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第三話 火(か)の魔珠
3-09.巨大な蝶
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レシュウェルは「爆裂の実」に結界を張る。それを、リクリスに借りて来たジッパー付きの黒い袋に入れた。
特殊な魔法植物を入れるための袋とかで、今回レシュウェルが集めるものを知ったリクリスが「これに入れるといいよ」と貸してくれたのだ。
おかしな刺激を与えなければいいだけのことだが、念のために、ということで。もちろん、強度に限界はあるが、そうそう破れることのない袋である。
「入れていいのか?」
ルナーティアが後ろ向きになり、背負ったリュックをレシュウェルに向ける。
「うん。レシュウェルの結界と、先生の道具で二重に守られてるもん」
直接触るのは怖い気がするが、目の前で結界を張られたのを見ている。全く怖くないとは言えないが、これなら何とか平気だ。
「山火事でも起きたような状態になったな」
ログバーンがそう言いながら、森を眺めた。
見えている範囲の木のほとんどが、すっかり黒焦げになってしまっている。燃えカスがかろうじて立っている、という状態の木もある。
魔物達の姿がないのは、さっきの爆発で吹き飛んだか、逃げたかだ。
「あたし達が来たせい、になるのかしら」
「いや、食べ方を失敗する奴はいる。今回は少々爆発が連鎖してしまったようだが、これはよくあることだ」
「よくあるの……」
あんなことが起きてもなお、その実を食べようと集まって来る魔物達の根性がすごい。食に対する執着か。
「よくあるから、木そのものも再生が早い。明日にはまた、同じような状態に戻っている」
「え? あんな黒焦げになった木が、再生するの? しかも、明日?」
「強い木なんだね」
こういう話を聞くと、自分のいる世界は平和だなぁ、としみじみ思う。
「長居はいいだろう。次はどこだ?」
「北だ。サガーノまで頼む」
☆☆☆
サガーノは西地区で、モズメーよりやや北に位置する。今回は割りと移動距離が少なくて、その点が少し助かった。
「……遠くから見ると、毒の沼みたい。パラレル魔界って、こういう色が多いよね」
サガーノへ近付くにつれ、きれいとは言い難い紫が広がっているのが見えるようになってきた。
だが、その紫は水ではないので、ルナーティアが言うような沼などではない。
その色の元は、花だ。この辺り一帯に、紫の花畑が広がっているのである。
最後に求める「虹色蝶の鱗粉」が、ここで手に入るのだ。
「ねぇ、あっちこっちで、すっごくきらきらしてるよ」
エイクレッドが不思議そうに見回している。
「名前の通り、蝶の羽が虹色だからだ。名前を付けた奴、もう少し凝った名前にしようとは思わなかったのか……」
あまりにストレートなネーミングに、レシュウェルは苦笑する。
「でも、間違えないからいいじゃない。あの花に毒はないの?」
図書室で調べていた時「この花畑に虹色蝶が群がる」というのは読んだのだが、その花に毒があるかどうか、という部分までは気にしていなかった。必要なのは、蝶の方だから。
紫の花畑と聞いて、てっきり「ラベンダーの花畑みたいなものだろう」と想像していたルナーティア。
だが、実際に来てみたら、見た目が毒の沼もどきに見えたので、急に不安になってきたのだ。紫にも色々ある。
「私はあの場に近付いたことはないが、毒があるとは聞いたことがない」
それを聞いて、ルナーティアは少しほっとする。花に用はなくても、毒があるとなったら近付くのをためらってしまう。
「毒の花の蜜を吸うと、蝶々も毒を持ったりするの?」
「え……どうなのかな」
エイクレッドに聞かれ、ルナーティアは首をかしげる。代わりに、レシュウェルが答えた。
「吸収する毒の強さや、あとは量によるだろうな。もしくは、完全に解毒する能力を持つ奴もいる。蝶が毒タイプになると、イメージとしては蛾になりそうだな」
話している間に、ログバーンは毒々しい紫の花畑のそばへ降りた。
空から見ていても広いと思っていたが、こうして地面に立つと、見渡す限り毒の沼、もとい花畑だ。
花そのものは、形や大きさがたんぽぽに近い。でも、色は……である。
そして、花畑のあちこちに飛んでいる、虹色の羽の蝶。
「……調べてわかってはいたけど……でかいな」
「大きすぎて、ちょっと怖い」
蝶は、人間の大人くらいのサイズ程もあった。
