デートは悪魔とご一緒に

碧衣 奈美

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08.やっぱり

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 結局、その後も色々とモンスターがお出ましになり、クリスが剣で退治していった。
 よくこれで剣が折れないな、と思うような姿のモンスターが何度も登場する。それを見るたびに、マリアはかなりひやひやさせられた。
 クリスは、完全にこれをゲームと思っている。だが、マリアは「これは本物だ」と確信に近いものを感じていた。
 クリスの持っている剣は、本当の意味で命綱なのだ。折れた時のことを考えると、マリアは全身の血が滝のように引いてしまう気がする。
 最後には牛の頭をして身体は人間という、ミノタウロスみたいな獣人が現れた。
「いっそ、毛むくじゃらならよかったんだけどなぁ」
 クリスは人に近いものを斬るのは、いくらゲームでも抵抗があるようだ。しかし、それを負かさないと先へ行けないので仕方なく、という感じで戦った。
 ゲームであれば、かなりレベルアップしているだろう。そのせいか、モンスターは手強く、クリスは苦戦してマリアをやきもきさせた。
 お願い、絶対に勝って。できるだけ早く。
 注文を付けながらマリアが祈り、どうにかクリスが勝った。
 薄暗かった森が、そこから進むにつれて少しずつ明るくなってくる。出口が近付いて来たのだ。
「終わり! やっと終わりなんだぁー」
 マリアは、その場に座り込みそうになる。でも、完全に森を出るまでは、まだ油断できなかった。
 あれが最後、と見せかけて、実はまだ残っていたりしてはかなわない。
「やれやれ、やっと出口にたどり着いた」
 クリスも、やはり疲れていた。隠れていたマリアと違い、何度もモンスターと戦わされたのだから、くたびれるのも当然。
 いい加減に終わってほしいな、と思っていた頃に出口が見えてきたので、ほっとしていた。
 出口と言っても、本当の出口でない。ただ「森から出られる」というだけ。それでも、ずっと森の中に居続けるよりはいい。
 半透明な壁に囲まれた迷路が、再び見えてきた。確かに「まともな迷路」へ戻って来たのだ。
 迷路から出てまた迷路、というのは気が滅入るものの、普通の迷路になっただけでもいい。
 森から普通の迷路に変わる場所に箱が置かれ、横に貼り紙がしてあった。
『この箱に剣を返してください』
 その剣が入るサイズの白い箱があり、中には何本かの剣が入っていた。
 3Dのメガネ返却ボックスみたく、剣が入れられている箱なんてそう見るものではない。
 こんな迷路を通った人が他にもいたのね。……って、そんなはずない。これってきっと、カムフラージュよ。クリスが変だと思わないために。
 マリアはそう思ったが、クリスは何も疑わずにその箱の中へ剣を入れた。
「ここ、人気があるのかな。割と剣が入ってる」
 使った剣が入っているということは、使った人がいるということ。で、それがたくさんあるということは、たくさんの人が来た、ということになる。
 クリスは素直に感心しながら、普通の迷路へと戻った。
 マリアは「絶対違う」と思いながら、でも悪魔の話はやっぱりできない。
 迷路ではすぐに残りのチェックポイントに着き、今度こそ二人はようやく迷路の外へ出られた。
☆☆☆
「あー、外だぁっ。やっと出られたよぉ」
 屋外のアトラクションだったのに、やっと「外の空気」が吸えたような気がする。
 世の中には「森林浴」なんてさわやかにも聞こえる言葉があるが、当分森へは行きたくない。
「疲れたけど、終わってみれば、それなりに面白かったな」
「そ、そう?」
 本人がそう思っているのなら、それでいい。
 一息ついてマリアがクリスの方を見ると、彼の右手の甲から血が出ていた。
「クリス、ケガしてるじゃないっ。いつから?」
 言われたクリスの方は、マリアに指摘されて初めて気付いた。手の甲を横断するみたいにして一筋の傷がある。引っ掻き傷のようだ。
「あれ、いつの間にこんな傷ができてたんだろ。木で引っ掛けたかな」
「痛くないの? 医務室くらい、ここにもあるはずだし、そこへ行って手当てしてもらう?」
「いいよ、そこまでしなくても。血も固まってるし。カットバンでも貼っておけば、それで十分」
 男の子って、こういう傷には無頓着だなぁ。
 カットバンくらいなら、マリアも持っている。本人がいいと言うのだから、無理に医務室へ連れて行くこともないだろう。
 これくらいの傷なら、帰ってから消毒してもそんなに問題はないはず。
「どっちにしろ、少し血を拭いた方がいいわね。ちょっと待ってて。ハンカチを水に濡らして来るから」
「ハンカチなんかで拭くと、シミができるからいいよ」
「ハンカチの一枚くらい、汚れてもいいわ。そこで座って待ってて」
