上 下
13 / 14

幼女外伝 王女と星の軌跡

しおりを挟む
それはガリーと別れた翌日のこと、男はホテルで博士から送られてきた資料を見て苦しんでいた。
とうとう腹が痛くなってきてトイレに駆け込んだタイミングで、博士から緊急の連絡がきた。
話し声が、とても辛そうに聞こえる。

博士「ウメちゃんの体で見つかった未知の細胞が六千二百年前のミイラの幼女と一致した」

相棒「は?」

博士「そのミイラ幼女を詳しく調べてみたところ二百年以上を生きたらしい。もし、同じ細胞を持つウメちゃんも……」

相棒「そんな!ミイラ幼女、それにお菊さんのように、ウメちゃんが成長することなく孤独に長生きしてしまう。その可能性があるというんですか!」

博士「可能性は松だ。かかりつけ医からの報告では変異が始まっているらしい」

相棒「変異とは?」

博士「初めに、何かしらを原因に覚醒遺伝子KWII2が未知の長寿遺伝子EMOEへと変異する」

相棒「エモいー……」

博士「人の共通する遺伝子にAPOEというのがあって、その二型が長寿遺伝子で、百歳を越えるセンチナリアンと呼ばれる人々がもつ。EMOEの名称はそれを由来としている」

相棒「そうなんだー……」

博士「次に……難しいことは省いて幾らか例を上げよう。細胞分裂に関わるテロメア、テロメアを修復するテロメラーゼ、長寿に関わるサーチュイン遺伝子、新陳代謝を促すがん細胞サーク、そういった生命に関わる要が次々と変異して、ついには全身の細胞を作り変えてしまうようだ」

相棒「どどどどうにか出来ないのですか?」

博士「今のところはどうにもならん」

相棒「幼女は救われた!悲劇は終わったんじゃなかったんですかあ!!」

博士「終わらせる!今度こそわしらで終わらせよう!!」

相棒は下痢と一緒に最悪の未来を水に流した。

相棒「博士が諦めないのなら希望はあります。俺は博士を頼るしかない。だから信じて何でもやります」

博士「よし。では、資料は間に合ったか」

相棒「エクソシスト幼女かイタコ幼女か、どちらに会おうか決めかねていたところに、ちょうど届きました」

博士「なら、今はまだ町に滞在しているんだな」

相棒「はい。すぐにでも出発できます」

博士「ミイラ幼女は稀少性から歴史的価値がとても高く、王が所有し管理している。王からも、瑞穂の国の両首脳からも許可は貰った。さっそく行ってくれるか」

相棒「行くしかないでしょう」

博士「では任せる。何でもいい。手掛かりを見つけたら連絡してくれ」

相棒「アニメイツ」

男はトイレから出ると食いかけの黒ずんだバナナをゴミ箱に放り捨てた。
それから下痢止めの錠剤を飲むと警官を呼び出した。
そして、現在に至る。

警官「ウメちゃん。YOUJO-Xのことだな」

相棒「そう。俺の相棒の可愛い可愛い可愛いひとり娘だ」

警官「相棒にはそのことは伝えてあるのか」

相棒「いいや。最重要特別機密事項扱いにして、ミスリーダーにも知らせていない。俺と博士の信用するに足る一部の人間だけに協力の旨を伝えておいた」

警官「俺は聞いて大丈夫なのか」

相棒「はん、何だ。俺がお前を信用していないとでも思ったか?」

警官「いや、そんなことはない」

男はかしこまって頭を下げた。

相棒「どうか協力してください。俺は、何としてでも主人公を助けたい」

警官「彼は君にとってかけがえのない存在なんだな」

相棒「相棒だからな。それにウメちゃんのことは、自分の娘のように愛している」

警官「いい相棒を持ったな。俺もいつかは彼と仕事がしたいものだ」

相棒「今は俺が相棒だ」

警官「俺のことも、そう呼んでくれるのか」

相棒「今なら呼べる」

警官は男の手を取った。

警官「相棒と呼んでくれるからじゃない。警察官だからでもない。ひとりの人間として人助けしようじゃないか」 

相棒「ありがとう。本当にありがとう」

瑞穂の国では軌跡の国と呼ぶ、カルタン。
名の由来は歴史の豊かさにある。
複数の池を内包する国で観光地が多くある。
天気も人も年中、陽気な国だ。

相棒「ここも暑いな」

警官「ちょこ夏だな」

相棒「なんですかそれ」

二人はカラッと晴れた空港に降り立った。
警官がサングラスをかけるほど日差しは強い。
スーツを着ているので余計に暑く感じる。
二人は迎えのリムジンに乗り換え、前後左右を警護車に守られて町の中央にある宮殿へと護送される。
町には珍しい桜が残っていて、柔らかな紫に染まっていた。
目を奪うような花吹雪のなかを走り抜け、厳かな門をくぐり、森のある広大な庭園へと入った。

警官「とんでもないもてなしで恐縮する」

相棒「国のトップと関わるとこんなことになるのか」

警官「警察官になったあの日、こんな日が来るとは夢にも思わなかったよ」

相棒「緊張で下痢が出そう」

警官「まだ治っていなかったのか」

相棒「お、ちょっと外を見てみろ」

警官「あれは……遊園地だ!」

庭園にはメリーゴーラウンドや観覧車やジェットコースターなど、小さめのアトラクションがまばらに置いてあった。

相棒「アメイシャちゃんへ、祖父母からプレゼントされたものだ」

警官「王様の娘は貰うものが違うな。しかし、これは印象があまり良くないんじゃないか」

相棒「子供たちのために定期開放してパーティーが催される。それは全国民から好評を得ている。ネットにそう書いてあったぞ」

警官「イイネ!」

相棒「きっと楽しいだろうな」

と、急ブレーキをかけてリムジンが止まった。
シートベルトが体に食い込んで息が詰まった。

相棒「何事だ?」

警官「さてな」

ドアが開かれ、二人よりスーツの似合う美女が顔を覗かせた。
彼女はサングラス越しに鋭い目付きで二人を睨み、やまと言葉で早く降りるよう伝える。
二人は王室専用車に押し込まれ急発進。
車は宮殿を後にして、いずこへ走り出した。
車内は息苦しいくらいピリピリした空気でいっぱいだった。
窓を開けて換気できればいいのにと思う。
二人の後ろには強面の屈強なボディーガードが四人もいる。
顔を見るのも恐ろしくて振り向くなんてとんでもない。
助手席に座るポニーテールの美女は耳にかけた無線機から伸びるマイクに向かって声を荒らげている。
何事かと聞くことも出来ない。
二人は縮こまって沈黙するしかなかった。

相棒「十分経ったかな」ひそ 

警官「七分二十四秒だ」ひそ

時間の経過も曖昧に感じる。
やっと停車した。
道路の中央を近未来的なデザインの路面電車が通り過ぎて行った。
ここは、昔からある歴史を物語る近代建築群と、ガラス張りのビルなど現代建築群が混在する首都のメインストリート。
目の前にある立派な建物は恐らく百貨店だろう。
屈強なボディーガード達は車から飛び出すと回転扉をスムーズにくぐり抜けて素早く中へ突入した。
美女がおもむろにサングラスを外した。
助手席から振り向き、やまと言葉で自己紹介をする。

コリン「私は王女警備隊、隊長のコリンだ。アメイシャ王女を御守りするのが私達の務めである」

相棒「この騒ぎは何事ですか?」

コリン「アメイシャ王女を護衛していたチームバンビから、このショッピングセンターにて立て籠り事件が発生したという緊急連絡を受けた」

警官「立て籠り事件だって!犯人は!王女は無事なんですか!」

コリン「犯人とは呼べない」

警官「呼べない?どういうことですか」

コリン「王女が立て籠っているのだ」

警官は驚いて男を見る。
特に驚いている様子はない。

相棒「あり得る話だ。淡慈でも度々あったろう」

警官「でも、今回は普通の幼女じゃない。王女の幼女だ」

相棒「違いはそこだ。なぜ、王女が町にいるんだ」

コリン「幼女問題が落ち着いて王女はある程度の自由を許された。もちろん、護衛付きが絶対条件だ」

相棒「忙しくて構ってやれないから、可哀想だから、そういった親心から自由にさせたってことですね」

コリン「そういうことだ」

警官「王女の予定はショッピングですか?」

コリン「そう。チームバンビと警察が協力して護衛していたのだが、王女が癇癪を起こした」

警官「かんしゃく……その理由は?」

コリン「ぬいぐるみが欲しいらしい」

相棒「失礼ですが。それくらい買ってやれないんですか」

コリン「今日は許可がない。だから王女は、お小遣いで買おうと考えた。しかし足りなかった。そこで値引きの交渉を行ったのだが、残念なことに決裂した」

警官「王女ならば、お小遣いは十分に与えられるものと我々は考えていますが」

コリン「他の子と変わりなく全国平均に合わせて決められている。なぜなら、定期開催される庭園でのパーティーにやって来た年頃の乙女たちとお喋りをするときに、格差があっては仲良くなれない可能性があるためだ」

相棒「幼女には共通の話題を好み同調する生態がある。最もなことだな」

コリン「うん。幼女のことをよく理解している」

相棒「いえ、まだまだ勉強不足です」

警官「ところで現状は?」

コリン「進展はなく膠着状態にある」

警官「お客さんは?」

コリン「王女のいる四階に限定して警察の誘導で立ち退いて貰った。オモチャ屋以外の店員もだ。四階に残っているのは王女と王女警備隊とオモチャ屋の店長だけになる」

相棒「その店長も頑固だな」

コリン「そうではない」

相棒「と言いますと?」

コリン「王女の値引き交渉に応じれば贔屓になりかねない。それを店長もよく分かっているのだろう」

相棒「なるほど。最悪、王女の好感度が下がってしまうわけだ」

コリン「そこでチームグリズリーが値引き交渉を引き継いで時間を伸ばし、チームバンビが王女を説得している」

相棒「完璧な作戦だ」

警官「いいや。対人の仕事に完璧なんてない」

コリン「その通りだ。いま連絡があってチームバンビが人質に取られてしまった。作戦は失敗だ」

警官「人質を取った!?」

コリン「王女は値引きしてくれるまで帰らないと頑なだ。ここは私が」

相棒「俺達が行く」

コリン「無茶だ。幼女に精通しているとは言え、あなた方は王女のことをよく知らない」

相棒「よく知る人物ならワガママを言い放つだろう。でも、知らない人が相手ならあまりワガママは言えないはずだ」

コリン「それで、どう説得するつもりだ」

相棒「プロフィールには好奇心が旺盛だと書かれていた」

コリン「王女は千万の興味を持つ」

相棒「異国から来た俺達なら、それを利用して引き離せるかも知れない」

男は旅行鞄から折り紙と本を取り出して見せた。

コリン「それは良い物だ。分かった、任せてみよう」

警官「待て。異国の幼女事に介入なんてしたら国際問題になるぞ」

相棒「俺は紅白の人間だから言い訳がきく。でもお前は瑞穂の警察だ。確かに国際問題になるかもな」

警官「一人では行かせない」

相棒「ふ、じゃあ一緒に行くか?」

男は挑発するように言って、折り畳み式のエコバッグを広げて贈り物をそこへ移す。
どうあっても行くつもりらしい。

警官「仕方ない。君ひとりには任せられないからな」

コリン「予備の無線機を貸そう」

二人は無線機を耳にかけて感度をチェックした。
男性の喧騒が聞こえる。
チャンネルを切り替えると、女性の優しい声が聞こえた。

コリン「チームバンビが女性で、チームグリズリーが男性で構成されている。彼らもやまと言葉を話せる。うまく頼るといい」

二人は頷いて車から降りた。
男は頭をぶつけても取り乱すことはない。

コリン「では行け!」

号令と同時に地を蹴る。
競うように走る二人は手動ドアに激突するも、わちゃわちゃしながら突破した。
事件などないみたいにショッピングを楽しむ人々の間をすり抜けてエレベーターを待つ。

警官「皆やけに落ち着いているな」

相棒「慣れっこなんだろう。うちと変わりない」

四階、オモチャ屋へとひた走る。
店舗前にて幼女を確認。
ペンギンに縄を結んで連れている。
二人は雑貨屋に身を隠す。
説得する四人の女性はチームバンビだ。
チームグリズリーは店内にいると思われる。

警官「で、どうするつもりだ」

相棒「急に現れても警戒されるかも知れない。ここは、お前の出番だ」

警官「やれやれ。任されてやるよ」

警官は無線で伝える。

警官「こちらは瑞穂の警察だ。今からそちらへ合流する」

チームバンビからの応答を受けて、警官はサングラスを外した。
そして堂々と幼女に接近する。

アメイシャ「アルベイヤ?」

誰だ貴様は?と幼女が鋭い眼光で警戒する。
警官は膝を折って幼女を見上げ、さあ自己紹介しようとしたが、ここでおっと言葉を詰まらせた。

相棒「おい、どうした」

警官「この国の言葉を知らない」

相棒「ミニフォンを使え」

警官「充電が切れている」

相棒「なあにい!?やっちまったな!」

思わぬ落とし穴が仕掛けられていた。
警官はズッポリとそこにはまって身動きが取れなくなり、ただの不審者に堕落してしまった。
このままではチームバンビが不審者から王女を守ろうとして、同士討ちしてしまうことになる。