空から見るだけなら、羽がきらきらしているな、くらいで終わっていたが、こうして近くに来ると、その大きさがリアルに感じられて怖い。本来のサイズを考えれば、とんでもない大きさだ。
パラレル魔界では、人間界にいる動植物が巨大化したような魔物がたくさんいる。となると、これもその一種だろうか。
この蝶も火トカゲと同じで、花の蜜さえ吸っていられるなら、天敵以外は意に介さないらしい。
「レシュウェル、どうするつもりだ? 蜜を吸っている間はおとなしいが、奴らはその時間が短い。一つの所にとどまっていないぞ」
たんぽぽサイズの花に人間サイズの蝶がとまれば、蜜などすぐに吸い尽くすだろう。次にすぐ移動するのも道理だ。
「ああ、攻略方法は考えてある」
レシュウェルは、ルナーティアのリュックを開けた。ここへ来る前に、頼んで入れてもらったものを取り出す。
出て来たのは、ジャムが入っていた空瓶だ。中には、キッチンペーパーを丸めたものが瓶の半分くらい入っていた。
レシュウェルはその瓶をさかさにして、中のキッチンペーパーを地面に落とす。湿ってへたっとなっていたキッチンペーパーは、地面に落ちるとべちゃっと音がした。
「何だ? 甘い香りがするぞ」
「ああ。はちみつにひたした紙だ。蜜を好む蝶なら、これを嗅ぎ付ける」
虹色蝶の鱗粉は、魔珠鏡の術以外でも使い道があるらしい。入手する場合の一般的な手段として、この方法が本に載っていたのだ。
「おいしそうなにおい……」
エイクレッドが、小さな鼻をひくひくさせる。
「あら、エイクレッドも、甘いものは好きなの?」
これまで、ほぼ野菜や果物しか提供していなかったので、エイクレッドの好みをルナーティアは具体的にまだよくわかっていない。
「うん。甘いの、好きだよ」
「そっか。じゃ、フルーツにはちみつをちょっとかけてもいいかな」
「ほんと? あのおいしそうなにおいの、食べられる?」
「少しだけよ。エイクレッドのごはんは、まだ探り探りで出してるからね」
「うん」
嬉しそうにしているのを見ると、竜でも子どもは甘いものが好きなんだな、とわかる。わくわくしている様子がかわいい。
父のオウレンは「一年くらい食べなくてもいい」と言っていたが、やはり食事は大切だし、楽しみの時間だ。
「来たぞ」
レシュウェルがはちみつたっぷりのキッチンペーパーを落とした所を目指して、一番近くにいた蝶が飛んで来た。
そばへ来ると、さらにその大きさが際立つ。並んで立てば、ルナーティアより大きいのではないだろうか。近付くのにちゅうちょしてしまいそうな大きさだ。
羽以外の身体の部分は、精巧に作られたリアルすぎる着ぐるみを人間が着ているかのようだ。
そんな大きな身体を宙に浮かせるため、羽はレシュウェルが両手を広げたよりも大きい。たぶん、かなり頑丈だ。
だが、光に当たると名前通りに虹色に光って、きれいな羽。こんなきれいな羽を持つ蝶が、どうして毒々しい色の花に群がるのか不思議だ。あんな色でも、蜜は相当美味、ということか。
「蝶の数え方、知っているか?」
「え、一匹じゃないの?」
「それも通用するけど、頭らしい。人間界でそう言われても納得しにくいけど、こいつらを見ていたら、頭でもいいと思えてきた」
とにかく、巨大な蝶がはちみつに惹かれてやって来る。見ている人間や炎馬には目もくれず、キッチンペーパーに向けて口をのばした。
一頭がそうしている間に、さらに二頭が飛んで来る。
「気後れしている場合じゃないな」
レシュウェルは再びルナーティアのリュックから、別の小瓶を取り出す。一緒に大きめの絵筆も。
「それ、どうするの?」
エイクレッドが首をかしげる。
「あの中に、鱗粉を入れるの。指だときれいに取れないかも知れないけど、筆だと粉がさらさらって瓶の中に落ちるからって。マロージャ先生がそう教えてくれたんだって」
ルナーティアがエイクレッドに説明している間に、レシュウェルははちみつを一心不乱に吸っている蝶の後ろに近付いた。
完全に無防備で、これならいくらでも捕まえられそうな気がする。ただ、サイズが大きすぎるので、当然ながら普通の虫取り網では無理だ。漁業で使われるようなサイズの網でないと、一頭捕まえるのもままならない。
今は捕まえる必要はないので、羽に絵筆を走らせた。
鱗粉がさらっと舞い、それを小瓶で受け取る。一合程の容量がある小瓶は、すぐに虹色の粉でいっぱいになった。
鱗粉を取られた蝶は、自分が何をされたのか全く気付いていない様子だ。
「よし、これで十分だろう」
レシュウェルは、きっちりと瓶のフタをしめる。今回必要な素材は、これで全て揃った。
