……!

ヨウジョ「あれ?」

犠牲にされる笛ラムネの最後の抵抗か。
掠れた断末魔がさらなる災いを招く。

主人公「あ!」

ヨウジョ「モモちゃんの声だ!」

タマランテが愛唱歌を奏で始めた。

おじさん「彼女の調べは清らかで、異国の詩が流暢に紡がれる」

おばさん「意味は分からなくとも心の穢れが清らかに浄化されてゆく」

公務員「苦労した日々が蘇り、目の前を走り抜けていく。まるで、その先にある輝かしい未来へと誘っているようだ」

派遣社員「来年はもっといい年になるだろう。努力は力。希望を生み出す力なんだ」

人々が次々に膝を折り、両手を胸の前で重ねて頭を下げた。
その様子は神に感謝しているようだ。
おかげで、肉壁の一部が崩れた。
主人公はトキメキに負けないよう踏ん張りながら、ひざまずく人々の間を前進する。
そして、女児の家族であろう人々の肉壁を掻き分けて前に出た。

主人公「これはタマランテ……」

主人公はついに倒れてしまった。
膝も心も折れて冷たい床に押し付けられた。
トキメキの重力が全身を圧迫する。
心臓も破れてしまいそうだ。

主人公「くう……!」

タマランテはお座りする女児の輪に囲まれて歌っていた。
女児達はお座りしながらベルを振って音楽を捧げている。
天使が女神に音楽を捧げ、女神は人々へ歌を授ける。
たまらなく可愛い光景がそこにはある。

主人公「みんなもやられたか……」

その周囲には割れたステンドグラスの破片みたいに選抜特務員と思われる人々が散らばっていた。
キュン死にしていないことを切に願う。

ヨウジョ「大丈夫?」

主人公「来ちゃだめだ」

ヨウジョ「ドキドキするの?」

主人公「そうだ。そして君が振り向けば、たくさんの人が、そこの彼らや僕と同じにドキドキして倒れてしまう」

ヨウジョは思った。
この人はいつも何を言っているのだろう。
まだよく分からないけれど、きっとまた大変なんだ。
私が何とかしてあげよう。
そうだ。怪獣になろう。
めちゃくちゃにしちゃえばいいんだ。

ヨウジョ「止めたらいいんでしょう」

主人公「出来るの?大声はダメだよ」

ヨウジョ「がお」

ヨウジョは小さく頷いて、がおがお、と何度も呟きながら、怪獣っぽい動きも忘れず、でもそろそろとタマランテに迫る。

ヨウジョ「がお!」

タマランテ「すずり。邪魔ですの」きっ!

歌が止んだ。
主人公は咄嗟に正座した。
タマランテの鋭い目付きによって緊張が広がる。

ヨウジョ「もう帰る時間だよ」

タマランテ「まだですの。まだ歌は完璧じゃありませんの」

ヨウジョ「でも」

女児達がベルをがむしゃらに振って応戦する。
中にはヨウジョよりもお姉さんの子がいる。
威圧されたヨウジョは少したじろいだ。

ヨウジョ「あ、そうだ。パーティー中止なんだって」

タマランテ「何ですって!そんなのあり得ませんの!」

ヨウジョ「本当だもん。だからね、今日は温泉に行くんだよ」

タマランテ「温泉……と言いまして?」

ヨウジョの不意打ちに反応した。
きょとんとした表情から見て確かに効いている。

ヨウジョ「うん。パーティーは明日になったよ」

タマランテ「そうですの。では、練習する時間はまだありましてよ」

ヨウジョ「もう夜だってば」

またベルが騒ぐ。
あまりの騒音にヨウジョは耳を塞いだ。

タマランテ「さ。再開ですの」

ベルが乱れなく音楽を再生する。
聖なる愛唱歌が翼を広げて蘇り、アーケードを自由に羽ばたく。

主人公「どうすればいい?」

タマランテはプライドが高く努力家だ。
そうそう諦めたりする子ではない。
融通が利かず納得させるのは難しい。
正座した主人公の肩に責任が重くのし掛かる。
俯いて、目をぎゅっとつむる。

