手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される

碧衣 奈美

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第五話 金(ごん)の魔珠

5-01.神獣

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 月曜日。
 学校から帰って来たルナーティアは、いつものように自宅の最寄り駅であるイナリーに降りた。
 サラリーマンの帰宅時間にはまだまだ早いので、周りにいるのは自分と同じような学生、もしくは個々の用事で出かけたのであろう大人達だ。
 週明けから宿題が多くて憂鬱だなー、などと思いながら、ルナーティアは改札を出る。
「お嬢さん」
 女子学生は他にも数人いたが、なぜかルナーティアは「自分が呼ばれた」ような気がした。
 声がした方を見ると、二十代半ばくらいであろう長身の男性が立っている。声は中性的だったが、呼びかけたのは彼だろう。
 ルナーティアの進行方向に立っている男性は、わずかながらつり上がった目をしているが、怖いとは感じない。
 色白で、かっこいいと言うよりはきれいな顔立ちだ。金にも見える薄茶の真っ直ぐな髪は胸まであり、軽く一つに束ねられている。
 細身の身体に、白のダウンジャケットと黒のデニムというシンプルないでたち。髪を除けば、シルエットがレシュウェルに似ている。
 改札口を出てすぐ前を走る道路を左へ進めば、ルナーティアの家がある方向。その彼がいるのもそちらなので、知らん顔できない。
 聞こえなかった振りをすればいいだけだが、そちらを向いた時に目が合ってしまった。しかも、ルナーティアの顔を見て、彼はわずかに笑みを浮かべている。
 その顔を見ていると、声に出さなくても「そう、あなたのことだよ」と言われているような気がした。
 もちろん、ルナーティアは彼を知らない。知っていれば、お互いがもう少し違う反応をする。
 年齢的にも高等部の人ではないし、かと言って先生でもなさそうだ。だいたい、先生が「お嬢さん」とは呼ばないだろう。
 大学部の人、というのはありえるが、それなら校内で声をかければいいはずだし、やはり「お嬢さん」という呼びかけは少々妙に思える。
 何かの売り込みやスカウト、という可能性も皆無ではない。だが、彼の顔を見ていると、そういうのではない気がした。
「あの……あたし、ですか?」
 たぶんそうだろうな、と思いつつ、一応確認する。もし違っていたら、恥ずかしい。
「うん」
 さっきより笑みを深め、男性はうなずく。
「あんた、なんか連れてるやろ?」
 独特のイントネーションで、尋ねると言うよりは断言された。
「え……あの」
 連れている、と言われるのなら、エイクレッドのことだろう。
 だが、今はコートのポケットの中にいる。電車の中では、外へ出さないようにしているのだ。
 学校内とルナーティアの家以外では、ルナーティアの肩で動かないようにしているエイクレッド。
 だが、移動中はどんな不可抗力でそこから落ちてしまうか、わからない。
 そうなった時に、ルナーティアが気付かなかったら。ルナーティアを呼んだり、自力で彼女の元へ戻らなければならないが、そこを誰かに見られたら。
 知らなければマスコットみたいに見えるだろうが、エイクレッドは生きている竜だ。
 魔法使いならともかく、一般の人が手のひらに乗るサイズの竜が動いたりしゃべったりするのを見聞きしたら、きっと……いや、間違いなく大騒ぎだ。
 特に満員電車の中では、その危険性が高い。
 そうならないよう、余程がらがらでもない限り、ルナーティアは電車の中ではポケットに入れるようにしているのだ。エイクレッドも、了承済みである。
 だから、普通の人にルナーティアが何か、つまり竜を連れているなんて、わかるはずがないのだ。
「ああ、堪忍な。びっくりさせてしもぉたか」
 ルナーティアが絶句してしまったのを見て、男性は穏やかな口調で謝った。その口調や仕草は、上品な女性のようにも思える。
 悪い人ではない、のかな。……人、なのかしら。
 はっきりと感じ取れる訳ではない。だが、ルナーティアは「魔法使いに近い存在」としゃべっているような気になる。つまり「普通の人」ではないような。
 もし、悪意を持った魔性の類なら、人混みの中でも遠慮なく襲うなり、捕まえようとしてくるだろう。
 少なくとも、彼はルナーティアを驚かせたことに対して謝罪した。だから「悪意はない」と考えてもよさそうだ。
 これが彼の手、ということもあるが、それを言い出せば何でもあり。
「ちょっと話、聞かせてほしいねん。今、時間ある? 今日があかんかったら、別の日でもかまへんけど」