「もっとはちみつをよこせ、なんて言われないうちに、帰るか」
「……レシュウェル、不穏な気配がする」
特殊な魔法植物を入れるための袋とかで、今回レシュウェルが集めるものを知ったリクリスが「これに入れるといいよ」と貸してくれたのだ。
おかしな刺激を与えなければいいだけのことだが、念のために、ということで。もちろん、強度に限界はあるが、そうそう破れることのない袋である。
「入れていいのか?」
ルナーティアが後ろ向きになり、背負ったリュックをレシュウェルに向ける。
「うん。レシュウェルの結界と、先生の道具で二重に守られてるもん」
直接触るのは怖い気がするが、目の前で結界を張られたのを見ている。全く怖くないとは言えないが、これなら何とか平気だ。
「山火事でも起きたような状態になったな」
ログバーンがそう言いながら、森を眺めた。
見えている範囲の木のほとんどが、すっかり黒焦げになってしまっている。燃えカスがかろうじて立っている、という状態の木もある。
魔物達の姿がないのは、さっきの爆発で吹き飛んだか、逃げたかだ。
「あたし達が来たせい、になるのかしら」
「いや、食べ方を失敗する奴はいる。今回は少々爆発が連鎖してしまったようだが、これはよくあることだ」
「よくあるの……」
あんなことが起きてもなお、その実を食べようと集まって来る魔物達の根性がすごい。食に対する執着か。
「よくあるから、木そのものも再生が早い。明日にはまた、同じような状態に戻っている」
「え? あんな黒焦げになった木が、再生するの? しかも、明日?」
「強い木なんだね」
こういう話を聞くと、自分のいる世界は平和だなぁ、としみじみ思う。
「長居はいいだろう。次はどこだ?」
「北だ。サガーノまで頼む」
☆☆☆
サガーノは西地区で、モズメーよりやや北に位置する。今回は割りと移動距離が少なくて、その点が少し助かった。
「……遠くから見ると、毒の沼みたい。パラレル魔界って、こういう色が多いよね」
サガーノへ近付くにつれ、きれいとは言い難い紫が広がっているのが見えるようになってきた。
だが、その紫は水ではないので、ルナーティアが言うような沼などではない。
その色の元は、花だ。この辺り一帯に、紫の花畑が広がっているのである。
最後に求める「虹色蝶の鱗粉」が、ここで手に入るのだ。
「ねぇ、あっちこっちで、すっごくきらきらしてるよ」
エイクレッドが不思議そうに見回している。
「名前の通り、蝶の羽が虹色だからだ。名前を付けた奴、もう少し凝った名前にしようとは思わなかったのか……」
あまりにストレートなネーミングに、レシュウェルは苦笑する。
「でも、間違えないからいいじゃない。あの花に毒はないの?」
図書室で調べていた時「この花畑に虹色蝶が群がる」というのは読んだのだが、その花に毒があるかどうか、という部分までは気にしていなかった。必要なのは、蝶の方だから。
紫の花畑と聞いて、てっきり「ラベンダーの花畑みたいなものだろう」と想像していたルナーティア。
だが、実際に来てみたら、見た目が毒の沼もどきに見えたので、急に不安になってきたのだ。紫にも色々ある。
「私はあの場に近付いたことはないが、毒があるとは聞いたことがない」
それを聞いて、ルナーティアは少しほっとする。花に用はなくても、毒があるとなったら近付くのをためらってしまう。
「毒の花の蜜を吸うと、蝶々も毒を持ったりするの?」
「え……どうなのかな」
エイクレッドに聞かれ、ルナーティアは首をかしげる。代わりに、レシュウェルが答えた。
「吸収する毒の強さや、あとは量によるだろうな。もしくは、完全に解毒する能力を持つ奴もいる。蝶が毒タイプになると、イメージとしては蛾になりそうだな」
話している間に、ログバーンは毒々しい紫の花畑のそばへ降りた。
空から見ていても広いと思っていたが、こうして地面に立つと、見渡す限り毒の沼、もとい花畑だ。
花そのものは、形や大きさがたんぽぽに近い。でも、色は……である。
そして、花畑のあちこちに飛んでいる、虹色の羽の蝶。
「……調べてわかってはいたけど……でかいな」
「大きすぎて、ちょっと怖い」
蝶は、人間の大人くらいのサイズ程もあった。
空から見るだけなら、羽がきらきらしているな、くらいで終わっていたが、こうして近くに来ると、その大きさがリアルに感じられて怖い。本来のサイズを考えれば、とんでもない大きさだ。
パラレル魔界では、人間界にいる動植物が巨大化したような魔物がたくさんいる。となると、これもその一種だろうか。