主人公「何とかしなきゃ……はやく何とかしなきゃいけないんだ!」

ちょこん。

ヨウジョ「おじさん」

ヨウジョが主人公の膝の上に座った。
彼を見上げる円らな瞳。
初めての超至近距離に目玉が頭蓋骨を突き破ってアーケードの天井に衝突した。
その錯覚から我に返った時、ボヤける視界の向こうでヨウジョが悲しい顔をしていた。

主人公「僕がしっかりしなきゃね」

姿勢を正して精神統一する。
対幼女迎撃戦において優先すべき力を思い出す。

主人公「ふー……」

観察力。
幼女の表情、動作、声、言葉、あらゆるものからより多くの情報を得る。
記憶力。
幼女の過去の言動をなるべく鮮明に再現して、経験や学んだ知識を総動員する。
判断力。
瞬時に数多の情報を組み合わせて、的確な対処を幾つかに絞って導きだす。
決断力。
様々な結果を事細かに予測して、より正しい対処を選択する。

主人公「それを愛と勇気を以て実行すべし」

ヨウジョ「ん?」

主人公「分かったよ。どうすればいいのか」

ヨウジョ「どうするの?」

主人公「嗅覚、視覚、聴覚。今度は味覚を刺激してやるんだ。モモちゃんの口に美味しいものを入れて、あの歌を封じるんだ」

ヨウジョ「うーん。美味しいもの」

ヨウジョがカゴの中の駄菓子を選別する。
悩ましいだろう。相手は舌の肥えた幼女だ。
並大抵の駄菓子では満足させられまい。

ヨウジョ「これ!」

主人公「それは梅干しじゃないか。美味しいけど、酸っぱくて嫌がるんじゃないか」

ヨウジョ「うん。モモちゃんはこれ好きじゃないって。だから食べさせるの」

主人公は無意識に過保護になっていたようだ。
いつか誰かが詠っていた。
時に、突き放す優しさもある。
時に、優しさよりも激しさが大事なこともある。

主人公「そうだ守るだけじゃない。攻めることで救うこともできる。僕も今までやってきたことじゃないか」

ヨウジョ「やってみよ」にっ

主人公「アニメイツ!」敬礼

主人公達はまず待った。
一度、この聖歌が終わるのを待つことにした。
トキメキに負けないよう、意識が途切れないように、魚のすり身を板状にして甘辛く味付けたものをグッと噛み締めて堪え忍んだ。

ヨウジョ「終わったよ」

今だ好機。

主人公「よし行くぞう」

ヨウジョを抱き抱えて、拍手の嵐を主人公は颯爽と駆ける。
と、女児が警戒するのと同時に両親達が動いた。
速い。それは主人公の方だ。
ヨウジョを女児の向こう側へと無事に送ってみせた。
さらに主人公は、両親達にがんじがらめにされながらも熱い声援まで届けた。

主人公「がんばれ!すずりちゃん!」

ヨウジョはその期待に応えるべく梅干しを強く握った。

タマランテ「ごめんあそばせ、まだかかりましてよ。なんだかうまく声が出ませんの。だから」

その小うるさい口に拳ごと梅干しを突っ込んでやる。
その動作は光速を越えた気がしないでもない。

タマランテ「んえっ!」

ヨウジョは梅干しを舌に押し付てから手を引き、間髪入れずにタマランテの口を完全に塞いでやった。
タマランテは堪らず激しく抵抗する。
が、ヨウジョの鍛えられた枝のような腕は二本の手が加わっても離れることはない。
空いた左手で顎から頬を押さえて追撃する。

ヨウジョ「もぐもぐして!ペッしたらもったいないよ」

もったいない。
その言葉はタマランテの数少ない弱点の一つであった。
料理人たるもの、食材や料理を無駄にすることは許されないのだ。
自分に厳しい彼女となれば尚更である。

