深淵

coco

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第5怪 入る

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はいった、はいれた、ひとつになれた…か。」
 
「どうしたの?そんなにむずかしい顔をして。」

 その人は私の様子が気になったようで、声をかけてきた。

「第39話に出てきた、亡き愛人あいじん遺骨いこつを食べる女性の言葉なんです。」
 
「ふぅん、そうなの。」
 
「それが、ちょっと頭からはなれなくて。そのせいか、最近は執筆しっぴつの手も止まりがちで…。」
 
「…それは大変だ。でも、今の君がそこまでこだわるのもめずらしいね。」

 そうなのだ、最近の私にはあまりないことだった。
 
 ただ趣味しゅみで怖い話を聞き集めているころは、気になった話があれば自分なりに推察すいさつ検証けんしょうをしていた。
 
 しかしこの作品を手がけてからは、執筆の方に一生懸命いっしょうけんめいになり、一つ一つの物語について、深く向き合う時間は減っていた。
 
 何せ、百物語はまだ39話しか進んでいないのだ。
 終わりはまだまだ、見えていない。
 ある一話の中に出てきた一言について、そこまで考え込む余裕よゆうはない…はずなのに。
 
 それでもどうしてか、あの言葉は気になった。
 
「それは…言葉そのものが気になるのか、その意味が気になるのかな?」
 
「どちらも…ですかね。」
 
「…ふぅん。意味については、こう考えてはどうだろう。」

※※※ 

 入ったは、男性の遺骨が自分の中に入った、だよね。
 遺骨を女性が食べて、自分の体に取り込んだから。
 
 入れたは、遺骨を取り込んだことで男性の居る死後の世界、あちらの世界へのとびらが開き、自分も入ることができた。
 
 一つになれたは、二人は男女の仲だったんだから、文字通りだと、身も心も、完全に自分達は一つになった。
 他に考えるならば、骨を食べるという行為が呼び水となり、こちらとあちらの世界が一つになった…かな。
 
※※※

 そうして一通り話すと、私を見つめこう言った。
 
「それって何だか、百物語を書いてる君に似てるね。」
 
「ええ…?」
 
「怖い話を自分の中に取り込んで、いつの間にか君はあちらの世界に入り込んでいる。百物語を完成することで、やがて君と怪異かいいは一つになるんだ。」
 
「私には、まだ何も怖いことなんて起きていません。まだ、ちゃんとこちらの世界に居ます。」
 
 百物語は100話目をに、何かが起きるというものだ。
 今はまだ、物語の途中なんだから…。

※※※

 そうぼやく私に、彼はこう言った。

 以前、君には何かきざしはないかとたずねたら、特にないと言ったね。
 では、今はどうだろうか?
 
 入った、入れた、一つになれた-。
 
 今の君はこの言葉が気になって、頭から離れないと言う。
 順調に進んでいた、執筆の手が止まりそうになるほどに。
 これまで、そんなことなかったのにね。
 
 もしかすると、その言葉は君にとっての、兆しじゃないのかな?
 これから、何かが起こる前のね…。

 上手く返事を返せないでいる私を見て、その人は笑った-。
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