アメイシャ「瑞穂の国の人ね。こんにちは」にこっ

警官「なん……だと?」

笑顔に態度をくだけて、やまと言葉を流暢に話された。
落とし穴に縄を垂らして不審者を救ってくれたのは幼女だった。
幼女は訪問者のことを理解しているらしい。
不審者のレッテルは落とし穴に埋めれられた。

コリン「王女は四ヵ国語を話せる」

相棒「まだ五才じゃないか」

早くも魅力的だ。
男は自身の左乳房をぎゅっと握りながらY細胞が無くても戦えるのか不安になってきた。

アメイシャ「いま大事な話をしているの。待っててね」

警官「そのことについてお話に参りました」

アメイシャ「なによ。あなたも今度にしなさいと言うの?どうしても今日じゃないとダメなの?そういうことばっかり言ってお説教するつもり?」

「今度にしなさい」「どうしても今日じゃダメなの?」
どちらも保護者が言いそうなことだ。
警官は冷静に頭を働かせて言葉を慎重に選ぶ。

警官「説教などとんでもない。ところで、どのようなオモチャをお求めでしょうか?」

アメイシャ「ぬいぐるみよ。ウォンバットの、これくらい大きいの」

幼女は手を大きく使ってサイズを表す。
よく分からない。

警官「それには及ばないかも知れませんが、実は我々、故郷から素敵な贈り物を王女様に持って参りました」

アメイシャ「それで我慢しなさいとでも言うつもり?」

手強い。
何度も交渉を行っているワガママの巧者だ。
裏の裏の裏のまた裏まで読んでいるに違いない。

警官「いいえ。カフェで少し休憩にしませんか」

チームバンビは顔を見合わせて頷いた。
幼女は心情を悟られないよう目も合わせず、すぐには答えを出さない。

警官「今、ちょうどオヤツの時間ですから」

幼女が唇を舌で舐めた。
餌に食い付いたのだ。
ところがそこへ。

相棒「時間稼ぎなんて無駄だ」

そう言って男が割って入った。

警官「何のつもりだ」

相棒「こっちの台詞だ。子供騙しの策なんて愚かしくて見ていられない。卑怯だ」

警官「何だと?」

相棒「ぬいぐるみくらい俺が買ってやる」

男は吐き捨ててオモチャ屋に突撃した。

警官「待て!」

男は広い店内を走り回ってぬいぐるみコーナーを探す。

ジョン「何があった」

騒ぎの音を聞いたチームグリズリーのジョンが叫ぶ。

相棒「ぬいぐるみを買ってやるんです」

ジョン「何?そんなことが可能なのか?」

相棒「我々からの親交を目的としたプレゼントなら問題ないでしょう」

ジョン「難しいな。甘やかすことになる」

警官「そうだ。甘やかすことになる」

ようやくウォンバットを見つけた男の側に警官が駆けつけた。
その手には弓を持ち、矢先を的に向けている。
弦は、限界まで引かれている。

警官「そこまでだ。その手に持っているウォンバットを今すぐ置け」

相棒「アナライズ」

ミニフォンで値段をスキャンするとニ千六百円と出た。

相棒「なるほど。幼女が悲鳴を上げるわけだ」

警官「ウォンバットを置いてくれ。君と敵対したくはない」

男は立ち上がる。
その腕にはウォンバットがしっかり抱かれている。
男は一歩、警官に向けて足を出す。

警官「動くな!ウォンバットを置け!」

相棒「ウォンバットは置かない」

警官「どうしてもウォンバットを置くつもりはないのか」

相棒「ウォンバットを置くつもりはない。駆け引きは無駄だ」

その瞬間。
矢が放たれ、先端の吸盤が男の胸に当たった。

相棒「やったな!」

警官「次は顔を狙う」

相棒「人の顔に向けたら駄目だ」

警官「分かっている。俺だってやりたくない。だからウォンバットを戻すんだ」

相棒「強情だな。分かった」

男は観念してウォンバットを元の場所へ戻した。
そして走る。

警官「待て!どこへ行く!」

警官は瞬時に反応して追跡する。

相棒「お菓子を買いに行く!」

警官「やめろ!甘やかすんじゃない!」

相棒「ぬいぐるみは諦めた!幼女だって不服だろう!それでもまだ許さないのか!」

警官「深入りするんじゃない!これはこの国の問題だ!」

相棒「まだ国際問題だ何だと言うのか!」

アメイシャ「どうしたの!?」びくっ

警官「待て!止まれ!」

相棒「うるせえ!」

王女の傍らを駆け抜けて、階段を一階まで駆け下りて、息も絶え絶えに食料品売り場へ駆け込む。

相棒「やった!菓子屋が充実している!折り紙にお菓子があれば何とかなるだろう」

警官「無駄な抵抗はもうよせ」

相棒「しつこいな」

警官「君の気持ちはよく分かる。だが、見ず知らずの、それも異国の人間が甘やかしてはならない」

相棒「子供騙しで傷つけるよりはマシだ。こうすれば傷つくのは俺達だけで済む。本当なら我慢だってさせたくはないんだがな」

警官「理屈は分かった」

相棒「なら、どいてくれ。早く戻らなきゃならない。人質の心労を考えれば一刻を争う」

警官「くっ……!」

コリン「そこまでだ」

警官「コリン隊長!」ビシッ

癖か、はたまた職業病というやつか。
警官は突然現れたコリンに向かい姿勢を正して敬礼した。

コリン「事件は解決した」

警官「人質は?」

コリン「無事に解放された。王女も、ぬいぐるみを諦めた」

相棒「可哀想に。お前のせいで犠牲者が出たぞ」

警官「その言い種はなんだ。俺だけが悪いって言うのか」

コリン「どちらも悪くない。よくやってくれた」

相棒「王女はどうして諦めたんですか?」

コリン「もういい。それだけ言ってオヤツを食べに向かった。あなた方も同席するか?」

相棒「行こう」

警官「ああ。そうしよう」

一行は三階にある人気のスイーツ店にやって来た。
ジョンからエコバッグを受け取り、二人は招待されて王女とコリンと向かい合って座った。

アメイシャ「ねえ。何を喧嘩していたの?」

相棒「え?あー喧嘩なんてしてないない」

男は警官と肩を組んで言った。

警官「うんうん。仲良しだよ」

二人は不気味に微笑んで左右に揺れる。
幼女の目は冷ややかだ。

アメイシャ「そう。喧嘩は駄目よ。友達なら仲良くしなくちゃ」

男は頬擦りして答える。

相棒「その通りだ!」

警官は気持ち悪さと息の臭さに顔をしかめた。

アメイシャ「パステル食べる?」

相棒「それは何かな」

アメイシャ「え?んー?」くびかしげ

コリン「そちらの国ではエッグタルトと呼ぶ菓子だ」

警官「あーはいはい。頂きます」

相棒「俺も」

王女は贈り物を渡すと素直に喜んでくれた。
パステルの待ち時間を利用して、さっそく折り方の本を熟読している。
一方で男は幼女を観察することに待ち時間を利用した。
クセのある金髪ポニーテール。顔の左右に髪を流しておでこを出している。
キャップを被りスカーフを巻いている。
お洒落のなかにやんちゃが隠れている、そんな風なカジュアルファッションだ。

アメイシャ「なに?」ちら

相棒「美しい」ぽー

アメイシャ「スィ?」くびかしげ

警官「ばか!見惚れるな!」

相棒「すまない。目が釘付けになって、つい」

コリン「あなたにはY細胞がないのだろう。くれぐれも気を付けて」

相棒「失礼しました」

アメイシャ「ねえ、おじさん達はミイラを見に来たんでしょう」

相棒「そうだった。大事なことを忘れていた」

アメイシャ「後で案内したげる」

コリン「王女が?このあとは映画鑑賞の予定では?」

アメイシャ「いいの。もう何もかも退屈よ」

幼女は本をたたむと頬杖をついて、憂いを帯びた顔で溜め息を吐いた。
儚げな表情もまた美しい。
そよ風のような溜め息なんて全て吸い込んでしまいたい。
億千万の矢でハートを射ぬかれた男は世話を焼かずにはいられなかった。

相棒「どうしたの?悩みがあるなら俺に言って」

直後、男は慌てて謝る。

相棒「や、ごめん。乙女の悩みなんてきいちゃいけなかった」

アメイシャ「いいよ。話してあげる」

コリン「え!」

アメイシャ「なによ。コリンたちは説教しかしないから言いたくなかったの」

コリン「それは……」

アメイシャ「仕事でしょう。けれど、この人たちは違う」

相棒「さすが王女様は賢い。俺達なんかで良ければ是非、相談に乗ります」

アメイシャ「あのね」

かわいい一呼吸を置いて。

アメイシャ「友達のことで悩んでいるの」

相棒「友達か」

コリン「もしかして先住民族のピスカちゃん?」

アメイシャ「そうよ。説明してあげて」

コリン「では、初めに知っておいてくれ。二十年前から去年まで、首都の幼女とその家族は王の御心で宮殿の庭園に招かれて暮らすことになっていた」

相棒「去年は、合わせて九百八十二世帯でしたね」

コリン「よく知っている。全員を受け入れることは出来ない。王としても常に心苦しい選択だった」

相棒「それでも王様は、国内の幼女とその家族に公平に厚い援助を続けた」

コリン「やがて、国民は王の御心を理解し、王を愛してくれるようになった。そして去年のことだ」

相棒「ニュースで見ました。土地を離れることが少ない先住民族、その幼女が宮殿に保護された。なるほど。その子がピスカちゃんだ」

警官「さすが情報通だな」

相棒「まあな」

コリン「話を続ける。親元を離れ宮殿にひとり招かれたピスカちゃんは人見知りで孤独だった。しかし、王女にだけは心を開いて親睦を深めていった。そして二人はかけがえのない親友となった」

アメイシャ「でもね。バイバイよ。もう問題ないからって帰っちゃったの」

相棒「そうか……。幼女はみんな幸せになったと思っていたが、逆に不幸になった幼女もいるんだ」

警官「気を落とすな。君は悪くない」

アメイシャ「あなたが何かしたの?」

男は黙ってうつ向いた。
どんな言葉で謝ればいいか分からない。
意気消沈。嫌な感情に胸を圧迫される。
罪の重さに手が震えてきたっぽい。

警官「責めないで。彼は何もしていない。すべて宿命だったんだ」

アメイシャ「宿命?子供には分からない」ぷん

警官「それより、ピスカちゃんとは会えないの?」

アメイシャ「遠いもの。それに、なんだっけ」

コリン「先住民族は伝統文化を守るために、あまり土地を離れない」

警官「手紙は?」

アメイシャ「時代遅れね。毎日、ミニフォンで顔を見て話しているよ」

警官「それでも寂しいものは寂しいよな」

アメイシャ「私よりもピスカの方が寂しいの。ピスカは人見知りで、とっても寂しがりなのよ」

警官「もしかして、それでぬいぐるみをプレゼントしようとしたのかな?」

アメイシャ「フィア!分かっちゃった?」

警官「ああ。痛いほど分かっちゃったよ。君の悩み」

コリン「そうだったのか……それなのに気付かず……私達は……」

チームバンビとチームグリズリーなんて肩を床まで落としている気がする。
幼女なんかもうテーブルに突っ伏してふて寝しているぞ。

警官「参ったな」

そこへ、焼きたてのパステルがそれぞれのもとへ運ばれてきた。
んーカラメルのような芳しい香りとカスタードの甘い匂いが最高だ。
たまらず、みんな一斉に顔を上げた。
そしてさっさく一口。
サックサクの生地にトロットロのカスタード!
そのあまりの美味しさに、ほらご覧よ!
みんなすっかり笑顔さ!

警官「ここの銘菓恐るべし」

アメイシャ「んー!おいしいね!」

王女の顔はカスタードよりとろけている。
まさに、ほっぺが落ちようとしている。
それを見てしまった男はトキメキしてしまう。
ストローをくわえながら息を吐いて、ピーチティーがコップからブクブクと溢れてしまっている。

警官「何やってるんだ、汚い」

相棒「幼女が美味しそうにもぐもぐしている姿。こりゃ何度おかわりしてもたまらんだろう」

警官「そりゃたまらんよ。でも、表に出すのは頼むから笑顔だけにしてくれ」

男はペコペコしながら紙ナプキンでテーブルを綺麗に拭いた。

アメイシャ「はい。こっちのビンが砂糖でこっちがシナモンよ」

相棒「オススメはどっち?」

アメイシャ「私はそのままが好き!」にこっ!