 この言い方だと、今断っても後日同じ状況になりそうだ。
 自宅の最寄り駅で待ち構えられているのだから、どこまで知られているかはともかく、ルナーティアについてある程度はわかっているのだろう。
「話って、何のですか」
「せやから、あんたが連れてるもんについて。そこのイナリー神社まで、来てくれへん?」
 どこへ連れて行かれるのかと思ったが、特定の場所を言われた。ルナーティアの家と逆方向にはなるが、駅からはそんなに離れていない。
「わかりました」
 相手の目的は、エイクレッド。話によっては、とにかくしらを切り通すしかない。何かまずい状況になった時は走って逃げれば、彼も人目のある所で追っては来ないだろう。
 それに、イナリー神社は広いので、無人ということはないはず。
「おおきに。ほな、行こか」
 男性が先に立って、歩き出す。ルナーティアも、その後について歩いた。
「急に言うて、堪忍な。うちはシオン。お嬢さんの名前は?」
「ルナーティアです」
「魔法の勉強、楽しいか?」
「え? あ、はい。難しいですけど」
 ルナーティアの着ている制服を見れば、知っている人なら魔法学校キョウートであることがわかるので、そう驚くことではない。
 とは言うものの、ルナーティアはこのシオンと名乗った男性の目的が、ますますわからなくなってきた。
 自分一人で見知らぬ男性と一緒、というのもやはり怖い。
 ルナーティアが魔法を習っていることを、シオンは知っている。つまり、変なふうに手を出せば、自分が痛い目に遭うと予測できるだろうから、怪しいことはしない……はず。
 それとも、実は彼も魔法使いで、ルナーティアを簡単に拘束できる自信があるのだろうか。
 いや、シオンは「ルナーティアが連れているものについて話がある」と言った。つまり、エイクレッドが目的であって、ルナーティアが目的ではない、ということになる。
 パラレル魔界で顔を合わせた魔性ギルードルのように、竜の心臓が目当て、なんて話にならなければいいのだが……。
 何の話にしろ、いざとなればルナーティアがエイクレッドを守らなければならない。
「あの……シオンさんって、どこの方ですか」
「うち? だいたい、イナリー神社にいるえ」
「宮司さん?」
「ちゃうちゃう。狐」
「はい?」
 あっさり言われ、ルナーティアは思わず聞き返した。
 ここで足が止まらなかったのは、魔法を勉強したり、パラレル魔界へ何度も行ったりしているおかげ、だろうか。
 魔獣や魔性が人間の姿になれる、と知っているから。
 しかし、こういう形で接触してくる魔獣がいるとは思わなかった。
「ほら、イナリー神社に神のおつかい狐がいるやろ。あれの筆頭が、うちなんや」
「え、えっと……つまり、シオンさんって神獣ってこと?」
 今だけは幸いと言っていいのか、すれ違う人はいない。だが、これは歩きながらしていい話なのだろうか。
「まぁ、うちは別に神がかってる訳やないけどね。人間はそういう言い方、してるかな」
「な、なんでそんな人が……あ、人じゃないけど、あたしに話があるんですか」
「せやから、それは神社でゆっくりしよ。歩きながらできる話でもないやろ」
 神獣については、歩きながらでも構わないのだろうか。
 ルナーティアが目を白黒させていると、シオンはくすくす笑う。
「それにしても、ほんまに素直やねぇ。狐やうて、すぐに信じてくれるんやから、かいらし(かわいい)わぁ」
 言われてみれば「おつかい狐」と言われて、あっさり「そうなのか」と思ってしまった。
 ここは相手の言葉を疑い「えー、何を言ってるんですかぁ」と突っ込むか、笑うところだ。
「ま、まさか、だましたんですかっ」
 狐だけに、化かされたのか。
「何でやの。ほんまに騙すつもりやったら、こんなこと言わへんて」
 そう言って、シオンはまた笑った。
 確かに、騙すなら「すぐに信じた」などと言って、笑うことはしない。知らん顔で黙っていれば、ルナーティアは勝手に騙されてくれて、彼のしたいように話をもっていけるのだから。
「神獣も、ダウンを着るんですね」
「結構好きなんよ、こういうの。どんなんにするかは、参拝に来る人間を参考にしてるん。時代によって色々やし、楽しんでんねん。ここだけの話、ほんまはちゃんとした服着てるんやのうて、そう見えるようにしてるだけなんやけど」
「え、幻影の服ってこと?」
「ほんまに買うてたら、大変やん。置いとく場所もあらへんし。うちは狐やし、化けるんは他の魔獣より得意や思うえ。何にしろ、あんまり奇抜な格好してたら、目立つやん? 今の時代は、かみしもとか軍服とか着てたら、仮装行列や思われるし」
「それは……そうですね」
 例えが突飛だ。でも、時代に合わせる必要があるのは確かだろう。
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