祀り神 

coco

文字の大きさ
1 / 1

祀り神

しおりを挟む
「この前ね、久しぶりに父の実家に帰ったんだ。」

「確かお父さん、〇〇県出身だったね。」

「そう。遠かったよ、家が山の中にあるんだもん。」

「○○県はA山が有名だね。その辺り?」

「ううん、そことは違う。もう少し北にある山、そんな高い山じゃないよ。まあ、実際に登るとしんどかったけど。」

「山登りなんて、興味あった?」

「そうじゃないけど。ちょっと気になることがあって、登ってみたの。」

「何、その気になることって?」

「実はね、その山には、いわくつきの神社があるんだ…。」

※※※

 今よりずっと昔、まだあそこが○○村と呼ばれていた頃の話。

 村にはK山という山があって、山中には誰も寄り付かなくなった神社があったの。
 いつの頃からか、夜になるとその神社から、不気味な声が聞こえてくるようになったんだって。

 それは、こういう声よ。

「おーい、おーい。」

 村人たちは気味悪がり、ますますその神社に近寄らなくなった。

 ある夜のこと。

 その山の中を、一人の旅人が歩いていた。
 旅人は山に差し掛かった所で日が暮れてしまい、泊めてもらえる家を探していたところ、山中に迷い込んでしまったの。

「仕方ない、ここで野宿をするか。」

 そう思い、木の陰に腰を下ろした時だった。

「おーい、おーい。」

 旅人は声のする方に、行ってみることにした。

「ずいぶん古い神社だ。誰か居るのですか?」

「おーい、おーい。」

「どなたか知りませんが、私は旅の者です。ここで一晩泊っていきますので、よろしくお願いします。」

 そう言って、旅人は社殿しゃでんの中に入っていき、そこで一晩を明かしたの。

 やがて朝が来て、旅人は目を覚ました。

「昨晩は助かりました。私はもう行きます。」

 そう言って社殿を後にし、山を下りていった。

 村の途中に来たところで、村人が驚いた様子で、旅人に声をかけた。

「あんた、その背中どうしたんだい?」

 見ると、旅人の背中には、真っ黒な手形がべたべたと付いている。

 そこで旅人は、昨晩の出来事を村人に話した。

「あんた、そんな恐ろしい神社に、よく一晩居たね。大した度胸どきょうのある方だ。」

「何、恐ろしいことなどないよ。むしろ、屋根のある所で眠れてよかった。あのまま山の中で眠ることになった方が、自分は恐ろしいくらいだ。」

 そして旅人は、あることを口にした。

「昨日、不思議な夢を見た。夢の中に真っ黒い人が出てきて、こう言うんだ。もう一度まつって欲しい、と。夜に聞こえるおーいと言う声は、あの神社に居るものが呼ぶ声だ。もう一度祀ってくれと訴えてるんだよ。」

 旅人は、手形の付いた服を脱ぎ村人に渡すと、こう言って旅立った。

「これを持って、神社に参るんだ。そしてちゃんと祀ってあげたらいい。そうしたら、声は聞こえなくなるよ。」

 それを受け取った村人は、村の皆を集めどうするかを相談した。
 その結果、旅人の言う様に再び神社を祀ることにしたの。

 村人たちは、荒れていた神社を綺麗に掃除しお供え物をすると、毎日欠かさずお参りをした。
 するとそれ以降、あの不気味な声が聞こえることは無くなったんだって。

 それだけじゃないの。
 
 近隣で疫病えきびょうが流行った時や、作物が不作になった時…そんな時でもあの村には何の被害もなかったそうよ。
 村の暮らしぶりは見違えるほど良くなり、皆豊かな生活を送るようになったと言われているの。

※※※

勿怪もっけの幸いね。 想像もしなかったことが身に幸福をもたらす、思いがけず得た幸いのことなんだけど。勿怪とは不思議なこと、またはその様のことよ。勿怪はもののけが語源と言われているけど、神社に居たのは、もののけになり果てた神様だったのかも。あのまま放っておいたら、きっとそれは、あの村に災いを呼んでいた。」