この蝶も火トカゲと同じで、花の蜜さえ吸っていられるなら、天敵以外は意に介さないらしい。
「レシュウェル、どうするつもりだ? 蜜を吸っている間はおとなしいが、奴らはその時間が短い。一つの所にとどまっていないぞ」
たんぽぽサイズの花に人間サイズの蝶がとまれば、蜜などすぐに吸い尽くすだろう。次にすぐ移動するのも道理だ。
「ああ、攻略方法は考えてある」
レシュウェルは、ルナーティアのリュックを開けた。ここへ来る前に、頼んで入れてもらったものを取り出す。
出て来たのは、ジャムが入っていた空瓶だ。中には、キッチンペーパーを丸めたものが瓶の半分くらい入っていた。
レシュウェルはその瓶をさかさにして、中のキッチンペーパーを地面に落とす。湿ってへたっとなっていたキッチンペーパーは、地面に落ちるとべちゃっと音がした。
「何だ? 甘い香りがするぞ」
「ああ。はちみつにひたした紙だ。蜜を好む蝶なら、これを嗅ぎ付ける」
虹色蝶の鱗粉は、魔珠鏡の術以外でも使い道があるらしい。入手する場合の一般的な手段として、この方法が本に載っていたのだ。
「おいしそうなにおい……」
エイクレッドが、小さな鼻をひくひくさせる。
「あら、エイクレッドも、甘いものは好きなの?」
これまで、ほぼ野菜や果物しか提供していなかったので、エイクレッドの好みをルナーティアは具体的にまだよくわかっていない。
「うん。甘いの、好きだよ」
「そっか。じゃ、フルーツにはちみつをちょっとかけてもいいかな」
「ほんと? あのおいしそうなにおいの、食べられる?」
「少しだけよ。エイクレッドのごはんは、まだ探り探りで出してるからね」
「うん」
嬉しそうにしているのを見ると、竜でも子どもは甘いものが好きなんだな、とわかる。わくわくしている様子がかわいい。
父のオウレンは「一年くらい食べなくてもいい」と言っていたが、やはり食事は大切だし、楽しみの時間だ。
「来たぞ」
レシュウェルがはちみつたっぷりのキッチンペーパーを落とした所を目指して、一番近くにいた蝶が飛んで来た。
そばへ来ると、さらにその大きさが際立つ。並んで立てば、ルナーティアより大きいのではないだろうか。近付くのにちゅうちょしてしまいそうな大きさだ。
羽以外の身体の部分は、精巧に作られたリアルすぎる着ぐるみを人間が着ているかのようだ。
そんな大きな身体を宙に浮かせるため、羽はレシュウェルが両手を広げたよりも大きい。たぶん、かなり頑丈だ。
だが、光に当たると名前通りに虹色に光って、きれいな羽。こんなきれいな羽を持つ蝶が、どうして毒々しい色の花に群がるのか不思議だ。あんな色でも、蜜は相当美味、ということか。
「蝶の数え方、知っているか?」
「え、一匹じゃないの?」
「それも通用するけど、頭らしい。人間界でそう言われても納得しにくいけど、こいつらを見ていたら、頭でもいいと思えてきた」
とにかく、巨大な蝶がはちみつに惹かれてやって来る。見ている人間や炎馬には目もくれず、キッチンペーパーに向けて口をのばした。
一頭がそうしている間に、さらに二頭が飛んで来る。
「気後れしている場合じゃないな」
レシュウェルは再びルナーティアのリュックから、別の小瓶を取り出す。一緒に大きめの絵筆も。
「それ、どうするの?」
エイクレッドが首をかしげる。
「あの中に、鱗粉を入れるの。指だときれいに取れないかも知れないけど、筆だと粉がさらさらって瓶の中に落ちるからって。マロージャ先生がそう教えてくれたんだって」
ルナーティアがエイクレッドに説明している間に、レシュウェルははちみつを一心不乱に吸っている蝶の後ろに近付いた。
完全に無防備で、これならいくらでも捕まえられそうな気がする。ただ、サイズが大きすぎるので、当然ながら普通の虫取り網では無理だ。漁業で使われるようなサイズの網でないと、一頭捕まえるのもままならない。
今は捕まえる必要はないので、羽に絵筆を走らせた。
鱗粉がさらっと舞い、それを小瓶で受け取る。一合程の容量がある小瓶は、すぐに虹色の粉でいっぱいになった。
鱗粉を取られた蝶は、自分が何をされたのか全く気付いていない様子だ。
「よし、これで十分だろう」
レシュウェルは、きっちりと瓶のフタをしめる。今回必要な素材は、これで全て揃った。
「もっとはちみつをよこせ、なんて言われないうちに、帰るか」
「……レシュウェル、不穏な気配がする」
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