タマランテ「んぅ……」カリュ

目に涙を湛えて咀嚼する。
さめざめとカリカリとが交差する物思いの交差点の中心で、タマランテの心はポツリと取り残された。

タマランテ「おいちくないでしゅの……」くすん

ヨウジョ「ごめんね」なでなで

ヨウジョは言って、こぼれた一滴を袖で優しく拭ってあげた。

主人公「何とか正気を取り戻せて良かった」

主人公は、ヨウジョに襲いかかろうとする女児をいっぱいに抱え、一方で両親達をびっしり背負いながら安堵した。
にわかに、女児も両親もハッとなって目覚めた。
それから目前の幼女二人にドキッとなったけれど、息を吹き返した若い選抜特務員達が幼女を中心に急いで円陣を組んでくれたので、これ以上の被害は出ることなく任務は終わった。
前後の肉壁はまばらに崩れて、遅れて蘇生した選抜特務員たちの誘導に従い帰宅した。

主人公「任務完了しました。商店街の皆様も、幼女に誘われた一般人も、選抜特務員も、みんな無事のようです」

ミス「お疲れ様です。すでに聞いてはいると思いますが、特別に確保した温泉宿がありますので、あなたもそちらで慰労してください」

主人公「すずりちゃんの両親はもう到着していますか?」

ミス「ええ。あとはあなた方だけです」

主人公「分かりました。では、すぐに駆けつけます」

ミス「スリップに気を付けて、安全運転でお願いします」

主人公「アニメイツ」

ミス「では」

主人公「あの」

ミス「何でしょう」

主人公「風の音が凄いですが、ミスリーダーはどこにいらっしゃるんですか」

ミス「港です」

主人公「お迎え!それも一人で迎えるおつもりですか!」

ミス「一人ではありません。頼もしい助っ人もおります」

主人公「いやしかし」

ミス「これはお迎えでもありますが、あくまで偵察です。無理はありません。どうか任せてください」

主人公「……分かりました」

ミス「これは私の為すべき仕事なのです。あなたもここでお迎えしたいでしょうが、どうか私に任せてください」

主人公「はい。お願いします」

ミス「では、また後ほど。えーと、カスタードプリンを用意して待っていてください」

主人公「アニメイツ」

通信終了後、ミスリーダーは白い息をくゆらせて闇の向こうを見つめた。
海風は骨身に凍みる。
それでも微動だにせず待ち続けた。

ミス「あなたは寒くないの?」

お菊さん「神様じゃて何とかなる。それにあたしゃあ、海はどんなときも好きじゃ」

ミス「助けてくれたのが蟹の神様だからよね」

お菊さん「ほうじゃ」

ミス「じゃあ、あなたがいつか立派な神様になったら、私もこうして海を眺めてあなたを思い出すね」

お菊さん「ふふ、わざわざ海を眺めて?」

ミス「ええ。私も昔から海は好きなの、故郷が海の側だから」

お菊さん「そうかえ。故郷は恋しいかね」

ミス「恋しいよ。でも、愛おしいのは仲間のいるこの場所かな」

お菊さん「ふーん。おかしなこと言うね」

ミス「おかしいかしら。きっと、私が大人になったのよ」

お菊さん「大人になると、故郷よりも好きなところが出来るのかえ」

ミス「いいえ。そうじゃないの」

お菊さん「じゃ、どういうことね?」

ミス「愛おしい仲間がたくさん出来たから、ずっとここにいたいな、て素直にそう思ったみたい」

お菊さん「それなら分かるね。あたしも同じじゃ。愛おしい人達がいるからこの島が好きじゃ」

ミス「……何としても平和を取り戻さないとね」

お菊さん「うむ。神様として、ちゃーんと守ってやるから安心せえ」えへん

ミス「ふふ、頼もしい」

お菊さん「あたしも同じじゃ」

ミス「同じがたくさん。私たち似た者同士かもね」

お菊さん「ね!」にこっ

お菊さんがミスリーダーの肩に乗ると、首周りから全身へと温もりが伝わった。
引っ掻くような激しい風も止んだ。
ミスリーダーは神の御加護に心から感謝した。

お菊さん「む、来たね」

闇の向こうにぼんやりと光が灯る。
YOUJO-Xと女児を乗せた、クルーズ船マスカルポーネ号だ。
あれは様々な事象を想定して紅白の本部に常設されていたもので、何不自由なく船旅を楽しめる最新モデルである。
最大で八百人を運ぶことが出来る。
まさかそこまでは乗っていないだろうが、魅力の大波を警戒して気を引き締めた。