相棒「あああああ!!」

警官「黙れ!他に客がいるんだ。やめてくれ。やめてくれよ。なあやめてくれって」

相棒「うぅ……胸が苦しい。助けてくれ」

警官「分かった。めちゃくちゃ嫌だけど、ピビのサングラスを貸してやる」

相棒「恩に着る」

おじさんがショッキングピンクのサングラスを掛けたことで、今度は王女がレモンティーを吹き出してしまった。

アメイシャ「あははは!似合わなーい!」

コリン「王女。みっともない」

アメイシャ「だって、へへ、この人が、ふひひ」

警官「幼女の笑いのツボを突いたらしいぞ」

相棒「感慨無量だ」

男が瑞穂のヨウジョフレンズのことを話すと、幼女は半ば興奮しながらティーブレイクに興じた。
それから上機嫌で店を後にして、一行は宮殿へと帰還した。
宮殿は一見して尊厳ある佇まいだが、淡いレモン色に染まった外観が見る者の心に安心という余裕を与えてくれた。
宮殿内は豪華絢爛というよりも、芸術的な趣のあるラピスラズリ色のアズレージョで装飾がされていた。
おじさん二人は荷物を執事に預けて、幼女とコリンの後について歩く。
絵画の並ぶ長い廊下を進んだ先の部屋に、珍しい物があった。

警官「え……電車があるんだけど」

相棒「それだけ広いんだろう」

電車は二両編成でパステルカラーが可愛らしい。
これも幼女への思い遣りだろう。

コリン「歴史ある風景式庭園を心ゆくまで楽しんでくれ」

電車がオートメーションで駆動する。
薔薇のトンネルを抜けると外に通じていて、開かれた車窓から心地よい初夏の風が吹き込み、新鮮な緑の匂いを運んできた。
車窓から望むのどかな庭園は、まるで額に収められた一つの芸術作品のようで季節の花が豊かな彩りを蒔いていた。
電車はカタコトのんびり走って、十分以上かけて離宮へと到着した。
二人は、満足するまで風景を堪能することが出来た。

相棒「いい経験になりました」

コリン「満足してもらえて良かった」

アメイシャ「いつか、みんなを連れてくるといいよ。いつでも歓迎するから」

相棒「ありがとうございます王女様。みんな、とても喜ぶと思います」

一行がいる離宮は王の個人的な美術倉庫であり美術館でもあるとコリンが説明する。
これまた定期開放して展覧会を催すと言う。
建物の地下では美術品を徹底した管理体制のもと厳重に保管していて、メンテナンスルームなども完備している。
その一室で、ミイラの科学的調査が行われている。
二人はガラス窓越しにそれを見学する。

警官「ほう。あれがミイラ幼女か」

相棒「可哀想にな」

警官「まあ、そうかも知れないが。わざわざ言わないでくれよ」

相棒「悪い」

部屋から登頂部が禿げた初老の男性が出てきた。
コリンが責任者だと紹介する。
彼が頭を下げるとグリーンフラッシュが起きた。

トリー「ようこそお待ちしておりました。私はトリースモークです。オパンティヌスから話を伺っております」

相棒「お知り合いでしたか」

トリー「彼はあるプロジェクトに参加していて忙しいらしいですね。そこで、あなたに任せると言っておりました。えと、どちらかな」

相棒「はい」

トリー「君が、あの偏屈オパンティヌスが一目置く男。こっこっこっ、そうですか」

相棒「一目置くなんて初耳です」

トリー「頭で考えるよりも行動するタイプで、賭けに強い。君なら謎を解明できると聞いていますよ」

警官「はは、行き当たりばったりな性格ということだ」

相棒「うるさい」

トリー「こっこっこっ、私も君を信頼しています。では、さっそく本題に入りましょうか。どうぞ中へ」

警官「俺は遠慮する」

相棒「ビビってんのか?」

警官「ミイラにビビりはしない。ただ、近くでじっくり見たいと思わない」

相棒「分かった。そういうことなら、上で待っていてくれ」

アメイシャ「お散歩しよう。近くに鶏小屋があるから案内するよ」

警官はコリンに任されて、幼女と二人きりで散歩に出掛けた。
引き連れられるバルーンのペンギンがピョンピョン跳ねている。
幼女は時々こちらを振り向いたりして鼻唄を歌っている。
警官は幼女が振り向く度に笑顔を返してやった。
離宮から森の中へ続く丸石の道路をしばらく歩いて行くと、奥から、にわとりの鳴き声がポツポツ聞こえてきた。

アメイシャ「もうすぐよ」

間もなく、湖の畔に巨大な鶏小屋を見つけた。
いいや。あれを小屋とは呼べない。
あれはもはや鶏宮殿だ。

アメイシャ「ねえ、これ見て」

幼女が指す方を見ると、道路脇にコミカルな鶏の置物があった。

アメイシャ「これはガロ。奇跡と幸せを呼んでくれる置物よ。ずっと昔から、家族が一つずつ作っているの」

警官「ということは、君の作ったものもあるの?」

アメイシャ「あるよ。こっち」

それは鶏宮殿の入り口前にあった。
独特な模様が描かれている。
形が少し崩れているのが愛嬌があっていい。

アメイシャ「この模様を描いたのは私。下手よね」

警官「トキメキしているよ」

アメイシャ「本当に?」

警官「本当だ」

幼女は嬉しそうに笑うと鶏宮殿の中へ飛び込んだ。
警官も追いかけて中へ。
自動ドアの向こうに立っていた警備員は、ちゃんと話が通っているらしく何も言わなかった。
彼以外には人の姿が見当たらない。
まるで動物園にいるみたいだ。
ガラスの向こう、機械で管理された好適環境のなかで鶏たちはのびのびと生きていた。

アメイシャ「可愛いから好き」

(´・∀・)

アメイシャ「可愛いから好き」

ガラスに張り付いて二度も言うくらいだ。
大好きでたまんないのだろう。
幼女は各部屋を数分ずつ張り付いて、鶏達にかわゆい眼を飛ばして回った。

アメイシャ「可愛かった?」

二人は鶏宮殿を出て、夕陽の下、湖の畔に寝転んでいる。
若草がくすぐったくて気持ちいい。

警官「可愛かったよ」

アメイシャ「うんうん」

そよ風が悪戯して幼女はクシャミした。
愛らしい控えめのクシャミだ。

アメイシャ「ねえ」

警官「ん?」

アメイシャ「瑞穂の幼女達はもう学校に行っているの?」

警官「うん、めでたく。今年からトキメキの、じゃなくて、ピカピカの一年生だ」

アメイシャ「私は学校に行かないから、どんなところか聞いてみたいな」

警官「学校に行かないの?」

アメイシャ「行けないの。王女は特別な勉強をして、いつか素敵な旦那様を迎える決まりなの」

警官「王女の宿命か」

アメイシャ「そのやまと言葉は分からない、嫌い」

警官「君は、ひとりっ子だったね」

アメイシャ「だから困っているのよ」

幼女は溜め息を吐くと風船ペンギンを抱いて警官に背を向けた。
当たり前だが、とても小さな背中だ。

警官「溜め息ばかりついちゃ、奇跡や幸せが風船みたいにどこかへ飛んでっちゃうよ」

アメイシャ「私も飛びたい」

警官「そんなまさか高いところから!それは駄目だ!」

アメイシャ「何言ってるの?空を飛びたいの」

警官「ああ……ヒヤヒヤしたよ……」

警官は悪い意味でドキドキもした。
幼女はまだ背を向けている。

アメイシャ「にわとりさんと同じよ。いつまでも自由になれない。学校にも行けない、ピスカにも会えない、友達も作れない」

警官「どうして友達を作らないんだ」

アメイシャ「だって、友達はみんな学校に行くもの」

警官「ああ……そうか……」

アメイシャ「カフェのお姉さんにもなれない、お花屋さんにもなれない、お菓子屋さんにもなれない、おもちゃ屋さんにもなれない。退屈よ」

小さな背中が震えている。
幼女がさめざめと泣き濡れている。
警官が体を起こして上から覗き見ると、風船ペンギンはアルミバルーンだから、強く抱かれてクチャクチャになっていた。
幼女を転がして仰向けにすると、彼女の顔はクシャクシャになっていた。

アメイシャ「やめて。見ないでよ」

幼女はそう言ってキャップで素早く顔を隠した。
警官は男の言葉を思い出して呟く。

警官「幼女を悲しませちゃいけない」

でも、宿命と孤独に闘う幼女をどう救えばいいのか分からない。
彼なら、どう行動するだろうか。

トリー「幼女の覚醒遺伝子が特別な宇宙線の影響を受けているのはご存じでしょう」

男は他の研究員に聞こえないよう声を潜めて言う。

相棒「間もなく、招待を受けて、それの発信源へと向かいます」

トリー「羨ましい。私が行きたいくらいですよ」

相棒「代わりましょうか?」

トリー「君は本当にそれを望みますか?」

相棒「……いいえ。誰に譲るつもりはありません」

トリー「うん、それがいい」

優しい笑みで言って、トリーはペンを操作した。

トリー「では話を戻しましょう。これをご覧ください」

デスクトップに映像が流れる。
ミイラから採取した未知の細胞の活動を動画撮影したものだ。

トリー「分かりますか。未知の細胞は今も活動しています」

相棒「嘘!こわっ!呪いですか!」

トリー「こっこっこっ!呪いなんてありませんよ、多分ね」

相棒「一体どういうことでしょう」

トリー「分からない。この細胞は忽然と現れたのです」

相棒「無かったものが現れたってことですか?」

トリー「そうです。恐らくですが、特別な宇宙線の影響を受けて発現し、覚醒遺伝子と同じくそのエネルギーで活動していると思われます」

相棒「じゃあ、もしかして宇宙由来とか?」

トリー「ミイラのミトコンドリアDNAを辿ると未知のDNAに行き着きました。これまでに確認されていない新人類の可能性があります」

相棒「新人類」

トリー「異星人の子孫かも、ね」

相棒「やっぱり宇宙由来だ!」

トリー「もしくは、共に起源が同じか」

相棒「起源が同じ?」

トリー「宇宙からの招待状は、やまと言葉で書かれていましたね」

相棒「はい」

トリー「やまと言葉を扱えるのなら、我々と同じくらい、もしかしたらそれ以上の高度な知能をもつ知的生命体がいるのは確実でしょう。となれば、三つ目の可能性も考えられます」

相棒「なるほど。分かるようで分からない」

トリー「共通する命の源が、何らかのきっかけで双方の惑星に分かれて落ちた。やがて、それぞれに人となった。とも考えられます。無茶な想像ですが」

相棒「その相手の惑星が見当たらないんですけどね。俺も見ましたが、どれを何を見ても惑星は映っていなくて、招待状の物質も宇宙空間に突然現れたように見えました」

トリー「何もない空間からメッセージが、それも物質が届くなんて不思議ですね」

相棒「しかも月に幼女がいるらしいのに、彼女も未だに見つかっていません」

トリー「謎が深まるばかりですね」

相棒「そもそも、何もないところに行け、ていうのは正直言って疑問に思っています」

トリー「でも信じて行くしかない」

相棒「そうなんです」

トリー「実はこの国には、宇宙に関することで、ちょっとした伝説があります」

相棒「伝説?」

トリー「ここから離れたところで暮らす先住民族が、大昔に宇宙と交信していたらしいのです」

相棒「まさか」

トリー「六百二十年前に、幼女が交信したそうです」

相棒「六百二十年前……幼女……あ」

トリー「六百二十年前の幼女伝説と六千二百年前のミイラ幼女。関係がないとは思えません」

相棒「ミイラ幼女はどこで発見されましたか?」

トリー「先住民族の暮らす村の近くにある遺跡で見つかりました。去年、彼らとの親交を機に調査が許されるようになったのです」

相棒「ピスカちゃんのことだ」

トリー「行ってみますか。遺跡には壁画や解読不能の象形文字が残されているそうです」

相棒「それは是非。本当に交信していたのかこの目で確かめたいです。自分の目で見てみなくちゃ現実かどうか分からない」

トリー「うん。直接、見聞きすることは良いことです」

相棒「明日にでもさっそく行けますでしょうか」

トリー「その用意ならお任せください」

相棒「よろしくお願い致します」

その夜、晩餐会と舞踏会を終えた二人は共に大浴場で体を労ることにした。
開放的な露天風呂もあって、肌を撫でる涼やかな風が気持ちいい。

相棒「いい湯だな」

警官「そうだな」

相棒「まだ落ち込んでいるのか。幼女は元気だったじゃないか」

警官「あれは強がりだ」

相棒「楽しそうにお前と踊ってたぞ。とても強がりには見えなかった」

警官「仮面を被って踊っていた。それは俺もだ」

相棒「じゃあ仮面舞踏会だ」

警官「だから何だ」

相棒「別に意味はない」

警官「ふざけないでくれ。こっちは真剣に悩んでいるんだ」

相棒「いいか。まずは、お前が先に仮面を外すことだ」

警官「何?」

相棒「俺からのアドバイスはこれだけだ」

警官は少し考えて答える。

警官「十分だ。ありがとう」

相棒「俺がピスカちゃんを連れてくる間、王女のことは任せるからな。もう泣かすな」

警官「約束する。彼女の涙はもう見たくない」

相棒「俺も約束する。ピスカちゃんを必ず連れてきてやる」

二人は星月夜に誓った。
幼女を笑顔にするため、互いに全力を尽くすことを。

相棒「しかし、王様との食事はめっちゃ緊張したな」

警官「よく言う。行儀悪いし煩かったぞ。コリン隊長の鬼の顔を見て心臓が止まりそうになった」

相棒「ごめん。次からは気を付けます」

翌朝。男は日が昇る前にコリン隊長に引きずられてヘリに放り込まれて空に消えた。
警官はそれを見送って、ひんやりとする庭園で日課の武術に励んだ。
平和を願い争いを鎮める武術は、警官の心に積もったヘドロのような憂鬱を浄化してくれた。
シャワーを浴びたら完全リフレッシュでフィニッシュ。

