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聞こえたもの
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「今でも、頭から離れない言葉がある。」
そう言ってMさんは、私に自分の体験を話してくれた。
Mさんの趣味は山登りだ。
ある日、Mさんは会社の休みを利用し、近所の山に登りに出かけた。
平日のためか他に登山者もおらず、Mさんは一人気楽に登山を楽しんでいた。
頂上にある展望台に腰掛け、一人ぼんやりと休憩していた時だった。
どこからともなく、話し声が聞こえてきた。
自分一人だと思ったが、他に登山者がいたかな…?
それはしわがれた声で、何事かをぼそぼそと呟いている様だった。
「…は…えた」
「ひ…て…ば…に」
「…たい…たい…たい…たい」
声は断片的に聞き取れるだけで、その内容は分からない。
そこでMさんは、その声のする方に近づいて行った。
「…れは…がえた」
「ひき…して…ば…のに」
「…たい…たい…か…たい…たい」
先ほどより声が近くなり、聞き取れる部分も増えた。
もう少し先だな…そう思ってMさんが足を進めると、登山道が途切れ少し開けた場所に出た。
「おれは…がえた」
「ひき…えして…ばおちな…のに」
「いたい、いたい…か…りたい…たい」
最初の方はやはり聞き取れないが、最後の方の言葉は分かった。
「いたい」と聞こえた。
痛い…つまり怪我でもして、その痛みを訴えているのか。
「おーい、誰かいるのか。怪我しているのか。どこにいるんだ!」
Mさんは自分が来たことを知らせ、再びその声がどこから聞こえているのか確かめようと、耳を澄ました。
その声は五メートルほど先の、生い茂った草の向こうから聞こえてくる。
「今行くから待ってろ!」
Mさんは必死に草をかき分け、その向こうへ行こうとしたが、すぐにそれを辞めた。
踏み出そうとしたMさんの右足、その下は崩れ落ちた崖になっていたからだ。
草で足元が分からなかった…この声の主もそれが原因で、この下に落ちてしまったのだろうか?
そう思ったMさんは、そっと崖下を覗いた。
「おれはまちがえた」
「ひきかえしていれば、おちなかったのに」
「いたい、いたい…かえりたい…たい」
声は間違いなく崖下から聞こえるが、その姿までは確認できない。
自分では、引き上げることはできない。
そう思ったMさんは救助要請の連絡を入れ、助けが来るまでその人に声をかけ続けることにした。
「今、助けを呼んだから、頑張れ。」
「いたい、いたい…かえりたい…たい、いたい、いたい…かえりたい…たい」
その声の主は何度も痛みを訴え、それと同時に「かえりたい」とも訴えてくる。
「ちゃんと帰れるよ、だから頑張れ。」
「いたい…かえりたい…かえりたい。…たい、…と。」
「分かったから。帰れる、、家に帰『違う!』」
Mさんの声を遮るように、崖下から突然大きな声が聞こえた。
Mさんはその声に、ビクリと体をすくめた。
次の瞬間、Mさんの耳元で、低い男の声がこう囁いた。
『代わりたい、お前と。』
Mさんはすぐ後ろを振り向いたが、そこには誰もいない。
しかし、生温かくどこか生臭い風が、Mさんの頬をヌルッと撫でていった。
その瞬間、Mさんは思い切り駆け出していた。
足がもつれそうにながら必死に走り、何とか展望台まで戻ってきた。
そして恐る恐る周りの様子を伺ったが、もう何の声も聞こえなかった。
その後救助が到着し崖下の捜索が行われると、そこからは一人の男性の遺体がみつかったという。
「代わりたい、お前と。その言葉が今でも頭から離れない。もう彼は、自分を諦めてくれただろうか?そうだったらいいんだが、もしまだなら…。」
Mさんは、震える声で私にそう呟いた。
そう言ってMさんは、私に自分の体験を話してくれた。
Mさんの趣味は山登りだ。
ある日、Mさんは会社の休みを利用し、近所の山に登りに出かけた。
平日のためか他に登山者もおらず、Mさんは一人気楽に登山を楽しんでいた。
頂上にある展望台に腰掛け、一人ぼんやりと休憩していた時だった。
どこからともなく、話し声が聞こえてきた。
自分一人だと思ったが、他に登山者がいたかな…?
それはしわがれた声で、何事かをぼそぼそと呟いている様だった。
「…は…えた」
「ひ…て…ば…に」
「…たい…たい…たい…たい」
声は断片的に聞き取れるだけで、その内容は分からない。
そこでMさんは、その声のする方に近づいて行った。
「…れは…がえた」
「ひき…して…ば…のに」
「…たい…たい…か…たい…たい」
先ほどより声が近くなり、聞き取れる部分も増えた。
もう少し先だな…そう思ってMさんが足を進めると、登山道が途切れ少し開けた場所に出た。
「おれは…がえた」
「ひき…えして…ばおちな…のに」
「いたい、いたい…か…りたい…たい」
最初の方はやはり聞き取れないが、最後の方の言葉は分かった。
「いたい」と聞こえた。
痛い…つまり怪我でもして、その痛みを訴えているのか。
「おーい、誰かいるのか。怪我しているのか。どこにいるんだ!」
Mさんは自分が来たことを知らせ、再びその声がどこから聞こえているのか確かめようと、耳を澄ました。
その声は五メートルほど先の、生い茂った草の向こうから聞こえてくる。
「今行くから待ってろ!」
Mさんは必死に草をかき分け、その向こうへ行こうとしたが、すぐにそれを辞めた。
踏み出そうとしたMさんの右足、その下は崩れ落ちた崖になっていたからだ。
草で足元が分からなかった…この声の主もそれが原因で、この下に落ちてしまったのだろうか?
そう思ったMさんは、そっと崖下を覗いた。
「おれはまちがえた」
「ひきかえしていれば、おちなかったのに」
「いたい、いたい…かえりたい…たい」
声は間違いなく崖下から聞こえるが、その姿までは確認できない。
自分では、引き上げることはできない。
そう思ったMさんは救助要請の連絡を入れ、助けが来るまでその人に声をかけ続けることにした。
「今、助けを呼んだから、頑張れ。」
「いたい、いたい…かえりたい…たい、いたい、いたい…かえりたい…たい」
その声の主は何度も痛みを訴え、それと同時に「かえりたい」とも訴えてくる。
「ちゃんと帰れるよ、だから頑張れ。」
「いたい…かえりたい…かえりたい。…たい、…と。」
「分かったから。帰れる、、家に帰『違う!』」
Mさんの声を遮るように、崖下から突然大きな声が聞こえた。
Mさんはその声に、ビクリと体をすくめた。
次の瞬間、Mさんの耳元で、低い男の声がこう囁いた。
『代わりたい、お前と。』
Mさんはすぐ後ろを振り向いたが、そこには誰もいない。
しかし、生温かくどこか生臭い風が、Mさんの頬をヌルッと撫でていった。
その瞬間、Mさんは思い切り駆け出していた。
足がもつれそうにながら必死に走り、何とか展望台まで戻ってきた。
そして恐る恐る周りの様子を伺ったが、もう何の声も聞こえなかった。
その後救助が到着し崖下の捜索が行われると、そこからは一人の男性の遺体がみつかったという。
「代わりたい、お前と。その言葉が今でも頭から離れない。もう彼は、自分を諦めてくれただろうか?そうだったらいいんだが、もしまだなら…。」
Mさんは、震える声で私にそう呟いた。
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