お菊さん「安心せえ。あたしがついとるからね」

お菊さんがそう言って、ミスリーダーの頭頂部をぽふぽふと殴打して安心を与える。
すると、衝撃を受けた脳からドーパミンとセロトニンが溢れて全身にリラックス効果が満ちた。

ミス「今まで幼女に対してトキメキしてばかりだったのに不思議。すごく落ち着く」

お菊さん「あたしゃあ神様じゃて、このくらい簡単さね」えへん

ミス「ありがとう」

お菊さん「礼は明日のパーティーで頼むよ」

お菊さんが睨む先。
闇を裂いて、目が眩むほど眩い流れ星が飛んできた。
波を荒らし風をさらに吹かして派手に入港。
船員による停船作業が着々と行われる間も、ミスリーダーは落ち着いていられた。
巨大すぎる船体に圧倒されることもなかった。

お菊さん「なんという魅力じゃ」

先んじて、お菊さんが魅力を感知した。

ミス「どんな感じ?」

お菊さん「冷やっこいね。ゾッとするような、まるでモッケがやって来たようじゃ」

ミス「憎しみじゃない?」

お菊さん「憎しみではない。怒りでもないね。この感情は……そう……」

お菊さんの太ももがキュッとなってミスリーダーの首が絞まる。

ミス「どうしたの?平気?」

お菊さん「心配いらぬ。それよりもこの感じは、一人ぼっちになったあの時のあたしと同じじゃ」

ミス「孤独に対する不安や恐怖、さらに悲哀を沈んだ底にある……虚無かしら」

お菊さん「虚無?」

ミス「空っぽ。すごく虚しいてことよ」

お菊さん「それじゃ」

ガコンと大きな物音が鳴った。注視する。
船体が開いて、そこからエスカレーターが一本ゆっくりと伸びて港に吸い付いた。
それを利用して、まず一人の幼女がおもむろに降り立った。
頭巾を深く被っており、夜の暗さもあって表情は伺えない。

X「こんばんは。はじめまして」

挨拶が出来る。
いや、これは当然のことでまだ驚くことではない。
ミスリーダーも冷静に挨拶を返した。

ミス「あなたの目的は分かっています。ただ、もう夜も遅いでしょう」

X「うん。そうね」

ミス「泊まるところを準備しておきました。こちらが用意したバスに乗ってもらえますか?」

ここで、にわかに船上から女性が答えた。
幼女の母親に違いない。
彼女は拡声器を利用しているのだろう。
空気がビリビリと震えるほどよく響く。
スポットライトがYOUJO-Xとミスリーダーのそれぞれに当てられた。
ミスリーダーが目を細めるほど光は強い。

女性「そちらの用意したバスには乗りますが、目的地はこちらが決めさせてもらいます」

ミス「目的地とはどこでしょう」

ミスリーダーは声を張り上げて答える。

女性「萌木城」

ミス「……お城に宿泊するつもり?」

女性「我々が支度を終えるまでの一時間、その間に宿泊の用意を整えてください」

ミス「無茶です!お城に宿泊なんて!」

女性「きちんと整えてくだされば平気です。さあ、急いでください」

ミス「そうは言われましても!」

お菊さん「美人!前を見ね!」

ミス「あれは……幼女!」

お菊さん「いや幼女ではない」

船上に気をとられている隙に、何十人の女児が港に降り立っていた。
YOUJO-Xの背後で、寒風の中でも凛と立ち振舞い、潮風に艶やかな髪をなびかせて号令を待っている。
こちらに襲い来るつもりらしいことは睨むような眼差しから理解した。