警官「さて、仕事の時間だ」

ただ素直に、心のままに接して気持ちを通わせることが出来ればいい。
いつだったかどこでだったかは覚えていないが、男がくれた助言だ。
仮面はいらない。
社会の窓をきっちり閉めた。
本当の俺を見せてやる。
ネクタイをきゅっと締めた。

警官「おはようございます!」

声高らかに挨拶して食堂に突入。
礼儀作法は朝飯前だった。
難なく朝食を終えた警官は、糞をひねり出して歯を五分かけて磨いた。
無精髭を黙らせてもまだ物足りなさを感じた警官はベルを鳴らしてメイドを呼び出し、ポマードを借りてオールバックで決めてみた。

コリン「まだか。王女がお待ちだ」

警官「もう少し待ってください。何か物足りないのです」

コリン「いやもういい」

警官「もういいとかじゃなくて!物足りないのです!」

コリン「はあ、そうだな……白いスーツはどうだ」

警官「それだ!」

白いスーツを用意して貰い、さっそく着替えてみる。
清潔感は増したが……。

警官「物足りない」

コリン「白馬にでも乗るか」あしぱたた

警官「やけにならないでください!王女のためにも、身だしなみからきちんとしたいのです!」

コリン「ち、待たせて言うことか」

警官「ごめんなさい!こんなに時間がかかるとは思いませんでした!舌打ちはしないでください!」

コリン「ならこれはどうだ」

コリンは花瓶に飾られた薔薇の束から一輪抜いて、警官のスーツの襟に空いたフラワーホールに挿してやった。

警官「口でくわえた方がいいかな」

コリン「出動!」

警官「はい!」

駆け足で薔薇園に移動して、ベンチにお座り足を揺らして待つ幼女と合流する。

警官「お待たせ」

アメイシャ「ん?え?」

幼女は格好つけた警官を見て戸惑った。
ショッキングピンクのサングラスは昨日見た。
でも、オールバックと白いスーツは初見だ。
彼の胸で咲き誇る薔薇を見ながら、何か特別な予定があったかなー、と考えてみるも思い出せない。

アメイシャ「コリン。何か特別な予定があった?」

コリン「これは王女と出掛けるのに相応しい格好をしただけだ」

アメイシャ「え、あーそう」

警官「さあ、出掛けよう」

アメイシャ「うん」

二人が王室専用車に乗って町へ出掛ける頃、男は大河に沿って広がる旧市街へ到着した。
ボディーガードとしてチームグリズリーのジョンが付き添ってくれている。

ジョン「十五分後に出発する。あまり遠くへ行かないでくれ」

相棒「おーけい」

ピッコ川は国際河川で、目の前を様々な国の貨物船が行き交っている。
これからガイドのコーラとドライバーのソーダも連れて、ボートでピッコ川を丸一日遡る。
途中で小さな村に寄って、今度は車で一日かけてジャングルを横切る。
往復だけで四日かかることになる。
時間が惜しい。
ジーランディアから宇宙へ飛び立つ日は目前に迫っている。

相棒「それまでに間に合わなくても、お前の大切な娘は必ず助けるからな」

ジョン「行こうか。早く荷物がまとまった」

相棒「分かった。行こう」

その前に二人の幼女を助ける。
許してくれ。

警官「町を歩くだけでも楽しい気持ちになる」

アメイシャ「そうでしょう。歴史ある自慢の町なのよ」

幼女は風船ペンギンと警官を連行してマメコ広場へとやって来た。
橙色の近代建築群に囲まれた広場は、その昔は巨大な市場でとても賑わっていたそうだ。
現在はお祭りなど特別な日にだけ市場が開かれる。
今日はその予定がないにもかかわらず、広場は当時を再現するように賑わっていた。
彼らが正体を隠したグルメな人達で、絶品を求めてここへ集まっていることを幼女は知っていた。
もちろん幼女もグルメで、目をつけたお気に入りの店がある。

アメイシャ「ここよ」

幼女襲撃。

警官「お洒落な店だ」

アメイシャ「ここのビファーナがとっても美味しいの」

予約していたテラス席に着くと、幼女を迎撃するつもりか、地元の人達が次から次へと代わる代わる陽気を丸めた挨拶を投げ掛けてきた。
わざわざ店内から顔を覗かせて熱い視線を幼女に送る人までいる。
対して幼女は、愛嬌を含んだ笑顔を振り撒いて、皆の表情をトロトロに溶かしてやった。

警官「人気者だね」

アメイシャ「愛されているの」うぃんく

警官「良いことだ」

事前に注文していたので早くもビファーナのセットが届いた。
見た目はシンプルなハンバーガーだ。
それにサラダとポテトがついている。

アメイシャ「私のは卵が入っているの。あなたのはないけれど欲しかった?」

警官「これが基本スタイルなんだろう。それならこれでいいよ」

警官のセットには白ワインが付いてきた。
コリンがこの国の特産だと教えてくれた。
ちょうど、相棒がヘリで降りた町にブドウ畑がたくさんあって、ワインの生産が盛んらしい。

警官「お酒なんて飲んで大丈夫ですか?」

コリン「私達がいる。気にしなくていい。昨日は赤だったろう。今日は白を楽しんでくれ」

警官「分かりました。お気持ちといっしょに頂きます」

香りがハッキリしている。
口に含んで舌の上で転がして喉を滑らせる。
これは飲みやすくて美味い。
透き通る果実の香りが全身を巡って、つい吐息が漏れた。
ふかふかのソファーにもたれ掛かったように体がリラックスした。

アメイシャ「次はビファーナをどうぞ」

幼女は言って、淑やかな御口で肉をムチィと噛み千切った。

アメイシャ「リーヤ!美味しいね!」

続いて警官もかぶりつく。
甘辛く煮込まれた豚肉は男性が好みそうな濃いめの味付けだった。
ピリッとする刺激が食欲を……違う。
幼女の笑顔こそ食欲を掻き立てる。
昨日、ああも泣いていたのがまるで悪夢だったような笑顔だ。
警官は、幼女のおちょぼ口にサクサク吸い込まれるポテトを見て、次に唇に注目した。
弓なりにつり上がった。
間違いない。真実の笑顔だ。

警官「美味しいね」

一安心したら食がどんどん進む。
昨日の涙は心の奥に仕舞っておこう。
今日を、めいいっぱい楽しもう。

相棒「よ、調子はどうだ?」

警官「上々だよ」

相棒「俺は船で移動中だ。狭いし退屈だし焦れったいしで仕方ない」

警官「まあまあ、そう文句ばかり言うな」

相棒「お前は何してる?」

警官「王女とローラースケートに来ている。新しく出来た施設で人も多い」

相棒「楽しそうだな。恨めしい」

警官「恨むな」

相棒「まあ、悩んでなさそうで何よりだ」

警官「吹っ切れた。俺は王に直談判しようと思う」

相棒「待て。何の話だ」

警官「幼女のために頼みたいことがある」

相棒「やめておけ。牢獄で余生を過ごすことになるぞ」

警官「ないない。じゃ、呼ばれているから切るぞ」

幼女に追いかけられて幼女を追いかけて、幼女に踊らされ幼女と踊り、爽やかな汗をかいた。
幼女はサラサラの汗をコリンにタオルで拭ってもらい、それがくすぐったくてケラケラ笑っている。
コリンは優しい顔でお世話してやる。

アメイシャ「楽しかったー!」

警官「それじゃあ、汗を流しに行こうか」

警官は併設されたスパリゾートで疲れた体を癒し、ただ汗を流すだけでなく、チームグリズリーが用意してくれたシャンプーとリンスとボディーソープとを連続使用して体をさっぱり清めた。
服もチームグリズリーが用意してくれていた。
無難なオジサンファッションに着替えて、ゲストルームで彼らと談笑して幼女を待つ。

アメイシャ「お待たせー」

一時間ほどして、艶やかな幼女襲来。
肌がテカテカでいい匂いがする。

アメイシャ「エステしてたの。私きれい?」

相棒がここにいたなら口裂け女を意識した脅迫と勘違いして怯えたに違いない。
警官は一言「綺麗です」と真面目に返した。

アメイシャ「オヤツにしましょう」

幼女が警官の隣に座ると、ソファーが恭しく沈んだ。
コリンが彼女にビンを手渡した。
中にはカラフルな粒がたくさん入っている。

警官「金平糖じゃないか」

アメイシャ「よく知ってるね。コンフェイトよ」

警官「この国の言葉ではコンフェイトと言うのか」

アメイシャ「コリン。ニョッキにもオヤツを上げて」

幼女が指図すると、チームバンビの一人がアタッシュケースからスプレー缶を一つ取り出してコリンに手渡した。
コリンはそれのノズルを風船ペンギンの口に突っ込んでレバーを引く。
すると、頭を垂れてくしゃっとしていた風船ペンギンがムクムクと元気を取り戻した。

アメイシャ「良かったね、ニョッキ」

警官「その風船はニョッキという名前なんだ。可愛い名前だね」

アメイシャ「でしょう。マカロニペンギンのニョッキよ」

警官「ずっと連れているね」

アメイシャ「ピスカがインコと一緒で、私も真似したの」

警官「可愛い家族だ」

アメイシャ「うん!ニョッキは大切な家族!」

一行は日が傾いて宮殿に帰った。
ただ今、警官は客間で王と向き合っている。
王妃は、王の座るリクライニングソファの肘掛けに足を組んで座っている。
何のつもりだろうか気が散って仕方ない。

王「で、娘を貰いたいとのことだったね」

警官「一言もそのようなことは申しておりません」

王「では何用だ。用件次第では死も覚悟してもらう」

警官「え……そんな……」

王は華奢な体格なのに圧倒的な威厳を放っていた。
ブリーフパンツしか穿いていないのに凄い。

警官「死を覚悟でお願い申します」

王「終身刑を言い渡す」

警官「まだ何も申しておりません」

王妃「私たちは多忙で時間がないの。急いでくださる?」

バスローブ姿で、グラスの中でワインをころがしながらよく言う。
昨日まであった礼儀作法はどこかで落としたのか。
わざわざスーツでバッチリ決めていた警官は心のなかで不満を呟いた。

警官「一つは」

王「おいおい。王に向かって一体、幾つ頼み事をするつもりだね」

警官「来客の身分ですみません」

王「許す」

警官「面倒くさい」ぼそっ

王妃「え?」

警官「一つは、お小遣いのことです」

王妃「お手伝いを頑張ってくれたら、その分は増やしてあげるつもりよ」

警官「それは良かった。では二つ目」

王「娘の将来のことだね。考えてある」

警官「では、すべてご存知なのですね」

王妃「親ですもの。それで三つめがピスカちゃんのことね」

警官「そうです」

王「それなら動いている。時間の問題だろう」

警官「本当ですか」

王「正直に言っておこう。私は君たちのことを利用させてもらう。だが、どうか悪く思わないでほしい」

警官「初めからそのつもりで……。どうぞ使ってください」

翌朝。
男は冷房の壊れた蒸し暑いだけの部屋で目を覚ました。
ここはジャングルの入り口にある小さな村。
店と人家が点々とあるだけだ。
ここから透水性舗装された長い一本道をキャンピングカーで走っていく。