「あわや祟り神となり災厄さいやくをもたらすものが、再び祀られたことで幸せをもたらす存在になったのね。めでたしめでたし、いい話だね。」

「…うん。でも…そうとも言い切れないかも。」

「どういう事?」

「言ったでしょ?登ってみたって。私、その神社に行ってみたんだ。」

※※※

 登り始めてしばらくたったころ、木々の向こうに古い鳥居が立っているのが見えた。

 私は早速その鳥居をくぐり、敷地の中へと入ろうとした。

 その時だった。
 後ろから、私を呼び止める声がした。 
 
 そこには巫女装束姿の、1人の女性が立っていた。

 その人は私を見ると、こう言うの。

「あなた、なぜここに来てしまったんです?」

 私は、自分が何か悪いことをしてしまったような気がして、その人に謝った。

「いいのですよ。でも、ここに入ってはいけません。もう、山を下りなさい。」

 そう言うと、彼女は山の中に消えた。

 …私は家に帰ると、先程あった出来事を家族に話した。

 するとそれを聞いた祖母が、こんな話を始めたの。

「あの山には古くからやしろがあってな。お前が小さいころ、私はお前を連れてそこにお参りしたことがあった。お前がこっちに遊びに来た時、皮膚病ひふびょうの治りが悪いと聞いたから、お願いしに行ったんだ。あそこは、悪い病気を治してくれるっていう話があってね。その話通り、お参り後はお前の皮膚もすっかり良くなった。」

 私は、全く覚えていなかった。

「でもな、その社にはこんな話もある。何のやまいも持たず健康な者があそこに参ると、そこに祀られているものが、悪さをすることがあるという。あそこは元々、疱瘡ほうそうの神様を祀ってあるところだからね、そういうことがあってもおかしくない。あの神社は、最近はもうお参りする人はほとんどいない。遠い昔この村を栄えさせてくれたものも、今のこの現状を酷く恨んでいるだろう。だから、そんな悪さをしてもおかしくないね。」

※※※

「あの神社で村の者を呼んでいたのは、そこに祀られていた疱瘡神ほうそうしんだったんだろうね。旅人のおかげで再び祀られるようになって、村を栄えさせたけど、今はまた災厄をもたらすものになったのかも。」

「その疱瘡っていうのは、病気か何か?」

天然痘てんねんとうのことよ。江戸時代、あの辺りで流行った疫病なの。疱瘡神は、その疱瘡を擬神化した悪神で、疫病神の一種。あの村は疱瘡神を恐れ遠ざけるのではなく、祀り上げることで病状が軽く済むように祈ったんだって。」

「へぇ~。でも、そんなものが祀られている神社って、ちょっと怖いね。しかも、今はもうきちんとお祀りされてない状態なんでしょ?止めてくれた巫女さんに、感謝だね。でも、その巫女さんって、何者だったの?」

「祖母が言うには、山神様の御使おつかいらしいけど…よく分からない。」

「ふぅん。まあ何にせよ、うっかりお参りしなくて良かったね!じゃあ、私もうそろそろ行くね。また、今度!」

 私は店を出ていく友人の背中を、じっと見送った。

※※※

「…お参りしなくて、良かったか。」

 私はルームウエアに着替える為、ブラウスを脱ぎ下着姿になった。

 鏡の前に立った私は、ふぅ…と溜息ためいきをついた。

 先程、友人には言えなかったことがある。

 確かに私は、巫女姿の女性に神社に入るのを止められた。
 そして、山を下り引き返すように言われた。

 でも私は、その忠告に従わなかった。
 だって…どうしてもお参りしたいことがあったから。

 私は最近、恋人に別れを告げられた。

 彼が、私の友人のことを好きになったからだ。

 私は彼に問い詰めた。
 どうしてあの子なの、あの子のどこがいいの?

 彼はこう言った。

 顔だよ。
 あの美しい顔で見つめられて、好きにならない男はいない。
 お前の顔には、もう嫌気がさしたんだ。

 確かに私の顔は、人並みより下かもしれない。
 でも、何もそれだけの理由で私を捨てるなんて。
 しかもよりによって、私の友人を好きになるなんて…!

