手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される

碧衣 奈美

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第四話 土(ど)の魔珠

4-08.しっぽをぱくっと

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「うん、わかった」
 これから危険な場所へ入るのに、エイクレッドにはそういった気負いはまったくない。
 水がきれいなので、エイクレッドが潜ってもその赤い身体ははっきり見えるだろう。沼でなくてよかった、とルナーティアはその点だけは安心した。
 レシュウェルが念入りに、土の結界をエイクレッドにかける。
「そんなにかけなくても、平気だよ」
 二重三重の結界に、エイクレッドが笑う。そんなに過保護にしなくても、と言いたいのだろう。
「ここはパラレル魔界だ。何が起きるかわからないから、注意しすぎることはない」
「ん、そうだね。じゃ、行って来る」
 エイクレッドはちゅちょすることなく、ルナーティアが言葉を失うくらいあっさりと川の中へ入った。竜に「怖い」という感覚はないのだろうか。
 水へ飛び込んだ衝撃のためか、大きな火花が散る。だが、エイクレッドが気絶して浮かんで来たり、ということはなかった。
 ちゃんと川底へ向かっているようなので、ひとまずほっとする。
 水の中へ火の竜が入って行くことは心配だが、赤い身体が水の中へ入ってもその色がくすんだりすることもなく、きれいだ。
 エイクレッドは入る前に目星を付けていた黒い石の方を、ちゃんと目指している。
 このまま、その電気石を取って、一秒でも早く川から出てくれることを祈っていたルナーティアだが……。
「え……何、あれ?」
 川の中に魚影のようなものを見付け、ルナーティアがレシュウェルの袖を引っ張る。妙にぽってりした形の魚だ。
「さっきまでは、いなかったよな」
「デンキナマズだな。エイクレッドが飛び込んだ時の刺激に気付いて、様子を見に来た、というところか」
 同じように川の中を見ていたログバーンの言葉に、レシュウェルはエイクレッドがいる周辺に視線を走らせた。
 最初にルナーティアが見付けた影以外にも、似たような影が近付いて来るのがいくつか見える。
「川に入っただけで、刺激になるのか」
「強い風や雨以外で、水面が揺れることはほとんどないからな。場所が場所だけに、敵が来たとは思っていないだろうが、気にはなるのだろう」
「ねぇ、エイクレッドに川から出るようにって、言った方がいいかな」
 影は間違いなく、エイクレッドへ向かっている。ルナーティアが心配そうに、レシュウェルを見た。
「……いや、出ても次に入ったら、また同じことの繰り返しだ。このまま、一気に行かせよう」
 こんな場所に、長居はできない。エイクレッドにまかせる、と決めたのだから、ここは彼の行動次第だ。
「お、襲われてないっ?」
 現れた影は、どんどんエイクレッドへ向かって行く。最初に近付いた影が、エイクレッドのしっぽに噛み付いた……ように見えた。
「デンキナマズは、この川にしかいない微生物を食べる。あれは恐らく、珍しさからちょっかいをかけているんだろう」
 ログバーンの言葉に少し安心したものの、ちょっかいをかける方は軽い気持ちでも、かけられた方は被害をこうむる、ということがある。
 エイクレッドに対して、デンキナマズのサイズは長さも幅もほぼ三倍。こんなのにちょっかいをかけられたら、小さなエイクレッドはほぼ襲われているのと同義ではないのか。
「お、抵抗したぞ」
 しっぽをくわえられたエイクレッドは、相手が少し口を開けた隙に抜け出し、そのしっぽで顔をはたいた。
 小さくても竜に抵抗されれば、ナマズもびっくりしたのではないか。
 エイクレッドがしっぽではたいたことで、ナマズが少し離れた。他のナマズも少し警戒したらしく、近付いて来ない。
「ラカンメジ ロビノ ベカ」
 それを見たレシュウェルは素早く呪文を唱え、そのナマズ達とエイクレッドの間に壁を出した。川底を隆起させて、川を一時的にせき止めたのだ。リクリスから教えてもらった方法である。
「最初から、こうすべきだったな」
 至れり尽くせりだと「ぼくだけでも、ちゃんとできるのに」とエイクレッドが拗ねるかも知れない。
 そう思って、レシュウェルは手を出さなかったのだ。
 しかし、またちょっかいをかけられたら、エイクレッドの作業がとどこおってしまう。これ以上、ナマズに邪魔をさせないためだ。
 ちょっかいをかけられることがなくなったエイクレッドは、川底の石を一つ拾った。それを持って浮上する。
 入った時程ではなかったが、エイクレッドが顔を出すと小さな火花が散った。