相棒「え?ジャングルの中に町があるの?」

ドライバーのソーダが車のエンジンをかけてギアを入れ、アクセルペダルをゆっくり沈めた。

ソーダ「そこはジャングルのオアシスになる。主に先住民族の新たな居住地として最近作られた町だ」

相棒「ここの村人が少なかったのは、もしかしてその町に移り住んだから?」

ガイドのコーラが説明を代わる。

コーラ「そう。物資が多く運ばれてくるし、先住民族や観光客という固定客ができるからな」

ソーダ「今はトラックで物資を運んでいるけれど、川の工事が終わったら船でも運べるようになるぜ」

相棒「観光客?」

コーラ「ジョンなら何か知っているんじゃないか」

ジョン「町の側に先住民族の伝統文化を伝えるテーマパークを建てる予定だ。それに、さっきの村の跡地には空港を建てる」

コーラ「へえ、そういう訳」

ジョン「国からこの村へ通達は出されている」

コーラ「俺は知らなかったな。そんな計画が確かにあるなら引っ越そうかな」

ソーダ「名案だな」

ジョン「なら急いだ方がいい。来年に予定している工事の日程が決まれば競争は激しくなるだろう」

男は人の手が入っていない自然のままのジャングルの奥をボンヤリ見つめながら、ふと思ったことを口にした。

相棒「先住民族の暮らしは変わってしまうだろうか」

ジョン「変わるだろう」

ジョンはハッキリ言った。

ジョン「しかし、伝統文化は守られる。私たちが彼らと協力して守っていく」

コーラ「乗った。俺も協力しよう」

ジョン「報酬目当てなら断らせてもらう」

コーラ「それなら観光客で足りる。ただ、そういうのに憧れているだけだよ」

ジョン「憧れ、か」

ソーダ「こいつも王様を愛しているんだ。あの方は真面目で前向きな人だから。だろう、ジョン」

ジョン「その通りだ」

コーラ「だから俺は、役に立ちたくて今回のガイドを志願した。選ばれて光栄だよ。それも王女様のために働けるなんてな」

相棒「王女も愛されているんだな」

コーラ「愛している。みんなそうだよ」

ソーダ「王女様も真面目で前向き。だろう、ジョン」

笑って否定する。

ジョン「それ以上だ」

所変わって宮殿。
幼女は王女らしい格好ではなくメイドらしい格好で王室専用車に乗り込んだ。
幼女に適応していても脈が跳ね上がる可愛さだ。
写真を撮って印刷して額に入れて玄関に飾りたい。
なんて個人的感想はさておき、王女はこれから公務で、ある公園で賑わうイベントへ参加して国民たちと交流する予定になっている。
みんなと一緒にポップコーンを配って笑顔を弾けさせるつもりだ。
王女が公園に到着するや大歓迎だった。
ステージに立つと人々は我先と集まり、王女が挨拶すると温かな歓声と拍手を送った。

警官「堂々としていますね」

コリン「小さくても王女だ」

アメイシャ「おじさま、お喋りはそこまで」

コリン「警護は任せた。私たちはテントの周りにいる。では頑張ってくれ」

コリンは激励してテントの裏側に立った。
取り残された警官は緊張で汗ばんだ手をエプロンで拭う。
身辺警護は初めてだった。
しかも相手は異国の王女で責任重大。
幼女の扱いも、ポップコーンマシーンの扱いもよく分からない。
この国の言葉だって分からない。
ここは幼女を頼るしかない。

アメイシャ「一緒に頑張ろうね!」

王女だって幼女だってお仕事は初めてだって。
でも、ぎゅっと拳を握って目を輝かせて、こんなに前向きのやる気だ。
なら情けない姿は見せられない。
幼女に負けないように頑張るしかない。
何より、大人として幼女を助けてやらねばならない。

警官「よし。仕事の時間だ」

王女に一目会いたいとたくさんの人がギューと押し寄せて熱気を運んでくる。
波とは違って引くことがなく、どんどん押し寄せてくる。
そんな多忙な状況でもポップコーンおばさん達は目配りを利かせて幼女を気遣っている。
それは王女に対する態度などではなく、一人の幼女に接するこれ以上ないほどの愛し方だった。
幼女は支えられて元気よく接客している。
仕事熱心に見えるが、あれは心から楽しんでいる。
警官にそう感じさせるほど本当に楽しそうで笑顔を絶やさない。
日が暮れるまで、幼女はポップコーンを配り続けた。
そうして、さすがに疲れたのだろう。
車に揺られてすぐに眠ってしまった。
宮殿に到着すると、警官は幼女を抱き上げてベッドへ運んだ。

コリン「ご苦労だった。これで、王女はお小遣いを貰えるだろう」

警官「まだまだ。明日、明後日とイベント続きでしたね」

コリン「どうする?」

警官「引き続き働かせて頂きます」

コリン「承知した。では、夕食まで休んでくれ」

警官「はい。お疲れ様でした」

部屋に戻って男に電話すると、ジャングルのオアシスでやっと一息つけたとのことだった。
警官は幼女の活動を報告して、男が帰るまでにはウォンバットを手に入れられることを伝えた。
男は了解して、必ずピスカちゃんを連れ帰ることをまた約束した。
ピスカちゃんの暮らす先住民族の村はオアシスからほど近いところにあった。
が、巨大な植物の支配するジャングルを歩いて突き進んだので時間はかかった。
朝に出発して到着したのは昼過ぎだった。
空腹も忘れるくらいに疲労困憊した。

ジョン「許可証だ」

ジョンが岩壁に備え付けられたインターホンを押して許可証をカメラに見せた。
すると間もなく、ラフな格好をした村長がひょっこり出てきた。

村長「お待ちしておりました」

先住民族は洞窟を住居にして暮らしていた。
特徴的なのは、入り口に瑞穂の国で売られている虫除けプレートが十枚は下げられていたことだ。
あちこちに開いている全ての入り口がそうなっている。
この国では虫刺されが命に関わる。
もちろん男も虫除けスプレーをしていた。
しかし、それ以上に彼らは気を付けている。
子供たちを守るために。

村長「お疲れでしょう」

相棒「まあ。でも、洞窟の中が涼しくて心地いいです」

村長「地下ちゅいが豊富ですから」

すれ違う村人たちもみんな、半袖半ズボンとラフな格好をしていた。
伝統を重んじて民族衣装を着ていると想像していたが、意外にも彼らはもっとオープンだった。
過去と未来と現在、変化するものと変化しないもの。
どちらも大事にするのが我々の文化だと村長は教えてくれた。
コーラとソーダと別れて、男はジョンと一緒に幼女の巣に突撃訪問した。
部屋は三つだけあった。
テレビや冷蔵庫などの家電が置いてあり、壁沿いの水路には地下水が流れていた。
ピスカちゃんは玄関に背を向けて、木製の椅子にお座りアニメを見ていた。

相棒「あれは桜坂の福山ちゃんじゃないか!」

幼女が振り向いた。
驚いた顔をしている。
トキメキする男の顔を見て、もっと驚いた。
そして、ぴゃっとテレビに向き直った。

父「アシクサイナア」

相棒「は?」

小柄な男がどこからか現れた。
ジョンが父親だと説明して、村長が言葉を訳してくれた。
男が挨拶を返すと、父親はおじぎして、それからリビングへ小走りで向かった。

相棒「正直言って混乱しています。あの言葉は一体?」

村長「言語に関しては瑞穂とよく似ているだけです」

相棒「いや、もうこれ似ているとか空耳なんてレベルじゃないんですけど」

父親「ハゲテルヨネ」

相棒「は?」

村長「喉渇いているだろう、と聞いております」

相棒「はい」

父親「リンゴ、ナシ、ハナカラコメツブ」

相棒「リンゴジュースで」

即答すると、急いでレモネードの缶を持ってきてくれた。
キンキンに冷えたレモン香る甘ったるい炭酸水は、体に痛みが走るほどよく染みた。

母親「アレミテミーナ」

相棒「え?」

村長「娘を呼んだのです」

帰宅した母親が娘を呼んでみたが、娘は召喚に応じない。

相棒「どうしたんでしょう」

村長「ピスカは人見知りでして」

相棒「あの、俺がここへ来た用件なんですけど」

村長「遺しぇきのことでしょう」

相棒「それと、実はもうひとつ」

村長「何でしょう」

相棒「ピスカちゃんを宮殿に連れて行きたいんです」

村長「それは難しい相談になりましょう」

相棒「それでも。まずは、ご両親とお話させてください」

村長「分かりました。伝えましょう」

村長が幼女の親に伝えると、住居を出て洞窟の奥へと誘われた。
点々と電灯が続く洞窟を進んで行くと開けたところに出て、そこには小さな滝と湖があった。
天井に空いたいくつかの穴から差す陽光が、見たことのない大きな魚たちを照らしている。

村長「村の共有財産です。女性がここで養殖をします」

相棒「立派に成長しているなあ」

村長「さ、こちらへどうぞ」

男は両親に挟まれて、近くの石を削って作ったベンチに座った。
壁から生えた岩石を綺麗に磨いて絨毯を敷いてある。

父親「ピスカをまた都会にですか」

相棒「せめて一週間だけでも預からせてもらえないでしょうか」

母親「いいよ」

相棒「本当ですか!」

来年、ピスカちゃんを学校へ行かせるためにお母さんがついて首都へ。
お父さんはここに残り、新しく出来る文化交流テーマパークで働くという。
娘は町で文化を伝え、父がここで文化を伝える。
これは王とも話し合って決めたことだという。

母親「それにやっぱり、娘には不自由な思いをさせたくないから」

相棒「それでも、文化を伝えるのは大事なことだと思います」

父親「ピスカもそうは言ってくれているが、もしやりたいことがあればやらせてあげるつもりだよ」

町へ出ることは娘にとって貴重な経験になる。
王女と友達なので安全も保証される。
二人は本当になかよしなので会わせられる機会があれば会わせてあげたい。
ということで断る理由はない。
とのことだった。

ジョン「ご両親は町での仕事がお忙しいから我々が責任を持って預からなければならない」

相棒「お母さんも今は出来たばかりの町へ働きに?」

村長「男性ならではの文化があれば、さっきの魚の養殖のように女性ならではの文化もあります。それを外の者に教えねばなりません」

相棒「なるほど」

村長「紅白のあなたが来てくれてご両親は安心しております」

相棒「ちょうど良かったわけだ。ところで、ここもやっぱり紅白と関わりがあるんですか?」

村長「あります。それで、瑞穂の言葉を学びましたし、文化も学びました」

相棒「さっきのアニメがそうか」

村長「家電や防虫じゃいも紅白の支援によるものです。瑞穂の国に良いものがあるということで」

相棒「それは誇らしい」

村長「さて、あなたにピスカを預けるにして、まじゅはなかよしになって貰わねばなりません」

相棒「そうですね。遺跡よりも優先しましょう」

村長が屈強なゴリゴリマッチョメンたちを五人召集して、一行は洞窟を出た。
うーん眩しい。心地良い幼女日和だ。
が、水が豊かということで多少ジメッとしている。
森が悪戯に吹いた湿気が熱を肌にまとわりつかせて汗が吹き出た。
汗、それによって増殖するバイ菌。
これが病気を運ぶ「虫さん」を寄せ付ける原因だ。
特に有名な蚊さんは、最近では足の常在菌を好んで寄ってくるという話がある。
その最新情報を彼らも知っていた。
村長とマッチョメンズは足を自然由来の石鹸でゴシゴシ磨いて、頭から爪先と隅々まで防虫剤を塗り広げた。
男もジョンもやった。
幼女と父親もやった。
マッチョメンズが幼女を包囲して腰に備えた渦巻きの防虫線香に火を着けた。
狩りの合図だ。

相棒「今日からよろしくね」

村長が言葉を伝えるも、幼女は煙に隠れて目も合わせず言葉も発さない。
よく日に焼けた肌にクシャクシャの癖っ毛。
大きなシャツだけを着ていて、そこには猫の絵が描かれている。
ダボダボのシャツを着る幼女は、なんと魅力的なんでしょう。

村長「行きますよ」

相棒「あ、はい」

この洞窟の上、岩山を登って登って登って滝が血管のように続く場所へ向かう。
そこには点々と滝壺があり、そこへ流されてきて繁殖した海老や魚や貝を捕るらしい。

相棒「あ……!」

ジョン「大丈夫か?」

ジョンが男のズボンを掴んで難を逃れた。
幼女に目を奪われた男は何度も足を滑らせてしまう。
広がる煙で視界が悪いのに、汗が染みて痛いのに、なお幼女の魅力が目を眩ませる。
それでも男の意地で岩山をガシガシと登る。
苦労の末、やっとの思いで滝が集まる場所へ着いた。
顔を洗って見渡すと、心もさっぱりする絶景が高く続いていた。
マッチョメンズが狩り場と決めた滝壺の周りに防虫線香を置いて用意が整った。
男達は服を着たまま滝壺に飛び込んだ。
なんと、幼女まで果敢に飛び込んだ。
父親の片腕に抱かれて、まるでユーフォーキャッチャーのアームのように魚を捕らえていく。
狩りが始まった。