お菊さん「はよう逃げ!囲まれてはトキメキしてしまう!」

ミス「でも、相手は幼女じゃなく女児なんでしょう」ドキドキ

お菊さん「胸がドキドキするじゃろう。そりゃ、あやつらの魅力が幼女と同じになってしもうたからじゃ」

ミス「何ですって!」

YOUJO-Xの魅力が、周囲の女児の魅力を底上げすることが判明した。
あの数が全て幼女であることは予想していたとはいえ、いざ目の前にしてみるとあまりに恐ろしい。
しかし、ミスリーダーは過去に体験、そしてすでに一度勝利していた。

ミス「懐かしい。お菊さんが魅了していた幼女達と戦ったあの日を思い出す」

お菊さん「そう言や、あの子はあたしとよく似とるね」

ミス「なら、勝機はある」

お菊さん「やめえ。何かあってはどうする。美人は偉い人なのじゃろう」

ミス「それもそうね。今回はあくまで偵察だし、そもそも私は司令塔なんだから、やられちゃ皆に申し訳がきかないか」

お菊さん「後ろには特務員も待機しておる」

ミス「この場にいる全特務員は至急、いえ緊急退避!緊急退避せよ!」

X「ぐるるがあ!!」

YOUJO-Xが咆哮して威嚇する。
それはあっという間に、特務員達の心を逃がすことなく確実に捕らえてみせた。

( ꒪⌓꒪) チラッ

彼らはこのような腑抜けた面して、ふらふらとYOUJO-Xの元へ誘われる。

ミス「止まりなさい!意識をしっかり保つのです!」

お菊さん「……残念じゃ。もう遅い」

ミス「判断が遅れてしまった私の責任ね」しゅん…

お菊さん「しっかりしなさい!」

お菊さんに頬を乱打されて、髪の毛をくしゃくしゃに乱されて、睫毛をぐいと引っ張られて、唇をぐねっと裏返されて、ミスリーダーは遠くへ離れそうになった自意識を引き戻した。
悔しくも、一人で撤退することを決めた。

ミス「これ以上は何も出来ない。撤退する」

お菊さん「走れ。そして止まるんじゃないよ」

ミス「ええ」

ミスリーダーが後ずさると、船上の女性が拡声器を構えた。

女性「あの人は誰よりも便利に使えるわ。捕まえて」

X「ぐるるがあ!!」

YOUJO-Xのさらなる咆哮。女児の進撃。
それはまるで、夜の海原から高波が怒濤の勢いで押し寄せるようである。

ミス「足がうまく動かない」

お菊さんの加護が参っているのか、相手の魅力に痺れて足の筋肉が麻痺したらしい。
うまく言うことをきかない。
それでもミスリーダーはガムシャラに走るしかなかった。
その背中をスポットライトと女児が追う。

ミス「ふう……ふう……!」

右前方に駐車場、そこにあるミスリーダーが乗って来た紅白のワゴンが見えた。
が、あれは発進時に女児を巻き込む事故の危険があるために使えない。
そこでミスリーダーは、その入り口に駐輪してあった自転車をお借りすることにした。
それでも。

お菊さん「どうしたね!何をもたもたしとる!」

ミス「ああっ!これは無理よ!だって鍵が掛かっているもの!」

お菊さん「ええー!」

女児は意外と素早い。
ドキッとするほど、もうすぐそこまで迫っていた。

ミス「向こうの道路を渡ったところに住宅が並んでいる。とりあえずそこまで行けば何かあるかも」

ミスリーダーが再び振り返ると、女児は懐中電灯を装備した父親達をそれぞれに従えていた。
スポットライトが届かない距離では女児に危険が及ぶためだろう。
港から離れるほどに女児にもミスリーダーにも危険が増す。
それほど冬の夜は息苦しくなるほどに濃い。