「ねぇ、これでいい?」
 エイクレッドが、拾った石を差し出す。いつも食べている魔果と、そう変わらない大きさだ。エイクレッドにすれば、なじみのあるサイズだろう。
「十分だ。エイクレッド、早く川から上がれ」
 ルナーティアは手を差し出したいところだが、石も今のエイクレッドも電気を帯びている。触るのは危険なので、見ているしかできない。
「エイクレッド、石を外へ放れ。その方が、上がりやすいだろ」
「あ、そうだね」
 エイクレッドは持っていた石をポンと外へ放り、それから電流の川から出た。
「ルナーティア、まだエイクレッドに触らない方がいいぞ。石と同じで、まだ電気を帯びている」
「え? は、はいっ」
 川から出たエイクレッドに手を差し出そうとするのを、ログバーンが止めた。川を出ればもういいかな、と思っていたルナーティアは、慌てて手を引っ込める。
「土の結界があっても、ここの電気は強いからな。少し待てば、おさまる」
「そうなの? エイクレッド、具合は悪くない?」
「うん、平気だよ。少しぴりぴりしてるけど」
 二重三重土の結界をほどこしても、やはり完璧ではないらしい。ログバーンが言うように、それだけここの電気は強いということ。
 これを人間の彼らがしていたら、どうなっていたのやら。考えるだけでも怖い。
 レシュウェルの魔法でできた川のダムは、魔法を解くことで元に戻った。
 ナマズはエイクレッドがいなくなってつまらなくなったのか、川下へ向かって泳いで行く。
「すごいわ、エイクレッド。あんな電気の川に、よく入れたね」
「えへへ」
 エイクレッドは嬉しそうに笑う。すごいと言われて嬉しいのは、竜も人間も同じなのだ。
「ナマズに絡まれて、どうしようって思ったけど。しっぽの先、掴まれたしね」
「掴まれたと言うより、しっかりくわえられてたわよ。傷はない?」
「ないよ」
 エイクレッドは無傷だ。竜の身体に傷など、そうそうありえない。
 それはわかっていても、くわえられているところを自分の目で見ているから、ルナーティアは心配なのだ。
「石はもう問題なさそうだ」
 近くに落ちていた枝で、レシュウェルが石をつつく。だが、火花が出るでもなく、石は静かなものだ。
 それでも念のため、レシュウェルは石にゴム手袋をかぶせ、その上から石を拾い上げた。
 川の中にあった時もそうだったが、石は真っ黒だ。しかし、間近でよく見ると、その黒地に一ミリ前後の青白い星がいくつも浮かんでいる。星空のイラストを、石の表面に張り付けたみたいだ。
「火花が石に染み込んだみたいね。想像してたよりきれい」
 こういう石だということは調べてわかっていたが、やはり現物を見るのと絵を見たり想像したりするのとでは違う。
「今回の難関は、エイクレッドのおかげで無事に突破だな」
 レシュウェルの言葉に、エイクレッドはまた嬉しそうに笑った。
☆☆☆
 最後に北地区のキフネーへ向かうため、北東へと進んだ。
「ログバーン」
 目的地へ向かう途中、レシュウェルがログバーンに声をかける。
「何だ?」
「以前から話していた視線ってやつ、今日も感じているか?」
「ああ」
 レシュウェルの問いに、ログバーンはあっさり答えた。
 このパラレル魔界へ来た最初の時から、自分達を見ている者がいるらしい。人間にはわからないが、ログバーンにはその視線を感じられるのだ。
「今もついて来ているのか?」
「付かず離れず、といったところだな」
 炎馬のログバーンは、移動をする時は宙を駆ける。種族にもよるが、人間界と同じく馬は足が速い。
 その炎馬について来るということは、同じ馬なのか、同レベルの素早さを持つ種族か、何らかの魔法を使って移動をしているのか。
「あたし達がパラレル魔界へ来た時から、ずっと見られてるのかしら」
「私がレシュウェルに呼ばれて来た時から、気配は感じている。恐らく、そうだろうな」
「捕まえるってことは……無理か」
「難しいだろう。気配は感じる。だが、かなり掴み所のない気配だ。いるとわかっているが、どこにいるのかがはっきりわからない」
「ログバーンがわからないと言うくらいだから、相当面倒な奴かもな。攻撃するつもりなら、今までにいくらでもチャンスはあったはずだ。向こうが近付いて来ないなら、へたに接触はしない方がいいか……」
 ずっと見られている。それがわかっているのに放っておくのは、どこか気持ち悪いものがある。
 しかし、これという実害は今のところないし、もし捕まえたとしても「珍しい存在のようだから見ていた」と言われれば、それ以上は突っ込めない。
 ついて来るのをやめろと言っても「こちらの自由だろ」と反論されたら、話はそれで終わりだ。
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