父親「カナブン!」

相棒「は?」

父親「カナブン!イタメテ!」

村長「そっちに大きな海老が逃げたそうです」

相棒「大きな海老が……うっ!」

よく分かった。
足の指から激痛が伝わってきた。
逃げた海老が男の親指を挟んだのだ。
ザリガニのような緑の大きな海老が泡立つ水中にうっすらとだが見える。
男はパニックになってしまった。

相棒「痛い痛い!助けて!」

ジョン「今いくぞ!ああ!」

滝壺は腰が浸かるほど深い。
慌てたジョンはバランスを崩して岩に体を打ち付けた。

ジョン「すまない!やられた!」

と、その時。
いきなり幼女が水の中へザブンと飛び込んだ。
見事な潜水を見せつけ、あっという間に海老を捕獲した。

ピスカ「カナブンクサイ」

相棒「え?」

幼女にしがみつかれてまともな判断が出来ない。
カナブンクサイとは何だ。

村長「貰ってあげてください」

相棒「俺にくれると言うんですか?」

村長「そうです」

男が海老を受け取ると、幼女は男を蹴ってスイーと父親の腕のなかへ戻った。
見間違いではないか、一瞬だが泳いでみせた。
海老が乳首をつねって、今のは夢ではなく現実だということを教えてくれた。
ありがとうな。

相棒「幼女は心を開いてくれたでしょうか」

村長「もてなし。まだ礼儀です」

相棒「そう簡単には仲良くなれないか。時間がないのに」

水中での狩りを終えて獲物を詰め込んだ籠を背負うと、一行は忘れず腰に防虫線香をさげて、岩山の端まで移動した。
ちょうどいい高さに果物がなっていて、採ってくださいとばかりにこちらへ伸びていた。
マッチョメンズはそれを幾つか摘まんで籠に放り込んだ。
この籠には実は秘密がある。
とある植物の蔦を編んで作ったものだが、防虫効果のある葉を蓋に利用している。
虫は大敵なのだ。

「ズボンノスソアゲー!」

誰かが叫んだ。
マッチョメンズが幼女に煙を送る。

村長「虫の羽音が聞こえました。来ます」

緊張が周囲の音を奪った。
プ~ン。
羽音に耳を澄ませる。
マッチョメンズは息を浅くして低く構える。

「ベンキニシバヅケ!」

悲痛な叫び。
一人のマッチョメンがしきりに腕を掻いている。
やられた。犠牲者がでた。

「ベンキニシバヅケウイテル!」

暴れる彼を仲間が押さえて、幼女が虫に刺されて赤く膨らんだ患部に尖った鋭い爪を深く突き刺してバツ印を刻んだ。
この村に伝わる伝統的な魔除けである。
そこへ偶然、十数人で固まる村の男達がやって来た。
子供から大人まで年齢はバラバラだ。
村長が一大事を伝えると、彼らが男を引き取って町に向かい医療施設へ運ぶことになった。
と、その前に虫さんを追い払わなくてはならない。
男達が増えたことで煙の量も尋常でなく増えた。
もう山火事みたいになっている。
しかしだ。しかしなのだ。
プ~ン。

「オナカスキマセン?」

「シバヅケアリマス」

「ソリャタベタナイ」

男達がヒソヒソと相談している。
何を話しているか気にはなるが、とても口を挟める雰囲気ではない。

ジョン「あ」

皆がジョンに注目する。
ジョンは腕時計を見るように、腕に止まった蚊さんを信じられないという風に凝視していた。

相棒「ジョオオオン!!」

男がつい声を上げると、蚊さんは煙のなかへ消えた。
まるで挑発するようにプ~ンという音は絶えない。

ジョン「どうやら俺はここまでのようだ」

相棒「諦めるな。病気にならなければ平気だ。ちゃんと予防接種したろう」

ジョン「そうだった」

ジョンはハッとして煙から飛び出した。
子供達が一斉に悲鳴を上げる。
あまりに命知らずな行為だ。

ジョン「それならば、この体が幼女を守るに役立つ!」

相棒「いや待て!蚊媒介感染症の全てを予防できるわけじゃない!だから」

前ぶれなく乾いた音が響いた。

相棒「え?」

打たれたのは男の方だった。
幼女が彼の腕をピシャリと打ったのだ。
打たれたところがピリッと焼けて、遅れてジーンと痛みが燃えた。

相棒「ピスカちゃん?」

突然の裏切りに動揺する。
ジョンが驚いて戻ってきた。

ジョン「え?」

相棒「どうして俺を打った。俺は味方だ」

唇が震えて声は掠れる。
この状況下でまさか幼女に打たれるとは予想していなかった。

ピスカ「シバヅケ」

そう言って幼女は掌を見せびらかした。
命が、儚く潰れていた。

相棒「俺を助けてくれたのか」ほっ

村長が雄叫び、村人たちが一斉に喜びに沸いた。
跳ねたり奇声を上げたり地面を叩く者もいる。
子供達だけが特に反応なく傍観していた。
幼女はそれらを気にも留めず、その場所にしゃがみこんで命を土に還した。
父親が肩を抱いて寄り添ってやる。
村人たちは心を打って変わってさめざめと泣き出した。
幼女は目を閉じて静かに哀悼する。
男は盛り上がった土の前に果物を一つ置いた。
幼女は振り向いて、小さく頷いた。
思わず抱き締めたくなるほど瞳が潤んでいた。

相棒「お邪魔します」

洞窟へ苦難の帰還。
用意された部屋でシャワーを急ぎ終えた男は幼女の巣へ突撃訪問した。
ジョンはいらないから置いてきた。
幼女とマントゥーウーマンでタイマンを張るつもりだ。
この夜食会で勝負を決めなければならない。
幼女も風呂上がりのようだ。
髪が湿っていて首からタオルを下げて、初めて対面したときと同じようにこちらに背を向けて椅子に座っている。
さながらラウンド間に休憩するボクサーみたいだ。

父親「ハドゥーケン!」

相棒「え!」びくっ

超エネルギーを撃たれるのかと思わず身構えてしまった。
通訳がないと難しいネゴシエーションになるのは分かっていた。
それでも男は言葉を捨てて心情を選んだ。
初めての試みで難しい賭けになるが、これが心を通わせるのに手っ取り早いと考えた。
男はお父さんにお辞儀をして幼女の背後へ忍び寄った。
さすが幼女だ。
秘められた第六感か女の感によってすぐに気付いた。
ぐんと頭を後ろへ傾け、ぐるりと目を動かして、背後に立つ敵を痺れるような視線で捉えた。
男は動じることなく笑顔で牽制する。
幼女は無視してアニメに目を戻した。
アニメはやっぱり桜坂の福山ちゃんだった。
きちんと、彼らの言語で字幕が表示されているようだ。

相棒「福山ちゃん好きなの?」

お父さんが椅子を用意してくれたので隣に腰掛けてやる。
さらに、音を立ててレモネードを飲んだ。

相棒「おお、これは名作第四十三話じゃないか。ということは」

桜の木の下で一人の女の子が、そわそわしながら人を待っている。
ナチュラルボブが愛らしい、男がかつて愛した女の子。
天色あゆちゃんの遅くも初登場である。
このエピソードは多くのファンをつくり高い評価を得ている。
是が非でも語らねばなるまい。

天色あゆちゃんが待っていた相手。
それは海外赴任から帰って来るお父さんだ。
お父さんを見つけるや彼女は走り出して胸に飛び込んだ。
彼女の背中を押すような桜吹雪の演出が憎い。
彼女はお父さんと手を繋いで町へお出掛けする。
お父さんのために探し歩いて見つけた素敵な場所をひとつひとつ案内していく。
お洒落な文房具屋、面白い雑貨屋、最近新しくできた人気のクレープ屋、あちこち巡って最後は町を一望できる公園に行く。
そこで、大好きな友達を紹介する。
物語は、とても温かく、とても穏やかに、まさしく春らしい彩りで終わる。

このエピソードが何故高く評価され人気なのか、それは爽やかな春らしさに他ならない。
感動を誘うシーンがなく、涙がない。
お父さんと再会した娘が手を繋いで町を歩きながら、楽しかったことや嬉しかったことや友達とのこと、何気ない日常を話す。
会話のないシーンが少ないくらい、たくさん話す。
娘が友達と楽しく遊んでいる姿を愛おしそうに見守る父親の横顔もポイントだ。
そして、日が落ちる頃になって二人は並んで帰宅する。
ご馳走を用意して待つお母さんが「おかえり」と笑顔で二人の帰りを迎えて物語は終わる。
それだけで、それだけが、それだけだから素晴らしいのだ。
以上。

相棒「やっぱり好きだあ……!」

男泣きした。
幼女は無視して、エンディングを見ながら物語の余韻に浸っている、そんな気がする。
その時、ふと気付いた。
幼女が左手に水色のインコを握っている。
そいつは確かに生きていた。
生け捕りだ。
オヤツだろうか、骨までしゃぶってやろうというのか。
諦めた風にインコはジッとしている。
男は気になって指で触ろうとした。
それを幼女が制する。
指をねじ曲げようという強烈な握力で。

相棒「ごめん」

泣きそうな顔で謝ると幼女は許してくれた。
幼女は気にせずインコの頭を人差し指で撫でて可愛がる。
男は、幼女の頭を撫でて可愛がりたい衝動を抱いた。

ピスカ「イジュミピンコ」

幼女は言って、インコを男の顔の前に突き出した。
クチバシが、ちょんと男の鼻に当たった。
目と目が、きゅんと見つめ合った。
そのインコは幼女の家族らしい。
何となく理解した。

ピスカ「ラベンダ」

相棒「もしかして名前?」

ピスカ「ラベンダ」

もう一度言って男の手を取り、インコの頭へと導いた。
撫でていいらしい。
インコの頭の毛は短く柔らかく滑りよく心地よく。
男はすっかりラベンダさんを好きになった。
もしかしたら魅力の連鎖かもしれない。
ナデナデインコタイムを終えて、二人はまた桜坂の福山ちゃんの世界へと没入した。

母親「スグソコサンクス」

お母さんに肩を叩かれて現実に戻った。
蒸かした芋のいい匂いがする。
時計を見ると時刻は夜を知らせていた。
洞窟にいると実感がない。

父親「メシノジカンダ」

相棒「はい、え、あはい」

バスケットにバケット、大皿の上に芋団子、小皿の上にカラフルな煮豆、果物が乗るサラダがそれぞれの前にある。
この野菜は村の女達が畑から採取したものだろう。
お母さんがグラスにドロドロした白濁液を注いだ。
オレンジとヨーグルトを混ぜたみたいな匂いがする。
さっそくすすりたい気持ちを抑えて、食事が始まるのを待つ。

ピスカ「イタダキマス!」

幼女が聞き馴染みのありすぎる単語を叫んだ。
両親もそれに続いた。
アニメの影響か伝統の挨拶かは分からないけれど、男も頂きます。

ピスカ「オイシイ?」

男が初めに芋団子を口にすると幼女がすかさず訊いた。
アニメの影響に間違いないことがハッキリした。

相棒「おいしい!」

答えを聞いた幼女は二度頷いて、わざわざ芋団子を男の取り皿へ一つ取ってくれた。
心の距離がぐんと縮まったことが嬉しい。
魚のすり身が入った芋団子は美味しい。
男は、その他の料理も一口ずつ食べては大きな動作で感動を伝えた。
大満足だ。

相棒「さてと。ここに良いものがある」

ラベンダに果物や野菜を分けてやる幼女の愛情が多分に含まれた魅力の直射を受けて、吐き戻しそうになったり喉を詰まらせそうになったりしながらも食事を終えることに成功した男は、御暇する前にポケットから財布を取り出して幼女にあるものを手渡した。

ピスカ「フクヤマ!」

相棒「俺からのプレゼントだ」

ピスカ「マチャハル!マチャハル!」

男が財布を仕舞い、それが贈り物と分かった幼女は高速回転の勢いで喜んだ。
インコは目を回すのだろうか。

相棒「大事にしてね」

幼女に贈ったのは桜坂の福山ちゃんの図書カードだ。
過去に女の子へのプレゼントとして企画された期間限定商品で、男は恥じることなく女児向けファッション誌を購入して応募者全員サービスにあやかった。
瑞穂の淡慈の誰にも内緒にしていた宝物だが、贈るのに後悔はなかったはず。
ピスカちゃんならきっと、自分よりも大事にしてくれるだろう。
さようなら福山ちゃん。
そして二度目の別れ。
さようなら、さようなら、さようなら。
さようなら……天色あゆちゃん。

ピスカ「マタネ」

幼女はそう言って見送ってくれた。
心を開いてくれたようで一安心。
天色あゆちゃんが男と幼女を繋いでくれたのだ。
別れても応援してくれている。
そう思うと嬉しくなった男はスキップして部屋に戻った。
そして明くる朝。