 マリアはトイレへ向かい、水道でハンカチを濡らす。
「……ん?」
 クリスの所へ戻ろうとした時、トイレの近くの木の下で少年が一人、黒のキャップを目深にかぶって立っているのを見付けた。
 一度通り過ぎ、それからなぜか気になって、マリアはそちらを振り返った。
「よっ、楽しくやってる?」
 つばを少し上げ、影になっていたその顔が見えた。
「リ、リート!」
 その顔には見覚えがある。昨日、マリアの部屋にいた悪魔だ。
 ねこよりも小さい姿だったのに、今日はマリアよりも背の高い人間の少年になっている。
 でも、顔は変わっていない。陽に灼けた、まだ幼さの残る男の子、という見た目だ。
 角もキバもしっぽもないから、これだと悪魔になんて絶対思われない。
 黒のTシャツに黒のデニム、黒のキャップ。夏にここまで黒コーデ、という部分は不問にするとして。特にどこかおかしい、という部分はない。遊園地に遊びに来た客の一人に、十分化けられている。
 目の色だけは赤のままだが、キャップの影が顔に落ちれば色はわからなくなる。その色のことを知っているか、真正面からしっかり見ない限り、まずばれないだろう。
「もしかして、ずっとその格好でつけてたの?」
「見守ってる、と言ってくれよなぁ」
 悪魔に見守られるあたしって一体……。悪魔って、見守るんじゃなく、見張るんじゃないの?
 まさか、人間に化けてそばにいた、とは思っていなかった。昨日のあの姿で、亜空間のような所から見ているのだろう、と考えていたのだ。
「とにかく、今までのことは、やっぱりリートの仕業だったってことね」
「森のやつ? あれさ、クリスって奴がどんだけ度胸があるか、見てみたかったんだ。ちゃんとマリアを守れるような力量があるかってね。ちょっと細工したけど、面白かっただろ。奴もしっかりと、マリアを守ってたようだし」
「見てみたかったって……」
 マリアはてっきり「盛り上がるように細工しているのだろう」と思っていたが、リートはクリスを試していたのだ。
 もちろん、永久にあの森の中で迷わせるつもりなんてなかったし、二人にケガをさせるつもりもなかった。
 ただ「クリスがマリアのために、あの状況の中でどれだけ勇気を出して戦うか」をリートは見極めたかったのだ。
 悪魔の自分を介抱してくれた優しいマリアに、クリスが本当にふさわしいかどうか、を。
 もしこれで、クリスが不合格にでもなっていれば。
 自分の仕事の領分とはかなり異なってしまうが、キューピットの役でもして、マリアにふさわしい別の男を見付けるつもりでさえいたのだ。
 でも、クリスは怖がって逃げたりもしなかったし、ちゃんとマリアを守っていた。リートとしては、彼に合格点を与えてもいい、と思っている。
 勝手に、保護者目線だ。
「あのね、リートはデートをうまくいくようにしてやるって言ったでしょ。あれだと最悪の場合、デートどころか死んでたかも知れないじゃない。さっきの森で、クリスはケガしたのよ。お願いだから、もう無茶なことはしないで」
「ケガったって、木にこすっただけじゃん」
「本来ならないはずの場所に木があったから、しなくていいケガをしたんじゃないの」
「んー、まぁ……そうとも言えるかな」
「そうとしか言えないわ」
 マリアは苦手なホラーが続いたので、ちょっとご機嫌斜めだ。
「おばけ屋敷の時はともかく、森の迷路はやりすぎよ。あと、ジェットコースターのスピードアップはいらないから。設備そのものが壊れたら、遊園地側にも悪いでしょ。もう絶対に変なことはしないでね」
 リートにしっかり釘を刺すと、マリアはクリスの所へ戻った。
「さっきの迷路で奴のこと、見直したくせにさ」
 走って行くマリアの後ろ姿を見送りながら、リートはくすくす笑った。
☆☆☆
 マリアはクリスの手の汚れを拭き取り、小さなリュックからさらに小さなポーチを取り出して、カットバンを出した。それを傷口に貼る。
「ありがとう。考えてみたら、マリアにハンカチを濡らしてもらわなくても、俺が手を洗いに行けば済む話だった」
 クリスが苦笑する。迷路にいることで行動制限されていたせいか、自由に動けない感覚が残っていたようだ。
 クリスに言われて、マリアもそのことに気付いた。
「あ……まぁ、いいわよ、これくらい。帰ったら、ちゃんと消毒してよ。木にこすったのなら、トゲが入ってないかもしっかり確認して。小さな傷でも、放っておいたら化膿する時だってあるんだからね」
 何だかお母さんみたいなこと、言ってるかな。でも、心配だし。
「わかった。マリアはどこもケガしてない?」
「あたしは平気。何ともないわ」
「よかった。気が回りきらなかったから、心配してたんだ」
「え……」
 それを聞いて、マリアは胸が鳴った。
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