 そんな事とは知らず、私の隣で笑う美しい友人。
 いつ見ても、美しい顔をした友人。

 私は、彼女がねたましかった。
 そしてにくかった。

 だから私は、あの神社の話を父から聞いた時、これはチャンスだと思った。

 村人を、この土地を幸せにしてくれた神が祀られる神社。
 そんな素晴らしい力があるなら、私の願いも叶え、私を幸せにして欲しいと思った。

 私を止める怪しい女が居たが、そんなものは無視した。

 そして、私は願った。
 どうか彼女を、みにくい顔にして下さい。
 この世のものと思えない、醜い顔にして下さい。

 彼女が醜い顔になれば、彼はまた私の元へ戻って来る…そう思って一生懸命お参りしたのに。

 まさか…まさか、こんなことになるなんて。

 神社のことを、もっと詳しく聞いておくんだった。
 疱瘡神…よりにもよって、そんなものが祀られていたなんて。

 そんなことを知っていたら、あんなこと願わなかった。

 「何の病も持たず健康な者があそこに参ると、そこに祀られているものが妬んで、悪さをすることがある。」

 だからなの?
 こんなことになったのは…。
 それとも私が、あんなよこしまなことを願ったから?
 もしくは、その両方だろうか…。

 鏡に映る私の背中には、一面べったりと青黒い腫物はれものができていた。

 ああ、背中がうずく…。
 この腫物、最初は手のひらぐらいの大きさだったのに、今では背中のあちこちに広がってきている。
 それはまるで、あの旅人の背中にべたべたと付いた、真っ黒な手形のようだった。

 病院に行っても、原因は分からないと言われた。
 このままこれが体中に広がっていったら、私はどうなるの?
 
 こんなものが顔に広がったら、私の顔は、もう…。

※※※

 私は、夢の中に居た。

 真っ暗な闇の中から、私を呼ぶ声がする。

「おーい、おーい。」

 私は、その声に引き寄せるように、そちらへ歩いて行った。

 嫌だ、行きたくない…。
 そう思っているのに、私の足は止まらない。

「おーい、おーい。」

 行っては駄目だ…きっと、恐ろしいものが、待っている…!

 私の目の前に、あの神社が現れた。
 そして社殿の扉が、ギイィ…とゆっくり空いた。

 その中から現れたのは、真っ黒なドロドロとした体に、顔中に青黒い腫物ができ目も鼻も口も全く区別がつかぬモノだった。

 それは、動けないでいる私の元へズルズルと這ってくると、私を見上げこう言った。

「もうすぐ、もうすぐ一緒だよ。」

 ああ、背中が疼く。
 身も心も、むしばまれていく。

 体を震わせ、私はその場に崩れ落ちた-。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

婚約破棄が聞こえません

あんど もあ
ファンタジー
私は、真実の愛に目覚めた王子に王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣言されたらしいです。 私には聞こえないのですが。 王子が目の前にいる? どこに? どうやら私には王子が見えなくなったみたいです。 ※「承石灰」は架空の物質です。実在の消石灰は目に入ると危険ですのでマネしないでね!

あなたが恋をしなければ

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣言する第一王子。 よくあるシーンだけど、それが馬鹿王子ではなく、優秀だけど人の機微に疎い王子だったら……。

いつまでもドアマットと思うなよ

あんど もあ
ファンタジー
二年前に母を亡くしたミレーネは、後妻と妹が家にやって来てからすっかり使用人以下の扱いをされている。王宮で舞踏会が開催されるが、用意されたのは妹のドレスだけ。そんなミレーネに手を差し伸べる人が……。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

婚約破棄をありがとう

あんど もあ
ファンタジー
リシャール王子に婚約破棄されたパトリシアは思った。「婚約破棄してくれるなんて、なんていい人!」 さらに、魔獣の出る辺境伯の息子との縁談を決められる。「なんて親切な人!」 新しい婚約者とラブラブなバカップルとなったパトリシアは、しみじみとリシャール王子に感謝する。 しかし、当のリシャールには災難が降りかかっていた……。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...