警官「今日はピスカちゃんが遺跡についてきてくれるのか」

相棒「そうだ。予定より早く戻れそうだ」

警官「それでも、あと五日は戻って来ないんだろう」

相棒「時間が惜しい」

警官「ギリギリだな」

相棒「お前の方はどういう調子だ」

警官「上々だよ。今日もイベントを通じた職業体験がある」

相棒「それは、将来も続くのか」

警官「そのつもりだろう。夢がたくさん叶うみたい、アメイシャちゃんはそう言って喜んでいる」

相棒「残る問題は学校か」

警官「そればかりはな……」

相棒「いいことを教えてやろう。ただし、幼女には内緒だ。刺激が強すぎるからな」

警官「一体、何を話すつもりだ?」

相棒「来年からピスカちゃんは、そっちの学校に通う予定だ」

警官「本当か!」

相棒「本当だ。だが、それはピスカちゃんの口から直接伝えた方がいいだろう」

警官「そうだな、黙っておくよ」

相棒「もし一緒に通えたらいいな……」

警官「そうだな……」

相棒「じゃ、とにかく頑張れ」

警官「そっちこそ無事で帰ってこいよ」

数時間後、一日警察署長となった王女に命令されて、警官は強盗三人と戦い負傷することになる。
まったく手加減のない真剣そのもののデモンストレーションに王女はご満悦。
という話はさておいて、防虫対策を済ませた男たちは険しく危険なジャングルを突貫して遺跡を目指していた。
虫さんにヘビさんに植物さんまで、毒を持った多種多様な生物たちのテリトリーは常に危険と隣り合わせだ。
ラベンダ探検隊は一歩一歩、周囲に気を付けながら慎重に歩を進める。
隊長はジョン。
副隊長はピスカちゃんとラベンダさん。
ガイドに村長。
護衛に戦士が二人。
そして、男とコーラとソーダが続く。

コーラ「村長さん、いいのかい。俺達まで一緒で」

村長「観光案内をお仕事にされていて、そのうち町へうちゅり住むと聞きました。これからはガイドとして頼りにさせてもらいます」

ソーダ「良かったじゃないか」

コーラ「観光バスの運転手はお前に任せるよ」

ソーダ「おいおい勝手に決めないでくれ。俺には町へ引っ越す予定はないぜ」

コーラ「そう言うなよ。俺たち相棒だろう?」

ソーダ「いつからだ。まったく」

相棒「相棒なら諦めて手伝うしかないな」

ソーダ「あんたまでよしてくれ。だがまあ、悪くない提案だ。考えておく」

村長「私はいつでも歓迎しますよ」

ソーダ「ありがとう村長さん。村人はみんな優しくて、みんないい人達だな」

村長「昔からの教えですから」

相棒「それってもしかして、幼女が宇宙と交信したことに関係が?」

村長「かつて幼女は星に言われました。運命に身を引き裂かれるような大事があっても愛を失ってはいけない」

相棒「星が幼女に愛を説くなんて信じ難い」

村長「しかし、代々その教えは伝えられております。そして皆がそれを守っています」

相棒「約束を守っている。内からも外からも、二つの意味でそうですね」

村長「ええ」

相棒「過去に何度か侵略されそうになっても、どんなに傷ついても心から愛を決して失わず、踏みにじろうとする足からは身を挺して愛を庇った」

村長「大昔、繰り返して、たくさんの幼女がやって来ました。大人たちが幼女の魅力を悪用して、歪んだ愛で我々の心を支配しようとしました。土地や子供たちの貴重な玩具まで略奪しようとしたのです。しかし、我々は一度も負けなかった」

相棒「紅白が初めて訪れた時もかなり警戒したと聞きました」

村長「彼らも諦めなかった。我々と同じ愛で。だから、信じることにしました」

相棒「運命に身を引き裂かれるような大事があっても愛を失ってはいけない。メモして留めよう。ミニフォンにも、心にも」

ソーダ「しかし、それを伝える星とは何者だろう?」

ジョン「やはり異星人ではないか?」

村長「人ではありません」

ジョン「はっきり分かっているのですか?」

村長「いいえ」

コーラ「なんだいそれ」

ソーダ「確証はなくとも、そうなんだろうぜ」

ジャングルは険しいだけでなく、むせるほどの湿気が充満している。
日射は背の高い植物にほとんど遮られているが、やはり湿気が厄介で、体力をどんどん奪っていく。
サウナのように蒸し暑い。
なのに幼女だけが平然としていた。
大人たちが汗を何度も拭い苦労して進む自然の障害を楽々と越えていく。
だが、男は知っていた。
幼女は怪獣ではなく同じ人間だと。
だから数十分歩いてようやく、遺跡に到着するや真っ先に新しいタオルを水で濡らして幼女に手渡した。
熱中症対策を心得ていた幼女は動脈の通るポイントをしっかり拭った。
それから、自分よりも先にインコに水を飲ませた。
というより浴びせた。
インコは頭を上げて、ビショビショになりながら水を飲んだ。
胸にきゅんとくる家族愛だ。

相棒「しかし、立派だけれど、とても遺跡には見えない」

ジョン「よくイメージする遺跡ではないが、これも正真正銘の遺跡だ」

相棒「あ、これ天体観測所だ。丸い半円の屋根があるしネットで見たことある」

コーラ「星と関わりがある嘘偽りない証だな」

ソーダ「村長さん。古の民は星の観察もしていたのか?」

村長「もちろん。言い伝えによれば、星と目があったことが交際のきっかけだそうです」

相棒「へえ、ロマンチックだ」

村長「さ、中へ入りましょう。中は涼しいですから」

相棒「やっほう!」

村の戦士を残して、一行は遺跡に突入した。
部屋は二つあるだけだったが、観測所へと上がる階段のある部屋に地下への階段もあった。

相棒「中ってそういうことね」

一行は村長を先頭に、懐中電灯を持って階段をゆっくり下りていく。
ヒンヤリと冷たい空気が川の匂いを運んできた。
石壁に手を当てると湿っていた。
石と石の間には苔が生えている。
地下には長い廊下が続いていて左右に水の流れる水路が続いていた。
石を積んで作った壁には絵や象形文字がポツポツと書かれていて、幾つか部屋もある。
そこから、よく分からないガラクタが幾つも見つかっている。

相棒「ここでミイラが見つかったんですよね」

村長「はい。この部屋はそれぞれ隠されていました。その中の一つから幼女のミイラが見つかりました」

相棒「じゃあ次に、この壁の絵や象形文字の意味については?」

村長「我々にもよく分かりません」

相棒「そっか……」

妙な胸騒ぎがする。
想像の海に溺れて息苦しいまま先に進むと、最奥に大きな空間が広がっていて、そこには透き通った水を湛えた丸い池があった。
中央にぽつんと浮かぶ石舞台が見える。

村長「ここには星の力が、たくさん集まります」

相棒「地下、それも洞窟だからこそ意味がある」

村長「そうです。それで私達もあそこで暮らすのです」

コーラ「いわゆるパワースポットてやつだ」

相棒「いいや。正しくは、ヨウジョパワースポットだ」

コーラ「そうか。ヨウジョパワースポットか」

村長「ここは神聖な地。星に選ばれた幼女、星の子が一緒でなければ入れません」

相棒「ここでは、何か儀式が行われていたんですよね」

村長「儀式というのは少し大袈しゃです。幼女が星と二人きりで話をします。ただ、それだけです」

相棒「どのような話が伝わっているか教えてもらえませんか?」

村長「天井を照らしてみてください」

指示通り懐中電灯で照らしてみると、天井に無数に散りばめられた宝石がキラキラと星のように瞬いた。
夜空を描いたように美しい。

相棒「あんな高いところへ、どうやって埋めたんだ?」

村長「さあ?」

不意に幼女が男の傍らを小走り、細い通路を渡って舞台に上がった。

村長「星の物語を外の者へ伝える場合、幼女かその血縁者が認めた者にしか許されません。あなた達で二番目になります」

相棒「一番目はきっとアメイシャちゃんだ。でも、ピスカちゃんは人見知りで、そんなまさか俺達を」

村長「良かったですね。認められて」

幼女がおいでおいでする。
一行は湖に落ちないよう足下に気を付けて進む。
おもむろに、幼女が天井を照らして語り出す。
ひんやりした空気よりも澄んだ音が空間いっぱいに響く。

村長「キラキラ星の中でも一番に輝く星がありました。水の星です」

村長がいちいち声真似して、幼女の邪魔にならないよう囁くような小声で訳してくれる。

村長「水の星は長い夜を越えて地の星と出会いました」

一行が幼女の前に集合すると、幼女は指で舞台に絵を描き始めた。
舞台の中央は柔らかい土で出来ているようだ。
そこへ丸と丸。水の星と地の星を描いた。

村長「水の星は愛のままに地の星を抱きました」

片方の丸を消して、丸に丸を重ねる。

村長「ところが、地の星は愛に応えませんでした。どうやら水の星と違って心がないようです。水の星はとても悲しみ、遠く故郷へ帰りました」

二重丸を消して、新たに大きく丸を描き、その中に水玉模様を描く。

村長「地の星には彼女の涙だけが残りました。それが池になり、海になり、命が生まれて、地の星はいつか青と緑に染まりました」

水玉模様の星の周りに木々や動物を描く。
そして、人も描いた。
女の子だ。どこかアメイシャちゃんに似ている気がする。

村長「ある時、水の星はとうとう恋しくなって、地の星に会いに戻りました。するとそこには、命が栄えていました。二人の間に生まれた子供たちだと水の星はとても喜びました」

隣にまた丸が描かれる。
水の星だろう。
その周囲にたくさんの人らしき生き物が描かれていく。

村長「地の星に人間という生き物が生まれて、間もなく水の星にも人間に似た生き物が生まれました」

人間と異星人を線で結ぶ。
池球と異星の幼女が繋がった。

村長「お互いの星に遠く心を通わせる特別な人間が生まれました。水の星は子供たちを通じて、彼らの文化をたくさん知りました。しかし、長くはいられませんでした。水の星は太陽の光が苦手だったので、また故郷へ帰ることにしました」

突然、両者を結ぶ直線が寸断された。

村長「水の星は何度も行き通っているうちに、それぞれの子供たちが病気になってしまうことに気付きました。子供たちを思いやった水の星は、地の星とはもう会わないことを決めてしまいます」

水の星が消されてしまう。
異星人も消されてしまった。

村長「しかし、どんなに離れても心は繋がっていると信じて、最後に言葉を残すことにしました。運命に身を引き裂かるような大事があっても愛を失ってはいけない。それは、自分に対する言葉でもありました」

物語は打ち切られた。
幼女は、最後に全てを消してハートマークを残した。

相棒「水の星は生き物なんですね」

村長「分かりません。あくまで伝え話ですので」

相棒「いや、確かだと思います。突然に月に幼女が現れるなんて不自然だし」

ジョン「話によると、もう戻って来ないんじゃなかったか」

相棒「理由は分からないが、この機会こそが最後なのだろう。それより気になるのは病気のことだ」

ソーダ「さっぱり分からないな」

相棒「いや、分かった。これで謎が解けた」

コーラ「教えてくれ」

相棒「永遠の命だ。病気とは、寿命を越えて長生きしてしまうことなんだ」

コーラ「それは、いいことだろう」

相棒「いいや。幼女のまま成長出来ず、何かをきっかけに苦しんで命絶える日まで、ほとんどが孤独に生き続けることになる」

ソーダ「そんなことが……あるのか?」

相棒「あるんだ。そして、それぞれというからには向こう、対の存在となる異星人にも異変が起きたはずだ。長生きか、あるいは、その逆かも知れない」

ジョン「まるで信じられない」

相棒「俺もだ。妙に冴えている気持ちだが、憶測に過ぎない。自分でも半信半疑だ」

くちゅん!
インコのクシャミが響いた。

相棒「よく冷える。風邪になってはいけないから戻りましょう」

村長「そうしましょう」

帰りの道中、男は壁に描かれた絵や象形文字をまた見て、ドキッと閃いた。
また一つ謎が解けた。

相棒「そうか分かったぞ。この胸騒ぎの正体。ここに残された絵や象形文字は全て幼女の落書きなんだ」

村長「これがですか?では、意味は特にないと?」

相棒「なにか意味はあるかも知れませんが、そこまでは分かりません。しかし、これだけは分かります。ここは星と会話する幼女が集められた場所。それぞれの部屋は子供部屋だったのではないでしょうか。転がっていた遺物はきっと玩具です」

