癒され怪談。SS集

coco

文字の大きさ
上 下
2 / 24

川のウミウシ

しおりを挟む
「ウミウシは、海の生き物ですよね?」
 Eさんは、私に尋ねてきた。
「そうだと思いますけど…。」
「私、小学生のころ川で不思議な生き物を見たことがあるんです。」
 そう言って、次のような話をしてくれた。

 あれは私が小学二年生の時でした。
 夏休みのラジオ体操の帰り道、私は友達や近所の子たちと用水路の脇の道を歩いていました。
 わいわいとおしゃべりをしていると、突然一人が大きな声を上げました。
「おい、これ見ろよ!」
 そう言って、用水路を指差しています。

 私たちが一斉に用水路を覗き込むと、そこには不思議な生き物がいました。
 それは長さ15センチ、幅5センチほどで、真っ黒で光沢がある体をしていました。
 そして全身がビラビラとしたひだのようなもので覆われていて、それをひらひらと動かし泳いでいました。
 ただ川の流れに流されているのではなく、石や水草の塊をうまく避けて泳いるのです。

 こんな生き物を、私は川で見たことがありませんでした。
 それは他の子たちも同じだったようで、口々に何だこれ?と言って不思議がっていました。
 みんな気にはなるものの、誰も網や籠を持ち合わせていないので捕まえることができません。
 そういう状態で私たちは50メートル程、その生き物を追いかけて用水路を下っていきました。
 そして最後はどうすることもできず、その生き物が泳いでいく後姿を静かに見送りました。

 その後、生物図鑑で川の生き物を調べましたが、ああいった生き物は載っていませんでした。
 大人になった今でも、インターネットで「川 ひらひらの生き物」などと検索して調べているのですが、それらしいものは発見できていません。
 その中で似ているなと思った生き物が、先ほど挙げたウミウシなんですけど、ウミウシは海の生き物ですもんね…。

 あの生き物のことを、私は「川のウミウシ」と呼び、今でも調べています。
 そして、それを調べている時だけは、無邪気な子供のころに戻れたような気がするんです-。
しおりを挟む

処理中です...