お菊さん「足下に気を付けて」

ミスリーダーは小石に躓かないよう目をこらして気を付ける。
懐中電灯を持たない彼女は明らかに不利であった。
それでも速度を落とすことなく走りきり、道路を渡ることに成功した。
ここから左の道を進んで町を目指す。

ミス「ダメね。ここは目立つ」

お菊さん「隠れるところはないね。お家の後ろは山じゃ」

ミス「移動手段さえあれば……」

お菊さん「あれじゃ!」

ミスリーダーが足を止めて少し戻ると、ある古い木造住宅の前に赤い三輪車が置かれていた。

お菊さん「どう?乗れるかね」

ミス「そんなことしたら泥棒になりかねない。それに、私は大人だもの。三輪車は無理がある」

お菊さん「じゃが、昔に三輪車に乗って幼女とサイクリングしたことがあろう」

ミス「まあ、確かに実践経験はあるけど」

お菊さん「なら迷ってる場合かね!」

女児の群れはまだ執拗に追ってきていた。
道路を渡り、こちらに向けて直進する。
切迫するこの状況でミスリーダーに考える余裕はなかった。

ミス「お借りします!」

ミスリーダーは後ほどお詫びをきちんとする心積もりをして、赤い三輪車に跨がりハンドルを強く握り締めた。
乗馬するように中腰になって、足をくの字に曲げてがに股でペダルをこぎ出す。

お菊さん「んーしょ!」

お菊さんが浮遊しながらミスリーダーの背中を押してくれるおかげで、三輪車はグングン加速する。
ミスリーダーの足は車輪よりも忙しく回転する。

ミス「ひい……ひい……!」

やはり無理してこいでいるために、足腰への負担は毎日欠かさず訓練していても辛い。
それでも、負けず挫けず諦めずひたすらに車輪を転がし続ける。

お菊さん「やった!どんどん離れてゆく!」

ミスリーダー「このまま町まで行くよ」

しばらく走り続けてようやっと、追跡者をまくことに成功した。
スピードを緩めて、息を整えながらさらにこぐこと三十分余り。
ミスリーダーは命からがら、喉もカラカラで町へ逃げ延びた。

お菊さん「もみあげ。お疲れ様」

主人公が車でミスリーダーを迎えに来てくれた。
車内へ乗り込んだお菊さんが、さっそく彼のモミアゲを揉んで労ってやる。

主人公「ありがとう」

お菊さん「礼には及ばぬ。友達じゃからね」

主人公「じゃあ、僕からはこれをどうぞ」

お菊さん「まあまあ!カスタードプリンをこんなに!」

主人公は紙袋いっぱいにカスタードプリンを詰め込んできた。
お菊さんはそれを美味しそうに頬張っては全身を使って可愛らしく満足を表現した。

主人公「かわい……」ドキドキ

ミス「こほん」

主人公「失礼。気が緩みました」

ミス「主人公。このまま車を私の指示する場所へ走らせてください」

主人公「どこへ行くんですか?」

ミス「淡慈島の郷土史に詳しい大学教授に会いに行きます」

主人公「もう、八時を越えていますが」

ミス「構いません。失礼を承知で協力を願います」

主人公「分かりました」

ミス「ところで。あなたはいつまで寝ているのでしょう」

相棒「起きてますよ……」くたー

お菊さん「起きね!だらしない!」

相棒「酒に酔って……車に酔って……ふふふ君にも酔ってしまった」にたにた

お菊さん「何を馬鹿なこと言うかね」じとー

主人公「いやはや、水を飲ませたのですがこの調子で」

ミス「目的地に着いたら頭から水でもかけましょう」

相棒「え!それはちょっと!休めって言ったのは」

お菊さん「一口食べね。ほれ、あーん」

相棒「やめてくれ!キュン死にしてしまう!この距離でもう胸がいっぱいなんだ!」

ミス「目が覚めたようです。車を走らせてください」

主人公「アニメイツ」

相棒「うぷ……自粛すべきだった……」

ミス「当然です。明日も任務があるのにまったく」

相棒「酔いたいほど不安なんですよ」ふん

ミス「それは……私もです」くすっ
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