村長「それはどうして気が付かなかった。なるひょど納得です」

相棒「電話よりも、早く戻って口で伝えたい。村長さん、ピスカちゃんを明日にでも連れ出すことは叶うでしょうか」

村長「急いでいるのでしょう。話は通してあります」

コーラ「村と町の間も、車が通れるように整備しておいたよ」

ソーダ「洞窟に籠るばかりは退屈だったのでな。もちろん車も村の近くへ移動させておいたぜ」

相棒「みんな……ありがとう!」

それから数日かけて、男は幼女を都へと輸送する。
まずジャングルのオアシスまで車で走り、その町の医療施設で検査を終えて大事ないことをきちんと確認した。
次に寂れた村まで移動したら、そこからボートで旧市街へと急行。
旧市街に着いたら最後にヘリに乗り換えて、直接、幼女宮殿へと向かった。
到着は夜になった。

アメイシャ「コッコヤピスカ!」

ピスカちゃんがヘリから降りると、アメイシャちゃんは誰よりも早く駆け出して、スポットライトの中心で二人は厚く抱擁した。
男が二人をヘリから遠ざけて、コリンとジョンが引き継ぎ、ウォンバットのぬいぐるみを間に固く手を繋ぐ幼女たちを王女の私室へ護送した。
幼女たちは内緒話を食事の時間までたっぷりすることだろう。

相棒「あはあん……疲れたあ……」

男は庭の芝生に仰向けに倒れている。
ヘリが星になってゆく。

警官「そんなところで休まず風呂に入れよ。背中を流してやる」

相棒「手を、それと肩も貸してくれ」

荷物は執事が運んでくれた。
しかし、自身まで運ばせるわけにはいかない。

警官「まったくしょうがない。実を言うと俺もボロボロなんだよ」

相棒「職業体験はどうだった?」

男は肩を借りて歩く。
肩を組んで歩いているようにも見える。

警官「警察の演習で強盗とガチで戦ったのと、サッカーの試合中にプロのシュートをあばらに食らったのはキツかったが、あとは問題ない。それでも体はバキバキだ。自分でもよく働いたと思う」

相棒「でも、幼女はそれ以上だろう」

警官「笑顔を絶やさなくて偉かった。それに、もうずっとネルギッシュだったよ。エネルギーの塊だった」

相棒「幼女は池球上で最もエネルギーがあるからな。時に核融合を行う太陽に例えられるほどだ」

警官「ピスカちゃんにトキメキしたか?」

相棒「したさ。短い間によくなついてくれて、俺の膝枕で眠った時なんか膝の皿が粉々に割れそうだった」

警官「まさか、それでまともに立てないのか」

相棒「ご明察。さすがお巡りさん」

警官「ということはY細胞はまだ……」

相棒「言うな。それよりも大事なことがある。風呂に入ったら研究室へ急ぐぞ」

警官「了解」

風呂上がり、湯冷めしないうちに離宮の研究室を訪問した。
責任者のトリーは男の体験談を聞いて納得したように頷いた。

トリー「こっこっこっ、面白い話が聞けました。さっそくオパンティヌスにも伝えましょう」

相棒「あなたからよろしく伝えて下さい。俺達は間もなく晩餐会がありますから戻らせてもらいます」

トリー「それならば任されました。今回は、本当にご苦労様でした。とても有益な情報でした」

相棒「引き続き研究を頑張ってください。では、失礼します」

昼夜の寒暖差が大きく、外に出ると肌寒さをしみじみと感じる。
星の光が遠い。さめざめと侘しさを感じる。
それでも今はうんと近くに感じる。
食堂へ着くとクラシック音楽が流れていた。
幼女はすでに席に着いて思い出話に花を咲かせていた。
インコはナッツをつついていた。
今夜のメインメニューは幼女が二人で力を合わせて仲良く叩き潰した牛肉を火炙りにしてタルタルソースをかけたものだった。
大人たちは幼女の会話を叱ることなく耳を傾けて美食を堪能した。

王「なに?もう帰ってしまうのか?」

王は驚き、そして残念そうにきいた。
デザートにパンデローという生カステラをつまんでいる時だった。
男がにわかに別れ話を切り出した。

アメイシャ「まだここにいていいよ」

相棒「ありがとう。でも、君がピスカちゃんに会いたかったように、俺にも会いたい人がいるんだ」

アメイシャ「……そう」

警官「とても充実した楽しい毎日だった。また遊びに来てもいいかな?」

アメイシャ「うん、いつでも遊びに来て。今度はみんなと一緒に」

警官が一瞥すると男は頷いた。

相棒「瑞穂の幼女達は君にとっても、ピスカちゃんにとってもいい友達になると思う」

アメイシャ「楽しみに待ってる」

相棒「必ず連れてくるからな。必ずだ」

夕食の後、二人のおじさんは幼女の巣へと招かれた。
くどいようだが、罠、そんなものはない。
ぷちパジャマパーティーは和やかに行われた。
プレゼントした折り紙で共に工作する。
男は幼女の生み出す魅力の化身をもう恐れはしなかった。
別れを惜しむ心が化身を愛しく感じさせてくれた。

アメイシャ「プリマヴェーラ、ありがとう」

唐突に幼女が愛を投げつけた。

警官「こちらこそ」

アメイシャ「パパとママに、色々お願いしてくれたんでしょう」

警官「うん。でも、どうしてそれを?」

アメイシャ「王女は何でも知ってるのよ」

胸を張って言い、警官に折り鶴の化身をけしかけた。

アメイシャ「折り鶴は幸せを願うものよね。はい、あげる」

警官は折り鶴を大事そうに優しく胸に抱いた。
それを見て、ピスカちゃんも男に折り鶴を贈った。

ピスカ「モーニングトウフ」

警官「豆腐?」

相棒「空耳だ。気にするな」

アメイシャ「おじさん、お返しだって」

相棒「もしかして福山ちゃんの?」

ピスカ「マチャハル!」にこっ

相棒「いい笑顔だ。ありがとう」

男はひっくり返って、そのまま夢に落ちた。
歴代幼女との生存闘争が走馬灯のように過る。
愛を分かち合う素晴らしき生命の営みを異星に伝えたい。
彼らも同じように生きているのだろうか。
そうだといいなあ。

警官「目が覚めたか」

相棒「む、時刻は?」

男は客室のベッドで目を覚ました。
超高級布団の心地よさに、まぶたが閉じそうになる。
体を起こして軽く頬を叩いた。

警官「まだ日の出前だ」

警官はテーブルにランプを置いてパソコンを忙しく操作していた。

相棒「お前まさか徹夜したのか?」

警官「旅立つまでに片付けることがあってな」

相棒「帰るだけじゃないか」

警官「俺、帰ったら警察官をやめようと思っている」

相棒「それはもったいない!幼女を守るのにこれ以上ない天職だぞ!」

警官「しかしそれだと、どうしても地域密着型になってしまうだろう」

相棒「まあ、確かに」

警官「それじゃあ駄目なんだ。一ヶ所に留まりたくない」

相棒「どうするつもりだ」

警官「ピビに相談してみた」

相棒「それで?」

警官「何でも手伝ってくれるって。それで決めた。俺は世界を股に掛けるフリー幼女カメラマンになる」

相棒「捕まるぞ」

警官「勘違いするな。世界中で福祉活動をしながら幼女の魅力を写真に納めて、人類の心へ届けるんだ。そんなフリーカメラマンになる」

相棒「あまりに大変だ。無謀とも言える。食っていけないかも知れない」

警官「なるようになるだろう」

相棒「若くないんだ。この先老いていくばかりだ。大きな賭けは控えた方がいい」

警官「歳なんて関係ない。命が老いても心が老いることはない。もし、失敗したとしても新しい道を探せばいいよ」

相棒「前向きだな」

警官「この前向きさはアメイシャちゃんに学んだ。そして、君からも学んだことがある」

相棒「ん?それは何だ?」

警官「一緒に旅をして理解した。この世の全てが奇跡なんだって」

相棒「そういや、お前は奇跡に憧れる男だったな」

警官「男と女、女児に幼女。生きていること、誰かとの出逢い。一つ一つの出来事、歴史。自然も人工物も。きっと宇宙や星だって、違いはあってもみんなそうなんだよ」

相棒「そうだな。この世界は、幼女は、あまねく奇跡に満ちている。だからこそ」

警官「尊い」にっ

ジッとしていられなくなった二人は庭園に出て、軽くランニングをした。
爽やかに汗を流し、朝食前に発つ用意を整えて密かに宮殿を出る。
すると、宮殿の前でコリン達ボディーガードが整列していた。
そして彼らより一歩前に出た王様だけが、ブリーフパンツとホワイトシャツだけと格好つけることなく堂々と待ち受けていた。
朝早くに出発するからと見送りは遠慮したのに。

王「どうしても娘たちに内緒で行くのか」

相棒「別れが惜しいので」

二度も苦しい思いで幼女と別れた。
なので三度目は避けたかった。

王「ともあれ。二人には、とても世話になった。見送らないわけにはいくまい」

警官「お心遣い感謝します。こちらこそ、大変お世話になりました」

王「汗水流してよく働いてくれた。その報いに、ぜひ勲章を贈らせてくれ」

相棒「ふぇ?」

警官「やだなあ、そんな大袈裟ですよ」

突然、コリンの背後からドレス姿の綺麗な幼女が二匹飛び出した。
ボディーガードが整列していたのは幼女を隠す為でもあったようだ。
思わぬ不意討ち受けた男は、驚きのあまり尿をちょっぴり漏らしてしまった。

アメイシャ「内緒で行っちゃうなんて酷い!」

相棒「二度も辛い思いをしたんだ。それに、ほら朝早いから」

アメイシャ「言い訳はしない。あなたが止めてよ」

警官「面目ない」

と、ピスカちゃんが男の腰をつまんだ。

警官「こんなになついてくれたのに黙って行こうなんて、君は最低な男だ」

相棒「お前が言える口か」

警官の腰はアメイシャちゃんがつまんでいる。

ピスカ「ボコボコニシタイ」むっ

警官「あーあ。激おこじゃないか」

相棒「怒った顔は初めて見た。これは、素直にごめんなさいするしかない」

二人はきちんと謝罪した。

ピスカ「アメイシャ。クルクルパーマ」

アメイシャ「スィ」

アメイシャ王女はコリンからバッジを受け取った。
それは折り紙で桜の花弁を模して作られていた。
うしろには安全ピンがテープで付けてあるようだ。

アメイシャ「ミーレア、トルストナディヤ、ラン、モニオ。フィレル、マディオ、ド、パナテヤコッコ。フルミニヤネトーナ、パラン、オネ、マステライヤ。メオ、コッコヤ。カルータンクロマ、アメイシャ、ジャカランタ」

王女から直々に勲章が授与された。
二人の胸で、手作りの勲章が朝日に輝く。

王「親愛なる友へ、アメイシャ王女から初めて勲章が授与された。おめでとう!」

王に続いて、ボディーガード達も温かい拍手を惜しみなく送ってくれた。

相棒「はじ……めて?」きょとん

王「娘の王女史上初。君たちが揃って誉れある一人目だ。この国の歴史にも未来永劫残ることだろう」

相棒「ひいっ!畏れ多い!」びくびく

警官「同感だが、ひいっとか悲鳴を上げるんじゃない」

相棒「とんでもないことになっちゃった……おしっこ全部でそう……」ぷるぷる

警官「でも、嬉しくて、誇らしくて仕方ないだろう。手作りの勲章を、わざわざ正装してきちんと贈ってくれたんだ」

アメイシャ「朝早く起こされたとき、びっくりして慌てたのよ」

警官「この用意を知らなかったとは言え、何度謝っても謝り足りない」

アメイシャ「これからは王女様に失礼ないように!」

警官「かしこまりました」

ここでコリンが前に出る。

コリン「王妃様から朝食が出来上がったと連絡があった。来てもらおう」

相棒「まさか朝食を王妃が直々に!?」びくっ

コリン「この国の礼儀を軽んじたな無礼者共。見送りはいらないだと?その遠慮こそが無礼だ」

ブリーフパンツにホワイトシャツ姿の王が、その通りだと大きく頷いた。

コリン「罰として朝食を共にしろ。これは命令だ」

アメイシャ「私とピスカからのね」

アメイシャちゃんはピスカちゃんと頬をぴったり合わせてウィンクした。
甘過ぎるトキメキに骨までとろけそうになる。
もう一口だけ、贅沢を味わうことにしよう。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

わたしは妹にとっても嫌われています

恋愛 / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:5,350

転生幼女はお願いしたい~100万年に1人と言われた力で自由気ままな異世界ライフ~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,748pt お気に入り:3,743

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:62,282pt お気に入り:2,011

邪竜の鍾愛~聖女の悪姉は竜の騎士に娶られる~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:8,541pt お気に入り:177

猫耳幼女の異世界騎士団暮らし

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,699pt お気に入り:393

継母の心得

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:63,498pt お気に入り:23,301

転生精霊の異世界マイペース道中~もっとマイペースな妹とともに~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:731pt お気に入り:204

処理中です...